明るい、淡い色合いのモノがある、と。部屋へ戻ったとき眼が認めた。
マントルピースの前、ラグの上。
サンジ、だ。
いつの間にか、意識的にサンジを視覚から締め出していたことに気付いた。境界、ボーダーの曖昧なラインを踏み越える時に、側にいられたのなら特に。
扉を閉め、近づく。足元、寝転んでいるらしいヒカリのかたまり。
ふと、落ちていた木製のオーナメントの赤が目についた。
寝そべったまま小さな輪を投げて、ツリーにでも引っ掛けようとしていたらしい。
拾い上げ、注がれる目線に気付いた。
反射的に、笑みを表情に乗せる。
そして同時に。
あぁ、まだ。アタマの切り替えが巧くいっていないな、と。自覚した。
サンジが、首を僅かに傾けたらしい。終わったのか、と遠慮がちに問い掛けてでもいるようなそれを目に留め。けれどまだ言葉にはなにも乗せられずにオーナメントをツリーに飾り直すと、部屋を出た。
夏の終わりの始末。
年が変わる前に全てが片付けば良い、と。そう思ったのを最後にもう1つの現実を意識から払い落とす。
バスルームで、流した水にアタマを突っ込みながら、だったが。
ぱつり、と水滴がタイルに落ちた。
ふと息が零れる。
アレは誰からのプレゼントなんだろうな?南からの知らせ。
アリガタク、いただくよ。
ゲームの再開を、確かにおれは喜んでいる、わかる。けれど、それとは別に。
あの、明るい色彩のかたまり。アレを抱いてそういった一切をしばらくは遠ざけておくことも、同時に酷く魅力的ではある。
勝手に笑いが零れた。
「あぁ、そういえば。おれは休暇中だった」
ちいさく声に出す。
フン。
―――ネコを、随分待たせちまったな。
いまごろどうせ拗ねてるか?放って置かれて。
リヴィングへと通じる扉を開ければ、まださっきと同じ位置にサンジがいた。
扉の開いた気配は伝わっただろうに、ラグの上でマントルピースの炎をじっとみつめている。
―――アレは拗ねてるな、確定。
ふ、と。
先に横を抜けたときに意識から落としていたデティールが目に入ってきた。
――――おい?
笑い出したい半分、呆れたやつだな、との驚きが半分、そして。
「……あンの、バカネコ」
いっそ厭きれ返るほどの、愛情が大半。
アスペンへ向かうとき、買ってやったコートを着ないのか、と訊ねた。
「…ふふ、まだ、ね…?」
そう答えてきた目元が少しばかり色を乗せて。それでも悪戯めいていたのは、このためか。
入り口から見つめていたなら、少しばかりサンジの頤が上向き。
火に向かって、一言。「吼えて」いた。
明らかに、不満げ。
く、と喉奥で笑いを殺した。
ワイルド・キャットだか、退屈した大猫未満だかしらないが。
ファーの裾から、立たせている脚が覗いていた。すんなりと伸びた素足。
―――まったく、誰に教わったんだか、"仔猫チャン"?
ゆっくりと、近づいた。甘茶色の毛皮に包まれたネコに。
見上げてくる蒼に、炎のオレンジが僅かに映し込まれていた。それを目で愉しみながら、唸るな、と言えば。
「ウゥゥゥゥゥ」
唸る、とはこうだ。とでも言いたげに、声を出していた。
あぁ、オマエそれはどっちかっていうと、喉を盛大に鳴らしているのと大差ないぞ?
せっかく、美味そうなんだから唸るなよ。ネコらしく懐いておけ。
さらり、と淡いオレンジを反射する柔らかな金と頬を撫でる。
ネコの仔が前足で掻くように、小刻みに足の辺りに触れられ。
オマエにオオカミの真似は無理だな、とふと思う。
「ゾォロ、」
甘い声で名前を呼ばれ、笑みを刻んだままサンジの横に座る。
きらり、と胸元。濡れたようなヒカリを返すもの、それだけが肌にあった。
指でそっと、僅かにサンジの肌に近いほどの仄かな熱を吸い込んだ細いチェーンに触れる。
身体の微妙な線に添い、柔らかく流れる。
ゆっくりと、その光りを辿る。
緩やかに、どこか不満げだった気配が溶け出していっていた。
それでも、まだどこか「硬い」部分が残っているか……?
「サンジ、」
声に出して呼ぶ。
「ンナゥ?」
く、と喉元。滑らかな肌に指先を押し当てる。
「もっと懐けよ。壮絶に美味そうだ、オマエ」
「…んにゃあう」
項まで掌を滑らせる。
その腕に、さらりとしたサンジの手の感触。僅かに熱を持って温かい。
ふ、と笑みが零れかける。
見上げてくる表情、眼差し、そういったすべてが。
触れる前からサンジの鼓動の速さを伝えてくる。
じわり、と。
自分が緩慢に餓えていく感覚にわらう。
見上げてくる、蕩け出すほどのあまい笑み。
口付ける前から僅かに赤い唇で名前を綴られる。
耳もとに唇を寄せ。ふわ、と上がる体温と。人肌に温められて独特の香りを微かに上らせるファーとを感じ。
耳朶を唇で食む。
ひくり、と僅かに包み込まれた身体が跳ねていた。
味わう、どんなに些細なオマエの動作も。
それに、聞いておかないとな……?この「思いつき」の発端を。
耳もとに、問い掛けを直接に落とし込めば。
「…気に入らない?」
僅かばかり不安げな声。
厄介なほどに拡がった甘ったるい感情に、サンジの耳朶を薄く牙で穿った。
「…っ」
あわせた薄い皮膚越し、ふわ、と体温がまた高められるのを感じ。
舌先で確かめ、味わう。
バカだな、オマエ…?気に入ったさ。
従兄からだと、腕を伸ばし頬に触れてきながらサンジが囁いていた。
ならばオマエのコピーはいるんじゃないか、と言えば。
「コピーじゃないよ、カズンだよう」
いつだったかあの砂漠の真ん中の家で交わした言葉を思い出したらしいサンジが、本気のカオでそんなことを言って寄越してきた。くう、と背を抱きしめる。
オマエより数段艶っぽいらしい従兄、とやらに。感謝しようか…?
