遅めのランチを取った後は、シティまで戻ってセンセの思いつくままにギャラリーを覗いたり「知り合い」の店に顔を出すのに付き合い。
わざわざパリからロスまでフィッティングに、仮縫いが上がった瞬間に飛んできてくれた御礼に、謝礼とは別にちょっとしたギフトを選び、渡して。
まっくろ眼がまん丸になるまで見開かれて、そのあとに笑みが浮かんで、センセが受け取ってくれていたから、まぁ気に入ったんだろう。
「ありがとう!」とまぁ嬉しそうに。おまけに、むぎゅって具合のハグ付きだったのにまたわらった。
古い細工物。ジュエルの埋め込まれた極彩色の植物とその花枝にとまる小鳥を模ったモノ。
あぁ、やっぱりこのテが好きなんだな、と。直感があたったことに内心で親指を立てて。マオがにっこりと微笑んでくるのに眼でわらって返し。
『マオくんにも似合うよね?』とか言いながら自分に差し出されてマオが苦笑してた。
「あーセンセ、マオにはもう別のをやってるので」
言ってみれば、なんでしょ?って顔かな、ソレで振り向かれた。
「あぁ、アレですか」
「イエス、」
そして、トキセンセに説明する。
「昔の銀貨でね?どうみても”長靴を履いた猫”が肖像になってるのがあったンです」
まん丸のままの眼が見上げてきているのに言えば。
「”フザケテますよね、まったくこのボスは”」
マオがどうやらニホンゴで喋った。
ふにゃ、とトキセンセがわらったから、まぁいいか。ニュアンスで大体は見当がつくってモン。
「独立心が認められてるんだよう」
そんな雰囲気のままで、ディナーにそのまま流れて。
センセの従姉の麗しのマリカは、こられる予定だったのがアウトになったことのほかは万事順調だった。緊急の連絡も、マオへの呼び出しもゼロ。
本日は平和か、いいことだよな。ルーファスが、片付けてるって可能性も大だけどな。
ふ、とまた。
明日のフライトのことが意識を過ぎった。
スペインにまだ居る恋人のことと。
そして、最後に聞いたメッセージの声が、どこか強張っていたことも。
なぜだか、泣いている気がした。
ディナーを終えて、バーにでも移るか、というときに。
マオの他に外で待たせていた”部下”の一人が、預けていたおれのケイタイを片手にそうっとやってくるのが視界に入る。
テーブルに近づいてこようとするのを視線で制して。立ち上がる。マオが見上げてくるのに、席を少し外すことを告げれば。同じようにおれを見上げてきてたトキセンセの顔が、まるっきり置いていかれるのか聞いてくる子犬みたいで、少しわらった。
「デンワが入ったみたいですから。すぐ戻ります」
マオもセンセに、
「無粋な仕事ですから、ゴメンなさい」
と言って軽くアタマを下げるポーズをしてセンセの緊張を解いていた。
うん、と素直に頷いてくれたセンセが、マオとの話に戻っていくのを背中に感じながら、もう一人の方へ戻る。
「これ以上、お預かりできません、ルーファスからです」
「はン?」
ディスプレイにはルーファスからの着信と−―−メッセージあり、の表示。
………おい?これって−−−ー
一瞬、どちらを優先するか考え。コールバックすれば、
常の通りの落ち着き払った声で、至極シンプルに知らされた。
『あァ、コーザ。サプライズゲストのご到着ですよ』
なんだと?
