「あの〜…」
思わず口にしたら、なんと全員の視線がこっちを向いた。ぱくぱくと気持ち良くプレートを片付けていた新アシスタントくんや、もう食事を終えようとしていた僕のスタッフの全員分。わあっ。
「なんだよ、トキ?」
う?なんだよアンドリュウめ、目が笑ってるじゃねーかよ。
「や、あの。恋人ってどうやって見分けるんですか?」
−−−しまった、僕ってばこの中では結構年配の方じゃねーかよっ。なんか恥ずかしい…。
「つか、なんかお二人もジェンさんもピーターくんも、正しいお相手と巡り会って幸福そうなんで、見分けるコツを伝授してもらえれば、と思って」
「あ、ソレにオレは含まれないわけ?」
にぃんまり、とアンドリュウが笑った。
「や、だってお前さすらいのラブ・ハンターだし」
ぷっとピーターくんとセト氏が吹き出した。アンドリュウが目を面白半分に吊り上げる。だってさあ〜。
「ステディ、いないだろ?パーティとかで会うお前の彼女って毎回顔会わせる度に違ってるし」
アンドリュウがくしゃりと笑った。
「別にハントしてるわけじゃないって。これという相手がいないから暇な連中連れ出して営業してるだけで」
営業と言い切りますか、アンドリュウ…。

じゃあお前から答えろ、とまるでアンドリュウは軍隊の上官みたいな口調でピーターくんに言った。きっと笑われた腹いせだな、一番手に使命されたのは。
「彼女が本当に正しい相手かどうかってのは解りませんけどね。家帰った時に会いたいと思うのが彼女なンすよ。いいことが在った時とか、悪いことが在った時に、一番に報告したいのが彼女だし」
真面目な顔をしてピーターくんが言う。
「ピーターはどうやって恋人と知り合ったの?」
セト氏がじぃっとピーターくんを見遣る。…お?顔赤くなった。そっか、セト氏に見詰められて赤くなるの、僕だけじゃないよな。
「映画関係の本を買いに近所の古本屋に通うのが小さい頃からの趣味だったンですよ。そこへ彼女がバイトで採用されまして。本探して貰ったりしている間に仲良くなったンすよ。彼女が拾った猫をアパートで飼ったりとか、閉店間際に飛び込んで、一緒に食事した後に送って帰ったりとか」
フツウに出会って惹かれ合ったって感じスかね、とピーターくんがぽりぽりと頭を掻いた。なるほど、なんだかテレビドラマみたいな感じだね?
ありがとう、と言えば、なんてことはないス、とピーターくんが笑った。にぱっといい笑顔だ。

「ジェンは恋人とは幼馴染みなんだよね」
そうセト氏が促して微笑む。ジェンさんがにっこりとした。
「アタシに波の乗り方を教えてくれたのがアイツだったんです。アタシ、生まれはウィスコンシンなんですけど、小学校に入って直ぐにマイアミに越しまして。隣に住んでいたのがたまたま彼で、学校も一緒に通った仲です。アイツは中学の頃から大会荒らしで暇さえあればバイトして世界回ってましたけど、帰るのが実家じゃなくてウチなんですよね。勉強しながらウチで御飯食べて、そのまま眠るってサイクルが定着して」
なし崩しみたいなもんです、とジェンさんが明るく笑う。
「−−−彼氏、浮気しないの?」
あ、悪いこときいちゃったかな?けれどジェンさんはにっこりと笑った。
「中学を卒業する時に。”波かお前か選べって言われたら選べないけど、オレが一生帰ろうって思うの、お前のとこだけだから”って言われました。サーフ馬鹿ですけど、それ以外は案外真面目ですし。明るいお調子モノですけど、アタシの作るチョコレートプディングがないと駄目だって言うし。海外遠征したら必ずお土産買って帰ってきますしね。誘惑は多いですから浮気の有無はどうか知りませんけど、信じてるんで。それが総てですね」
強い笑顔でジェンさんが笑う。
「よく電話で話してるよね」
にこにことセト氏が笑う。そして続く言葉。
「ジェンが職場で泣いてたら、世界のどこにいてもオレが直々に蹴り倒しに行くって言ってあるし」
け、蹴り倒し…豪快だなァ。
セト氏をこの中では一番長く知っているアンドリュウが、けけけっと笑った。
「世界で一番、敵に回したくない人間だもんな、お前」
「ジェンは可愛い妹みたいなもんだし、有能なマネージャだしね。そりゃ大切にしてるよ、オレは」
きらきらと物騒にセト氏の目が光った。−−−美人は迫力あるなァ。きっと本気なんだろうなあ、すげえ。

