そんなことを話しながらアンドリュウとダイニングホールに行けば。
白いシャツに黒のスラックス、黒のスニーカーのピーターくんが、ジャケットではなくエプロンを付けて、ディナーの仕度を手伝っているところだった。
そしてエトロの茶色いスーツを着たステファンと、ドルチェ&ガッバーナのスーツを着たジャンと挨拶を交わす。
「お似合いですよ、トキ」
「ありがと。ステファンもジャンも、素敵だよ。手伝い要る?」
「座ってお待ちになっていてください。テーブルに運んでくるだけで、後は調いますから」
「そうそう。あっという間だから。アンドリュウも座っててよ」
「へい」
素直にジャンの言葉に従って、ネームカードの置かれた位置にアンドリュウが腰掛ける。
奥からシャネルのツイードの上にエプロンをしたクローディアと、ディオールの紺のスーツのマリエンヌ、それからダナ・キャランの黒のパンツスーツの上にエプロンをしたジェンさんが、それぞれプレートを持ってやってきた。温かそうなそれらからは優しい湯気が立ち上っていて、その光景だけでお腹が空いてくる。
「おいしそうだな」
アンドリュウの言葉に、マリエンヌが頷いた。
「味見したけど、申し分なかったわ。ステファンに合いそうなワインを開けて貰ったの。楽しみよね」
「セトのために、色合わせでグレープジュースもあるの。色味が濃いけど、美味しいヤツ」
ジェンさんがくすっと笑って言った。
「だからみなさんは気兼ね無く呑んでくださいね」

着々とディナーの仕度が進む中、アシスタントくんにエスコートされてセト氏が現れた。
着ているのはグッチの黒いヴェルヴェットのスーツだ。中のドレスシャツは純白で、長く揺れるストレートの黒髪をより美しく見せている。カメオかなにかを付けたら、中世の貴公子さながらだ。
対してアシスタントくんは深いカーマインレッドの、シルクベルベットで一つボタンのディナージャケットを着ていた。
中は白のイブニングシャツで、アクセサリ代わりなのかキラキラと光るゴールドのスタッズ・ボタンは一つだけ外されている。そしてパンツはミッドナイトブルーで、コントラストが鮮やかだ。なんていうか、ハリウッド・セレブな着こなし。しかも、そんな服装が浮くどころかしっくり嵌まっている辺りが、このアシスタントくんがタダモノじゃない証拠だよなァ…。
セト氏と並ぶと、本当に一対の絵みたいだなァ…シャトーの内装がさらにエレガントな服装をしっくり来させているから、文句付けようがなく良い絵、なんだよな……。

「後でお前ら撮らせろよ」
アンドリュウがひらひらと手を振って笑った。
「記念写真?」
セト氏が笑う。
「そう、撮影記念」
「あ、じゃあオレにも撮らせてください、師匠!」
ピーターくんが、はいはいっと手を上げた。
「フィルムの管理はちゃんとやりますから!」
「ふン?どうよお二人さん?」
アンドリュウが聞く。
「オレは構わないよ。流出した時にきっちり責任取れて、発表前にはどんな写真であれ、話し通してくれるのなら」
セト氏がにっこりと笑う。目がきらっと光っている。こくっとピーターくんが息を呑んで頷いた。−−−眼光、鋭いってもんじゃないもんな。キラキラ、やっぱり豹みたいだ。しかも黒髪だから、黒豹。セト氏、かなり戦闘的だって解ったもんな…。

ひょい、とセト氏がアシスタントくんを振り向く。目で、お前はどう?と聞いている。
アシスタントくんはといえば、すい、とセト氏の方に顔近づけ。
「微妙。ちょっとばかり容量オーヴァ気味なんだよね、だから…発表ナシのトータルで2ショットまでかなァ」
なんて言ってた。
「発表なんかするかよ。つうかオマエらの記念に撮りたいだけだ。セトは弟に見せたいだろうし」
「あ、見せたい見せたい!ムッシュ・ミクーリャのデザイン、あの子なんだかんだいって好きだし」
にこにこと同意するセト氏に、アンドリュウが小さく笑った。
「んじゃツーショットまでな」
に、とアシスタントくんに口端を引き上げる。目線だけで了承したアシスタントくんは次にピーターくんに向かって、
「同僚ってことでピータァにもワンチャンス!」
と、にかあと笑っていた。そして続けられる言葉。
「けど、流出したら覚えとけョ」
ちらっと物騒な顔で笑ったアシスタントくんに、ピーターくんがこくこくと頷く。ついでに十字も切っていた。うーん、こちらも迫力満点だ!やっぱり狩猟犬だな!