よかったな、サンジ、オマエの従兄はイイやつで。
僅かに苦笑する。
だけどな?
仔猫チャン、バカサンジ。オマエも、あと何年かすれば大差ないと思うぞ。
……もっとも、これ以上野生化しなければ、の話か。
思いつきにまた笑いを噛み殺す。
まぁ、だが。
精々ゆっくり、セイチョウしてくれ。その方がおれもオモシロイ。
合わせられていた襟元を僅かに寛がせ。
喉元から肩まで、その線と肌を掌で味わう。
喉元を啄ばむ。
耳に先を強請る声があまく響く。
襟を引き、また広げて。首筋を唇で辿る。
「くぅっ」
ふ、と立ち昇る。肌に温められた麝香じみた香りと、あまい肌本来のソレ。
腕の中で跳ねた身体を僅かに押さえ込む。
あぁ、オマエ。
上等の獲物みたいだな、まるで。
吐息だけでわらい、肌を舌で味わう。
「イイ匂いがしてる、」
「…なにもシテナイ」
震える体。
いとおしさと同時に。噛み破りたくなる衝動が同居する。
唇で肌を擽り、音に乗せる。
「オマエと、ファーの匂いが混ざってる」
「ふあ…っ」
だから、獲物と間違えるかもしれねェな?
耳もとまで、舌先で肌を擽る。ひくり、と揺れる身体を片腕で抱きながら。
「ん…っ」
じわり、と歯を立てる、薄い皮膚越しに血の流れを感じ取れるまで。
「あ、ァ、」
濡れ始めた声。
きっとオマエの眼。あの蒼は朧に潤み始めているのだろう。
底に煌めく光は霞み、薄く欲望を刷いて。悦楽を追い、震えているのだろう。
「…サンジ、」
肌に触れたまま声に出す。
「…ッ」
額に柔らかく触れる金糸を感じながら。
「オマエ、美味そうだよ」
瞳を間近で覗きこむ。
あァ、やっぱりな。
見惚れる、潤む蒼に。
ぺろり、と赤い舌先が。熱に乾いた唇を潤していった。
フゥン?自分でするなよ。
吐息、なにか言葉にしかけていたソレを取り上げる。
サンジが自分で辿った跡を追い。深くあわせて開かせる。
拾い上げ、味わい。
く、と。
「…っ」
引き上げて食む。まだ、足りねェよ。
両腕が首に回され、一層サンジの身体が押し付けられる。腕を回し、抱きこむ。
指先に、バックスキンの蕩け出しそうな感触がある、その下で熱を孕む身体と。
口付けを解いて。
サンジが囁いていた。
「Unwrap me, and touch me more」
これを開けて、もっと触って。
甘く節の溶けた声。
それが告げる。
ふ、と笑みが零れる。
薄手のシャツを自分から取り去り、前を合わせていたバックスキンのベルトを僅かに緩める。
「んン…っ」
フォックスの襟元、僅かに浮いた汗で柔らかく毛足が流れる。それに触れ、
ほわりと色を乗せた頬に口付ける。
「ん…」
緩め解いたベルトをループから引き出し、スキだよ、と囁いた唇に口付ける。
襟もと、肩口が半ば覗くまで寛げさせ、く、と浮いた鎖骨にかるく唇で触れ。
「ふ、あ、」
喉元に蹲るチェーンを押しやり、窪みに舌を這わせる。
「んん…っ」
涼しげな音をあげ、ティアドロップがさらりと横へ流れた。
炎の陰を落とし込んで光る。
ウェストのラインの少し上、キャメルの淡い色の中に埋もれる内側のボタンを外し。
けれど、重みのあるバックスキンは身体にそって流れ広がりはせずに身体のラインに纏わり留まる。
覗く胸元、唇で薄く触れ。
「あ、ん…っ、」
さらり、と熱った内側、手を這わせる。
温められた肌と、熱を吸い込む長い毛足の感触が心地好い。
「脱がさないで、このまま喰う」
口付けの距離で声を落とした。
「熱くなって溶けちまえ、」
「あ、…や、ぁ…ッ」
僅かに涙ぐんで。首を振っていた。
そのこめかみから、耳もとへ手を滑らせる。
「や、じゃない」
眦に口付ける。
「…だぁ…って、さ、わって、ほし…ぃ…っ」
あわせた胸のした、身体が跳ね。
肌とファーの間の熱を味わいながら手を滑らせる、胸元からひくりと呼吸のたびに震える下腹まで。
「ん、ン、ふ…っ、」
「オマエ、おれの獲物だろう…?」
「…Yes、」
ぺろ、と喘ぎを洩らす唇を舐め上げ。
こく、とサンジの息を呑む音と上下する喉元に煽られる。
「じゃあ、好きに喰わせろ」
「…ウ、ン」
口付け、甘い舌を絡み取り。
食べて、と洩らされた囁きを捕え。
ひくり、と揺れ蜜を零す昂ぶりを握りこんだ。
獲物を捕まえた。
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