メイドたちがいたならば、卒倒するかもしれない。
ディッシュウォッシャーに入れるべき皿ではない、気がするが、知るかよ。
文句があるならペルに言え。
簡単なサパーの後片付け、とやらをサンジがし始め適当に手を貸した。
窓の外は、相変わらずの雪だ。止むことなく夕方から降り続いている。

きゅ、とサンジがタップを閉め。くるん、と振り向いていた。
笑みの欠片を乗せる、言葉に出す。
「コーヒーでも淹れるか?」
「んー…紅茶にしよう」
「じゃあ適当にリーフを探してくれ」
「わかった」
柔らかく微笑んできたサンジに、棚を指差した。作り付けの、天井に届くほどのソレ。
「狩りに行くみたいだ」
「狩り?」
笑みを浮かべているサンジに問い掛けた。
「どこになにがあるか解らないから。片っ端からハント」
「野生の勘で上手くやってくれ」
「ウン」
次々と扉を開けていくサンジに言い残し、かるく肩に手で触れてからキッチンを離れる。
「ハント」中のサンジがけらけらと楽しそうに笑い声を上げていた。
フン、子守りからの「サプライズ・プレゼント」でも入ってたか?

リヴィングに戻れば、少し落とした灯かりにツリーが控えめに明滅をつけたしていた。後は、マントルピースの穏かな炎のオレンジ。
それだけが、部屋にあった。
改めて見回し、作り付けのキャビネットが目に付いた。あぁ、多分あれは―――
近づき、両開きの扉を開ける。……ビンゴ。
エンターティメント・エクイプメント。
DVDなところが、笑える。
果たしてこれはヤツが買い足したものか、ちらりと考え。
下のシェルフのソフトを見て確信した。
――――ヤツだ。

きっちり、ブラックユーモアを交えたセレクションにわらった。
おい、だから。
ディズニーなんざいくらサンジがお子様でも観ないだろうよ。
『ドナルドのクリスマス』
『ファンタジア』
……あぁ、これはもしかしたら観るかもしれないな。
『ミッキーのウィンター・プレゼント』
おい、ペル。あのネズミをそもそも、サンジが知っているかどうか怪しいぞ。

それからやっとマトモなソフトが並びだした。
ハリウッド・ムーヴイ、アートフィルム、オペラ、バレエ、その他その他。
あぁ、『アラスカの野生動物』??カンベンしろよ、ペル。
観たら最後。ヤツをアラスカに連れて行くのはてめぇの仕事だぞ?

中から一枚抜き出した。『アトランティス』
確か、延々と。水中カメラの映像が映し出されていた記憶がある
画面を鯨だかイルカだかが偶に過っていた気もする。
可もなく、不可もなし。
これにするか?
トレイにセットし、プレイボタンを押し。ソファまで戻った。
ネコは。フリーダイブをしたいとは言い出さないだろう、多分。


ふわりと、アールグレイのアロマが漂った。
目をやれば、サンジがトレイに乗せずに、両手にカップを持ってやってきていた。
―――危なっかしいな。
まぁ、夜目は効くらしいから問題無いか。
部屋の中が、蒼の光に溢れ出した。
画面からの。

「海洋系?」
「あぁ。何年か前のだけどな」
ソファの横に並んで座ってきたサンジから、カップを一つ受け取る。
「アリガトウ」
「どういたしまして」
笑みを浮かべた頬に軽く手の甲で触れた。
「もし観たければ、クリスマス・ムーヴィもあるぞ?」
にゃあ、と一瞬、当てた手の甲に頬擦りしてきたサンジに続けて言った。
「クリスマス・ムーヴィ?」
「あぁ。アメリカン・クラシックス」
「フゥン?例えば?」
アヒルとネズミだ、と告げる。
「しらな…あ、ちょっと待って。ええと、サンドラが言ってた…"アヒルのマイケル"と、"ネズミのダーフィー"?」
……大間違いだぞ、オマエ。

「"ベイビイ、世の中にはキミが知らなくて良いこともあるんだよ"」
芝居じみた台詞を告げて、唇を啄ばみ、わらった。
「ウン」
オレもそう思う、そう聞こえた。
口付けていた間に。―――それにしても"ネズミのダーフィー"かよ。
「おれはトンだ天然物を手に入れちまったみたいだな、」
「…そう?」
額に口付けを落として、蒼を覗き込んだ。
「知ってないと不味い?」
「さあ、問題ないだろう」
「じゃあいいや」

さらり、と髪を撫でた。
にこりと笑み残したまま、視線が画面へと流れていった。
モニターの中ではちょうど鯨が歌を歌い始めていた。
「あぁ、サンジ、あまり真剣に聞くなよ?眠くなるから」
「ウン…努力する」
すう、と目を遅め心地好さそうに聞き入っているサンジに言えば。ことん、とアタマを肩口に凭せ掛けられた。
ふ、と慣れた重みに「愛情」に違いないモノが引き起こされる。
そして留まる、おれの内に。
そのまま、髪に口付けて画面に目をやった。
―――おれの方が先に眠くなりそうだな。
そう思い、ちいさくわらった。


耳の底に、鯨の歌がするな、と意識したのが最後で。
ふ、と覚醒した。
どうやら、眠っていたらしい。
画面では、最後のクレジットが流れていた。
「―――眠ってたか、」
座ったまま、伸びをすれば。
「オハヨウ、」
サンジがアタマに軽くキスをしてきた。
「よくよく考えたら、ゾロ、あんまり寝てない」
「あぁ、」
そうだな、と答えソファから立ち上がる。

