晩御飯は、先に城に戻っていたクローディアとジェンさん、そして自室までシャワーを浴びに行ったセト氏が脱いでいった服を片付け終わったステファンが用意してくれていた。
新アシスタントくんは忙しいジェンさんの変わりにセト氏に付きっきりだ。なんでもジェンさんよりは付き合いが長いらしくて、任せておけば安心、と朗らかに笑っていた。そういえばタンゴを踊るにしても、互いの呼吸まで読めてるっぽかったもんな。案外その方が、彼等は気が楽なのかもしれない。
アンドリュウとピーターくんは、明日の撮影の為に外に在ったライトを運び込んでから、二人で順番に彼等の泊まっている客室までシャワーを浴びに行った。肉体労働、お疲れさん、だよな。
僕はといえば、いかにデザイン以外の総ての行動において酷い人間かが熟知されているマリエンヌとステファンの二人に、キッチンにいられると邪魔だから、と笑い交じりに戦力外通知を貰った。撮影し終わった部屋の小物の片付けも、後日プロに任せるから、ということでアウトを喰らった。
だから仕方なく、火の入ったダイニングホールで料理が運ばれて来るのを見ながら、新しいデザインの参考になれば、と思って、アンティーク家具のカタログを見ていた。
古いうっすらと青み掛かったようなパールホワイトの花瓶。これに染めたスカイブルーの薔薇を大量に活けて、白を着たセト氏に傍に立ってほしいな。もしくは極上のシルクのナイトガウンを着てもらって、真っ白なシーツに蒼い薔薇を散らした上に横たわって貰うとか。−−−なんか僕、方向性が違ってきたか…?つうかなんかヤバイ?新アシスタントくんが表現してた”大猫サマ”って言葉が頭から抜けないからかな、怠惰に寝そべる姿が見たいって思うのは?
そういえばアンドリュウの写真集に乗っていたセト氏は、薔薇を散らしたエスニック風のバスに浸かっていたけれども、なんか今日見たセト氏のほうが明らかにセクシィだったよな…。あっちのはきれいだったけど、セクシュアルなセッティングの割には艶めかしく無くて、野性の豹みたいにただ美しかったけど、今日見た顔の中では明らかに妖艶な表情もされていたし。−−−おいそれとは手が出せない風に美しいのには変わりが無いケド。

しばらくしてディナーの用意が調い、アンドリュウとピーターくんが先に下りてきた。セト氏は長風呂派なのか、エクステンションを外すのに戸惑っているのか、まだ下りてくる気配がない。
形式としてはバイキングだったので、アンドリュウが先に始めようと言っていた。御飯は九人で食べきるには充分な量があったし(なんとジェンさんが撮影で使ったシャンパンでゼリィまで作ってくれていたし)、早く食って片付けて明日に備えなければいけないから、全員が揃わなくても構わないだろうとのことだった。

各自好きな料理を取り、大きくてクラシックなダイニングテーブルを囲んで席に座る。
なんだか料理を作っている間に仲良くなったらしい僕の所のスタッフに聞かれて、ジェンさんが語り出す。
「アタシは元ライフセーバーで、要人警護の学校出たンですよ」
わーお、ボディガードも兼ねてるんだ、益々有能だねえ!
「恋人とは元々幼馴染みの腐れ縁なので、信頼関係があるんです」
ふふ、とそれは嬉しそうに彼女が笑う。
「セト氏のマネージャやってること、彼はなんて言ってるの?」
そう聞けば。
「間違っても押し倒すなよ、なんてからかわれました。セト氏は合気道の達人なので、そうそう押し倒されてはくれないですけどね」
ん?発言が…?
「…押し倒したの?」
ピーターくんが僕の代わりに聞いてくれた。
「手合わせで、ですけどね。あっさり流されました」
にこっとジェンさんが笑った。…セト氏って謎だぁ。
そう思っていれば、アンドリュウが。
「バレエと同時期に始めた筈だ。等身大の人形より綺麗なガキだったからな、勝手に連れ去ろうとした馬鹿も多かったっし」
フライドチキンに噛り付きながら教えてくれた。うう、幼少時代の人形より美しいセト氏が見たい〜!
「アイツの筋肉は、そういう意味じゃ並のバレエダンサよりしなやかで強いぜ」
「…アンドリュウも投げられたことあるわけ?」
あ、つい思ったこと口に出しちった。
「オレ?無ェよ。一応中国拳法は噛ったけどな」
「ふぅん」
中国拳法、ねぇ。お前だったら軍隊に居た、とかって方がイメージに合うのに。……綺麗で強い子供に、豪快ででっかい軍用犬(トレーニング中)のガード。一体どんな子供時代だったんだろうな。

