ぐるぐる
する
こと
ノーマンは崖から落っこちたときのことを思い出しました。三度だけ、落ちたことのあるいつもよりとてもとても高い険しい崖でした。
だけど、そのときのように身体がふわっと浮いてしまって毛皮が全部逆立ってしまうようでしたけれども、息が出来ないほど痛くなることはありませんでした。崖から落ちたときは、下に固い地面があって、ゆうに半日は腕も動かせないでじっと倒れていました。
息はくるしかったのです、でも頭がぐらぐらしてお腹が締め付けらるようで、じゅん、とハチミツよりももっと熱くてとろとろとしたものがおへその裏側から心臓に向かって体の中を駆けるようで、息が出来なくなったのです。打ったりぶつけたり、切ったりして痛いのとは違いました。
ショーンがぎゅう、とお背中がいたくなるくらい抱っこをしてくれるのもノーマンは好きでした。好きでしたけれども、耳たぶを齧られたり、首筋を涙がでてしまうほどきゅっと吸われたりしてしまって、お腹の奥に熱い蜜が溜められてしまって、「しょぉ、ぉ…っ」と何度も泣いてしまいました。
お膝が上掛けにくっつくほど身体が持ち上がってしまったり、ショーンのお膝に座るようにされてしまったりしたときは、たくさん、キスをされてお尻がきゅうっとしました。
上掛けにおでこがくっついて、お背中がショーンの胸にぴったりくっついてしまったりもしました。 お腹のなかで、お熱の塊りがぐん、と撓ってノーマンは小さく悲鳴をあげました。
嫌だったからでも、痛かったからでもありません。身体中の力があっというまにおへそのとことに集まって、そこから全部お空に抜けていきそうになってしまったからです。
きゅんきゅんとおとこのこのところもしてしまって、「ぁんん、」と鳴いてしまいました。
そうしたなら、ショーンが片腕にぎゅうっと抱っこしてくれて、もう片方の手がきゅんきゅんとしていたところを手で覆ってしまって。もっとノーマンは涙を零しておりました。
落っこちたときのように、身体が浮き上がってしまいそうです。
すこしこわくなって、「しょぉん、」とずっと呼んでおりました。
片腕に抱っこをそのまま起こしてもらえましたが、お熱の塊りがお尻のもっと奥まで刺さってしまって、ずぶりと入ってくるのに、ふるふるとノーマンが震えます。
べりぃも摘まれて、ノーマンは息もできませんでした。とろとろはずっと零れておりますし、頭がくらくらとします。
もうしんじゃうのかしら、とノーマンは思いました。
ずっと、何にも見えないのです。ぱしん、ぱしん。と鏡の反射のようになるものが見えるだけです。
「しぉん……っ」とノーマンは喘ぎました。
そうしたなら空気が押し出されてしまって、お胸がくるしくなるほど抱っこをされました。
そして、またショーンの滾るように熱い迸りが内がわに零されて、それだけでもくらくらとしておりましたのに、反らせた首筋にまできつめに歯を埋められてしまって、ノーマンはなにもみえなくなってしまいました。
しぉ、ぉ、…っ、とだけいまにも死んでしまいそうに甘い掠れた声で呼んだなら、くってりと火照ってひどく熱い体から力が全部抜け落ちました。 内側深くにショーンを沈められたままで、ノーマンは気絶してしまったのでした。
崖から落ちたときに感じた、身体が浮き上がって骨のまわりがぞくんとした感覚を、ぼんやりとノーマンは思い出しました。
ぞくん、っとして。毛皮が逆立って。でも、とても熱くてとろとろとしていて、頭がおかしくなりそうに……多分「よかった」のです。
ショーンの言っていた言葉をノーマンは覚えていました。
こわいようと鳴いていたなら、それはいいんだよ、とショーンは、少し眉を寄せて苦しそうな、でもとても嬉しそうなお顔で言いました。 ショーンが言うのならきっと間違いないのです。ノーマンはすぐにそう信じました。
だから、こわくはなくなったのです。
「くぅん、」
ハナを鳴らすような音と声の真ん中のような音を、目を開けてみたならノーマンは立ててしまいました。
柔らかく腕をまわされているのもわかります。ゆっくりと顔をノーマンはあげました。
そうしたなら、きらきらとショーンの髪の毛がまぶしくてノーマンは目を細くしました。 ショーンは、片方の手で大きな重たそうな本を支えて読んでいます。
なんだかとても古い本のようでした。ノーマンの家には無かったものです。 ぱち、とノーマンが瞬きしました。