妙に感心していれば、
「はーい、はーい」
と、明るい声が響き。
「オラ、惚気やがれ」
びしい、と指でアンドリュウが、手を挙げた新アシスタントくんに発言許可を出していた。…やっぱりオマエのノリは軍人だよ。
にかあ、と新アシスタントくんが笑った。……あ!これってもしかしたら今からキョーフの”惚気倒しタイム”!?ひゃああああ…。
「驚くくらい単純だったよ。最初に会ったときは純粋にキレイだな、と思って。次に隣で大笑いしてるカオにも見惚れて、全力出し切ったあとは抱きしめてやりたくなって。気付いたら心の底からアイシチマウような相手が、最愛」
ふわ、と柔らかく微笑みながら、新アシスタントくんが言った。ヤンチャな少年みたいな顔と、どこかシャープな目を持っているのに、浮かべている表情は愛しさに溢れていて。いい恋愛をしているんだなあ、と思った。
「離れていても、息するたびに幸福でね?生きていることが実感できる。そういうヒトが最愛の恋人」
傍観している他人までうっとりと蕩けちゃいそうな顔で、新アシスタントくんが笑った。……こういう男にここまで惚れさせちゃう恋人さんって、相当素敵な人なんだろうなぁ。はー…、ちょっと見てみたいかも。それにしても、”息するたびに幸福を実感”って……うわー、改めてすンげえ惚気文句だあぁ!

内心でひゃあああ、とかのけ反りかえっていたら、なんだか微笑ましく見守るオトーサンみたいな表情を浮かべていたアンドリュウが、次行けセト、って促してた。にこにこしていたセト氏は、もっと聞きたかったのに、とか言ってたけど、アンドリュウにいいからって諭されてた。全員の視線が、キレイな人に向けられる。
「オレの場合、ある日突然気付いたんだよね。”特別”な存在なんだって」
ふにゃんとセト氏が笑った。
「オレの中で”特別”な存在、家族より大事で”失えない”ヒト。誰よりもオレをオレらしくいさせてくれて、世界に新しい意味を齎してくれた。息吸うのと同じくらい自然に愛情が湧き起こって、向かっていく。会えない時は声とか笑顔とか思い出すだけで胸が痛くなるほどシアワセで、会っている時は飛べそうなほどウレシイ」
癖なのか、金のバングルを手で握り締めるようにしながら、ふわふわと笑ってセト氏が言葉を紡いでいく。歌うような優しいトーンで、聞いているだけでほわりと胸が温かくなる。
「…その特別は、どうやって見分けるの?」
あ、思わず聞いちゃった。
すい、と蕩けるように優しいアイスブルゥが向けられて、心臓が跳ねた。これってアンドリュウのオフィスに飾ってあったパネルと同じ顔だ…!
「特別に育つのか、特別だと思い込んでそう仕立てるのか、特別だから惹かれるのか解らないけど。思い込み半分で恋しても、それを育んではじめて本物の愛情になるんだから。育ててみないと解らないよ」
甘い、甘い声だ、耳に残るような。
「セトも結構辛い恋してきたもんな」
アンドリュウが笑って珈琲を飲んでいた。隣では新アシスタントくんが、やっぱり優しい眼差しをセト氏に投げ掛けながら珈琲を飲んでいた。
ふにゃりとセト氏が笑って。
「今が最高に幸せだから、問題ない。泣くのも傷つくのも今のために在ったとしたら安いものだよ」
この日最大の惚気を聞かしてくれた。なんだか−−−撃沈。
「自分の心のままに差し出す愛情を、そのまま真っ直ぐに受け止めてくれて。同じくらい強く求めてくれるのが、オレの最愛の恋人。愛してるって何度言っても言い足りないから、自分でも呆れる位繰り返して言っちゃう。愛情に底はないんだって思える相手だからこそ、特別なのかもしれないって思うけど」
−−−絶対、絶対に!語尾にハートマーク付いてるよぅ。にこにこふわふわ、上等な綿菓子くらいに甘くて柔らかい笑みを刻みっ放しでセト氏が言い切った。なんか……アッパレ、だよ。セト氏にここまでいわしめる恋人さんも、多分極上な人間、なんだろうな。素直に愛してるんだって周りに言い切れる相手だし。
にやにやと笑っているアンドリュウは、セト氏の恋人に会ったことがあるんだろう。くすくすと優しく笑いを零しているジェンさんも。どこか愛しそうに眼差しで笑いかけながら、セト氏にココアのカップを差し出してあげている新アシスタントくんもそうだろうな。一体どんな人なんだろうな、周囲も認めるほど素敵な、セト氏が秘密にしておきたいほどの恋人って。

