Day3
恙無くディナーが終わり、記念撮影もパーティのようなノリで終わり、あっという間に夜が明け。しっかりきっちり朝がやってきた。
なんとなく、淋しい。このメンバーだけで集うことはもう無いだろうから−−−おそらく。
それでもステファンに起こされ、ブレックファーストへと向かう。
ダイニングには、やっぱり軍人みたいにダークグリーンのタートルとサンドベージュのボトムスに黒いブーツ姿のアンドリュウと、ストゥシィの黒パーカにダブダブな黒デニムとスニーカのヒップホップスタイルなピーターくん、いつも通りにダークグレイのスーツを着たステファン、シャネルのニットスカートに白いタートルセータのクローディア、ピンクの淡いセータにダークグレイのズボンのマリエンヌ、黒地に花柄のシャツと黒いズボンのジャン、それから黒のタートルニットに黒い細身のデニムを着たジェンさんが居た。
キッチンの方からは黒髪を茶色の紐で結わいた、なんとToMiKの白いラメ入りの前も後ろも緩いV字に開いて背中も鎖骨も綺麗に見せるニットセータと、同じくToMiKの淡いグレイのブーツカットのサイドに金の刺繍が入ったローライズを合わせて甘いベージュのアンクルブーツを履いたセト氏と、黒の細身のコーデュロイのパンツにスゥエードのアンクルブーツ、あまいグレーのタートルネックニットと細身のジャケットを着たアシスタントくんが現れる。
セト氏は今日も麗しくセクシィで上品な砂糖菓子のようにどこか甘くウチのファクトリの服がよく似合い、アシスタントくんはハンサムでキラキラと明るく、でもどこかぴしっとしている。つうか、んん…ありゃ?眉のとこに傷あるんだ…?いままで気付かなかった。
「おはようございます」
「おはよう」
口々に声をかけ、すっかり馴染んだ面子と挨拶を交わす。各自好きにサラダやヨーグルトや果物などをお皿に盛っていき、食事を始める。
「オマエらどうやって帰るんだ?」
アンドリュウが食べながら聞いていた。ヤツは朝からビッグブレックファーストで、肉も野菜もたっぷり食べる。
「迎えが来るんだ。だからそれでパリに一緒に戻る」
セト氏がヨーグルトを食べながら答える。
「センセ、恩に着ます!早退認めてくださってアリガトー」
にっこりとアシスタントくんが笑って、アンドリュウは軽く手を振った。問題無い、と仕種が語る。
「あーオマエら、アントワンと食事だって言ってたもんな。今度撮らせてもらいに行こうかなァ」
アンドリュウの言葉に目を瞬くと、ジェンさんがにっこりと笑って補足してくれた。
「アントワン氏はセトよりもくっきりとしたプラチナブロンドの髪と薄い蒼の双眸の持ち主で、威風堂々とした立派なハンサムなんですよ。中世の領主みたいな、背の高い美丈夫」
「へえ」
説明に目を丸くしつつも、セト氏のような美形は美形の間に生まれるべくして生まれたんだと納得していれば、セト氏がひゃひゃっと笑った。
「アントワンはね、珍しい美的センスの持ち主で、人間の見掛けに関しては丸っきり興味の無い人でね?キャラクタ的には厳格そうなルックスを裏切るブッ飛んだ変人。プロフェッショナルに徹して自分の美的センスに厳しいところはある意味オレと一緒かな」
どうだろうね、とセト氏がアシスタントくんを見遣って聞いていた。
「んー、たぁしかにハンサムだけどね。イカレ中年には違いないよなァ……。けどさ、カメラの前であのヒトが大人しくしてるか?」
と言ってアシスタントくんがセト氏にパーフェクトなウィンクを飛ばした。セト氏はぜぇったい無理!と声を上げて笑っている。
あっかるいなあ!!
