野良猫、とたまにからかい混じりに呼んでいたサンジは。
印象としては、日向のコドモ、だ。
いま腕の中にいるサンジは、どちらかというと、月のコドモ、だと思う。
眩しすぎない柔らかな光を照らし返す、そんな存在。
寄せられる思慕は、月光のように淡く、それでいて心の奥まで染み渡ってくる。
Moon Child、月のコドモ。
愛しいオレだけの、月。


「ね、アイツ、なんて書いてたの?」
ソファの横に置いてあった新聞に気付いたのか。
柔らかな声が、読んで、と強請る。
手を伸ばし、サイドランプを点けて。
「おまえの声で、読んで」
覚えこんだページを開いた。

「…リクエスト、承った」
笑ってこめかみに口付けを落とした。
短い広告文を、ふわ、と微笑んでいるサンジに示す。
音にする。
「"いま、この手には光がある、返さなければいけない光が"」
すう、とサンジが目を閉じていた。
さらり、と髪を撫でてから続ける。
「"灯されたロウソクは、取り替えられねばならない 恋人達が聖誕祭に、抱擁を交わす前に"」
一つ息をそっと吐いて。次のラインを読み上げる。
「"カフェインに酩酊した画家は、アトリエにて天使を見るかもしれない 
 啓示が下されるまで待とう、聖母が幼子を産んだ時まで"」
微笑む。
「"猫のロゥワンは、…ウォルフィに、会いたい"」

猫のロゥワン。
よく思いついたものだ。
柔らかな苦笑を零す。なんだか、完敗した気分だ。
「…オマエ、これでなんのことかわかるか?」
じ、と聴いていたサンジに、訊ねると。
ゆっくりと瞼が開いて。す、と眼差しをあわせられた。
とても、真っ直ぐな、眼差し。
「最初と最後だけ、」
「そうか」
微笑みかけた。
「おまえ、"ウォルフィ"なんだね?」

にっこりとしたサンジの眉に口付けを落とした。
「前にな、アイツが」
ケラケラと笑っていた金色の野良猫を思い出した。
随分と昔のように思える記憶。
「"オレは野良猫で構わないけどさ、だったらオマエは狼くんだ!"って言ってな」
くす、と笑みが零れる、今でも。
「"じゃあ、もしいつか、オレがオマエを呼ばなけりゃいけない時が来たら。オオカミくん、助けてぇ、ってメッセージ、送るからな?"」

くう、と笑みを深めたサンジを抱きかかえて、そうっと立ち上がる。
そろそろ湯が溜まる頃だ。
「アイツらしいね、」
「まったくなぁ…参った」
くくく、っと笑っているサンジを、そうっと床に立たす。
「Wolf,じゃなくて、Wolfe、ってところがなあ…」

毛布からアンラップすると、手を伸ばして、くしゃん、と髪を掻き混ぜてきた。
「ふうん?」
オオカミくん、ねぇ…?そう言いながら。
サンジがまだ笑っていた。

さらり、とサンジの髪を撫でた。
「風呂、入ろうか」
思いの外、長い一日だったから。
ゆっくりと温まろう。
「じゃあ、続きの講義をお願いします、ミスタ・ウェルキンス。」
くく、と笑って。はむ、と擬音がしそうなキスを寄越された。
「了解いたしました、ミスタ・サンジ・エドゥアルド・セレス」
茶化してサンジのフルネームを呼ぶと。
「アリガトウ、ミスタ・アリステア・ゾロ・ウェルキンス」
更にサンジが笑って。
「ゾォロ、やっぱこの名前ウソクサイよ」
そう言っていた。

「アイツにも言われた。"にっあわねーッ!!!"って握り拳と共にな」
「どっかの大学教授みたいだよね」
に、っと見上げたサンジを、笑って風呂場に促す。
「ジャズ・ミュージシャンぽくないのは、よく解るんだがな」
「ウン、なんか。」
バスルーム、湯気が立ち込めていた。
タップを閉めていると、サンジが横で。
「本に囲まれてそうなイメージだな」
そう言っていた。

「もしくは、医者だな」
「ドクタ?」
「そう。ドクタ・ウェルキンス」
プロフェッサ・ウェルキンス。
どちらも頭の固そうなイメージがある。
「Dr. Welkins! Please rescue me」
「How may I help you, Mr. Seres?」
けら、と笑って。ちゅ、とキスをしてきたサンジが、ぽん、と腕に縋り付いてきた。
すい、と腰を抱き寄せて、笑ったまま眼を覗き込む。
サンジが答える。
「With your lips, with your love, with your caress, 」
「With my pleasure」

