キッチンで、付け合せの野菜の仕度を終えた。
リヴィングからは、付けっぱなしのテレビから、どこかのフィルハーモニー・オーケストラのアニュアル・クリスマス・コンサートが流れていた。
ヘンデルの、「メサイア」。
バティカンにおわす老いたパーパの御高説よりかは、はるかに耳に心地よい。

「かの有名な、ミサにはしておかないんだね?」
くすくす、と笑うサンジを、シンクの上から抱き下ろした。
「用がないからな、パーパの言う神にも、神の子にも」
すう、と肩口に懐いてきたサンジを抱えたまま、棚からワイングラスを2本下ろした。
「持っててくれ」
サンジに手渡す。
冷蔵庫に入れておいた細長いボトルを取り出す。
「チーズかなにか、いるか?」
リヴィングに向かいながら、腕の中のサンジに訊く。
「何のむの?」
「アイスヴァイン」
「じゃあ、イラナイ」
「フルーツ…ああ、甘いか」

ふわん、と嬉しそうに笑ったサンジの頬に口付ける。
「ゾォロ、」
電気ヒータで温まったリヴィング、目指すのはソファ。
「ん?」
ローテーブルにボトルを置く。
「甘いのあんまり得意じゃないのに…?」
嬉しそうな声色に、思わず苦笑を浮べる。
「たまにはいいさ」

サンジを抱えたまま、ソファに座り込む。
「ウン?じゃあさ、」
サンジの手の中からグラスを取って、テーブルの上に乗せる。
なんだ、と視線でサンジに問うと。
肩越しに見上げるようにして言ってきた。
「おれの誕生日には、おまえにペトリュスのヴィンテージプレゼントするから。一緒に飲もうな?」

名前で味を思い浮かべる。
…………ふむ。
「こうしよう、サンジ」
アロマからして、かなり甘かったような記憶があるソレ。
呑むのは、ちょっと勘弁してほしい。
「オマエが目一杯呑んで。それで、甘くなったオマエをオレが呑むとしよう」
唇に口付けを落とす。
頼むから、それで勘弁してくれ。
「キスで一口くらい、呑ませてくれないの?」
ほんのりと赤くなりつつ囁いてきたサンジの髪を撫でる。
ああ、それなら構わない。
「オマエが望むなら、いくらでも」
唇を指でなぞる。
「オマエが飲み干すのであればな」

とろり、と微笑んだサンジの唇を柔らかく啄む。
何度か優しく啄んでから、そうっと舌先を滑り込ませた。
とろりとした熱い器官を舐め上げると、ふ、とサンジが息を零していた。
何度か吸い上げ、絡ませ、甘く噛んで。
腕の中の熱を愛おしむ。
意識の向こう、す、と最後の音が消え行き、瞬時に拍手の音に取って代わられていた。
「……っ、」
女性アナウンサの声が、コンサートの終了を告げ、スポンサの名前を告げている。

く、と肩をサンジに押しやられて、最後にきゅ、と強く吸い上げてから、口付けを解いた。
ゾ、ロ、と息の合間に名前を呼ばれていた。
「が、まん。出来なくなるだろ、」
サンジの言葉に、思わず笑みを零す。
「しなくても構わないんだぞ?」
困ったような、怒ったような表情。
潤んだ瞳が当てられて、目元が和らいでいった、自分の。
「おまえが待て、って言ったじゃないか」
「もう待たなくていい」
する、と前髪を掻き上げる。
「七面鳥が焼けるのを、時折覗きにいけばいいだけだからな」

は、と短く息を零しているサンジに、笑いかける。
くうう、と両腕で抱きつかれて、そうっと抱きしめ返す。
耳元に口付けを落として。
「ときどきでも、いなくなられたらイヤだ」
「ベイビィ、どのみち何回かは見に行かないと。パサパサで黒こげのメイン・ディナーになっちまうぞ?」
笑って背中を撫でた。
「ターキーなんか、焼いてもらうんじゃなかったよ」
はああ、と深い溜め息を吐いたサンジの言葉に、思わず苦笑が漏れる。
「…わかった」
はむ、と耳朶を噛んでから言う。
「んん、」
「一緒にいこうな?」

