森
の
くらし
小さな窓に掛けられた柔らかな黄色のカーテンからお日様が差し込んできて、眠っているノーマンの枕元がちょうどぴかぴかと光りました。
ハナの方まで折れ曲がったナイトキャップのポンポンが垂れ下がり、眠っているときも元気なせいで、キャップは頭から半分脱げかけていました。
「―――――あれ?」
お日様が眩しくて、きゅ、と瞑ったままの瞼を一度掌で押さえて、ノーマンはそれが濡れているのに気がつきました。
もうずっと、偶にこういうことがあるのです。朝目が覚めたなら、目からお水が出ているのです。
こしこしと目元を擦りながら、ノーマンが首を傾げました。
「またゆめをみたのかな」
目が覚めてしまったならぼんやりとしか思い出せない夢のなかで、ノーマンは一人きりで森の真ん中で蹲って大きな声で何かを言っているのです。 なにか、呼んでいたような気もしますが、わかりません。
そして、蹲ったままでいたなら、小さな影が周りに集まってきてそれがノーマンを囲んでくるくると踊り始めて、びっくりしていたならその小さな影が急にお空に頭がつくほど大きくなって、頭からすっぽり、ノーマンは影たちに袋を被せられてしまうのです。 もっとうんと「ちいさな」ときから、決まって同じ夢をみて、そして決まって袋を被せられてしまって目の前が真っ暗になったところで、何も思い出せなくなってしまうのでした。
「―――――へんなの。」
そうベッドの、ふかふかとしたお布団に包まったままノーマンが呟きました。
まま、と夢のなかで確かに聞こえました。そう言って、ノーマンが呼んでいたのです。それから、もっとたくさんなにかを。
「まま」というのは何か知っています、たぶんきっと「まま」とは親のことです。森のほかのいきものたちには小さなこどもと、その親がいます。物知りのキツネにも、「まま」がいました。キツツキも、春がきたら「まま」になっていました。
けれど、ノーマンには「まま」はいませんでした。森のなかのおうちで、気がついたらはじめから一人でおりました。
たまに、今朝のように目から水がこぼれたままで起きたときは、でも夢のなかのことがもう少し思い出せます。 まっくらになった次に、このおうちで目が開いて、寂しくてうろうろとしながら、「ぱぱー」と言っていました。 「ぱぱ」とはもう片方の親のことです。
キツネにもぱぱはいましたし、うさぎも、ぱぱとままとこうさぎがいました。 だけどもうひとつ、もっとたくさんだれかを呼んで、お喉が痛くなって哀しくなったら、キッチンのテーブルにクッキーとミルクが用意されていて。きゅる、とお腹がなってノーマンはそれをたくさん食べました。そうしたなら、だんだんと哀しい気持ちが消えていったのです。 まだそれはノーマンがほんとうに小さい、ただのこぐまのころでした。
ノーマンの自慢の毛皮は柔らかな絹糸のようですが、その毛皮もいまより少しだけ柔らかくて、金色の毛もほんの少し多かったような気がします。
「おつめも、もっとみじかかったし」
そう呟いて、ノーマンがまだ小さな掌を目の前に持ってきました。ふかふかとした金茶色の前足から、少しだけ爪の先が覗いていました。
ノーマンは、きっと自分は森にひとりっきりのくまなのだろうと思いました。
広い森の端から端まで、おともだちはいないかと探して歩いてへとへとに疲れたときも、湖のまわりをくるりと一周まわって足が縺れて転んでしまったときも、心配して集まってきてくれたのは、自分より体の小さいキツネや小鳥たちだけでした。 でも、とノーマンは思いました。
「ぼく、おともだちがいたとおもうのに」
どうしても、そんな気がしてなりません。なぜなら、おともだちのことを考えると、とくとくと鳴っている胸の裏側があったかくなる気がするのです、日向ぼっこをたくさんしたときのように。
でも、ノーマンは森にひとりきりのくまなのです。
お話のできるのも、自分だけのようでした。 森のほかのいきものはノーマンのお話はぼんやりとわかっているようでしたが、だれも話しかけてはくれませんでした。キツネたちは、ノーマンの言うことはちゃんとわかってくれましたが、かれらは言葉がしゃべれないようでした。
