セト氏の端正な笑顔につい見惚れていたら、いきなり背後からがっしと羽交い締めにされた。くそアンドリュウめ!いきなりなにしやがる!!
「くぉら、なにいきなりナンパしていやがる」
「ナンパじゃないっ!」
「んー?ナンパだよなあ?」
けけっとアンドリュウが笑いながらアシスタントくんに聞いていた。むむっ!
「んー?あぁ!だァからおれ、本能でジョインしたのかもね?センセ」
なぁんて答えが、にかって笑顔と共に返される。って、僕はアシスタントくんもナンパしたってことになるのかよ!

ひょい、と入れ墨が鮮やかな腕が伸ばされ、ぐい、と頭上のアンドリュウの首を捕まえていた。ってか僕、サンドウィッチの具?
「写真、出来上がるの楽しみにしているからな、アンドリュウ」
「おう。期待しとけ。また連絡すっから」
ぐりぐり、と頭だけでセト氏の肩口に器用に懐いたアンドリュウが、にかりと笑った。
「じゃ、着替えにいってこい」
「ん。”トキせんせ”をあんまり弄るなよ?」
する、と腕が離れていき。セト氏がアシスタントくんに渡されたスリッパを履いて、バスタオルを肩に纏っていた。廊下は寒いもんな。

「Hey」
アンドリュウがアシスタントくんに声をかけていた。つーかいつまでも僕の首に腕かけたまま、頭に顎預けてんじゃねーよっ!
「服、セトから受け取ってクローディアに返したら、降りてきて機材片付けるの手伝え」
にっかりと笑ったカメラマンは、解って言ってるんだろうな、いろいろと。
すると、ひょい、と首だけ振り向いたアシスタントくんが、
「シゴトも勿論おれ大事ですから。当然行きますって」
と、にーっと笑って言っていた。も、が強調されているところが、彼の茶目っ気と本音を示している。
「なぁ?」
なんて、セト氏に笑って訴え、ふんわりとした笑みを返事代わりに貰ってたけどさ。

セト氏とアシスタントくんが部屋から出ていき。年下なのにお兄ちゃん風なアンドリュウを見上げる。
「なあ、アンドリュウ。あのアシスタントくんて、セト氏の恋人?」
思わず聞けば、アンドリュウはぱちくりと瞬き、それからにかりと笑って言った。
「あーれーはー、オレ様のアシスタントくん、またの名は雑用係。オーケイ?」
上からでっかいわんこが、目をキラキラさせて見下ろしてくる。
「ん…」
くしゃりと髪を掻き交ぜ、アンドリュウのでかい身体がするりと離れていく。
ああ、こいつは…セト氏はもちろんのこと、あのアシスタントくんのことも、僕のことも、きっと色んな人のことを物凄く大事にしているんだ。大事に見守って−−−手を気付かれないようにそっと引いて導いて、知らなくていいことには知らなくていいんだよって、傷付かないように教えてくれる…。

「アンドリュウ、」
「んー?」
「僕ってお前の何?」
確かに僕は不器用で、クチュリエ馬鹿の世間知らずだけど。一応”大人”なんだぞ…?
ひょい、とアンドリュウが振り返り。かしかし、と頭を軽く掻いてから、小さく笑った。
「オレの素敵なクチュリエ先生で、大事な友達だよ」
「…馬鹿」
「んーん、天才」
にかりと笑って、アンドリュウがぽんっと僕の背中を軽く叩いた。
「女の子相手なら軽くキスしてるとこなんだけどなァ、トキは男だから、今度は仕事じゃなくて遊ぼうナ」
ほら、仕事残ってるから先にシャワーでも浴びてこい、と背中を押される。
ピーターくんがとたとたと横を歩いていった。師匠、フィルムの余ったヤツ、仕舞っちゃいますねー、と暢気な声が聞こえる。

「アンドリュウ、」
「んー?」
ペンをくわえたカメラマンが振り返る。
「なんでお前がセト氏の親友であって恋人じゃないのかわからんが、お前はいい奴だ」
言い切ったら、ぶふ、とピーターくんは吹き出し、アンドリュウは口からぽろっとペンを落とし、器用に片手でキャッチしてから、でかい長い手を伸ばして、僕のことを捕まえた。
「だぁからトキ!あいつは別口なの!恋人候補じゃないの!つうかそんなオソロシイこと考えたこともねぇよ」
がああ、と困り顔でアンドリュウが吠える。

「ん、でもそう思ったから言ってみただけ。大丈夫、僕もお前のこと大好きだけど、恋人候補じゃないから」
はぁ、とアンドリュウがでっかい溜息を吐いた。
「オマエ、時々恐ろしいこと言うなァ…」
「ふふン。あ、でも僕、あのアシスタントくんのことも好きだよ。明るくてさっぱりしてるもん。すっごい大事にしてるものも明確だし」
その分、本当に気を許す人間っていうのは限られているんだろうな。なんか、うん、愛想はいいけど、ご主人様以外には絶対に懐かない感じがする。そんな所がなんだか可愛いんだけどサ。