サプライズ、………伯父貴か、バカ従兄か、それとも−−−
『あなたをお待ちかねなご様子ですが』
ちょっと待て。
………セトか?けど予定だとおれが−−−
待て、オレ。相手はセトだぞ?あの、実は行動力の塊のようなプリンシパル。
「そういうことは早く言えよ……っ」
メッセージを慌てて再生する。
そして、確認し。
ソレの残された時間を聞く。6時間近く、前だ。
―――――――――−オー・マイ・ゴッド。
Fワードの並ぶ余裕もゼロで。とにかく、テーブルまで戻り。妙に賑やかな一角にたどり着く。
ほわん、と見上げてくる真っ黒めを見下ろし。
センセのアタマを思わず掌でくしゃくしゃに撫でた。や、つい。ちび犬に見えた、ウン。それだけ、おれの頭は慌ててるらしい。
「トキセンセ、悪ィ、ちょっと抜けます。隕石がね、庭に落ちてきたンだ」
マオが、オーマイ、って顔しやがった。
うるせぇな、むちゃくちゃなネタだってことくらいわかってるさ。
「−−−隕石?そりゃまたタイヘンだね?」
「そう、それも超新星クラスでね」
真に受けたらしいトキセンセが頷く。
その額に、軽く唇を落とす。や、これはオンナノコじゃないからセンセにはいらねえか?ああ、もういいやクソ。
「明日……、はちょっと無理だから、明後日かな?マオのところまで迎えに行きますから」
いいよな?マオ、と念を押す。
実はセンセのホテルはもう引き払ってる手筈だから。今日はウチに泊まってもらおうと思っていた、計画では。
ハイもちろん、とマオが応えれば。
「―――え?僕のことはいいよ、お家大変でしょ?」
ああ、だったら、と計画を元に戻す。
「や、じゃあ……。マオ?センセをロスの部屋のほうへ。オマエも一緒にナ?」
「もちろん」
ではルーファスも呼びましょうね、とマオがセンセの覗き込むようにしてにっこりとしているのを視界に捕らえて。
アレだ、トキセンセの子犬の耳が伏せたみたいな様子に思わず笑みが浮かぶ。
誰もイシャへ行こう、なんざ言ってねぇのに。ルーファスはあれか?獣医?
マオに任せとけば、トキセンセも退屈しないことは確かだ。
ケイタイを持ってきたもう一人を促して、パーキングへ向かい。
内心でセンセにエールを送る。
センセ、マオの優し気な外見に惑わされると苛められますヨ、と。
エールを送ったセンセからも、頑張ってねーと。なぜか背中に応援を受けてレストランを出て回された車に飛び乗り、バックシートでもう一度ルーファスを呼び出した。
「はン?セトの毛が逆立ってた?オマエなに言ってる、ルー」
窓外を流れる夜景は眼に実際入ってない。
「セトが気が立ってるなら、おれァここ一ヶ月濡れ犬だっての」
思わず本音を零せば。
『お早いお帰りを』
明らかに、笑いを押し殺してる気配がアリアリだぞオマエ。
ロスからは、それでも一時間はどれだけ飛ばしてもかかるから。セトのケイタイにコールするか一瞬考え、止めておくことにした。
大猫サマは多分それどころじゃねェだろうし。
海沿いの曲がりくねった道、そこをクルマが走る頃には、「あの」プリンス・セトを9時間近く待たせた計算になってた。
番狂わせの演出をした王子は、もしかしたらフテ寝でもしてるか?本物の猫よろしく、全身で『待ってない』って言いながら。
けどまぁ、どんなセトであっても、居てくれるのであれば。おれにはそれが何より、なんだけどな。
クルマがエントランスの前に止まれば、飛び降りて。開かれたドアを半分走り抜ける勢いで足を速めて、自室に向かう。
どうせ、ルーファスのことだからセト用のゲストルームには通してないだろう。
真夜中近い時間だから、メイドも全員が自室に戻っているから、誰ともすれ違わなかった。
あぁ、ウン。家の中の空気が変わってるな。セトがいるってことがこれだけでも実感できる。
けど、いつもよりスパークの具合が違う。
セト、ダイジョウブかよ?