だからノーマンには大抵身振り手振りで森のいろいろなことを教えてくれたのです。小鳥だけが言葉がしゃべれましたが、それでも短い単語だけです。
「―――――ぼくの、かんちがいなのかしら」
少し寂しくなって、ノーマンはキャップをぐい、と引き下ろしました。まるい耳がひょこりと片方からこぼれます。
とってもたのしくて、おしゃべりしていたような「気がする」だけなのかしら、とくすん、と小さくハナを鳴らして。眼を瞑って5つ数えてからベッドから出ました。
ナイトキャップを脱いで、お寝巻きのナイトシャツも頭からすっぽりと抜いてきちんと畳んで。小さな窓を開けてから、お台所に向かいます。
小さなこんろの上に、もうおやかんが掛かっていて、しゅんしゅんとお湯が沸いていました。
氷が夏でも溶けない小さな箱からミルク瓶を取り出して、お紅茶の用意をします。 そして棚のなかからクッキージャーを取り出して、お皿にバタークッキーとジャムのクッキーとを3つずつ並べました。
この森のおうちはとてもふしぎで、ミルクもクッキーも無くなることはありませんでしたし、お湯は独りでに沸きますし、ごはんのときは中身だけノーマンが用意すれば、おなべに入れるだけで美味しいシチューが出来上がります。
ですが、ノーマンはうんと小さい頃からこのおうちでひとりっきりで暮らしておりましたので、それをふしぎとは思いませんでした。
温めたカップにお紅茶を注いで、ミルクをたっぷりといれてからノーマンは小さく息を吐きました。
さっき、冷たい箱をあけたとき、なかにお肉がもうありませんでしたから、ごはんを取りにいかないといけません。 こんなにお天気がいいから、森をお散歩して湖に遊びにいこうかなと思っていたのに、それでは今日はあまり自由に遊んでいるわけにもいかないのです。
ジャムのクッキーを両手に持って、ぱくりと食べながらノーマンは窓を見ました。 お空はとても青くて、お外は暖かそうです。
「おかおをあらったら、お外にいこうかな」
そう言って、お紅茶を一口飲んだなら。窓の外に小鳥が二羽ほど遊びにきて、ガラス窓をこつこつと嘴でたたきました。
「あ!」
ぱあ、とノーマンの顔に笑みが戻ります。 カップとお皿とポットをごそごそと抱えて、こんろの隣にある洗い場に置くと、ノーマンはすぐに外に出ていきました。
ちゅ、ちゅ、と小鳥が囀りながら頭の周りを飛び回るのに、ノーマンがおはよう、というと一緒にふかふかとした草の生えた森の原っぱに座って、クッキーの粉を撒きました。 小鳥たちがクッキーのおすそ分けをもらって飛び跳ねているのをじっと見てから、立ち上がるとくるりと辺りを見回します。
「おさんぽにいこう、っと」
ぽん、と掌を打ち合わせて、ぴこりと丸い尻尾も揺れました。
「あと、ごはんも取らないと」
わすれないようにしないとなあ、と自分に念を押しながら、ノーマンが森の木立の中にずんずんと入って行きます。
少しくらい薄暗くても、枝が垂れ下がっていても、遠くに茨が見えてもちっとも気にしません。 ながいあいだ、森にひとりぼっちでいるのです。慣れています。
ぴょん、とスキップして、ぴょんぴょん、と木のねっこの盛り上がりも飛び越えます。
歩いているうちにだんだん楽しくなってきました。 だから思いつくままにハナウタを歌いながら、スキップで森のなかを進みます。途中で、真っ赤なベリィが成っているのをみつけてオヤツにして、それが美味しくてもっと飛び跳ねます。
そしてらんらんと歌いながら森の奥へ奥へと進んでいきました。
「ふふ」
なんだかとても楽しいです。 そして、ちか、っと何かが向こうで光りました。木の枝の間から。
「おひさま?」
ひょい、と首を傾げ。ぴょんぴょん、とコブのようになった木の根をたくさん乗り越えます。 いつもより上手に飛び越えられた気がして、ふふ、とノーマンは嬉しくなりました。だからもっと元気にスキップをしてどんどん進んでいきます。
でまかせの歌もついでに歌います。 ちか、とまた遠くで何かが光った気がして、おや、と思って。
「ふんふふ……っきゃーーーーーー!」
ぴょん、と木の根を飛び越えたとき、足下が空っぽでした。地面が、なくなっていたのです。一瞬でぜんぶのことがノーマンの目に飛び込んできます。ぼく、浮いてる……っと。