"唇を、愛を、愛撫を"と願ったサンジが望むままに、応える。
柔らかく口付けを落とし、ふんわりと笑ったままの唇を、啄んで。
項を撫で上げて、身体を預けてきたサンジの腰を更に引き寄せる。
頬に手を滑らせながら、口付けを深めて。
柔らかく開いた唇の間に、舌を滑り込ませた。
甘いそれを引き上げ、そうっと吸い上げる。
優しいディープキスを交わしながら、手を頬から頤へ、頤から首筋へと辿らせて。
薄手のシャツのボタンを、一つ一つ外していく。
ふる、と僅かに震えが走った身体。

シャツをズボンから抜き取り、肩から下ろさせると。
サンジの手がタートルの下に滑り込んできた。
笑ってサンジの舌を甘く噛んでから、口付けを解く。
「んっ、…」
「イイ声だな、サンジ」
ぽう、と頬の辺り、色が乗り始めていた。

それを見ながら身体を僅かに離し。
手を伸ばして、シェルフの上から箱を下ろす。
「今日はどの色がいいんだ?」
バス・オイルの箱を差し出した。
「―――きんいろの。」
サンジがじ、と暫く見てから、そう言った。
「As you wish, my dear」
笑ってそれをサンジの手に握らせる。
金色の、オイル・ボール。

「ゾロ?」
「なんだ?」
箱をシェルフに戻してから、サンジを見遣る。
「おまえ、あまやかし?」
「どうだろうな?」
ふわん、と笑っているサンジの額に口付けてから、タートルを脱いだ。
「もっとして?」
「キスを?」
「構え。」
にこにこと微笑みながら、肩に口付けてきたサンジのジーンズに手をかける。
「畏まりました」

フライボタンを外しながら、サンジの熱りだした顔に口付けを落としていく。
ジーンズを足元に落とさせると、サンジの手が、さら、と背中を滑っていった。
下着も落とさせて、足から抜き去る。
洗濯籠にかけて。

サンジの指がベルトのバックルを外していった。
かちゃかちゃ、と僅かな金属音。
フロント・ボタンをすい、と外されて。
僅かな開放感。
「サンジ」
名前を呼ぶ。
シッパがくぐもった音を立てて下りていった。
目が合わされる。
「冷えないか?」
「とっくに寒い、」
「先に湯船に入れ」
にぃ、と笑ったサンジの頬に口付けた。
「オイル、溶かさないとな?」

溶け始めたばかりの金色のボールが3つ、ぷかぷかと湯にたゆたっているのを指し示す。
「そっか」
そう言って、サンジがくるりと振向き、湯船に入っていった。
「熱かったら温めてくれ」
「んー、」

サンジの返事に笑って、服を脱ぎ去る。
新しいタオルを二つ、ラジエタにかけて。
トポトポトポ、とタップから水が落ちる音がした。
柔らかな水音。
「おまえあったかいもん。くっついてたらのぼせる、」
笑った。
「逆上せないようにしないとな?」
あは、とサンジが笑っていた。

近づいて、湯船に手を入れてみる。
「少し熱かったか」
濡れた手を、サンジの肩に沿わせた。
「ひとりならこれくらい、」
「抱き合うには、熱すぎるな、確かに」
きゅ、と目を細めたサンジに口付ける。
柔らかく啄むように、唇を合わせる。
激しさを増す前に、解いて。
「先に温まろう」
笑って、湯船に入った。

先に湯に身体を沈めて。
背中を預けるようにして、座り込んできたサンジを抱きとめる。
僅かに湯が溢れて、サンジがそうっと手を伸ばして、金のボールを捕まえていた。
湯にゆったりと浸りながら、サンジが手の中でボールを揉むようにして遊んでいた。
サンジの髪に口付けると。
「ヒカリって、ライタだよね?」
そうっと言っていた。

暗号の文面をソラでなぞる。
「ああ、そうだな」
「2行目は…?」
「クリスマス前に、きっちりとケジメをつけよう、ってことなんだろうな」
「―――そっか。」

恋心を引き摺っていた、と言っていた。
過去の想いの残像。
どこか断ち切れなかったソレを切るには、やはり一度会う必要があったのだろう。
お互いに。
一つ息を吐いた。