むう、となんだか唸っていたアンドリュウが、むにい、と僕の頬を引っ張った。
「いひゃいややいきゃ」
「トキ、お前なぁ……早いとこ本気で誰かと恋愛してみな」
諦めたようにアンドリュウが言って、するりと手が放された。
「なんで?」
「そしたら”欲しい”って気持ちが解るようになるからさ」
「−−−解ったらどうだっていうのさ?」
ちら、とアンドリュウがカメラからフィルムを取り出しながら言った。
「ああいう一本気な性質の完璧主義な芸術品と恋愛するなんて、生半可な覚悟じゃ出来ないってことさ。オレみたいな職業の根無し草相手もな」
ほらもういいだろ、と言われ。まだどこか笑っているようなピーターくんとアンドリュウを置いて衣装部屋に戻る。

衣装部屋では、戻ってきていたステファンとマリエンヌが、例の写真集のことについて話しを交わしていた。しばらく三人で協議している間にアシスタントくんがセト氏が着ていた服をクローディアに渡していた。ちらりと目が合って、笑顔を向けてみる。すい、と目元に柔らかい笑みが乗せて返された。そして口パク、”あとでナンヴァ”。ふ、とドキドキするような悪っぽい笑顔になる−−−うわは、もしかして僕”ナンパ”成功?なんちって。
クローディアが服を仕舞っている間に、写真集についての大体のプランを立て、食後にアンドリュウの意見を聞くことにした。−−−アンドリュウがぎりぎりまで上がらなければ、そもそも話しにならないもんな。
服を全部仕舞ってから一人で部屋に戻り、シャワーを浴びる。バスタブに湯を張って、のんびりと浸かりながら久しぶりに小説を読む−−−麻里子が差し入れてくれた森博嗣のミステリィだ。

半分程読み進んでから、バスルームを後にする。
今日は最後のディナーになるから、時間が最初から決めてあった。一応セミフォーマルを意識して、黒いビロードの、薔薇の花がプレスで柄として押してあるジャケットに白いドレスシャツ、そして黒のドレスパンツとスリップオン・シューズをチョイスする。
廊下に出れば、アンドリュウが部屋から出てくる所だった。コイツも確かブルジョワの癖に、着ているのは甘い茶色のスウェードのジャケットに白いワイシャツ(タイ無し、ボタン三つ開け)、それにビンテージ・デニムとスニーカーだ。…せめてスラックスと革靴ぐらい持っておけよ!ワイルドで似合っててハンサムだけどさ!!
「トキ、それToMiKのか?」
「そうだよ。見覚えあるだろ?」
「ん、かっこいいよ」
にひゃ、と笑ったアンドリュウがひょい、と肩を抱いてきた。でかいね、お前やっぱり。

「今日のディナーも、ジェンとクローディアとマリエンヌとジャンが仕度してくれたんだよな。なんかお礼しないとな」
「お前も料理できるのか、アンドリュウ?」
「一応簡単なものならな」
「ふーん」
出来る奴はなんだって出来るンかな。
「けど洗濯は全部ランドリーサービス頼りだ。掃除も、作業場とカメラとフィルムと作品以外はやらないし。パーフェクトな人間なんていないぜ?」
琥珀色の目が柔らかな色を乗せて覗き込んでくる。それにな?と秘密をばらす子供みたいに、アンドリュウが声を潜めた。
「セトは野菜や果物は生のまま丸噛りするし、お惣菜はデリカテッセンで買うし、掃除も洗濯もハウスメイド任せだぜ?包丁なんて、レモン切る位でしか使ったこと無ェんじゃねーの?」
かっかとアンドリュウが笑うのに、小さく口端を吊り上げる。
「親友なのに、そんなこと言っていいわけ?」
にかりとアンドリュウが笑って言った。
「ああ。全部事実な上、それをバラされたってセトのイメージにもステータスにも傷はつかないだろ」
なにせ”王子様”だから、とアンドリュウと声を合わせる。視線が合って二人の呼吸の上手い合い方に、揃って吹き出す。

「ああ、でもさ。ウィリアム王子は掃除洗濯料理アイロンができたんじゃなかったっけ?」
ニュース映像かなにかで見たような気がしたんだけどな、と言えば、ちっちっちとアンドリュウが指を振った。
「あれは王子様イン現実世界。セトは夢見る王子様の具現化。だからセトの方が夢見られてるわけ」
”親友”の言葉に、前に言われたセト氏の恋愛の苦しさってやつに思い至る。なるほど、セト氏は本当は普通の明るくてきぱっとした男前のにーさんだもんな。恋愛も大変かあ、勝手に色々と夢見られて。
ああ、でも。今はすっごいナチュラルだよね。どこも無理してなさそうに見える。普通の恋愛中のにーさんだ……。
それってやっぱり、セト氏が言うように、アシスタントくんは上手にセト氏をあるがまま、受け入れているからなんだろう。いい恋愛って、そういうベーシックな所が大切なのか…。




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