崖から、しっかりお空に両足を着けて、周りに掴まるものは何もありませんでした。 きゃーーーー、と悲鳴を上げながら、ノーマンは一直線に崖から転がり落ちていました。 くるくるとお空と地面が入れ替わります。
「めがまわるよぅー」
それどころではありません。
「―――――っきゃ!!」
次の瞬間、目の前にオホシサマがちかちかと飛び回りました。どかん、と大きな音がして、地面に頭から落っこちていたのです。
ふらふらとしながらノーマンが地面に掌をついて身体を半分起こそうとしました。ぐら、と世界が半分とけたようになります。 お顔の左半分、とくに目のあたりがとてもずきずきと痛いので手のひらで押さえながら、くすん、と小さく鳴き声を洩らしました。
もう何度、同じ崖から落ちたことでしょう。 『あぶないよ』と自分で小さな板にちゅういを書いて、そばに突き刺してあるのに、いつもいつもそれを忘れてしまいます。
「またおちちゃった」
でも。
最初に落ちたときはもっと小さかったころで、そのときは身体中が痛くて這うようにしておうちまでもどって、三日ほどベッドで寝ていました。
茨で毛皮を裂いてしまって、まっかな血がたくさん出たこともありました。
足の裏を、岩で切ってしまって鳴いたこともあります。 ばんそうこうをおうちで鳴きながら貼って、それでも哀しくて痛くてまるくなっていました。
そういったことに比べたら、今落ちたことは、痛いけど慣れていました。 転んだり、滑ったり、転げ落ちたり、はノーマンはしょっちゅうなのです。 ベリィを取ろうと木に登って、その枝が折れていまよりもっと高い崖からまっさかさまに落ちたことだってあります。 そのときは、夜でまっくらになるまで、痛くて起き上がれませんでしたから、いまなんてへっちゃらです。
たぶん、明日くらいにはずきずきも消えているのじゃないかしら、と思いながらノーマンはくるりと周りを見回しました。
そして、まんまるの耳がぴくりと動きました。 さくさく、と草を踏む音がします。これは、ごはんのうさぎでしょうか。
「ううううん、」
ノーマンはがんばってもうすこし身体を起こしました。 ちかっと何かが光って、一瞬ノーマンは眩しくて何も見えなくなりました。 おほしさまが落ちてきたかと思いました。
さくさくさく、と音が早くなります。なんだろう、とノーマンは思いました。うさぎなら、ノーマンをみて走ってきたりはしません。それにもうすこし大きないきものの足音のようでした。
「うぅううん」
きゅ、と瞑っていた眼を開けたなら、ノーマンはびっくりしました。森で、みたことのないものが目の前に立っていたのです。
「っきゃ!!」
崖から転げ落ちて痛かったのも忘れて、ぴょん、とノーマンは飛び退きました。
目、目だと思います、まっさおのそれを大きく見開いたものが、ノーマンをじっと見ていました。 金色のさらさらとした毛皮、頭にだけありました、それが風に少しだけ揺れていました。
そのいきものの毛皮は色が分かれていました。上半分は白で、お腹から下半分が黒でした。そして、鳥たちとは少し違う、さくらんぼより少しだけ色の鮮やかな羽が肩からひらひらしていました。 おうちにある、ブランケットを肩から被っているようで、でもそれよりうんと素敵でした。
きらきらと、星の海の色のように、たくさんのブルゥとグリーンがいきものの目のなかにありました。
みたことのないものが、前足を差し伸ばしてくるのに、ノーマンがもっと後ずさりました。
「大丈夫か?」
聞こえた言葉に、ノーマンがもっとびっくりしました。 確かに、そのいきものはノーマンと同じ言葉を話しました。
びっくりしすぎて、あたまがヘンになっちゃったかな、とノーマンはどきどきしました。崖からおっこちて、オデコをぶつけすぎたのかもしれないよ、と。
「手を出せ。引き起こしてやるから」
ぱ、とハナサキでノーマンが掌を合わせませした。 そして、ぱちくりと瞬きしました。 また目、目だと思います、を見開いてしまったいきものはノーマンを見ています。
音を立てたら消えていくかと思ったのに、消えません。うんとこぐまのころ、何回かおうちで幻をみたことがあったことを思い出してやってみたのです。そのときも、なんだかこのしらないものに似た姿がいくつか見えました。 夢じゃないんだ?とノーマンはもっとどきどきとしました。