そしてアシスタントくんはアンドリュウに、
「あーセンセ?ハンサムなイカレオヤジ共撮りたいならいつでも言って、ツテありすぎますおれ」
なんて言って、けらけらと笑っていた。ううん、一体どんなツテなんだ……。オファされたアンドリュウは、にかりと笑ってなんだか嬉しそうだ。
「あーでも”オッサン撮ってる暇が在ったら、うちの庭の花でも撮っておれ”とか言いそうだけどね」
ひゃひゃっとセト氏が笑ってアンドリュウを見遣った。
「オレに言わせりゃ美人に代わりないんだがな」
「ふふ。裾野を広げ過ぎるとモテすぎちゃうよ、アンドリュウ」
「はン?」
セト氏の言葉に、カメラマンが一瞬考え、それから軽く手を振った。
「いい素材に出会えるなら安いもんだ。いまのオレには仕事を選ぶ権利と力があるからな、問題無い」
にぃ、と笑ったカメラマンは。そういえばゲイのスタイリストやデザイナの巨匠にもモテモテだって聞いたことがある。モデルのオンナノコたちには勿論のこと。女優もセレブも街のコたちだって、アンドリュウを振り返る人多いもんな。堂々として懐が深く、見るからに頼りがいのある男だって解るもんな。
「ま、言うだけ言っておくよ。アントワンもオマエのことは知ってるし」
セト氏が笑って頷いた。親友を見る眼差しはどこまでも優しい。
「よろしく。で、ジェン、オマエどうする?」
「アタシですか?」
ぱちくり、とトーストを噛っていたジェンさんが瞬いた。
「なんだったら送るぞ?」
一緒には帰らないんだろ、と言っていた。
「アタシは最寄り駅まで行けば、そこから電車を乗り継いでアルプスに向かいます。パリに一度戻るよりは、その方が早いので」
「クライドくん、迎えに来るんだよな、麓の駅まで」
セト氏がにこにこと聞く。ジェンさんがにっこりと笑って頷いた。
「アタシのサーフィン仲間でもあった子たちと先に行ってるんですけど、久しぶりだから麓で二人で一泊していこうってことになって」
おわ、なに?ジェンさんもあっさりと惚気?惚気合戦はまだ続いていたのか!?
けれど当たり前のように、セト氏が頷いた。アンドリュウが笑って、せっかくプロが一緒なんだからメイクしてって貰え、なんて言っていた。
「あ、いいアイディア!是非やらせて、嫌でなければ」
ジャンがぱあっと顔を輝かせた。
「じゃあお願いします」
ぺこりとジェンさんが頭を下げる。
「まっかせて!アナタのダーリン、驚かせてみせるわぁ」
そうと決まったら早く食べて仕度しないとね、なんて笑っていた。
「じゃあ帰る前に最寄り駅まで送ってやるよ、ジェン」
「師匠のレンタルした作業用ヴァンになっちゃいますけどね」
ピーターくんが横から言った。
「どうせライト積むのに夜までかかるからな。少し行って帰ってくるくらい、なんてことはない」
アンドリュウが言い足す。ピーターくんも頷く。
「その間にオレは機材纏めたりしてるから、乗っていくといいよ、ジェン」
「セトの妹みたいなものなら、オレの妹みたいなものだから」
アンドリュウがジェンさんを見て言った。
「ああ、じゃあクライドくんも責任重大だな」
ひゃっひゃっとまたセト氏が笑う。
「ジェンが泣くようなことがあれば、オレもコイツもアンドリュウも、黙っていないってことだもんな」
こつん、とセト氏が、パンを噛っていたアシスタントくんの肩に頭を軽くぶつけて言っていた。
「イエス、ジェンの面接官おれだったンだし、そもそも」
愛しげに大きめのきれいなアシスタントくんの手が伸ばされ、さらさらとセト氏の黒髪を漉いていった。気持ち良さそうにうっとりとセト氏が切れ長の目を細める。さながら満足げな猫だ。
「それにさ?おれ、昔大会でよくクライドにも会ってるンだよ、すげぇ偶然だよな」
そう、にこおとセト氏とジェンさんに笑いかけて言ってた。それからアシスタントくんは、にこにこおって笑って僕たち一同を見遣った。
「おれもね?サーファだったンです、もちろんクライドよりモテタけど」
と言い足す。一瞬目を大きく見開いたセト氏が、
「あー、そういや前にそう言ってたもんな、オマエ」
と言ってふにゃりと優しく笑った。
もしかしてヤンチャ仲間?なんてからかって言っていたけど、その目は柔らかな光りを湛えていた。−−−ふぅん、本当に二人は”いい関係”なんだ。でもそっか、アシスタントくんの眉の上にある傷はサーフィンで出来たのか。他にも傷があるのかな、大変だなぁ。
セト氏よりは長く驚いていたジェンさんは、ぱちぱちと瞬いてから、そうだったんですか、と呟きにっこりと笑った。
「クライドにいい土産話しができた。一度アイツを連れて伺うかも」
「あ、それすげえ楽しみ」
きっとアイツも懐かしがります、そうジェンさんが続けていた。
「昔のワルガキ仲間なら問題ないよな」
セト氏がくすくすと笑う。アシスタントくんがにっこりと笑って言葉を継いだ。
「だから、遠慮なくイケル」
「あ、じゃあオレも参加する」
ピーターくんがヒョイと手を上げた。
「オレだとジェンの弟みたいなもんだけど。ジェンは好きだし」
「よぅし、よく言った。ロス帰ったらエミリーんトコ言って二日は帰って来んな」
アンドリュウがピーターくんの頭をがしがしっと撫でた。
「えええ、たった二日ですかあ、休みが一日増えただけじゃないっすか」
「阿呆。フィルム上げないと次が詰まるだろうが」
「あ、ディベロップ。昨日撮らせてもらったの、オレも見たいっす」
「休み明けに場所貸してやる。間違っても街のに出したり、エミリーのバスルームで上げたりすンなよ」
「わかってます、師匠」
ぴしり、とピーターくんが敬礼をした。うーん、可愛い師弟コンビだなぁ。
「トキはマリエンヌたちと帰るんだろ?」
ん?僕?