最後にアンドリュウが僕を振り向く。
「お前は?トキせんせ?」
「にゃ?僕?プライベートでならオッケイだよ」
ひょい、とセト氏が僕を振り向いた。目が、本当にそれでいいの、と聞いていた。
「ん、っと、後はセト氏と同じ条件でよろしく。発表時には一声かけて」
付け足せば、アンドリュウも、セト氏も、なんとステファンにも、うんうん、って顔で頷かれた。うあ、何その一体感…。

「ハイハイ、御飯だよー。デザートにはアタシ特性のチョコレート・プディングも作ったから、お腹空けておいてね」
ジェンさんが、ローストビーフを持ってやってきた。
「ジェン、それ切ろうか」
アンドリュウが立ち上がって、ジャケットを脱いで袖を捲くった。
「お願いします、アンドリュウ」
「りょーかい、任せろ。こういうのは得意だ」
にっかりと笑ったガキ大将のようなアンドリュウから目を離し、テーブルにアシスタントくんのエスコートで座ったセト氏に目を向ける。
「ディナー、全部セト氏も食べられるモノだといいけど」
「ん?んー、そうだね、見た限り多かれ少なかれ、食べられそうだよ。ジェンのチョコレートプディングも、実は食べれちゃうんだ」
にひゃ、と悪戯な黒猫みたいな顔でセト氏が笑った。なんだかすっごくご機嫌な感じだ。きらきらしてて可愛いぞ。
「セト氏は甘いモノ好き?」
「んー、実はあんまり。少し苦みがあったりとか、酸味があったりとか。そういうほうが好きだね。酒が隠し味に入ってたりとかさ」
ふにゃりと嬉しそうにセト氏が笑う。−−−んん、なんか…もしかして…?

「セト氏、それって」
「うん?」
ごくりと息を飲んで、思い切って聞く。
「恋人もそう?」
「へ?」
ぱちくり、とセト氏が瞬く。あ、違和感感じないと思ったら、眉も睫もちゃんと黒くしてるんだ。
「ムッシュ・ミクーリャからそう聞かれるとは思わなかったな」
くすっとセト氏が微笑む。うーん、褒められているのかいないのか……。
僕の戸惑いはさておき、セト氏の優しいアイスブルゥアイズが僕を写す。お?キラキラしてるぞ?もしかして…?

「うーん、そうだね、食べればどこまでも甘いけど、嫌みにならず、飽きも来ず、ずうっと欲しいと思えるって意味では一緒だね。甘いだけじゃないし?」
−−−っきゃー!キタキタキターっ!墓穴掘った、つーか予想以上に強烈っていうか!
遠慮なく惚気られたよう。今度はアシスタントくんのことを言ってるんだって想像付くから、…あー、照れるよう…際限なくクるものがあるよう…!
ちらりとセト氏の隣に座っているアシスタントくんを見てみる−−−甘いけど、甘いだけじゃないんだ…うひゃああああ(赤面)。
僕の視線を感じ取ったのか、アシスタントくんが片眉を引き上げ、ほんの僅か口端を引き上げて笑った。−−−うーわ、セクシィ……”オトコ”の顔してるよう…。
視線をどぎまぎしながら戻せば、にっこりとセト氏が笑った。
「愛は毒よりも甘いってね。それに食らい続けて死に到るなら、毒よりも愛がいいなァ…どこまでも堕ちて息絶えるのなら、恋人の腕の中がいい。天国への近道だって知ってるし」
………うわああああ!(大絶叫&悶絶)僕、セト氏に惚気殺されるかもしれない〜!!

