魔法
の
森
ショーンの好みからは程遠いファンシィな家の中で、小さなファンシィな木のテーブルの上に設えられた落ちても割れそうにない分厚い食器類をショーンは見詰めました。
あの着ぐるみのくまの手じゃあ、そりゃあファイン・ボーン・チャイナの茶器なんか扱えるわけがないが、と半ば呆れてパステルカラーの黄色とオレンジの馬鹿デカいマグを優雅に指先で引き寄せます。
椅子がちゃんと2脚あるのがオカシイ、プレートもマグも二組ずつきちんと最初から用意されているのがなんとなくショーンは気に喰いません。
荒野の魔女め、と舌先で舌打ちしたいのを堪えて、馬鹿でかいマグに苦戦して、ふぅふぅと紅茶を冷ましながら一口飲んでいる家の主を見遣ります。
『くまになる』魔法をショーンが解いてから初めてこの家に戻ってきた主は、くまサイズに設えられていた全てのものが大きいことに目を丸めておりました。マグもスリッパも大きければ、ショーンが着せ掛けていたジャケットを丁寧に返して真っ裸でベッドルームと思しき方向に引っ込みまして、戻ってきたときに着ていたのは、真っ白いナイトシャツ。被り物の頭に着ぐるみの毛皮で着膨れしている上に着るように作られていたソレは当然主には大きすぎ。ぶかぶかだ……!と感嘆を主が漏らした先から、その肩を生地がすべり落ちていきます。
細い肩が剥き出しで。折ってある袖から覗く腕は細くて。着ぐるみに11年閉じ込められていた肌は透き通るように真っ白くて。ショーンは首を傾げていた元くまから視線を外しました。
金茶色のぼさぼさに伸びた長い髪から目元は見えずとも口許はよく見え。そこに覚えのある黒子があることに、ショーンはこの「くま」から被り物の頭を引っこ抜いた瞬間、生きていた!!という安堵と、漸く見つけた…!という達成感と、懐かしさと愛おしさを織り交ぜた苦しいほどの激情にほんの一瞬意識の全てが持っていかれていたことを思い出します。
契約した魔物のルーシーが喉奥で唸るように笑っているのが、次元を違えてその瞬間響いておりました。平素のショーンからしてみれば、まるっきり「らしくない」その感情の激しさに興を覚えていたのでしょう。喚起していないのに容を為そうとした『魔王』を抑え込んで、くまであった者をショーンは見詰めておりました。
最後にその姿を見詰めてから、11年。
魔法の森に迷い込んだその者は、幼さ故“保護”したのだ、と漸く見えることの適った“荒野の魔女”は笑いました。
『ワタシの領地ではあるけれども、あの地をあのように、とリクエストしたのは王だよ、“明星を捕らえし者”』
あの土地に踏み込んだ者は全て帰さぬようにとね、と片眉を跳ね上げた“荒野の魔女”クレハトゥルがひらりと指輪を重ねた手をひらめかせました。
『あの森には、それこそ王があの土地の権利を主張する前から棲んでいるドラゴンがいる。それはヒトを喰らうからね。ちょっとした魔法を子供にはかけるようにしている』
ぱちん、と魔女が指を鳴らした先に、小さな家の模型が現れました―――――いまショーンがお邪魔している家のソレが。
『あの子が初めての“迷子”なんだけどねぇ……なにが起こるかわかったもんじゃないから。子供が迷子になったら自動的に半ケモノとして生きていけるようにしておいたんだ。住める場所も確保してやってね』
ワタシは優しいだろう?と笑った魔女は、のそりと現れたくまの着ぐるみを指差しました。
『けどまあワタシも忙しいからねえ。久し振りにこちら側を訪れた時に、あの仕掛けが発動していて驚いたよ。しかもあの子は生きていたんだねえ……!』
余計な知恵をつけてもらって、あの場所から逃げられてしまったらそれこそ王に申し開きができないからね、自分がケモノであり、あの場所がアレの家だと信じ込むようには仕向けたけどねえ……立派なくまだね、アレは。
そう言ってケラケラと笑った荒野の魔女が、頭からもんどりうってすっ転んだ“くま”を見遣ってからぱちりとヴィジョンを消してショーンに向き直りました。