「メッセージ自体は、簡単なんだ」
そう言って、サンジの腕を撫でる。
「絵描きって、サンジだよね?でも、もう天使、あの店にいたのにね」
綴られた言葉に、苦笑する。
ぷかん、とボールが湯に浮かんで。
僅かにとろ、とした指先が、手を取ってきた。
預ける。

「あのメッセージはな?アイツの口調にすると、多分こんなものになる。
 "返さなきゃいけないものがあるから、クリスマス・イヴにカフェ・アトリエで会いたい。
 サンジが一緒だといいな。日付が変わるまで、待ってる"」
アイツの言う天使は、オマエだよ、と続けると。
「おれはそんなんじゃない」
と、そっと言っていた。
背中越し、抱きしめる。
「You are an angel for me, sweet baby」
「Then, you are my savior]

オレにとって、オマエは天使だ、と告げると。
サンジが、それならば、おまえがおれの救世主だ、と応えた。
たぷん、という水音と共に、手を引き上げられ。
サンジの唇が、手に触れた。
指の先、一つ一つに落とされる口付け。
そうっとサンジの髪に口付ける。

オマエがオレを導いてくれ。
言葉にせずに、思う。
太陽は、眩しすぎるから。
月明かり、オマエが。
暗闇を纏うオレに、道筋を教えてくれ。
道を違えないように。
オマエを失わずにいられるように。

「おまえとずっと一緒にいられるかなぁ…」
「サンジ」
首筋に、口付けを落とす。
視線の先、煌く水面。
虹色の膜が、じわりと広がり始めていた。
サンジの顔が、く、と寄せられた。
水音を立てて、サンジを引き寄せ、唇に口付ける。
柔らかなアロマが湯気に乗って広がる。
サンダルウッドの香り。

オマエの問いに答えられるほど。
オレは実はロマンチストじゃないのかもしれない。
嘘でもいいのかもしれないが、オマエに嘘はやりたくないから。
記憶に沈めてしまったものは数あれど。オマエには、オレの本当だけを、やりたいから。
口付けで応えるのは、卑怯だろうか?

預けられた身体を、なお一層抱きしめ。
掻き抱きながら口付けを深める。
腕が伸ばされ、横に僅かに傾いだ体勢のまま、くう、と縋るように背中を抱きしめられる。
どこか必死に、追いかけてくるような仕種。
切なくなる、不意に。

オマエの死に顔など見たくはない。
置いていって、泣き濡れる顔は、なお見たくはない。
明日を選ぶことはできないから。与えられた今日に、感謝する。

サンジの身体を両腕で引き上げて。
向かい合うように、湯の中で位置を変えさせる。
「―――は、ぁ」
どこか溺れるように口付けを交わしながら、抱き合う。
こく、と一瞬息を呑んでいたサンジの背を撫で下ろす。
オイルに潤った肌、つるりとした感触。
纏った膜は体温に温められて。
仄かな香りが匂い立つ。

口付けを解いて、頤に位置をずらせる。
喉元、柔らかく吸い上げて。
うっすらと紅い痕を残す。
「ん、―――ふ、ぁ」
甘い声が、湿った空間にエコーする。
背中に沿わされていたサンジの指先が、きり、と肌を押してくる。
濡れた肌、そうっと唇で辿っていく。
仰向いた喉を下り、鎖骨を僅かに食み。
窪みに添って舌先を滑らせる間に、背中を柔らかく撫で下ろす。

サンジが零す吐息。
水に落ちて波紋を描いていくようだ。
僅かに首を振り、さら、と髪が流れる音がする。
心臓の上、口付けを落とす。
「ンぁ、」

蝋燭。
命の象徴。
オレのそれは、多分短いのだろう。
死ぬ気は無くても、それくらいは解る。
身勝手な想い。
オマエを愛しているから。
オマエのそれが、オレと同じ時に尽きることを、願う。
呪をかける。
信じては、いないけれど。

「ゾロ」
そ、と名前を呼ばれて、視線を上げた。
僅かに潤んで揺らいでいる蒼を覗き込む。
微笑みかける。
「Yes,my angel?」
「Take me,」
柔らかな声。
天使を喰らうメフィストフェレス。
揺れる視線が、うっとりと蕩けていた。
「I will」

オマエを攫い。
オマエを奪う。
それでも、後悔はしない。

ふわ、と、心の底から幸福そうに。
サンジが唇に口付けを落としてきた。
視線、絡ませたまま。
頭を引き寄せ、舌を絡ませる。
目を閉じて、深い愛情とともに差し出されるものを、味わう。
受け入れて、溜め込む。
心の底に。
月の雫を集めるように。




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