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 ひとしきり笑ってから柔らかな沈黙を挟み。暫く指先で手触りの良い髪で遊んでいたならば、すい、とキャッツアイが揺らめいた。
 「セェト、」
 恋人の腕がオレに向かって伸ばされる。
 「オーナにデンワする、ホテルの。ケイタイ取って欲しいんだけど、」
 「ん?胸ポケット?」笑って甘えてきた恋人に笑いかけてから、髪を弄っていた方の手を伸ばす。
 「先にルーファスに話しとかしなくていいのか?」
 最も、この甘ったるい会話の全部が筒抜けかもしれないけど。そう思いながら、ポケットを探る。
 「んん?」
 指先に当たる感触が違う。
 「セル入ってる?」
 きけば、
 「入ってるよ、」
 との返事が、にこっと笑顔と一緒に返される。
 「お仕事お疲れ様、のちょっとしたギフト」
 「…ギフト」
 「気に入ってくれればいいけど」
 キャッツアイが優しい煌めきを宿していた。ギフト?オレはオマエがいてくれたことがギフトだと思ってたのに。
 指先に当たる小さなケースを引き出す。現れたのは、誰がどう見たって美術館に並んでいてもおかしくないような、手の込んだ台座だった。
 一度恋人のキャッツアイを見詰めてから、そうっとケースを開く。
 「−−−わ、」
 中世風らしいほったりとした感じの金の指輪がそこにあった。豹のようなユニコーンのようなイキモノがくるっと一周して彫られていて。センターには鏡でいつも見ているのと同じ色みのアクアマリンがはめられていた。ちょうどそのイキモノが掲げているような感じで。
 「コーザ、」
 柔らかく微笑んでいる恋人に視線を戻す。
 「すごく綺麗だ、」
 ありがとう、と言葉を落としながら、そうっと唇を合わせる。
 
 「嵌てくれる?」
 キャッツアイを見詰めながら、手をひらっとさせる。ああ、なんだかどきどきしている。少し声が震えたの、わかっちまったかな?
 キャッツアイは逸らされないまま、ぱし、とコーザに手を捕まえられる。そのまま指先に口付けられ、唇の熱を移され。身体の奥深くが今度は震えた。それでも視線は合わせたままでおく。
 「寝そべったままでも、真剣なんだよ。」
 少しだけ軽くなった口調で恋人が言う。それから、ゆっくりと指にリングが嵌められていった。婚姻の証が納まる場所に。
 す、とリングごとコーザが軽く唇で触れ、そのまま自分の頬に手を移動させ、するっと合わされる。
 「礼なんて。おれの、善きものでいてくれてありがとう、」
 キャッツアイを見詰めて、笑顔を浮かべる。
 「愛してる、」
 言葉を落として、頬に添えた手に力を篭める。
 「コーザ、誰よりもオマエのことを」
 目を閉じて、そうっと口付けを送る。
 「オマエにこんなにも愛されて、オレこそ本当に幸せ者だよ、ダーリン」
 唇が触れ合ったままの距離で囁けば。柔らかく啄まれた。そして音にしないまま囁くように吐息だけで、愛してるよ、と言葉が齎される。
 
 そのまま優しく唇をノックされ、そうっと受け入れて滑り込んできた舌を吸い上げる。耳朶や頬、頤いの付け根や首筋を、優しい指先が擽ってきたりするのを受け止めながら、長く深い口付けを味わう。
 「…っ、」
 軽く舌を甘噛みされ、身体の奥深くに熱が沸き起こるのを自覚する。
 「ん…、」
 鼻先から甘い声が抜けていく。それを合図に口付けが解かれ、弾んだ息を整える。それから漸く目を開ければ、うっすらと視界が揺れていた。口端を引き上げて笑う。
 「ビュシ・ラタンでやっぱり正解。ロンドンまで帰っている間に、ハシタナイお願いしちまいそう」
 恋人の指の背が、快感を呼び起こす絶妙なタッチで顔の輪郭をなぞっていく。思わず息を詰めれば、くぅ、とコーザが唇だけで笑った。
 それから甘く落とした声が囁きを音にする。
 「−−−いくらでも、セトの願いなら。叶えることが出来る限り。おれは嬉しいけどネ」
 そのまま、じいっと見詰めてきたままのキャッツアイが、瞼の裏に隠れていった。
 とん、と額に口付ける。
 「んん、言葉にはしないでおくよ」
 くすくすと笑いを零す。
 「一応国境を越えるわけだし。オマエと前を遮ってるのは薄い壁だけだし。謹まないとね、少しは」
 広くて狭いこの不思議な空間でオマエに溺れるのも悪くなさそうだ、なんて。そこまではちょっとね、オトナだから言えないね。
 