『さて、お若い“魔王と並ぶ者”。このワタシの元までやってきたからには覚悟がおありなんだろうね?オマエの“師”は契約のことをオマエに教えたのだろう?』
する、と一枚の紙を差し出した魔女に、ショーンは頷いてその紙を受け取り、内容を確かめました。
『貴女の負債も、稼動中の魔法も、全てオレが引き継ぐ』
『景気のいい話だ、坊や。相当な負荷がかかるぞ?』
灰色の目を輝かせた魔女に、ショーンは笑いかけました。
『その為にアレと契約した』
『生きているかいないかも解らないこぐまの為に、魔王と』
無茶をするね、と笑った魔女に、ショーンは契約のサインを記した契約書をするりとテーブルを滑らせて返しました。
『幸い才能がありましたからね』
に、と笑ったショーンのサインを目で捉えて。魔女がその書をぱくりと呑みました。その途端、ぞわ、と首の裏の毛が全て立っていくような“負荷”を感じ取って、ショーンが低く呻きました。のしり、とショーンを押し潰そうとする力を、一つ一つ紐解いて契約を結びなおしていきます。 全ての魔法の引継ぎが終わったところで、荒野の魔女クレハトゥルが頭に掛けていたサングラスを目元に落としました。
『“明星を捕らえし者”ペンドラゴン。これで“全て”は汝の手の中に―――――キングスタウンまでの道を作っておくれ。王に退職のご挨拶をして、ワタシは行くよ』
もはや彼女の家でなくなった城のドアをクレハトゥルが指差しました。
『まったく。この年になるまで年寄りを現役で働かせるなんて、あの王の気もしれないね。オマエの“師”がとっととオマエのような跡継ぎを送ってこないのが悪い。――――――どうせならベンに愚痴でも零してやろうか』
ぱしん、と指を鳴らして、つい一瞬前まではクレハトゥルが紡いでいた魔法と同じモノを紡ぎだして、ショーンが一つの扉を“外”に繋ぎました。
『師であるあの方にそんな暇があるとは思いませんね』
王室付きの魔法省トップである“師”のファーストネームで呼んだ魔女は、くくっと喉奥で意地悪そうに笑って返します。
『たかだか40歳を越えたばかりの若造に、三倍は生きているワタシを無視させたりはしないよ』
ひよっ子も適当にしたまえ、と言い捨てて、魔女はかつての住処であった城を後にしました。
そして次元の間にあるその城と職務と―――――ノーマンの住む森、その全てを引き受けて、ショーンが新たな主となりました。
そのことを、引き継ぐ前から“師”は承知していましたので、今更“挨拶”にショーンが赴く必要もなく。
だから、全ての魔法が正しく作動していることを確かめた足で、ショーンはノーマンを……着ぐるみに包まれて自分を“くま”だと思っている探し人を“迎えに来た”のでした。
こくんこくん、と不器用な仕草で大きすぎる黄色いパステルカラーのマグカップから紅茶を飲んでいるノーマンの曝された首筋が、ショーンの目に入りました。真っ白い肌が滑らかに蠢き、その細さに眩暈がするかとショーンは思います。
ノーマンに掛けられていた魔法を解くのは、魔法学校を首席で卒業し、そのまま王立魔法大学をぶっちぎりのトップで卒業したショーンにとってはカンタンなことでした。 掛けられた種類の魔法の仕組みも契約の一部で譲渡されていましたので、そのメカニズムを解き明かす必要もなく、解除の魔法を一瞬で組み上げてノーマンの呪いをショーンは解いたのです。
そうして魔法のかかっていた着ぐるみの中から現れたのは、警戒心が凡そない16歳のショウネンで。明るい日差しの中で一糸纏わぬ姿を曝してさえ、それが恥ずかしいことだとは思わず、どうやら毛皮が剥けてしまったと心配しているようだったノーマンの“成長”に、ショーンは一瞬戸惑いました。
ショーンの心の中にずっと居たのは、5歳でいなくなったノーマンの姿でありましたので、そのままのちいさなちびが現れることも覚悟していました。しかし、自分が始めて“分け与え”、“慈しみ”、“愛した”存在は、あの頃と同じ笑顔と同じ心配そうな眼差しでもって自分を見詰めてきておりました。きちんと、11年の歳月を得た姿で。