つる、とサンジが唇を舐めていった。
笑ってその舌を追いかける。
掬い上げて、吸い上げて。
中断した口付けを、再開する。
口腔内を掻き混ぜて。
やわらかく歯列をなぞり。
全身を預けてきたサンジの髪を柔らかく撫でる。
何度も舌を絡めあって。

甘く蕩けた吐息は、どこまでも甘い。
僅かに濡れた音が時折響く。
回されたサンジの手。
指先が髪をかき混ぜて行く。

満足のいくまで、口付けて。
ふ、と賑やかなBGMが静まっていた。
コマーシャルが明けて、次の番組が始まったらしい。
口付けを解いて、そうっと視線を上げる。
白黒映画。
見覚えのある俳優。
ああ、クリスマスといえば、これも定番だな。

サンジに視線を戻す。
胸元に、くたりと頭を預けてきていた。
額に口付ける。
「ワイン、飲む…」
「呑めるのか?」
笑ってサンジの頬を指先で撫でた。
「オマエ、もう酔っ払っちまってないか?」
「きっといまならそんなに甘くないよ…?」
サンジの言葉に笑った。
そうかもしれないな。
とろん、とした口調のサンジ。
あとで、もっと甘くしてやろう。

腕を伸ばして、ボトルを取る。
ローテーブルの引き出しを開けて、ワインオープナを取り出し。
きりきりきり、と音を立てて、コルクに通し。ポン、と明るい音と共に、ワインのアロマがふ、と香った。
もう片方の手を伸ばし、グラスを傾けて注ぎ込む。
「サンジ、少し起きれるか?」
「まだかろうじて、」
注ぎ終わったグラスを一度テーブルに置く。
くく、と笑っているサンジを、そうっと抱き起こす。
「うっわ、」
サンジの身体を、ソファにちゃんと座らせて。
照れて笑っているサンジの手に、グラスを持たせる。

チン、と軽い音を立てて。サンジがグラスを触れ合わしてきた。
柔らかに微笑んでいる。
く、と軽くグラスを掲げて。
「Per voi」
笑って囁いた。
乾杯をするなら、「オマエに。」

サンジが、とても擽ったそうに笑っていた。
それでも、とても艶やかな表情。
ばぁか、と柔らかく囁くのを聴きながら、グラスを煽った。
…甘いな。

「al mio amante」
サンジが、歌うように呟いていた。ワインを飲み干す前に。
おれの愛する人に、と。
やはりワインより、サンジの方が甘いのだろう、と。
そうっと寄りかかってきた身体を抱きしめながら思う。


クロスビー演じる芸人が、美しい姉妹と語らっていた。
好意。
愛情。
映画自体は、特に秀逸な作品だとは思わないが。
クロスビーの歌声は、白黒画面によく似合っている。

ちらり、とソファ越しに窓を見遣った。
すっかりと日が落ちていた。
窓枠に、雪が積もっていた。
水滴の向こう側の世界。
「ホワイト・クリスマス、か…」
呟いて、ワインを飲んでいたサンジをそうっと引き上げて抱きしめる。
「…寒くないか?」
「―――あったかいよ、」
「そうか」

視線を白黒の映像を移す画面に戻すと。
ふう、と首元に、サンジが頭を埋めてきた。
肩をそうっと撫でる。
「身体中にね、流れ込んでくる」
笑って、サンジの髪に口付けを落とす。
「熱が、か?」
「ん。熱もらって。愛されてるのもわかる」
ふ、と笑みを漏らす。

「愛しているよ」
囁きを零す。
いくら言っても、いい飽きない言葉。
愛情は、なおも溢れるから。
言い足りることもない。
「オレの持ち得る総てで、オマエを愛しているよ、サンジ」




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