「あの、あの……」
「ほら、手を出せって」
ぐい、と掌を掴まえられて、きゃーとノーマンが言いました。 よろ、とそれでも引っ張られて立ち上がります。
ノーマンはまだおとなのくまではありませんでしたけれど、そのみしらぬいきものはノーマンより大きかったのにも驚きました。
「あの……たすけてくださってありがとう」
ひょこり、とノーマンが頭を下げました。
「ああ、ちょっと待て」
声に、はい?と顔を上げようとして、ノーマンは心臓がとまってしまうかと思いました。
かぽ、と大きな音が「あたまのなか」でして、とつぜん、とっても首から上が軽くなったのです。
「っきゃ〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
ぼく、死んじゃったーーーっ、とノーマンが叫んで引っくり返りました。
「あたまもげちゃったああああ!!!!」
きゃーっとまた叫びます。 地面に打ち伏せて、空をお背中にそのみしらぬものの手が、だってノーマンの「あたま」を「持って」いるのです。
「きゃー!」
あまりに怖ろしい光景にノーマンはぶるぶると震えます、が。 あれ?と思いました。 掌で、ノーマンは口許を押さえていました。
「―――――あれ?」
だって、頭はもげてしまって無いはずです。
「あれれ??」
「その痣、痛くないのか?」
わけがわかりません。
そういえば、左目のあたりのほかはどこも、新しくは痛くアリマセン。 ぺたぺた、と掌でノーマンが「顔」を触りました。なんだか、いつもよりずっと小さいです。手のひらがあまってしまいます。 いいえそれより、首からまだ繋がっています。
「あら?!」
一声叫ぶと、そのままノーマンは湖に向かって転がるように走っていきました。 すっかり、みしらぬものに掴まえられたままの「あたま」のことは忘れています。
「あたらしいのが生えたのかしら?!」
なんてことでしょう、びっくりです。これは確かめなければなりません。 ひらひら、と何かがかおの前に落ちてきます、それを握ってみましたら、毛皮と同じような金茶色をしていました。
「んんん?」
でも構っている場合ではありません。一秒でも早く湖にいって、姿を映してみないといけないのですから。
ノーマンはどんどんと走って湖の岸まで漸く辿りつくかと思ったとき。
「っきゃああああああ!」
こけ、と石に躓きました。そしてそのまま。とととととと、と地面を小石のように跳ねて、どぶん、と湖に転がり込んでいたのです。「あたま」から。
ごぶごぶごぶ、と頭から湖に沈んで、溺れかけるのも、湖に落ちるのも初めてではないので慌てませんでしたが、ゆらゆらと長いものが水に流れるのがとっても不思議で、おもわず水のなかで「っきゃああ」と叫び。くうきの泡がぼこぼこと水面に上っていきました。
「―――――っぷぁあ、」
がぼ、と水面にノーマンも顔を出して、また、おや?と思いました。 水に濡れている感じもするし、目だってちゃんと見えますし、音だって聞こえます。これは、やっぱり―――
「あたらしいあたま……?」
こく、と首を傾げながら、上手に泳いで岸辺にもどれば、さっきのしらいないいきものがノーマンを待って立っていました。なんだか呆れているようですが、ノーマンは気にしませんでした。 ちゃぷちゃぷと岸辺まで泳いで、水からでようとしたところを。みしらぬものも、どんどんと水辺を歩いて近付いてくるのに、ノーマンは首を傾げます。
そうしたなら、ぐい、と前足を掴まえられて岸辺に戻されました。 ノーマンの濡れた毛皮から、ぽたぽたと水滴が落ちます。新しい頭からもです。 ぶる、とノーマンが頭を振って水滴を飛ばしました。
「―――――あら?」
しゃあ、っときれいに水滴がいつものように飛んでいきません。びたびたとなにか濡れたものが顔のまわりにくっついてきて少し痛くて気持ちが悪いです。
「脱げ」
「へ?」
いきなり言われて、わけがわかりません。毛皮は、だって脱げないものです。お寝巻きじゃないのです。
「重いからその毛皮を脱げ」
「乾かします」
きょとん、と首を傾げていたなら、なにか背中でじゃーっと音がしました。