そんなことを喋っていたら、カジュアルに着替えたセト氏が、新アシスタントくんと一緒に現れた。白いシャツに甘い灰色のざっくりと縫ったラウンドネックのセーター、真っ白いデニムと白いスリップオン・シューズ。ビンテージ・デニムにてろりとしたヌバックのシャツという新アシスタントくんのスタイルより温かめの装いは、なんだか目にほっとする。まさに優しげな王子って印象だし。
「ごめんね、遅れました」
ぺこりとセト氏が頭を下げた。あ、ふわっとカールしたいつもの髪形に戻ってるや。
「センセ、こんどは機材片付けるのも手伝いますね」
そんなことを言っていたのは新アシスタントくん。いままで聞いた中で一番機嫌の良さそうな声してた。…おや?胸元濡れてるぞ?寒くないのかな?セト氏の髪解くの、大変だったかな?
にこにことどこか楽しそうな二人に頷き、
「先に食ってるぞ」
アンドリュウが、プレートを指し示す。
「うん、なんだかおいしそうだね」
ふにゃりと優しくセト氏が笑って、新アシスタントくんに、食べよ?と促していた。
立ち上がろうとしたジェンさんをセト氏が手で制す。
「疲れてないから自分で出来るよ、アリガト」
「そう?」
「うん、舞台に比べれば全然ラク」
そんなことは言っていても、セト氏はどこかけだるげで。だからなのか新アシスタントくんが、なんだかんだ言って飲み物とか用意して上げてるみたいだ。ジェンさんにも、
「ダイジョウブ、おれがいるときくらいノンビリしてなよ、ジェン。プレート、まだ途中だろ」
て実に無邪気な笑顔で言ってたしね。そしてセト氏には、
「そうはいってもあンた全力投球でしょ、」
と優しく微笑んでいた。でもって耳もとで落とした声で
「”なにごとも”さぁ?」
なんて妙にセクシィな笑みと共に告げてた。んー、聞こえちゃった僕がどぎまぎするのもなんだけど…あ、セト氏、なんかにぃって笑ってるよぅ。なんていうか、少し悪っぽい笑み?
それからなんだかんだ言いつつも、新アシスタントくんがアンドリュウの向かいの席に、たったかグラスやスープなんかを並べてっていた、二人分。そして、
「こんなモン?あとはメインだね、なにがいい、セト」
そう優しく顔を覗き込んでいた。
「アリガト、でも自分の分優先しなよ」
ふにゃり、と甘いセト氏の笑み。そ?とでも言う風に片眉を引き上げた新アシスタントくんは、なんだかからかってるみたいな、見守ってるみたいな、不思議にやさしくて、何故か男っぽい表情をしていた。んー…?
ちらりとフードコーナーを見遣った新アシスタントくんが、
「じゃ、一緒に行こう」
と言ってセト氏の椅子を引いてあげていた。それでもって、尾てい骨に響くような甘く低い声で耳元に、
「あンた最優先、」
って落としこんでいた。ちらってセト氏、目で笑って、結局メインは二人で連れだって取りに行ってたけど…うーん?なんだろ、この不思議な優しい甘さは??

「トキ」
どこか笑うようなアンドリュウの声に視線を上げる。
「なに見惚れてンだ?」
「へ?」
あ、食べ物持ったままぼけっとしてた。
「や、なんか目が自然に行くんだよね。不躾でゴメンナサイ」
後半は戻ってきた二人に謝る。−−−新アシスタントくんは普通に色々皿に盛ってたけど、セト氏は野菜や果物がメインなんだね。ローストビーフにホースラディッシュ、付け合わせにはバジルのパスタを取ってたけど、フライドチキンに揚げたポテト、チーズピザなんかは避けてた。
新アシスタントくんが、びしぃっと親指を立て、にかあっとヤンチャボウズみたいな笑みと共に、
「アリガトー、」
なんて言ってくれた。くすっとセト氏も笑う。

「撮影時だけでは見飽きませんでしたか?」
「見飽きるなんてとんでもない!」
速攻否定するよ、そんなこと。だって、
「役で作ってる顔はすっごい素敵で目が離せないんですけど、今のセト氏はナチュラルにオーラがありますから!磁石みたいに吸い寄せられる感じです、なんだかほんわりと柔らかいですし!」
って僕なに力説してるんだろ、とほ〜。
新アシスタントくんに椅子を引いてもらったセト氏が、
「柔らかいかな?」
と、にこにこ笑顔でアンドリュウに確認していた。豪快にパスタを食べていたカメラマンが片眉を引き上げる。
「柔らかいな。デザートにはまだ早いが、生チョコレート位な勢いでな」
「ミルク?ホワイト?」
悪乗りしたセト氏が小首を傾けた。さらさらっと髪が揺れて…なんか本当に甘い匂いがしてきたような気がする。
「ラム入り。お前は他人を心地良く酔わせちまうからな」
「酔っ払わないお前にそれを言われてもねぇ、アンドリュウ?」
くう、とどきっとさせられるような笑顔で笑ったセト氏に、にい、とアンドリュウが口端を吊り上げた。鬼軍曹が好敵手を見付けたような顔だ。
「お前に酔っ払ってるようじゃ”親友”の看板を掲げらんないだろうが」
お前だってオレに靡く気なんぞさらさらないクセに、とアンドリュウがけろっと笑う。
「お前に限らず、靡く気なんかないね。欲しい物には自分から手を伸ばすし」
ふんわりとセト氏が笑う。まわりに花が咲いてるように見えるのは、きっとマンガの影響じゃないと思う。っつーかコレだな、ジェンさんが”笑顔だけで惚気る”って言ってた表情は!なんていうか、これ以上にないほど満ち足りてます、って言外に告げられてるもん。




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