すう、と車をアパートメントの前に停めた。
古い建物の並び、けれど整然と建てられている。
一度エンジンを切って。
それからサンジの頤を捕まえた。
「オレも、もう一度オマエに誓いたい」
オマエを、離さないということを。
「じゃ、はやく部屋に帰ろう?」
「車、パーキングに入れてこなきゃだめだろう?」
とろ、と蕩けた瞳に笑いかけた。
「また寒いねぇ、」
「荷物、一度降ろしてから、パーキングに入れてくるから」
オマエはオレたちの部屋を、温めておいてくれ。
口付ける前に、囁いた。
「やぁだよ、」
「じゃあ、一緒に来い」
サンジの目元、柔らかく笑みを刷いていた。
「荷物だけ、置いてこような」
ふふ、と笑って、サンジが唇を啄んできた。
「なんの荷物?」
軽く啄み返してから、離れた。
「バックシートに、朝買った毛布が入ってるだろう?」
「あ。あおいやつ、」
あとは、食料品がいくつかと、蝋燭と。
「おれ、ブランケット持っていく」
にこ、っと笑ったサンジの頭を撫でた。
「じゃあ、その他諸々はオレだな」
車のロックを開けた。
トランクを開けて、車から降りる。
サンジも下りて、ドアがバンと閉められる音がした。
荷物を取ってから、車に鍵をかける。
ひっそりと静まった通り。
シンシンと雪が舞い落ちる。
ブランケットの包みを抱えて、ドアのところに立っていたサンジに。
軽くキスを送って、ドアを開けた。
サンジを先に階段を登らせる。
ざ、とアパートメント内に目を走らせるが、どこも異常を知らせて来ない。
どこかの部屋から、クリスマス・キャロルが零れ響いていた。
階段、サンジだけが登っていく足音を立てる。
後に続いて、2階の部屋の前、ざ、と目を走らせてから、鍵を開けた。
異常ナシ。
「どうぞ」
ドアを開けたまま、サンジが入るのを待つ。
サンジは何も言わず、じ、と見上げてきていた。
「平気だぞ」
笑いかける。
サンジがにこ、っと笑って。
「タダイマ」
柔らかな声で告げてから、中に入っていった。
通路に目を遣ってから、室内に入る。
古びたスイッチで、電気を点けて。
「…あまり温かくないな、やはり」
玄関で軽く靴の土を落とす。
サンジがくるん、と振向いて、オカエリ、と言って笑っていた。
「くっついてればいいよ」
アパートメント全体を温めるラジエタのボイラが、きっと弱まっているのだろう。
こればかりは、手を加えて直すわけにはいかない。
サンジがぽん、とブランケットの包みをソファに置いていた。
リヴィングのテーブルの上、紙袋を置いていると、すたん、とサンジが歩いてきた。
「ゾォロ」
なんだ、と問う前に、コートのポケットの中に手を入れてきた。
笑う。
「なんだ?」
今日みたいな日は、オマエに車庫入れはさせられないぞ?
「死にそうにスキ」
「Darlin'」
笑ってサンジの唇に口付ける。
「死ぬまでスキ、にしといてくれ」
ああ、違うな。
「死んでもスキだ、の方が正しいか。だろう?」
柔らかな笑みを浮べるサンジを抱き上げた。
「んン?」
電気ストーヴの電源を入れて、部屋の明かりを点けてから、玄関に戻る。
「車。出しっぱなしにしとくと、明日動かないぞ」
かちり、と玄関の扉が音を立てるのを確認してから、階段を下りる。
「ひゃあ、ゆーかいされる」
小声で言って、サンジが笑っていた。
「ばぁか」
ちょん、と口付けて。
「もう攫っちまってるだろうが」
抱きしめた。
くう、とサンジが首に回した腕に力を込めていた。
くく、と喉の奥で笑うと、サンジも小さく笑って。
「じゃあ、車、入れにいこう」
そうっと声を潜ませて言っていた。
カギ貸して、というサンジの言葉に、体温で温まったソレを手に握りこませる。
「おれやっていいの?」
「パーキングまで、ドライヴしていい」
見上げてきたサンジに口付けた。
「―――まで?」
「けど、そこの前で停めて、オレと交代」
「あ。おれ上手いのに」
早くオマエを愛したいから、そこまでしか譲歩できないぞ。
笑ってサンジを腕から降ろした。
「この天気だからな」
益々雪は、強く降り出している。
とん、とサンジの肩を押し出した。
「早くしないと、揃って凍死するぞ?」
さむ、と言って。サンジがドライヴァーズ・サイドまで走って行っていた。
ガショ、と僅かにロックの外れる音がして。
ナビ・シートに乗り込んだ。
