口付けを解いて、サンジの身体を一度強く抱いた。
目を閉じて、とろり、と身を委ねてくるサンジの背中を軽く叩いて。
湯あたりする前に出るぞ、と耳元に声を落とす。
「立てるか?」
サンジが少し笑って。
アタリマエ、と呟いた。
「でも、立たない」
「…そうか」

きゅう、と抱きついてきたサンジの身体を引き寄せ。
そのまま纏わり付く湯から逃れる。
さぱり、と湯が揺れる音がして、僅かに零れ出たようだ。
そうっと湯船の中に立たせる。
「オイルで滑ると危険だからな、少し待ってろ」
左耳に付けたゴールドのスタッド・ピアスに、伸び上がって唇を寄せていたサンジの背中を撫でた。
髪からポタリと垂れた水滴が、オイルで煌く肌の表面を転がり落ちていった。

先に湯船を出て、温めておいたタオルを取る。
腰に一枚巻いてから、サンジを湯船から抱いて引き上げた。
タオルを広げて、サンジの身体の表面に残る水滴を、取っていく。
「―――いい匂いする、おまえ」
サンジの言葉に苦笑を洩らす。
ふわん、と笑っているサンジの髪を軽く拭いて。
「オマエもいい匂いだぞ」
トン、と唇に口付けた。

大まかに身体を拭いた後、それでサンジの身体を包む。
そっと唇を舐め上げてきたサンジを抱え上げて、バスルームを後にする。
芯まで温まった身体を、冷たい空気が触れていく。
心地よい酩酊感。
「あったかかったね、」
「次は熱くなるぞ」
首元に顔を埋めて告げたサンジの、剥き出しの肩に口付ける。

「――――どきどきするなぁ、」
リヴィングを抜けて、ベッドルームへ。
ひんやりと冷たい空間、カーテンを引いた部屋。
く、と息を呑んだ後に、どこかふんわりとした口調で呟いたサンジの背を撫でた。
暗い寝室。
リヴィングから入り込む光が、僅かに室内を照らしている中。
覚えこんだ位置にあるベッドに、そうっとサンジを降ろした。
「だって、もうおまえのこと全部ほしいって言っていいんだろう…?」

覗き込んでくるサンジに、軽く口付けて。手を伸ばしてサイドランプを点けた。
光に輝く瞳。
一心に見詰めてくる。
「言っていいんだ」
「――――ゾロ、」
さらり、と髪を掻き上げて囁く。
「全部、求めてくれ」
唇を啄む。
「オマエにやれるものは総て、オマエにやるから」

「おれが居たいのはこの場所だけだから、」
「あぁ」
心臓のあたりに、額を寄せてきたサンジの頭に口付ける。
「どうしようもないくらいに、おまえだけがスキだよ」
「…サンジ」
名前を呼んで、頤に指をかけた。
そうっと上向かせる。
「愛しているよ」

淡いオレンジの光を弾いた瞳の中。
映るのは、自分の姿だけ。
自分の目にも、もう腕の中にいるサンジの姿しか映っていないだろう。
微笑む。
「愛しているよ、オレの天使」
だから、聴かせてくれ。
オマエの歌を。
祝福を。

誰よりも。
神よりも。
オマエの声だけが、オレに届く。
オマエだけが、オレに生きる意味を与える。
Bless my soul, darling angel.
我が魂に祝福を。
And I would live for you.
さすればオレはオマエのために生きるだろう。
Just for you.
オマエだけのために。

「ほんとうに、おれ幸せなんだ」
微笑みと共に寄せられる囁き。
そうっと体重をかけて、冷たいリネンに背中を着かせる。
「おまえにだけ、自分の気持ちが流れていくのがわかる」
そうっと前髪を掻き上げる。
「あいしてる、って想いだけでイッパイで勝手に零れてく」
囁いて、伸ばされたサンジの掌が、頬に触れた。
その掌を捕まえて、甲に口付ける。
「オレが全部、受け止めるから。オマエは安心して、微笑んでくれていればいい」

ゆっくりと体重を乗せる。
細い身体、まだ発達しきっていないような魂のイレモノ。
強くて脆い、サンジの肉体。
ふ、と笑みを浮べたその表情は、安らかで。
「受け止めて、ぜんぶ?そうしたら、またおまえだけに愛してる、っていえるから」
コドモのように嬉しい気持ちが湧き上がってくる。
オマエのその笑顔を見ているだけで。
純粋な歓喜。
湧き上がる想い。
「おまえにだけ、歌うから」

そうっと唇を合わせる。
純粋な想いが寄せられてくるのを、受け止める。
両腕、やわらかく回されて。
オレだけの、月。
闇を這う者達が恋焦がれるように。
オマエの愛を請う。

舌先で、味わう。
柔らかく応えてくる舌先を吸い上げて。
手を這わす、身体の表面に。
触れるコットンの、濡れた布地。
そうっと引いて、広げさせる。
温まった肌、するすると滑らかな手触り。

甘く舌を噛まれて、喉の奥で笑った。
掌で、味わう。サンジの肌を。
表面、ゆっくりと撫でて辿っていく。
舌先を絡めると。
サンジの喉が、ひく、と鳴っていた。
角度を変えて、何度も唇を合わせ。
息が上がっていくまで、深く口付ける。

