家に着いたのと、最初の雪が降り始めたのはほぼ同時だった。
家までのレースは、結局途中で取りやめた。木の陰にいた鹿だか何だかにサンジが気を取られて、
差が開きすぎて無効。

ガレージに飛び込み、雪を払い落とし。
快適な温度の空気に触れてみれば、どれほど外が冷えた世界だったのか実感できた。
コートを着たまま扉を抜け、室内へ入る。
となりでぱたぱたと雪を、まだ払っていたサンジの襟首あたりを掴まえた。

「サンジ、」
「んにゃ?」
「オマエはちょっとオオカミ臭いぞ」
ぱちくり、と目を瞬いて見上げてきたサンジに言った。
「ええ、そう?…ああ、嘗め回されたもんなぁ」
「あぁ、そう。おれはレッドとキスする趣味は無いから」
あぁ、ティンバーか?どっちでもいいが。
「…ティンバーだよう。あとねえ…」
そのまま、廊下を襟を捕まえたまま、バスルームへと連れて行った。
その間にも、パックの全員分の名前をサンジは音に乗せていたが。あぁ、わかったわかった。
そのうち覚えてやるから、……多分。

ぱしり、と重い木の扉を開いた。
中にサンジを放り込む。
「にゃうっ!!」
「Baby,my be-loved wild-eyed boy,」
すたり、と降り立って振り向いてきたサンジに告げる。
「オマエを愛しているよ。けどな、ヒトに戻ったらでてこい」
「…にゃー…わかった」
「イイコだな」
腕を伸ばして、ふにゃりとわらったサンジのハナサキを摘んだ。
「んなっ」
「あまり待たせるなよ?」
「なぅ」
わらって、扉を閉めた。
とろりと、蒼が溶けてあまったるい笑みを浮かべていたサンジが。扉の内側から機嫌よさそうにわらっている
のが聞こえた。

さて、と。
来る途中で仕入れてきたテイクアウトでも出してくるか。
微かに、水音が耳に届いた。
どうせ、あの子守りのすることだ。キッチンには厭になるくらい皿が用意されているんだろう。
あのネコが出てくるまでに、遅めの昼食の支度ができるかどうか、微妙な所だな。
そもそも。
どのドアがキッチンに続いていたか思い出すところから始めるのかとげんなりした。
この家は、適当、どころか充分デカイぞ、くそ子守りめが。



熱いお湯を頭から被る。
濡れた髪に短い木の枝が混じってて笑った。

森から帰ってきて、まず最初にすることはシャワー。
森の中で、ゾロはオレを抱きしめてくれたけど。
シャワーに放り込むところは、マミィと一緒だ。
マミィはシャワーを浴びるまで、オレには触れてこない。
ずっとハウスキーパをしてくれてるママ・リディも。たまに鉢合わせるダディも。それは一緒だ。
セトが居る時には森に入ったことがないからわかんないけど。
けど、きっと嫌がるだろうなあ。

ジャックおじさんは、オレが群れと転がって遊んでいると。
離れたところから、何一つ言わず、じぃっと見ていることが多かったけど。
やっぱり遊び終わって帰る前には。
ヒトであることを忘れるなかれ、って言ってたもんなあ、いつも。
頭、くしゃくしゃ、って撫でられたけどさ。
だから、ゾロがオレを抱きしめてくれて。
半分"動物"になったオレを、そのまま受け止めてくれたことが。
とてつもなく嬉しかった。

儀式で"動物"になるのとは違うから。ポーニーズのメディスンマンにとっても。
オレがああいう風に狼と遊びまわるってことは、とても面白い現象だったらしい。
顔つきも変わるって言われてたから。
シャワーに入ることは、ヒトに戻るための一種の儀式みたいなものだ。
ゾロの言ってたこと、間違いじゃなかったから。なんだか可笑しくて笑えた。
ゾロ、本当にオレをオレのままで受け入れてくれてるんだって解って。
心の奥底が、なんだかこそばゆかった。
どうしようもなく嬉しかった。

しゃっきり頭を洗って、身体も洗って。
冷えた手足を温めてから、バスルームを出た。
「あ、着替え…」
持ってきてないや。
前の着てったら、意味ないし。

バスタオルで身体を拭いてから、新しいのを腰に巻いた。
脱いだ服をランドリーバッグに放り込んでたら、ドアが開いた。
見上げる。
「ほら、」
「んにゃう?」
ゾロの腕が伸びて、着替えをばさばさって落とした。
パステルブルーの薄いニットと、柔らかめの淡い茶色のパンツ。
腕はまたすぐに引っ込んでいったけど。
「…パンツが無いや」
これってズボンを直に履いとけってこと???
………なんでだろう。
それってすっごい勇気がいるんだけど。

「あ、悪い」
「ほえ?」
外から声がして。
僅かに開いたドアから、ぽん、って下着が放り込まれた。
「忘れてた」
「アリガトウ」
…別に入ってきてもいいのにねえ?
「あぁ。脱がせやすそうなの選んでおいた」
「……ふはっ」
ゾロの笑い声、遠くなっていった。
ゾロ、なんだか可愛いなあ!!
ふふ、オレのプレゼント、喜んでくれるかなあ?

用意してくれた一式に着替えて、髪にドライヤをかけた。
ブラシで梳かして、落ちた髪の毛を捨ててから、バスルームをあとにする。
イイニオイがしてきていた。
その後を追っていく。
キッチン。
ゾロが何かを軽く口ずさみながら、ランチを用意してくれていた。
ゾロの側に近寄る。

「Do I look human enough for you?」
オレはアナタにとって、充分ヒトに見える?
ゾロがにぃっと笑って、鼻先にキスをくれた。
「More than enough,」
ああ、上出来、だってさ。
笑う。
「タダイマ、ゾロ」
「これでやっとキスできるな」
ちょん、と唇に口付けた。
「お待たせ」
さらん、って受け止められた口付け。
腰をきゅうって抱かれた。
腕を伸ばして、ゾロの首に回す。
「ゾォロ、ダイスキ」




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