サンジが乗り込んできて、エンジンをスタート。
「さむいさむいさむいさむい」
「さっきまでエンジンがかかってたから、まだマシだけどな」
「さむいっ」
もうすぐ、日が落ちる。
「真っ暗になる前に、帰るぞ」
すい、と車が滑り出した。
「ダイジョウブだよ、遭難しないから」
「違う。寒いからだ」
笑って、ミラで前後左右を確認する。
「おれってば愛情に迷子だったけどねぇ、」
にぃ、とからかい混じりにオレを見たサンジに、苦笑した。
「もう迷わないだろ」
「ウン。捕まえといて」
ワイパが視界をクリアアウトする度に、新たな雪が落ちてくる。
「離さない」
うれしいな、と。
声だけでも、本当に嬉しいと解るトーンで、サンジが言っていた。
「オレもだよ」
「―――あ。着いた」
「じゃあ、変わるぞ」
「キスくれたらね?」
「Any time, sugar」
柔らかく唇を合わせた。
サンジがすう、と赤くなっていた。
「It's my pleasure, darlin'」
笑って車を降りる。
反対側、回ってドライヴァーズ・シートのドアを開ける。
「寒いけど、ちょっとガマンしてろな」
「うん」
にっこりと笑ったサンジと、場所を入れ替わる。
「すぐ戻る」
「待ってる」
ドアを閉め、立体パーキングの中を走らせる。
奥、すっかりと暗くなった位置、バックミラで異常がないことを確認してから、バックで車を停めた。
エンジンを切って、耳を澄ませる。
エンジン音のエコすら、舞い落ちる雪の音にかき消されて響かない。
下りてロックをかけた。
アラームをセットする。
外、一歩踏み出すと。
街灯の下、コートのポケットに手を突っ込んでいたサンジが、黙って降ってくる雪を見上げていた。
「待たせた」
ぽん、と胸に飛び込んできたサンジの髪に乗った雪を掃う。
とん、と額に口付けてから、手を差し出す。
「上見てたら。自分がソラにおちていくみたいだった」
にこお、と笑ってから、きゅ、と手を握られた。
そのまま、その手をコートのポケットの中に入れる。
サンジが呟くように言った。
「イヴだね、」
「地面の向こうに何があるか知ってるか?」
「うん?」
歩き出しながら、サンジを見遣る。
「宙だよ」
笑って解答を告げる。
「―――ウン?」
「核に到達したら、また地面を通って、突き抜けていくだろう?」
それで?、と訊ねるように、目を煌かせていたサンジが。
「だから、宙?」
笑うように、繰り返して言った。
「そう。須らく、宙に還るんだな、オレたちは」
「宙へ?」
「そう。地球がいつまで存在してるか解らんが。いつかはバーストして、還るんだよ」
「還りたい?」
「…そうだな」
にっこりとしていたサンジの手を握り締めた。
「けど、どちらかというと」
還るというよりは、行ってみたいな、オマエと。
そうっと音に乗せてみる。
はっ、と照れたように笑ったサンジを見遣る。
ああ、だけどな?これだけは間違うなよ?
「NASAとかに縛られるのはゴメンだけどな」
「知ってたけど。オマエさ」
「なんだ?」
「ゾォロ、」
さくさく、と雪を踏む足音が、ぴたりと止まって。
サンジの甘えたような声が、そうっと響いた。
「ん?」
「オマエ、すごい、ロマンティストだね」
「…そうなのか?」
「うん。」
…そうなんだろうな。
「野良猫サンジにも、よく言われたんだが…」
笑って、アパートメントのフロント・エントランスのカギを開けた。
「なぁ、ひとつ聞いていい?」
「どうぞ」
「アイツが野良猫だったとしたら。おれってなに?」
階段を登って、2階、部屋の前。
ポケットから手を出したら、ぺたり、とサンジが背中にくっ付いてきた。
「血統書付き、かな」
玄関の扉を開けて。
僅かに温まった空気に安堵する。
するする、と背中に額を押し当てていたサンジを、振向きざま抱え上げて、部屋の中に入る。
「すぐ、あっためてくれないと寒い」
「サパーは?」
チェーンをかけて、ロックを二箇所。
ぺろり、と首筋を舐められて、笑った。
バスルームに寄って、湯船に湯を張り始める。
「ん、あとで。―――おぼえてたら、」
「ちゃんと食わないと、大きくなれないぞ、コネコチャン」
「オマエが食べさせて?」
一度ダイニングに戻って、トン、とサンジを降ろした。
「甘えん坊だな」
柔らかく唇を啄んだ。
「ん、」