ショーンは魔法使いだといいます。ノーマンにはよくわかりませんでしたが、ふしぎなことをする力のある「ひと」のようでした。だから、お家にない本をショーンが読んでいても不思議ではないのかもしれませんでした。
じ、と横になったまま見上げてくる視線に気付いたショーンは、ノーマンの額に唇で軽く触れてくれました。
くふん、とノーマンがまた少し目を瞑ってかさかさにかすれてしまった声で小さく笑います。
そして、言いました。
「ひとのしーずんは、たいへんですね……?」
こてりとそのままショーンの肩に額で懐きます。ヒトにもよるよ、とショーンが笑いました。
ノーマンのまっさおの目が、とろりとショーンを見上げました。
「あつくてくらくらして、おなかいっぱいになるよ」
はふ、とどこか重たい息を零しました。
「それだけ愛情が深いってことだよ」
そう言ったショーンが、柔らかく固めた蜂蜜の塊りをぽこんとノーマンの口に入れました。とろっとした甘さが舌の上に広がって、ノーマンは目を丸くして、けれどもすぐにふにゃりと微笑みました。
蜂蜜の塊りをむぐむぐとしながら、ノーマンが首を傾げました。
「……あいじょう、」
聞いたばかりの言葉を繰り返してみます。
ハチミツと同じくらい、なんだか甘い気がしました。けれど、もっと甘いかもしれないショーンの声がしました。
「あいしてるよ」
そうして、唇に柔らかなキスが落ちてきます。
「今日はベッドでごろごろしてよう。オマエはちゃんと休んでなね」
ころ、と甘い塊りを口のなかで転がして、ノーマンはじっとショーンを見上げました。
「あまいの、たべれましたか?」
ハチミツのあまさが、伝わったかなとノーマンは思ったのです。
「食べれなかったと思うか?」
にぃ、と少し「悪いひと」のようにわらったショーンにノーマンはもっと首を傾げました。なんだか、お返事が違う気がします。
ハチミツなんだけどな、と口の中でもごもごと言ってから、またまっすぐにショーンを見上げました。
「しょぉんは、愛情いっつもたいへんでしたか、」
とても素直な顔で、じぃっと見上げているのです。 すいん、とショーンが覗き込んできて、馬鹿、と言いました。そしてそのままノーマンのハナサキを齧ります。
「オマエだけに決まってるだろうが」
言葉といっしょに、掌が頭にそうっと下りてきてぐしゃぐしゃに髪を乱していくのに、少しだけノーマンが唇を尖らせました。
「それともオマエ以外にもこーゆーことする相手がいてほしい?」
急に、ショーンが意地悪な顔になるました。 こーゆーこと……?とノーマンが首をもっと今度は逆側に傾げました。 それはきっと、ショーンがほかのいきもののことをぎゅうっとしたり、キスしたり抱っこしたり――――――
そんなことは、なんだかとても、もやもやとします。
すぃ、とノーマンの眉根が寄せられてしまいました。もやもやがなんだかしくしくしてきました。
お胸までなんだか痛い気がします。崖から落ちてもいないのにどうしたことでしょう。谷に滑り落ちてしまったわけでもないのです。
それに、目の裏側が、まだ青いベリーを食べてしまったときのようにつーんとしてきます。
とても哀しいのです。
だからノーマンは一生懸命がまんをして、ぎゅ、と唇を噛んでみました。
だれかの、やさしい声が急に思い出せたのです、その声は『おとこのこなのだから、あんまり泣いてはだめよ』と言ってくれていました。多分、ままです。
ハナがつん、としてきました。
涙を零さないようにがんばって、ノーマンが見上げます。
「しょぉおん、」
声がほんとうに細くていまにも消えてしまいそうでした。
「……しんぞうの、後ろのところが、ぎゅうって痛くなっ……、びょうき?ぼく、」
お病気だったらどうしよう、とノーマンは泣きそうになりました。 だって、せっかくショーンがいっしょにいてくれているのに、お病気だなんてなんだか嫌です。
「病気だよ」
そうショーンが返してきたのに、ひん、とノーマンが嗚咽を零しました。とうとうがまんできなくなってしまったのです。
ぼく、おびょうきなんだ、としくしくと泣き始めます。そして、拳に握った両手で、目をぎゅーっと抑えます。
お病気で、そのうえ泣き虫ではショーンをどれだけ困らせてしまうかわかりません。
ひぃっく、とそれでも喉が引き攣れてしまうのに、ノーマンが顔をくしゃくしゃにしました。
「お、びょうきー…」