「っひゃあ?」
知らない生き物がノーマンの背中のほうに手をまわして、なにかしています。毛繕いではなさそうです。
「あの、あの……?!」
けれど、次の瞬間。つるり、と足もとに何かが落ちてきました。
「―――――あら……?っひゃああああああ!!!」
今度はノーマンは両手を挙げて悲鳴を上げました。そしてびっくりして地面からぴょんと飛び上がりました。
なんということでしょう、毛皮が剥けてしまっていました。擦り剥いただけで痛かったのに、ちっとも痛くありません。
「っひゃあ、」
じわ、と瞼の裏側まで熱くなってきました。 毛皮が剥けてしまって。赤い身がでるはずが、なんだかまっしろです。つるつるとしていて、魚の身のようです。
「ぼくの……毛皮、」
呆然とノーマンは呟きます。 季節で生え変わることはあっても。こんなに全部剥けてしまったことなどありません。また生えてくるのかしら、ととても心配です。 おろおろとしていたなら、知らないものがひょい、とノーマンを抱え上げて足元でくしゅくしゅと丸まっていた毛皮から完全にノーマンを「剥いで」しまいました。
中身だけになってしまってノーマンはとても心細くなりました。それに、とても寒いです。だって毛皮がなくなってしまったのです。
「っくち、」
くしゃみまででてしまいました。 ふわり、と羽根が掛けられて、びょん、とまたノーマンが飛び上がりました。 飛び上がったところを、ひょい、と抱え上げられて、ノーマンはびっくりしました。そして驚いた顔のままでしらないものを見上げました。
「あの?」
「裸足だと辛いだろ。家はどっちだ?」
「あの……あの、だいじょうぶです、でもたすけてくださってありがとう」
そう言って、足をじたばたとさせました。 自分で歩けますし、と。
「無茶だから素直に返事しとけ。家はどっちだ?」
「あの、くまだから裸足でへいきです」
だってぼく、くまだよね?と剥けてしまった毛皮を取ろうとどきどきして手を伸ばしますが届きません。
そういえば、いつから「じぶんはくま」だ、って知ってたんだっけ。ともっと不安になってしまいます。
「くまじゃねえよ」
「くまですもの」
くすん、とノーマンがハナを鳴らします。
「くまじゃない」
毛皮もシラナイいきものが引き上げて、片腕に持ちながらどんどんと歩いていきます。
なんでそんなことを言うのかしら、とノーマンはふしぎに思って、それでもタスケテもらったのです。
「あ、」
ノーマンがおちていた頭も拾おうとすれば、イキモノはそれも引き上げて持ってくれます。
「あの……ありがとう」
イキモノを見上げます。 きらっとまた耳で光が弾けてキレイでした。見返してきたあおいろも、とてもきれいでした。
「あの…あの、毛皮はぼくがもちます」
「別にイイ」
短くいうと、イキモノはスキップを軽々とするような足取りで森を通り抜けて行きます。
どういたしまして、とも言われてノーマンは首を傾げました。初めて見たと思う生き物なのに、なんでこんなに森の道をよくしっているのかしら、と。
「この森のひとですか?」
じぶんのしらない生き物がいたのかしら、とどきどきと。
「そうなるな」
「えええええええええええ!」
っきゃああ、とあまりに吃驚してノーマンは腕から転がり落ちました。 草に身体が落ちる前に捕まえなおされて、ノーマンが目をまんまるにします。
「っぶね、」
そう呟いていきものがノーマンを抱えなおして、「じっとしていやがれ!」といいました。 きょとり、とノーマンが首を傾げました。意味がわかりません。
「あの……」
それってどういう意味ですか、と聞きます。こんなにだれかとおしゃべりをするのもだって、初めてなのです。
「石みたいにかちんこちんに固まって黙って抱えられてろ」
「へ」
こくり、とノーマンが息を呑みました。
「石になったと思ってそのように振舞え」
「ぼくはくまですもの、」
できないもの、と小さく言い返し。それでも身体を固くします。ぶるぶると緊張して震えもしてしまします。
そして、がちがちに固まった声で、それでもいいました。 なんのおもてなしもできませんが、おうちでおちゃでもいかがですか、と。
だって、ノーマンは礼儀正しい良いこぐまだったのです。