「うん、昼頃ジャックとロベールがトラックとヴァンを運転して来るから、夜までにここを片付けて、ステファンが管理人とチェックしたらみんなで帰る」
「宝石、盗まれたら大変だもんな」
アンドリュウが頷く。
「じゃあオレたちが一番先に帰るのか。着替えたら直ぐ着くくらい?」
セト氏が隣のアシスタントくんに聞く。どうやら迎えの人のことを知っているのはアシスタントくんの方のようだ。
「ん?その辺りはどうにでも。もう少しみんなと残ってる?」
アシスタントくんが無意識になのか、またさらさらとセト氏の髪を撫で、それから酷く自然に指の背でセト氏の頬をすうっと撫でていった。ふわり、とセト氏が目元を緩ませ、予定通りに帰ろう、と小さく笑って言った。綺麗な笑顔だ、幸福に満たされた。
ブレックファーストを食べ終え、セト氏とアシスタントくんが立ち上がる。
「ひとまずお先に、また後で」
とアシスタントくんが優雅に笑って挨拶を全員にくれた。セト氏は軽く落ちた前髪を指で耳にかけ、ふわりと小さく微笑む。そして、ふ、と黒髪が揺れ、僕はなんとセト氏の白い項の付け根に赤い痕を見つけてしまった。
「あ…」
「ん?」
顔が一気に赤くなる。見てはいけないものを見てしまったっつーか、すげえモンを見たっつーか、キスマークですか、キスマークなんですね、ラブラブどころかデロ甘なんですね、つーかキスマークかよぅ(嘆)。
じっと僕を見詰めていたブルゥアイズが、合点がいったというようにキラリと光り。くう、と官能的な唇が笑みの形に吊り上がって、白い長い指が一本その前で立てられた。つうかそんなの、誰にも言えるわけないじゃん!!
セト氏はするりとそれは優雅にアシスタントくんの肩に腕を回し。にっこりと笑って、髪は結わかないで行ったほうが危険は少ないかも、なんて睦言のように甘く囁いていた。うう、案外性悪なのかセト氏は?それともしたたかなだけ??
「勿体無い、とか?だったら賛成」
なんて答えたアシスタントくんは。す、と鼻先をセト氏の黒髪に潜り込ませた。くすくすっと笑ったセト氏が、だって行く先々で周囲を固まらせるわけにもいかないだろ、なんて答えていた。
そうですか、確信犯ですか、解っていらっしゃってそのナチュラルなラブっぷりですか!自然な二人を見られるのは、多分とても光栄なことなんだろうけど…あー、なんだかバツが悪い。つうか僕が照れちゃいますって本当に。
二人がダイニングルームを後にし、きっちりとドアが閉まった後にジェンさんが僕を呆れたように見据えて言った。
「ミクーリャせんせ、懲りるって言葉をご存知でない?」
う、だって見付けたくて見たわけじゃないんだよ、ジェンちゃん〜!
困って彼女を見詰めていれば、斜め横からアンドリュウがコーヒーを飲みながらあっさりと言った。
「ジェン、我らがトキせんせがそこまでソツなく熟せるタイプだったら、オレもセトもアイツもこんなに本性丸出しでここにはいませんって」
………褒められてない。絶対にいま褒められてないよな!
ピーターくんが深い息を吐いて呟いた。
「オレ今すんげえエミリーに会いたいっすよ、師匠」
ふン、とアンドリュウが笑った。
「時差を考慮しての電話なら許すぞ」
「…いまあっち夜中っすよね、師匠」
情けない声を出したピーターくんに、アンドリュウはゆっくりと頷いた。
「つーわけで、その気持ちを原動力に片付けを頑張れ。早く終わったらフライトも早めてやる」
…相変わらず優しいんだか意地悪なんだかわからないカメラマンだ。
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