外気に晒された肌。
それでも、熱を帯びて、ほんのりと色付いている。
そうっと口付けを解いて、唇を滑らせる。
頬を辿り落ち、頤を柔らかく食み。
僅かな喉の隆起を吸い上げて、反った首筋を舌で滑り降りる。
「―――っン、」

鼻にかかったような甘い声を聴きながら、身体をずらす。
喉、鎖骨の窪みあたりに蟠ったチェーン。
肌に乗った細いちいさなクロスを口に含んで、噛んだ。
横にそっと鎖を滑らせ、シーツの上に救世主のシンボルを落とす。
聖誕祭であっても、不要なものだから。
少なくとも、今夜祝うのは。
ちいさな町に生まれた幼子の誕生では無く。
互いの生を、だから。
愛し合えることに感謝をする日、だから。

「ゾロ」
吐息に乗せて、サンジの声が名前を綴る。
吐息を肌に感じたのだろう、僅かに身体を震わせた後。
「はずして」
ちいさな囁き。
潤んだ瞳が、じぃ、と見詰めてくる。
笑って、上体を起こした。
脚の間に挟まった身体、その表面を両手で辿る。
白い細い身体の容、覚えこむように掌で撫で上げて。
「―――っぁ、」
小さな飾り、冷えた空気に晒されて、つぷりと立ち上がっているそれを撫でて。
甘い声を零しても、なお見詰めてくる瞳を見下ろし、目を細める。
「…ゾロ、」

「You need no lord nor god」
オマエは、神も主も要らない。
「Because you yourself is the one who bless my soul」
なぜなら、オマエ自身が、オレを祝福する存在だからだ。

首筋まで撫で上げて。
そうっと冷たい鎖の留め金に手をかける。
小さな爪をひっかけて開けて。
鎖の輪を壊す。
オマエが信じているかもしれない神からも、引き離す。

「Your heart is the place where my soul will return」
オマエの心に、オレの魂は還るだろう。
「Your soul is the place where my heart reside」
オマエの魂に、オレの心は留まるだろう。
「Your love is all I shall ever seek for, my darling angel. I will forever be yours」
オマエの愛だけが、オレの求める総てで。
オレは、永遠にオマエのものだ。

するりと抜き去った鎖を、リネンの波に放る。
柔らかく波打つ心臓に、口付ける。
神など、信じないが。
オマエの愛は、信じている。
永遠を夢見ることなど、できないけれど。
永遠を、と。オマエと共に在るために、望む。

潤んだ眼差しのサンジが、少し無理に腕を伸ばして。
指先に漸く触れた鎖を引き寄せていった。
小さな銀の十字架、今宵産まれた男の受難を示すそれ。
す、と唇に押し当てられた。
それからサンジもそれに口付けて。
ふ、と遠くに投げ放った。
「イラナイ、」
カーペットの床の上、僅かにシャランと音を立てて落ちた。
言葉を口にしたサンジの目に、涙が溢れかけていた。
「もう、いらない」

そうっと頬を指先でなぞる。
「どこかで、祈ってた。おまえに、咎がなされないように、って。でも、もう」
「…オマエを、助けてやれないかもしれない」
縋っても、応えぬ神よりなお酷く。
「オマエの命を、縮めるかもしれない、オレは」
だけれど。
「もう、いいんだ」
「決してオマエを裏切らない」
約束できるのは、それだけ。
「オマエだけを、愛す」
「―――うん、」

「オマエの神を、捨てさせちまったな」
腕を伸ばして、肩口に手を添えてきたサンジを、抱きしめる。
変わりに差し出せるのは、オレの気持ちだけだけれど。
オレだけに満たされていて欲しいから、謝る事はできない。
頬を掌で愛撫する。
「おまえだけに、おれは縋って。おまえとあるためになら、なんだって差し出すから、」
きゅ、と唇を噛んで。
それでも、また新たに言葉を紡いでいく。
懸命な口調。
目を閉じて、サンジの首筋に顔を埋める。
言葉を、心に刻み込むために。

「―――ゾロ。おまえと在ることが許される限り、おまえだけのために側にいさせて、」
サンジの掌が、項を滑っていく。
首筋、口付ける。
「おまえの、還る場所でいさせて」
「望む必要はないんだぞ、サンジ」
ゾロ、と囁いたコドモの顔を覗き込んで、微笑んだ。
「だめだって言われても。もう決めたんだ。そうする」
「望むことはない。ただ、誓ってくれ」
オマエはもう、オマエが望むものであるのだから。
「オレの総てを受け入れる、と。誓うならば、神ではなく、この夜に」

「I pledge to be loved by you, and to love you until………」
その先の言葉を。
口付けで封じた。
語られる必要のない形であるならば。
いまそれを呼び起こす必要はないのだから。

掌で、サンジの容を辿る。
磔にされた男に縋る使徒よりも激しく。      
く、と腕を押し返そうとしていた力が、ふ、と抜け落ちていった。
オマエの総てを愛する。
容物も、想いも、魂も。
身体を繋ぐ行為は、契約の証。
肌を重ねるたびに、誓い合うのだろう、これから先。 




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