「もっと甘えろ」
髪に積もった僅かな雪を払い落とす。
ああ、コート、かけておかないとな。
きゅ、と目を細めたサンジのマフラを取る。
「さぁむ、」
キャメルのハーフコートも脱がす。
コートスタンドにかけて、自分のコートもかけた。
ソファに置いていた毛布を、広げて。
サンジをラッピングした。
「風呂入って出てくる頃には、少しはマシだろ」
「ふ、ぁ」
そのまま、サンジを抱きかかえて、ソファに座った。
「あと10分くらい、このままガマンな」
くしゅん、とコネコのようなクシャミをしていた。
ぺったりとサンジが身体を寄せてきて、抱きしめた。
「はぁ、」
「ココアでも飲むか?」
口付けを、髪に落とす。
「イラナイ、」
「そうか」
瞼、額、また髪に落としていく。
すう、と腕を伸ばされて、きゅう、と抱きつかれる。
「…暖かいな、サンジ」
喉で笑った。
「そんなことない、」
「そうか?」
冷たいデニムを、足にかけてきた。
「…冷えてるな」
摩っていく。
「…新しい部屋を探すか?」
もう少し、温かい場所を。
くすくすとサンジが笑っていた。
くすぐったいのだろう。
「やだよ、オマエにくっついてる理由がなくなるだろ」
サンジが履いているブーツを脱がしていく。
「猫は膝の上で丸まるものだろうが」
「胸の上でも眠るよ?」
ゴン、と音がして、床にブーツが落ちる音。
爪先まで手を伸ばす。
ああ、冷えちまってるな。
「腕の中でもな」
笑って、サンジの唇に口付ける。
「オマエのね、ゾロ」
足元、摩りながら、目を覗きこむ。
「なんだ?」
「声、近くで聞いてるとね、ふわふわする」
「…サンジ」
愛してるよ、と囁きを落とした。
ゆっくりとサンジが瞬いていた。
「愛してくれて、ありがとう」
抱きしめた。
「オマエを愛させてくれて、ありがとうな」
「うん。でも、なんで……?」
嬉しそうに微笑んで、サンジが見上げてきていた。
額に口付けを落とす。
「おれの方がシアワセにしてもらってるのに、」
少し冷えた肌、さらりとした感触。愛しむ。
一瞬考えて、けれど明確な答えは出ず。
思ったままを伝える。
煌く蒼い瞳に。
「…なんでだろうな。…ただ、伝えたかった。感謝していることを」
オマエがオレと共に在ることを。
こういう気持ちになるのは。
やはり、クリスマス、だからなのだろうか。
僅かに熱ったサンジの唇が、動く。
零れ出る言葉。
「おれはね、」
さらり、とサンジの前髪を掻き上げた。
きゅう、と僅かに目を細めて。それからサンジが、すう、と胸元に額を寄せてきた。
抱きしめて、頤をちいさな頭に乗せる。
「おまえと一緒の場所にいられて、うれしい。毎日、ほんとうに信じられないくらいなんだよ」
「あぁ」
溜め息にも似た安堵の息が零れる。オレの口から。
「おまえにあいしてもらって。おれの想いも受け取ってもらえて。」
毎日が、奇跡の連続だ、と気付いてから。
驚くほど、心が穏やかだ。
寄せられる気持ちが、素直に染み込んでくる喜び。
愛し合える、喜び。
「たまにさ、」
「たまに?」
す、と口付けが、タートルの上から寄せられた。
「おまえが、ピアノ弾いてても。前と音がすこし違ってるの、わかるし」
「…そうか」
ふわり、と柔らかな気持ちになる。その言葉で。
今は、サンジ以外には聞かせなくなったピアノの音色。
時間を潰すために弾くのではなく、サンジに聞かせるために弾くピアノ。
古いアップライトで聴かせるのは、音ではなく、気持ちなのかもしれない。
言葉にできない、想いの総て。
「でもね、やっぱり」
「うん?」
きゅ、とサンジを抱き直す、腕の中。
く、とサンジが抱きしめてきて、そうっと顔を上げた。
目元には、柔らかな微笑み。
「歌ってるときのおまえの方が、スキかなぁ?」
「…そうか」
笑った。
「ウン。ゾロ、」
そうっとサンジの頬に触れた。
少し温もってきた肌。
もう寒くはないか…?
見詰めていると。サンジが声に出さずに、アイシテル、と言葉を唇で象った。
そうっと頬に口付けられる。
「あぁ」
僅かに掠れた囁きで返す。
飛来する幸福感。
ひたひた、と柔らかな波のように押し寄せてくる。
優しい愛情の波。
サンジがまた胸元に、額を押し当てていた。
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