「おーい、そこのお惚気小悪魔、適当にしたれ。そのうちマジで死人が出るぞ」
「やァだなぁ、アンドリュウ、死人だなんて。オレは本気で言ってるのに」
セト氏があっけらかんとにこにこ笑顔で言い放つ。
「本気だからタチが悪いンだろが。まァオマエのシケた顔見るよりゃオレは断然好きだけどな」
「アンドリュウ」
きゅ、と哀しい顔をセト氏が作った。
「なんだよ、セト?」
「哀しい顔も好きなクセに」
「ばァか。おい、オレの代わりにそこの性悪つつけ」
アンドリュウがアシスタントくんに言う。

「ったく。確かに嫌いじゃないが、敢えて哀しい顔が好きってわけでもないだろうが」
するとアシスタントくんが、
「センセ、」
と言ってにぃ、と笑った。
「代わり?ヤです。けど、おれもこのヒトの哀しいカオなんて死んでも見たくないしー」
そして、すい、とセト氏の肩に僅かに指先で触れ。
「泣き顔と哀しいカオってなんであんなに違うんでしょう?プリンス」
そう上品に微笑んでから、ちゅ、と柔らかく頬に口付けた。
「小突けないから、”代わり”」
後ろからセト氏を覗き込むようにして、甘い囁きを落としている。つーか、つーか、やっぱりそうなんだーっ!!うきゃああああ!つうかセト氏の泣き顔って、泣き顔って、つまりは泣かせたってこと!?(−大混乱中にてしばらくお待ち下さい−)

あんぐりと口を開いて真っ赤になっているに違いない僕に構うことなく、セト氏はくくっと小さく笑って。とろりと蒼氷色の目を揺らめかせた。
「”泣く”には色々あるからだろ。まあ幸いにして、オマエが原因で怒りで泣き叫んだことも、哀しくて泣き暮れたこともまだないから、幸福に息絶える日までそうしてくれると嬉しいんだけど」
する、と長い指先がアシスタントくんの髪をやさしく捕まえ。セト氏が酷く幸せそうに微笑んだ。
「けどまあ知っての通り、オレはオマエのためになら泣くことも厭わないけどな?」
−−−うわあああんっ。なになに、なんなの、一体なんなの?僕はどんな地雷を踏んだっていうのーッ!(絶叫)
柔らかな笑顔で、アシスタントくんが、
「仰せのままに、」
なんて言っていた。く〜ッ!!容赦無ぇっ!!

さすがに絶句しているステファンとピーターくんはさておき。ジャンは、ラブラブねぇ、と呟き、クローディアは微笑ましげに頷き、マリエンヌは、羨ましいわぁ、とうっとりと笑った。
アンドリュウは、やってられん、とばかりに肉を切るのに集中し、ジェンさんは−−−真顔で僕を真っ直ぐに見た。
「だから言ったんです、最強惚気大王はこの人なんだって」
こくこくと頷く。だから僕が馬鹿だったんだってば!
まるで他人を気にしないのか、
「ふふ、オレってば幸せモノだよな」
にっこりと笑って柔らかく囁いたセト氏の声がふんわりと耳を擽る。うわあん、どうしろっていうんだよう。えぐえぐ。

アンドリュウが、ほい出来た、と何も起こってないかのような声で告げた。ぱたぱた、と走ってピーターくんがシャンパンボトルの入ったペールを取りに走った。
それぞれがエプロンを外しジャケットを着てテーブルの席に着く中、アンドリュウがすい、と肩を竦めた。もしかして、知らなければ良かったって、この当人同士による惚気合戦があるからなのかーっ!?
「はーい、それじゃお疲れ様でしたディナーを始めましょうね」
マリエンヌがにっこりと笑う。
「ステファン、シャンパンを空けて。セト氏にはグレープジュースを。シャルドネのスパークリングがあるでしょ」
「わーお、お気遣いありがとう」
「いえいえ。巨峰もありますから、乾杯の後はお好きなものをどうぞ」
マリエンヌとセト氏の遣り取りを経て、シャンパンの注がれたフルートグラスが全員に行き渡る。

「それじゃトキ先生、乾杯の挨拶を」
アンドリュウに言われ、立ち上がる。ああ、僕がそういえば発起人なんだよな。
こほん、と一つ咳ばらいをし、全員を見渡してかグラスを掲げた。
「みなさん、楽しいセッションをありがとうございました。絶対に良い結果になると信じています。次はお披露目会になると思いますが、どうぞこれからもよろしくお願いします」
乾杯、と全員のグラスが掲げられた。みんな笑顔なのが嬉しい。さっきまでの大騒ぎが嘘のように、穏やかにディナーが始まった。




NEXT
BACK