「もっと寝るの?」
見上げてくるサンジの髪を掻き混ぜながら、ついでにシャワーも浴びてくる、と付け足した。
「わかった」
ふにゃん、と柔らかな笑い顔を浮かべたサンジを見下ろす。
「オマエも、入りたければバスはまだどうせ他にもあるぞ、」
くしゃくしゃ、と柔らかな感触を掌で確かめながら言った。
「んー…もうちょっと後でいいや」
「フウン?―――お好きに。じゃあな、」
「ン」
すい、と頬を掌で辿り、離れた。
イッテラッシャイ、とサンジの声が背中に追いついてきて、またわらった、すこしばかり。



青い世界に浸っていたら、こつん、とゾロの頭が下りてきた。
ぐ、と体重が増して。
ああ、ゾロ、寝たんだ、って思った。
オレは飛行機の中でも、車の中でも寝てたけど。
ゾロは…ニューヨークを出てから、ほとんど寝てないんじゃないっけ。

思い至って苦笑した。
ううん、オレもまだまだだねえ!!
ゾロの頭にキスを落として、オヤスミって言ってから、画面に目を戻した。
主張しすぎないBGMに合わせて画面の蒼を泳ぐ、巨大な哺乳類やら、銀に煌く魚の群れ。
バンドウイルカの群れに、単体の海蛇。
サメの群れ、サカナを奪い合う。
氷の下の世界。
蒼に差し込む眩しい陽光。

山には入り浸ってたけど、海ってほとんど行ったことがないから。とても新鮮な世界だった。
キレイな青い場所。
オレも海洋哺乳類だったら、行ってみたいけど。
でもどうせ行くなら山の方がいいなあ。

たっぷりと青い世界に浸って、画面を細かい文字が流れ出した頃に。
ふ、とゾロの重みが退いた。
起きたみたいだ。
「―――眠ってたか、」
くう、ってゾロが伸びをしてたから、オハヨウ、って挨拶。
立ち上がっていたから、もっとちゃんと寝に行くのかと思ってたら、シャワーに行くって言ってた。
そういえば、ゾロはシャワーもまだだっけ?

ううん、本当に長旅、お疲れ様でした。
オレばっかり寛いでたんだ。
『愛されてるわねえ、サンジ』
サンドラの声が聴こえた。
ウン、オレは愛されてるよう。
幸せイッパイ。
にゃはははは。
『精々甘やかされなさい』
こっちはセトの声。
オレってば甘えっぱなし、だよう。

よくよく考えれば、いつも。ゾロはオレをそういう風に愛してくれるから。
だから、オレはイトコに訊いたんだ、どうやったら年上の恋人を喜ばせられるかって。
今年はニューヨークでカレシと過ごすらしいイトコは、笑って。
『じゃあ、ベイビィから甘えてごらん』
そう返事をくれた。
いつもと同じは嫌なんだって言ったら、カレからの提案。
『じゃあ、ベイビィがプレゼントになったら?ちゃんとラッピングもして』
どんな風に?
『…そうだなぁ…じゃあねぇ』

そう言って、用意するものを教えてくれた。
それが、ゾロがニューヨークで買ってくれたモノ。
毛皮のロングコートに、少し重めのネックレス。
ラッピング・ペーパとリボンの替わり。
『中身はベイビィだけでいるんだよ?』
それってハダカってこと?
『そうそう、きっと喜んでくれるヨ』
ふふ、って電話口で笑ってたカレの声。
オレが聴いても、なんだかとても艶っぽかった。
ああいうのを"セクシー"って言うんだな、って思った。
サンドラやセトに聞かせてあげたいくらいだ。


奥の部屋。
管理人さんか、その奥さんが、アンパックしてくれていた。
コートはクローゼットの中。
宝石は、けれど、鍵のかかったキャリーケースの中に仕舞われたまま。
といっても、ゾロに買ってもらったのしか、入ってないけど。

コートのポケットの中、一応探る。
ゾロにあげようって思って、彫っていた銀の指輪。
ニューヨークのイトコに、彫ってって頼まれて、ハタって気付いた。
そうだ、ゾロにいつも貰ってばかりだから、オレが作ったの、あげようって。
ジャックおじさんを手伝って、インディアン・ジュエリを作ってたから、やり方は知ってたし。
ゾロに会えなかった授業のある期間中、そうやって時間を使ってた。

ポケットから取り出して確認。
少し太めの、銀の指輪。
過度に彫るのを止めて、出来るだけシンプルに仕上げた。
イトコのカレのは、派手でいい、って言ってたけど。
ゾロは、シンプルな方が似合うし。

元通り、それをポケットに戻して、ネックレスを箱から出した。
キラキラと光る、細かい細工のソレ。
スーリヤさんに訊かれて、ハリー・ウィンストンに買物に行ったって言ったら。
ワイヤーワークが細かいと有名、って言ってた。
ワイヤーワーク…針金みたいに細かいもんねぇ。
とりあえず、それもポケットの中に入れて。

ゾロが戻ってくる前に、お風呂に行った。
ベッドルームの側の方、小さめのバスなんだ、こっちは。
それでも…砂漠の家のそれに較べたら、1・5倍くらいあるけど。
ゾロ、喜んでくれるかなあ?
ドキドキしてきた…。




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