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 「コーザ、」
 朝、一番の声―――あ、やっぱりちょっと掠れてる。
 柔らかい光りを乗せた優しいキャッツアイを見詰め、小さく微笑む。
 「―――驚いた、オマエが作ったの?」
 しかも、もう服も着てるって?――――まあ、ミセス・ノーマたちが起きてくるから、裸で調理ってわけにはいかないんだろうけど。
 「そ、」
 にか、と笑った恋人の頬を撫でる。
 「アリガトウ、オマエも一緒に食べるだろ?」
 オレが“大猫様”なら、やっぱりオマエは“ガーディアン・ドッグ”だよな……尻尾がぶんぶんしてそうな勢いじゃね、オマエ?くすくすと、笑いが零れると同時に愛しさが溢れる。
 「ウン、毒見しねぇとね?」
 更に笑顔を浮かべた恋人の唇に、トンと口付ける。
 くう、と腰を抱かれて軽く腕を回して抱きついた。
 朝らしく、昨夜の“愛の営み”の重ったるい甘さはカケラも引きずっていない。
 「じゃあ折角だから、冷めちゃう前にいただくよ」
 「あァ、ドウゾ」
 顔も洗う前だけど―――まあいっか。
 にこお、と笑ったコーザからするりと腕を放し。
 ベッドルームから続いているちょっとしたテーブルのところ、完璧にセッティングされたブレクファーストがあって。椅子に座れば、す、と押され。プレートカヴァを外してくれた。ほわ、と湯気が立ち上る。
 
 「……わーお、オレより料理できるかもよ、ダァリン」
 「んー?まぁバーベキュー程度はね?」
 そう言って笑った恋人に微笑む。
 「オレはダメだなあ、野菜ちぎってサラダとか。果物の皮剥くとか。そこまでしかできない」
 温かいサラダにハムとサニーサイドアップ。サニーサイドアップ?絶対ムリだ。ああ、フルーツの切ったのとヨーグルトまで添えてくれている。それにフレッシュ・グレープフルーツ・ジュースと水の入ったグラスがそれぞれひとつずつ。
 向かいにストンと座ったコーザが、フォークを引き上げた。
 「妙な島に出かけてったりとかしてたからネ、クライドたちと。まだまだガキだったころに」
 にこ、と笑ってサラダを食べ始めた恋人につられて、まずは水をグラス半分ほど飲み干してから、同じようにサラダに手をつけた。軽く塩気のある野菜の甘味を噛み締める。
 「――――妙な島…ってことは、キャンプとかしてたんだ?」
 咀嚼してから訊けば。
 す、と手が伸ばされ。さらりと頬を長い手指が撫でていった。
 「ネコの餌付けはしてねェけどね」
 齎された言葉に小さく笑う。
 「そう、無人島でも関係なくて、いい波追いかけてキャンプもしてた」
 「クライドたちと―――アメリカン・ジュビナイルの青春だね?しかもウェストコーストの」
 くすくす笑って、ハムを軽く切って口に運ぶ。
 「まァなー?あぁでもどっちかっていうと、オージーとかハワイとか、アジアとか」
 むちゃくちゃなガキどもだよな、そう言って笑った恋人に口端を引き上げた。
 「素敵じゃない。少なくとも楽しかった思い出は沢山残ってるわけだし」
 「賞金なんてぜんぶ旅費でパァ、ってヤツ」
 ふい、と目元で微笑まれる。その酷くやさしい表情が愛しくて、また小さく微笑みを零す。
 「まァ、そうだけど。でも、」
 言葉が区切られ。白身を口に運びながら、視線をすぐにまた恋人に向けた。
 「セト以上におれのなかでキラキラしてるものって無いから」
 そう言って、くしゃんと笑った恋人の言葉に、また愛情が溢れる。
 「コーザ、」
 キャッツアイが、なんだ?と優しく訊き返して来る。
 「オマエのために、“咲き誇ってくる”よ、オレ」
 昨夜、とろっとろに蕩けた最中に齎された言葉を思い出し、告げれば。
 恋人が、とても幸せそうに微笑んだ。
 「ありがとう、」
 声に愛情が目イッパイ詰め込まれているのが分かる。
 「でもな?おれは、」
 言葉が続けられ、僅かに首を傾けて先を促す。
 「セトがアクシデントも無しで。無事に踊りきれて戻ってきてくれればそれで十分だ、とも思ってる」
 「―――アリガトウ」
 「恋人だから、当然なことだろ」
 優しい言葉、心から案じてくれているとわかる眼差し、寄越される底なしの愛情―――にこ、と微笑んだオマエは、本当に軽々とソレをオレに寄越してくれるけど。
 「“サイコウの恋人”だよ、オマエは」
 与えられるものが当たり前に寄越されるものだなんて、思ってはいないから。
 「セトの隣に居るにはそれ位じゃなきゃアウトだ、」
 さら、と告げられた言葉に、また小さく笑った。
 する、と伸ばされた手の甲で、頬を優しく触れられる。
 「な?」
 そう言って。にぃ、と笑った顔は、少年のようでもあり、青年のようでもあり。優しいオトコの表情と、悪いオトコのオーラが入り混じっている。
 「オレはタダの踊るオニーサン、それ以上にスゴい存在じゃないよ」
 だから、オマエに愛されることが嬉しくて堪らない。そこまで想ってもらえることが、酷く幸せなことだと知っているから。
 「ジョウダン!!セェト、おれ心臓止まるぞ」
 コーザが目を大きくして笑った。あー、驚いた、そう続けられて小さく笑う。
 「さすがセト、言うことが違うね、」
 「ホントだって。オマエの前だと、ワガママで甘ったれのタダのニーサンだし」
 手の甲を捕まえ、ソレに唇を押し当てる。
 「あー…セト?」
 「うん?」
 きらきらと物騒に、けれど笑みを含んで煌めいたキャッツアイに、小さく笑いかける。
 「ワガママで甘ったれで壮絶に色っぽいただのおれのコイビト、って変換にしとこうナ」
 にか、と笑った恋人の指先に軽く口付けてから、それを離した。
 「もう少し頑張らないと、オレ」
 結局、オマエの熱、奥には貰えなかったしな、昨夜…というか、今朝?にっこりと笑顔を浮かべて、後半は言葉にはせずに置いた。どれくらい読まれてるかな、オレ?
 