じっと見詰め続けていたショーンの視線を感じたのか、すい、と視線を合わせてきてノーマンが笑いました。
「おあじはいかがですか?」
一口も飲んでいなかった紅茶に優雅に口をつけて、ショーンは微笑みを返します。
「美味いよ」
「くっきーは?びすけっともあります」
立ち上がり、キッチンカウンタの上の戸棚に収納してあるだろうクッキーだかビスケットのコンテナを取り出そうとしたノーマンのナイトウェアがずれて、半ばまで背中がむき出しになりました。
伸ばされ続ける腕に身体が伸び。ずる、と身体を滑らせたノーマンの身体が傾いだことに慌ててショーンはストップをかけ、その身体を腕の中に引き寄せました。 傾いた勢いで、ショーンの腕を鉄棒のように使ったノーマンの身体が器用に浮き上がっていき。
「ひゃあ」
そう慌てた声を上げた裾が引きあがっていって、真っ白い尻がショーンの目に焼きつきます。
柔らかそうな尻肉がぷにょん、と揺れ。どうにか身体を起こしたらしいノーマンのナイトシャツの下に隠れていきます。
こくん、とショーンはそっと息を飲み込みます。
「どうもありがとう、」
驚きに見開かれたままのノーマンのブルゥアイズが合わされ。
「いや」
自分の内を一瞬で満たした“飢え”を自覚して、ショーンが小さく頭を振りました。 未熟だった年に、自分が持てる全ての良き想いを、良き願いを注いだ相手が腕の中に居りました。
失くしてしまってからは、取り返そうと。出来得る全ての力を注いで努力してきた存在が、今、腕の中でふにゃりと微笑んでおります。
「ええと、クッキーです」
あまつさえ、酷く無邪気に琺瑯のジャーをがしゃがしゃと振っております。
その温かな体温に、ショーンはきつく目を閉じました。
そうするために探していたわけではありません、ただ取り返したい、と願っていた相手であるのに――――――凶暴な感情が奥から迸ってくるのをショーンは感じ取りました。
次元を挟んだ向こうで、のんびりと横たわる“ルーシー”がぺろりと舌をなめずりました。
『欲しいならば取れ。オマエにはその力がある――――――このオレと契約したのだからナ』
ごそ、と腕の中でノーマンが身じろぎし。ショーンがすぅっと目線を腕の中の存在に移しました。
真っ白い琺瑯には、「くっきー」と子供の字で書かれているのが目に入ります。ほにゃん、と微笑んだ顔には、柔らかな笑みが。
「あの、」
静かに甘い声が綴ります。
「あの……ぼくはくまだから重いです」
一瞬だけ、ショーンが目を閉じて俯きました。それから、ゆっくりと目を開いて、ノーマンを力強く抱き寄せます。
「オマエがくまなら、オレは魔王だな」
目を真ん丸くしたノーマンのブルゥアイズは昔から変わらなく。真っ直ぐに、ショーンだけを見上げてくることに、ちくりと胸が痛みます。
きょとん、とノーマンが首を傾げました。
「ええと、」
長い前髪が流れたのを、一房指で抓んでみます。
「どっちも不正解だよ。オレもオマエもヒトだ」
薄く笑って、とん、とそのぼさぼさの前髪に隠れた額に口付けました。
「あの、」
困った風にふにゃりと笑ったノーマンの髪がまだ濡れていることに気付き、ショーンはさらりと手を滑らせて息の下で呪文を唱えて水気を手に吸い寄せました。 そして、ぱ、と手を振って集めた水気を床に落とし、にっこりと微笑みました。
「幸いにも、不幸にも。オレもオマエもヒトだ」
「だけど、ぼくはくまだもの、ちがいます」
首を傾げて見上げてきたノーマンの生来の頑固さを思い出して、ショーンはくくくっと喉奥で笑いました。そのまま、ぐいん、と軽い身体を抱き上げます。
「っひゃ?」
「それじゃあひとつずつ証明しよう」
手足をばたばたとさせたノーマンに構わずに、そのままファンシィな夜具の掛かったコドモ向けにしては大きすぎる“くま”のベッドにノーマンの軽い身体を下ろします。
「暴れない、じっとしろ」
くい、とノーマンの額に掌を押し当てて。
「まだおねむじゃないです」
そう不思議そうに見上げてきたノーマンに、目を細めて笑いかけました。
