「こぉら。王子、」
眩暈がしそうに魅力的なオファを、セトがしてきた。
「大人しくオヤスミなさい、あンたはさ」
笑う。
いくら近いからってな?時差はあるしいまから……比較的中・長期な公演に入る「プリンシパル」がそういうことを言ってはイケマセン、と。こつりと額を指の背で弾くようにすれば。
「だぁってサ、オマエが愛しいんだもん、」
ふにゃ、と擽ったそうにどこか蕩けそうな笑顔、なんてモノを愛して止まない存在が浮かべる。
苦笑でも浮かべたのかも知れない、おれが。知らない間にでも。
「ダメ……?」
首を傾げた弾みに、さらさらと金糸より柔らかな手触りの髪が流れて。それを指先をずらして梳く。
「答えが知りたい?」
する、とそのうちの一筋を指に絡めて少しばかり遊ぶ。何しろ手触りさえ最上だから。
「ン、」
素直に、甘えてくれている、とわかる声が、やはりとてつもなくイトオシイ。
このヒトがどれだけ普段、気丈に振舞っているか知っているだけに、余計だ。
いくらでも甘えてくれて構わない、と。何度告げても足りないだろうと思う。叶えられる願いであるのならば、出来うる限り全てに応えたいと思って……何しろコレはおれに与えられた特権であるらしいから。

もう、何度も顔をあわせているセトの母親、シャーリィも、 いまひとつ、おれの言葉を理解しているとは思えなかった。
『酷く可愛らしいと思えるところがありますよね、抱きしめてそのまましまいこみたい衝動に駆られる、』
些細な我侭を言ってくる口調のことを思い出してそう言ったなら。
シャーリィは、息子と同じようなブルゥを見開くようにして、嬉しそうにわらっていた。
『まぁ、ほんとうに?』
それで、おれは自分の特権に気づいた、ってわけだ……まだ、ロンドンにセトのフラットがあった頃。それからしばらくして引越をしてもらった、この場所に。
『いっつも行動を自制しているコドモだったのよ、小学校にあがる前から。』
そう告げてきたシャーリィの口調は今でも鮮やかに記憶に残る。

「答えは、イエス・アンド・ノー。ってとこかな、」
さらりと。 髪をまた撫で上げれば。
セトのアイスブルゥがぱちくり、と。これまた可愛らしく瞬きに一瞬隠れ。
「朝早いフライトだろ、それに」
項に、手のひらを滑らせる。
「たった2時間ちょっとのフライトだよ。明日は合同レッスンとかまだないし。ジェンとあっちのホテルで会って、軽くストレッチするくらい」
「ウン、知ってるって」
く、と笑みを刻む。”軽く”ねェ……?おれがあンたの恐るべきプロフェッショナリズムを知らないとでも?
「セトも、オファも、魅力的だから。おれは断る気は無いけどね、」
そうっと唇を啄ばむ。
ふわ、と目の先でセトが微笑むの堪能してから、もう一度軽く唇を食む。
「実はもうチョットダケ、寂しかったんだ」
キスの合間に漏らされる言葉は、素直で。
頬を撫でていっていたセトの指先は温かく。
「ハイ、セト」
するり、と。背中に腕を回して、リネンに背中を預けさせる。
「有罪確定、あンた」
いまのでね、と笑う。
くう、と恋人が笑みを乗せていく。美しい、なんて形容詞はただの陳腐な音にしかならないと思う。
「オマエをオとせたのなら、光栄」

囁く唇を、軽く。齧る、例えばカラントの粒を味わうように。
さら、と。セトの手が、今度はおれの項をなでていったのがわかる。
柔らかく、開かれた唇の狭間をゆっくりと埋めていく。唇を舌先で味わって。そのデリケートなラインを濡らして。微かな震えを引き起こすまで。
とろ、と絡んでくる誘惑をちいさくわらって宥めて、透かして。零れる吐息があまく、ベッドルームを潤していくばかりになる。
今朝、あぁ、違うか。昨日の朝まで、腕に抱いていた同じ甘さ。
だから、セト?本気であンたのこと、もらっちまうワケにもいかないんだって。
腕のまわされる柔らかな重みを背に感じて、勝手に笑みが浮かびかける。
そうっと、たおやかなしぐさで背を辿っていくセトの腕は、いまから形にならないものを生み出して、映像よりは遥かに鮮烈に、ヒトの記憶の中に何かを残していくんだろう。
その奇跡じみた場を、シェアできないのは残念、どころか。おれにとってはいっそ、アリエナイほどの実はサクリファイスなワケではあるのだけれど、面倒なビジネス絡みで人生をこんな風に好きに生かせてもらっている身分としては、放っておくわけにもいかない。
「セート、」
名前を呼んで、首元に唇を押し当てる、そうっと。痕など、絶対もう残さないけどね。
「んん…?」
ふる、と震える肌を感じる。
「文句言ったらダメだぜ?]
寂しくならないように、思い出しても煽られないように、餓えることがないように、そしてもちろん、愛し合うために何度も肌を重ねてそのたびに底が見えないわけだけど。
とろん、と。熱く潤んだアイスブルゥが合わせられる。
こら、おれ。言った側からぐらつくなよ、と内心で舌を出す。
「抱くけど、抱かないよ、セェト」




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