やっと、奥の自室の前にたどり着いた。
あぁ、やっぱり。どこか張り詰めた気配が中から届くじゃねえの。
ノックなどせずに思い切りドアを開ければ。ソファからセトがちょうど身体を起こしたようで。
その場所へ向かってとにかく、足早に部屋を横切っていく。
あ、とか何とか。セトが言ってた。
「セト、」
「早い、つか遅い、つか早い」
「セェト」
あンた、何いってんの。
とにかく、抱きしめる。あんたのこと抱きしめられて、本当にうれしいよ。
こくん、と腕のなかでセトが息を呑んだのが伝わってきて。ぎゅう、と腕が回される。
そんな些細なしぐさにさえ、信じらンねぇくらい気持ちが溢れる。
「セート、なにしてるんだよ。ハードスケジュールだったろ、」
キラキラと光を閉じ込めたような髪に唇で触れて告げ。
そのまま頬を掌で包むように添えて顔を覗き込む、
「スケジュールより、……っ」
声が揺らいで言葉を続けられなくなったセトを見詰める。
蒼が、潤み、揺らいで。惹き込まれるかと思う。
セトが嗚咽を飲み込むようにし。枯れそうな声で、告げてくる。
「−−−オマエこそ、タイヘンだった…、」
セトの背中や、髪や。肩や、腕、掌で柔らかに撫でて。言葉より先に伝える。そんなことないよ、と。
今にも零れそうな蒼、目元に唇で触れる。
セトの両手が、背中で。シャツの生地を握っていくのが伝わる。
「セトに比べれば、そんなことないよ」
頬に唇で触れ。もう一度腕に抱きしめ直す。
蒼を間近に覗き込む。
抱きしめた体が温かい。潤んだ蒼が何度も瞬きで一瞬閉ざされる。−−−−あぁ、あンたなに頑張ってるんだ?
涙を押さえ込もうとしているセトを抱きしめる。
なにがあっても、おれはあンたを甘やかすに決まってるのに。
「少しは、眠れたか……?」
気になっていたことを尋ねる。
「―――寝れない、」
「そう、」
唇を噛んだセトを腕に抱きしめる。そうっと力を増しながら。
一粒、抑えきれずに涙が零れていき。
頬を摺り寄せるようにした。宥めるように。
「でも、もう心配ないからさ」
くう、と喉が鳴り。ますます背中に縋る手指に力が込めらるのを感じる。
「―――だ、って、オマエ、いなかった、し」
「ウン、悪かった、遅れたね」
セト、あンたはまったく……なんだってそう「カワイイ」んだよ?
「わ、るくな、−−−−だって、ガマンできなかったの、オレ、だし」
酷く小さな。頼りないほどに揺れる声がどうにか言葉を綴っていく。
「セト、」
ありったけの想いを込めて名前を呼ぶ。
あンたに、そんな思いさせちまったのなら、原因がナンデアレ、悪いのはオレなんだよ。
そう告げても、聞き入れないだろうコイビトだから。
「も、だめ――――」
背中をゆっくりと撫で下ろし。嗚咽を押さえ込んでいるせいで時折ひくりと跳ねる背中を宥める。
「セト、」
頬から、耳元まで口付けを落とし。
「オマエ不足で死にそう、」
告げられる言葉に、ぎゅ、と背中ごとセトを抱き寄せる。
「も…ダメ、もぅガマン、できない。オマエが、欲しくって、ショウガナイんだよぅ」
嗚咽を、幾度も飲み込みながらしがみつくようにされれば。
ヤバイ、と理性が点滅するのを感じる。そんな風に言われちまったら。
「セト、」
耳元に口付け言葉を落としこむ。
「そんな風に言われちまったらちょっとヤバイだろうに」
頬を、幾粒流れ転がるように零れていく涙を唇で掬い上げる。
「“チョットヤバイ”ならいい……ッ。オレ、は。もうすっげえ、ヤバいんだって」
ずっともうヤバかったんだって、と。囁き声にまで落ちた声が続けるのに。
果たして煽られない人間がいるとは思えない。
「違う、って。あンたがヤバイの」
涙を零したままのセトの顔を間近で覗き込み。ぺろ、とその目元を舌先で擽るように涙を舐めとって。そのまま髪の生え際に口付ける。
「だから、言ってる……ッ、助けろ」
「ウン、」
嗚咽の漏れるのを止めることのできないだろうセトを抱きしめ直して。額を押し当てるようにして、本音をバラス。
「ノーが出ても離せなくなっても責任は愛情でしか持たないので。」
文句いうなよー?セト、と軽くした口調に混ぜ込んで、告げる。
「ダメなんだよ、ほんとーに、オレ」
「すげえ、あンたを。愛してるよ」
蒼がまた揺らぎ、涙を溢れさせるのを見詰めて言う。
「何がダメ?ダメでサイコウ」
「―――だめなんだよ、ほんと。鳴いて、声嗄らして、アタマん中、真っ白ンなって、それでも抱かれて、死ぬくらい抱かれて、―――オマエに溢れて、死ぬくらいシタい、オマエだけで満たされたい」
「セト、」
情熱的なコイビトであることは、知っていたけれど。あー、ダメだ。これ以上、ここにいらんねェわ、オレ。
焦がれるような声で告げられてしまえば。抱きしめる腕が別の意味を持ち出す。
抱き上げ、ソファから引き起こせば。
「自分がシンジラレナイ、こんなことって……こんなにもう自制できないなんて―――でも。だから、もうオマエじゃないとダメなんだよぅ、コーザぁ」
首元に顔が埋められる。
「おれもセトじゃないとダメだよ」
ありえないほどの真実だ。こんなソファでうっかりキスもできないくらいにね。
「タスケロよ、オマエの腕で死なせろよ、そんでもって生き返ってもまた、死ぬくらいに満たせ」
あぁー、クソ。ベッドまですげえ遠くねェか……?