 さらさら、と髪を撫でながら、携帯を取ってくれ、と言われたことを思い出す。
 「コーザ、携帯はいいの?」
 それともオマエとルーファスのことだから、こんな展開も予想して、全部手配済みだったりするのか?
 帰ってきた答えは既に手配済みということだったから、目を閉じたままの恋人の耳朶に残るピアスの後を指先で撫でながら囁く。
 「全部お見通しって?」
 自分の声が僅かに色付いているのはしょうがない。
 ふわ、と瞼が持ち上がり、キャッツアイが目前で揺らめいた。唇が甘い囁きを落とす。
 「ちょっとだけ、キレイなカオ見せて」
 甘い声と甘えたような笑顔。答えるより先に、する、と指先が唇をなぞっていった。
 「…ちょっとだけ?」
 笑みを口端に刻んできけば、ちょっとだけ、と囁きが返される。ぺろ、と伸ばされた指先を舐め。そのまま僅かに潜り込んできた先端を軽く歯で挟んで、一瞬だけ逡巡し。キラキラと煌めくキャッツアイの中に愛情と微かな餓えを見出だす。
 「…イイヨ」
 同じくらいにか、それ以上に欲情に掠れた声で応える。
 「ケド、」
 舌先を恋人の指が慰撫していく。ぞくり、と背筋に電流が走り。知らず知らずの内に息を呑む。
 く、と僅かに首を傾けて先を促したコーザの指を軽く噛む。
 「あんまり翻弄してくれンな、自制心が揺れちまうから」
 
 そこら辺の引き際は任せるぞ?と重たげな吐息交じりに言葉を綴れば。
 「あァ、もちろん。大事だから」
 と落とされた声に乗せられた返事が、それでもくっきりと響いた。
 キャッツアイがきら、と光りを弾き。ゆっくりと指が引き出されていく。その後を追うようにぺろりと唇を舐めれば、きゅ、とキャッツアイが僅かに細まり。ジャケットの中のモヘアのウェストあたりから、する、と熱い指先が忍び込んできた。ひくん、と極僅かに身体が跳ねる。
 じわ、と身体の奥深くで官能の火が点る。
 「……っ、」
 さわ、とウェストのラインを、指先が軽く触れてくる。羽根が触れたかのような、微妙なタッチ。けれどそれだけでも恋人に愛されることに慣れた身体は、齎されている感覚が快楽だと知って、漣のように身体全体に信号を送り出す。
 「ん、」
 く、と息を呑み、きらきらと光りを弾いて見上げてくるキャッツアイに小さく苦笑する。
 「…オレってこんなに感じやすかったっけ?」
 視界が潤んでぼやけはじめている。声も掠れ気味で、なんだかちょっと恥ずかしい。
 する、と掌が肋骨の形を辿る。
 「ふぁ、」
 ひくりと肌が粟立つ。
 キャッツアイが、くぅ、と細まり。零れ出そうな喘ぎを飲み込んで、僅かに開いていた恋人の唇に噛み付くように口付ける。
 熱い舌先を掬い上げ、きつく舌を絡める。するすると僅かに裾がたくしあげられ、背中に掌が移動していく。
 
 「…ん、」
 口付けたまま、吐息が乱れるのも構わずに深く貧る。きゅ、と吸い上げられ、コーザの髪を手でくしゃりと乱す。
 ぞく、と身体が目覚めて、心臓がゆっくりと走り出す。それを感じ取ったのか、コーザが僅かに口端を引き上げ、口付けを解いた。
 ぼうっとする頭に叱咤して、潤んだ視界で恋人を見下ろす。肩甲骨をすっと指先で辿られ、震える吐息を吐き出した。
 「こぉ、」
 声は掠れきって、頼りないくらいだ。こく、と息を呑んで、先をねだるのか自制を言い聞かせるのか解らずに、もぅ、と呟く。
 
 「セト、」
 愛情と同じくらいに望んでいると解る声が囁く。
 「なんでこんなに至福てヤツが実感できるんだろう、」
 囁きながら身体を横向かせた恋人が、ちゅ、と開けた腹に口付けた。ふる、と身体を震えが走る。
 「んん、こォ、」
 息を呑めば、あん、と噛るように歯を立てられた。
 「ふ、」
 息を呑んで、砂色の髪に縋る。眉根が勝手に寄り、震える吐息を零す。
 とろけそうな声で名前を囁かれ、くぅ、と背骨の一番最後あたり押し撫でられ。ふわ、と体温が上がったのを自覚する。
 「…っ、」
 「なんで20年近くセトなしで生きてこれたかな、」
 「コーザ、」
 するすると唇で皮膚の表面をなぞられて、ぞわりと背筋に震えが走る。
 「あ、は…っ」
 きゅ、とコーザの肩に指を食い込ませれば。するりと背中を優しく撫でられ、びくっと身体が勝手に跳ねた。
 「コォザ、もうダメ、」
 身体が何度も震える。熱く火照って、頭がくらくらする。
 
 
 
 
 
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