する、と。肩が丸出しになっているのに構わず、その腕を掌で辿って指先を捕まえます。
「ほら、ヒトの手をしている。長い爪も、肉球もない」
「毛皮、また生えてくる?」
毛皮がないことを心配しているノーマンの瞳に涙が盛り上がってきていることに、ショーンが小さく首を横に振りました。そのまま指先から手首へ、手首から腕へと唇を滑らしていきます。
「薄い毛がこのあたりに生えてくるくらいだな。毛皮にはならない」
「――――――――どおおしよおうう」
おろおろとしだしたノーマンに構わずに、そのまま肩口へと唇を移して肌を甘く噛みます。
「どうもしない」
「っひゃっ」
びくん、と身体を跳ねさせたノーマンの初心な反応に、ショーンは目を細めました。
「ここにも毛が生えることはないだろ」
そう告げて、てろ、と肩から胸にかけて舌で舐め上げていきます。
「こまりますぅー……」
じたじたと身体を揺すっていたノーマンの肩が跳ね。びくびく、と揺れる身体に、ショーンが柔らかく微笑みます。
「う、ぅ、ふぅー……」
「困ることなんか、なぁんにもないよ」
ぺろ、と小さな薄桃色の尖りを舌先で掬い上げて、かし、と歯で挟みます。
「ひぁっ」
ますます身体を跳ねさせた細い幼い身体を、掌で辿っていきます。
「な、に、あの……っ」
「オマエが失くしたものの全てを、オレが補ってやるから」
びくりと身体を震わせた少年の心臓に口付けて、ふわりと魔法使いが微笑みました。
「んんんー」
意味を捉えきれずにむずかり、じたじたと手足を跳ね上げるノーマンの脇腹に柔らかく歯を立てていきます。
「やぁん……っ」
「オマエがこれから欲する全ても、オレが与えてやる」
びくりと跳ね上がった身体を掌で押さえつけ、そのまま身体を唇で辿り下ります。
「ぼく、ぼく。うさぎじゃないです、くまですー……」
「ウサギもくまも、こんなにつるりとした肌はしてないだろ」
泣きじゃくって訴えるノーマンに構わず、ショーンは、かし、と腰骨を齧ってしまいます。
「こんな風に直ぐに痛みを感じる身体じゃないだろ」
「だって毛皮むけちゃったものー、」
そう訴えていたノーマンの足が、嗚咽ごと跳ね上がっていきます。
「毛皮が剥けたなら、オマエはもうケモノじゃないだろ」
てろりと足の付け根を舌で舐め上げ。ショーンは金茶色の柔らかな毛を舌先で跳ね上げていきます。
「オマエはオレと同じモノだろ?」
はぐ、と柔らかな肉と確かな筋肉を唇で挟みます。
「同じ形をしてると思うだろ、オマエ?」
する、と掌を動かして、少し濃い金茶色の叢の中で柔らかく立ち上がっていた中心部を捕らえました。
「こっちは素直なのにな」
「し、らないものー……っ」
涙声に見上げてみれば、ノーマンがほとほとと涙を零しておりました。
「やぁん、」
びくりと身体が跳ね上がっていきます。
「知らないなら知れ。必要なことは覚えろ」
ふるふると震えているノーマンの顔が真っ赤に染まっていることに微笑んで。ショーンは、とろ、と先端の濡れた屹立に柔らかく唇を押し当てました。
「ひゃあっ」
「快楽も、苦痛も。全部オレがオマエに教えてやるよ」
腰が跳ね上がり、目を大きく見開いたノーマンが、我に返ったようにじたばたと身体をばたつかせていきます。背中がベディングの上で浮きあがり、
「んんん、んんっ」
そう声まで上ずっていきます。
「オマエが不満でも。オレしかオマエに返してやれない。与えてやれない」
そう静かに告げて、とくん、と跳ね上がったノーマンの屹立の先端を、ちゅる、と吸い上げます。
「ひゃうんっ」
「オレが与える限りは最良のものを与え続けよう」
びくりと腰を跳ねさせたノーマンに喉奥で笑って。ショーンがゆっくりとその屹立を口に含んで、浅く深く吸い上げはじめていきました。
「そんなとこたべたらだめですぅ……っ」
そう鳴き声を上げたノーマンの屹立からほんの僅かだけ唇を浮かせて、ショーンが優しく、けれど明確な意思を伝える強い声で応えました。
「なにがダメでなにがいいのかは、全部オレが決めてやる。だから、オマエは全部オレに明け渡しちまいな」