 「大猫サマ、」
 すい、と細められたキャッツアイを見詰めながら、フレッシュジュースを口に運ぶ。
 「おれの至上は、あンたなんだよ、セト。それは何があっても変わらない」
 ―――あらら。読まれてたか、オレ。
 クスクスと笑って、恋人の目を覗き込む。本当に、大切にされてるよなぁ、オレ。
 「―――オレの最愛は、オマエひとりだよ、コーザ。誰よりも、オマエのこと、愛してるから」
 だから、どんなに仕事が忙しくても―――帰ってきて会った時。ちゃんとオレのこと、抱き締められるオマエでいてくれよ?
 「離れてる間、心配だよ、オレは」
 手を伸ばし、紅茶を飲み終えた恋人の頬に軽く触れる。
 「大丈夫、おれは往生際悪ィから」
 すい、と目で笑った恋人に小さく頷く。
 「それ以上、ハンサムでチャーミングなオレのオトコにならないでな?これ以上オマエに恋したら、タイヘンなことになっちまいそう」
 「あー……、」
 少し視線が上向いた恋人に視線を合わせたまま、ヨーグルトを口に運ぶ。
 「それはちっと……悪ィ、自信ないわ」
 くう、と笑ったコーザに、くすくすと笑う。
 「大好きだよ、コーザ」
 なんだってオマエはこんなにかわいいんだろうね?
 ふふん、と笑った恋人が、
 「餌付け大成功」
 そう嘯いたのにまた笑った。
 す、とコーザが立ち上がり、緩やかな歩幅で側までやってきた。きゅ、と頭を抱き締められ、その胸の辺りに顔を埋める。とん、と頭の天辺に口付けられた。
 「そろそろ支度しよっか、」
 「ん―――ああ、でもコーザ」
 抱き締められたままだったから、目を閉じる。
 「餌付けなんてしなくたって、オレはオマエのものだよ」
 ちゅ、と。軽く唇を押し当てた。く、と恋人が笑い。その振動が伝わってきた。
 「シアワセだな、ヤバイぞこれは」
 きゅう、と更に頭を抱き締められて、ぎゅう、と恋人の体に両腕を回した。
 「すげぇ、放したくねェわ、ごめん。あと5分」
 「ン―――オレも、ちょっとこのままがいいなぁ、」
 するする、と額を恋人に押し当てる。
 本当は、ずっとこのままがいいけれども。言葉にはせずに続ける―――なんて“当たり前”のこと……。
 「なぁ、お土産。なにがイイ?」
 声のトーンを変えて、軽く訊いてみる。
 「んー、そうだなァ」
 とん、と柔らかく頭にコーザの頬が押し当てられる感触に目を閉じる。
 「笑い顔、だね」
 さも当たり前、とでもいうように告げられ、小さく笑った。
 「あぁ、それとも。“あいたかったよぉう!”って誰かサンみたいにぎゃあぎゃあ騒いで飛び掛られるってものアリかね?」
 笑った恋人の言葉に、笑う。
 「飛行場じゃあムリだな――――出向かえナシだったら、できるんだけど」
 飛び掛って、押し倒して。キツいキスを―――サンジの“真似”。
 はは、と笑った恋人が、再度きゅうっと頭を抱き締めてくれた。それから、ふわ、と腕が緩められる。
 「楽しみにしておくよ」
 柔らかい声に小さく頷く。頭を離し、視線をキャッツアイに合わせた―――ウン。
 「けどま、お別れの前に」
 くいくい、と恋人の服を引っ張って笑いかける。
 「んー?」
 「まずはゴチソウサマのキスからってどう?」
 
 
 
 
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