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 飛行場のラウンジは、独特のリラックスした空気に満ちていた。最初は。セトがその空間に要素として加わった瞬間から、それがどこか華やぐ。搭乗手続きも終え、出発までの僅かな時間を過ごすのに奥まった、ヒトの視線の邪魔にならないスペースに通される。何度も、同じ場所に通されてはいる。さしずめ。定位置ってところだ。
 一ヶ月近く、時間を過ごして。その後に同じだけの不在の期間があり。
 また不在を埋め合わせるようにしばらく時間を過ごして、お互いの世界と折り合いをつけながらそれでもそのリズムが苦痛になることは、無い。
 この存在を手に入れていること自体が奇跡めいた偶然と、些細な、それでいて肝心なちょっとしたお互いの努力とも思えないような思いでもって、24時間なり30日なりをみていけば、意外なことに結構、時間のジャックポットは埋まっているもンで。
 それを見つけるのがおれは非常に巧くなったから、いままでは比較的頻繁に、カオをみることは出来ていた。
 ただ、ソレも。今回みたいな突発事項が引き起こされたとあったは……セトとの約束を守るためにも9割以上はアタマを仕事向きに変えないと、今後に関わる。
 だから、空港のラウンジではサングラスは外せないし、段々と思考が現実と乖離してくるのをどこかで意識していた。それでも、おれの視界の中心にはセトがいて、朝に感じていた幸福感もずっと続いていた。
 柔らかな白が、ラウンジの自然光に映える。
 
 「良くお似合いで、」
 だから、ジョウダンめかして言った。
 白のジャケットの下に、甘いペールブラウンのニットがさらりと覗く。
 流れるような柔らかな金色が肩口に僅かにかかって、それを指先でやんわり跳ね除けていた。
 くす、とセトのカオが笑みに彩られる。耳元、セトの声がすぐに届いた。
 「アリガト、」
 そして温かな唇の触れた感覚。
 「見送る最後の瞬間までキレイだから困るネ、見えなくなったら寂しさ倍層」
 セトの手を軽く捕まえて。以前贈ったリングの嵌められた上に、さらりと口付ける。
 「気をつけて、」
 蒼を見詰める。
 「うん、オマエもね」
 背後に、スタッフが柔らかな声でフライトの間近いことを告げているのが聞こえてくる。
 コーザ、と。恋人から音にしないで名を呼ばれる。この誘惑に打ち勝てるはずがない。死角にいることはこういうときにイイね。
 グラスを退けて、セトの唇に自分のソレを重ねる。柔らかく、そうっと。
 セトの微笑のカタチのままだった唇が、そうっと啄ばみ返してくるのをやんわりと受け止め。項を掌で包み込む。
 する、とセトの腕が伸ばされる気配と。そして首筋を掌が撫でていく感触にあまく唇を少しだけ強く啄ばみ返し。
 薄く、熱の伝わる距離で浮かせる。一瞬閉じていた蒼が、間近で覗き。
 蒼を見詰めながら、言った。
 「I'm so proud of you, my derlin' Seth」
 あンたをほんとうに自慢に思うよ、セト、と。本音をバラス。
 「あいしてるよ、いってくるね」
 そう囁きで言ってくる恋人に向かって。
 
 魅惑的な微笑みを浮かべるセトに、何処か自分が満足しているのを自覚する。
 そう、オレのセトは「こう」でなくちゃいけない。いつだって自信に溢れて、気が強くて、驚くほど優しい存在。すくなくとも、パブリックでは、ナ?
 もう一度、軽く唇が触れ合わされる。微笑んで、それに応え。優雅にセトが立ち上がるのを堪能してから、おれも立ち上がり。す、とセトの肩に掌を置いた。
 「あンまり色々背負うなよ?あンた完ぺき主義なンだから」
 に、とわらって。軽口に混ぜ合わせる。
 あぁ、ほんとうに。側にいられたら、いくらでもおれが払いのけて遣れるンだけどね。ごめんな?
 くぅ、と。セトが笑う。おれが、一番最初に見惚れた、それこそ気丈で優雅な豹めいた笑み。
 
 「良い旅を」
 そうっと手を浮かせれば、足元においてあったラゲッジを拾い上げるとセトが優雅な歩調で出口に向かう。
 そして、一度だけ振り返り。ひら、と右手がきれいな線を描いた。おれに向かって。
 声に出さずに。唇だけで言葉を作って見る、応える。
 『あいしてるよ、何時であっても』
 指先でひら、と同じように合図を返し。
 口端を引き上げて笑みを作ったセトの目を見詰めながら、サングラスを元に戻し。視界に薄い色が掛かる。
 まっすぐに歩き出すセトの背中。それが、す、とフェイズが切り替わるさまを目にして、また笑みが浮かんだ。
 
 あぁ、ほんとうに。何度でもあンたに惚れ直すと思うなあ、おれは。
 だってよ?おれのテリトリィから離れたなら、あのセトが少し『緊張』する、背中が。世界に対して、公のカオをキレイに完璧に纏う。
 と、いうことは。―――セトの核をおれは独り占めしている、ってわけで。
 万年愛情不足、飢餓状態とかなんとか。好き放題ガキの頃から言われ続けていたおれとしては、酷くソレがウレシイ。おれの居ることで、恋人が居心地良くなってくれるならそれが一番だ。
 
 あぁ、そうだな、と思いつく。
 セトの飛行機が見えなくなるまで、展望デッキからでも見送っていようか?
 胸ポケットからケイタイを取り出しルーファスにデンワする。おまえ、あと40分くらい待てるよな、と。言えば
 『コーザ、』
 わざと驚いたような声をルーファスが寄越した。
 「なンだよ」
 『貴方が同乗していないことに驚いているだけですから。それくらい大目にみましょう』
 ハ!と笑う。
 「バッカやろ、おれは目先の一ヶ月より、2年間のセトとの安泰を望むさ、アタリマエだろ」
 『オトナになられましたね、プリンシパルにはお礼に私から何かお贈りしておきます』
 「ばぁか」
 くくっと笑い。
 40分後にクルマを寄越すように言い、通話を切る。
 
 ラウンジの窓から差し込む光は、セトがおれの視界からいなくなっても柔らかに明るいままで。
 もしかしたらおれまでオマケにどこかの誰かから恩恵をもらえてでもいるような気がして、また勝手に口角が上がる。馬鹿馬鹿しい、幻想だろうけども。まぁ、いいや。
 今日はフライト日和みたいだし、飛行機を見送ってから、おれもひとつ。またくだらねぇゲームに戻るか。
 まったく、このアップダウンは………
 「おれってば、なんて今更サーファじみた真似してンだろうね」
 思わず洩らした独り言に、あーあー、と内心で苦笑しながら。ラウンジのスタッフを捕まえる。
 「ミス?恋人を見送りたいんですが、展望デッキはこちらからどう行けば?」
 
 
 
 
 
 FIN
 
 Continued to Bolero
 
 
 
 
 
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