髪に口付けて。やっとベッドに辿りつく。いつもはなんでもない距離がいまはむやみに遠かった気がする。
カヴァも引き剥がさないまま、セトを静かに下ろし。すぐに身体を重ねるように蒼を覗き込む。
熱い吐息が零される。まだ濡れたままの頬を親指の腹で辿り。
「もっと泣かせちまうかも、」
顎に柔らかく唇で触れ。そのまま。耳元まで輪郭を唇で辿る。
「オマエのために泣くって言った、」
どこか、とても幼い口調に。
「聞いたね、それ」
愛情が限度をなくしていく、もう何度目か忘れるほどに。
首筋を唇でなぞり。感覚を溢れさせるキューを送り込む、僅かに肌にきつく食み。
く、と穿つ。
手で、セトの半身を覆うさらりとした手触り、コットンのTシャツを味わう間にも。
「んっ、」
「すげえ、声聞きたかった」
もう僅か、牙を埋め。舌で擽り。
コットンの下に掌を滑りこませて、肌に直に沿わせる。
耳元、セトの零す息が僅かにクスグッタイ。
シャツの背がセトの手に引き出されていく感覚にまた小さく笑い。まっすぐに見詰めてくる蒼をハナサキに口付けて見下ろす。
キラキラと、潤みそれでいて澄んでいて。とん、と。眦に口付ける。
すぐにまた現れる蒼に、微笑む。
く、と。足をセトの身体の間に落とし。ほんの少し、下肢を押し上げるようにして。蒼がまた僅かに色味を変えるのを見詰め。
覆いかぶさるように、身体を重ねてセトの頬を片手で包み込む。僅かに開かれた唇を指先で幾度も辿る。羽根の触れるほど柔らかに。
そして、ゆっくりと力を加えてその火照った熱を覚え込むように。
「セト、」
唇に唇で触れる。
「あンたの声も聞きたい、キスだってしたい、抱きしめてほしいし、腕なんか掴んで放したくねェよ、」
に、と笑みを刻み。見詰めてくる蒼に告げてから、もう一度押し当て。
「全部シロ、いますぐヤレ」
唇を浮かせたとたん、囁かれて。
「あァ。けど、すこーしばかり、あンたのことラクにさせねェとね?まずは」
唇に、軽く歯を立てて。舌先でなぞり。酷く熱い中に滑り込ませた。
髪を手で押し撫で。
セトの蒼が閉ざされていくのを見詰め。
口付けがセトから深められていく間にも、視線を感じ取れるように閉ざさずにいた。
また僅かに引き寄せて、背中ごと。
背にきつくまわさされる腕に、肌に爪で僅かに痕を引くように長く引きおろし、セトの腰まで。
びく、と僅かに跳ねた身体を引き寄せ。下肢を重ね、熱を分け合うほどに押し当て。
腰まで下ろしていた手指を、柔らかなドローストリングスのボトムスの中に滑り込ませる。
セト、と声に出さずに呼びかける。
金色、睫の細かく震えるのを捕らえて。
愛しさがまた一つ、限界を超えていくのを感じる。
あンたの愛し方に、限度なんてきっと見つけらんねェよ。
next
back
|