なんだかほわほわとみんなが優しい気持ちを分け合っている間にディナーが終わり(ジェンさんの作ったゼリーは絶品だった)、それぞれが明日に備えて各々の部屋に戻っていった。アンドリュウ以外はきっと、それぞれの恋人にラブコールしてるんだろうな。僕のスタッフたちは全員既婚者みたいなものだし。う、ちょっぴり疎外感。僕も恋人が欲しいよう。少しだけ溜息。でも妬ましい気分にならないのは、彼等がみんなとっても優しい気持ちで愛を育んでいるから。僕も頑張って素敵な人を探そう、って気にはなるけど……どうかなぁ、僕”病人”だし。

気分を入れ換えて。
スケジュール通りにいけば、撮影は明日で終了。明後日にはこの夢のような時間が終わってしまう。
城はセッティングと撮影期間併せて一週間で借りたけれど。始めてここの王族風天蓋付きベッドに寝転んで思う、セト氏がこういう部屋にいるのはきっととても自然に馴染んでいるんだろうな、と。僕のデザインした服を着ていなくても。だって”王子”だもんなぁ、フランス系アメリカ人だし。
同室の新アシスタントくん、見放題なんだよなー、いいなあ。って、きっとぼーっと馬鹿みたいに見惚れたりしない人だからこそ、セト氏と近しい関係が築けているんだろうな、アンドリュウみたいに。僕とかだったら間違いなく、ぼーっと見詰めっ放しで大変失礼なことになっているだろうし。

「トキ?」
「なに、ステファン?」
部屋に付属しているシャワールームから出てきたマネージャを見上げる。
「ちゃんとベッドに入らないと風邪ひきますよ」
「んー」
ごそごそと重たい掛け布団と毛布の中に潜り込む。
ふわりとステファンが笑った。五十代目前の細い紳士といった風貌のフランス人も、濡れた髪に紺色のバスローブ、なんて恰好でこの部屋に居るのは似合うなあ。守銭奴で神経質なのも、ストイックぽく見える。うん。

「奥様、まだ仕事だった?」
聞けば、シェリーを傾けていたステファンが笑った。ファッション・ジャーナリストの奥様とは僕も顔なじみだ。
「オーレリィは今日は編集部に泊まり込みだそうです」
「モデルがセト氏だって言わないの、怒ってない?」
「怒ってませんよ、ただそれだけ期待はされていますけどね?」
んー、理解力のある奥様って素敵だねえ。
「お披露目を楽しみにしているそうです」
「ん、頑張ろうね…」
「まずは無事に明日の撮影からですね。しっかり休んでください。おやすみなさい」
優しい声と共に電気が落とされた。甘いオレンジのルームランプをぼんやりと見詰めながら、意識は明日の撮影に向かっている。
明日のセト氏はどんな顔を見せてくれるのかな…?





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