と
て
も
大事
バスケットの中には、イースターの飾りと回転木馬のオルゴールがきちんと入っていて、少しだけ重たいそれをノーマンはがんばって片腕にさげて、ぴょんぴょんと跳ねるように軽い足取りでショオンの手をきゅっとにぎって石畳を歩いていきます。
イースター・マーケットの屋台が並んだ中をたくさんの人に混ざって歩いて、頭がくらくらしそうです。
お話したいことや、聞いてみたいこと、思いついたことでいっぱいになりすぎているのです。
少し暗くなってきたので、屋台にランプが点いて広場の街灯もぼうっと光りはじめて、ひゃあ、とノーマンが小さく声を押し殺します。
森を魔法のランタンで照らしたときを思い出して、こくりとノーマンが咽喉を鳴らしました。
キングスタウンの灯りもとてもきれいですが、やはりショオンの魔法にはかなわないなぁと思ってとても誇らしくてうれしくなります。
そして、たくさんの着飾ったヒトと通り過ぎましたが、ショオンほどきれいなキンイロの髪をしているひとも、ショオンほど素敵に微笑む人も誰もおりませんでした。
きゅうっとまた手を握りなおして、としんと軽くショオンにぶつかって、にこにことしている間に、マーケットは通りすぎて、さっきの「おみせ」に出てきました。
「あ!」
ノーマンが指差します。
「しょおのお店ですよ!」
「そうだよ」
「もうかえるんですか?」
「荷物も多いしね。そろそろいい時間だ。お茶にしたくないか?」
「あの、お城にもいかないんですか?おれのししょうに謁見せずともいいんですの?」
例によって単語がごちゃまぜです。
「城なんかに行っても面白くないよ。師匠は忙しいしね。というか、どうして“おれのししょう”が一語なんだ?」
「あら。だってしぉのおれのししょう、でしょう?」
ふふ、とノーマンがわらいます。
「だからぼくのせんせいは、おししょうですのに」
「確かにオレの師匠だけど、別にそういう名前とかタイトルじゃないぞ?」
「あら」
むずかしいんですのねえ、わかりませんよ、とさらりと酷いことを言うと、ショオンに連れられてお店のドアを、からんと潜ります。
「でもって、なんでそれでオマエの師匠が、おししょうになるんだ?」
「しょおのせんせいが“おれのししょう”、だから、ぼくのせんせいはそれを少し短くして、“おししょう”です」
そうノーマンの言った途端。
「この愚か者めが!おまえそのようなつもりで私をお師匠と呼ばわっておったか!!!」
そうユミルの怒る声が響き渡りました。
「あら、だってそうですもの」
ちっともおびえた様子のないノーマンは平気な顔です。
そうした途端、大きな白狼が現われて、ひゃああとノーマンが大喜びします。
そのまま、がぶりと頭を飲み込まれそうになっても、「おおきいお口!キバがすてきですねえ…!」と頓珍漢に感嘆していますとショーンが「じゃま」とその鼻面を掌で押し遣り、奥のドアを開けて一足先にお城へ戻ってしまいます。
「あああ、しぉ!」
やだ待ってくださいよう、と慌ててノーマンもその後を追いかけます。
ぐるるる、と不機嫌に唸る古の神様も扉を潜っていきます。
ひゃんひゃんとうれしそうにお散歩を終えたイーニィたち(頭はひとつでしたが)が一番最後になりました。
ぱたん、とドアが閉じると、お店の灯りも落ちてしまって、まっくらになっておりました。
お城では、さっそくユミルは一回唸るとチャームの中に戻ってしまいました。
「しばらくは呼ぶでない」
と不機嫌な声で言い渡しておりましたが、ノーマンはあまりちゃんと聞いておりませんでしたので(なにしろ、バスケットの中身を取り出すのに夢中でした)、どうなることやら、です。
そしていったんバスケットの中身をきちんと居間のテーブルに置くと、ショオンがおいでと呼ぶのについて寝室へまたスキップするように向かいます。
「お着替えですか?このお衣装でお茶をしましょう」
そう張り切って言います。
「せっかくのイースターのお茶で?アリエナイ」
んん?そうなんですか?ときょろんと首を傾げれば、そうする間にもするすると上着が勝手に脱げていきます。
ベストも腕をすり抜けて、お帽子もふわふわとクローゼットのなかにもどっていきます。
ショオンがぱちんと指をならしたなら、やわらかいベージュ色をしたふかふかしたものが空中に突然現われました。そのベージュのものがふかんとノーマンの腕の中に落ちてきます。
とろとろの柔らかな毛皮の手触りに、ぱああっとノーマンの表情が煌きます。
「これ、あたらしい毛皮ですか!」
「そう。飴色の、欲しがってただろう?」
さらさらと触って、ほっぺたに毛皮を押し当てます。
「はい、とってもやわらかい毛皮ですねえ…!大好きです」
「肉も美味いし?」
「おにく?」
毛皮を目の前に高く広げて、「ああああ!」とノーマンが大きな声を上げました。
くまのフードのまるんとしたお耳ではなくて、たらん、と長くてすてきなお耳が垂れ下がっているのです。
それに、銀色に石の垂れ下がった大きなピアスまで片方にはついています。
「しぉ、これ…!うさぎ!!」
たしかに、うさぎのシチューはノーマンも森でこぐまをしていたころは大好きでした。
「イースターだしね」
「新しいお衣装、うさぎですか、すてき!ぼく、うさぎの毛皮もっていませんもの…!」
ひゃあ、ありがとうございますー、と毛皮を腕にかかえたままでぎゅうっとショオンに抱きつきます。
「すてきすてき、ピアスもおそろいです!ありがとうございま…あら?」
きゅ、と見上げたショオンはいつのまにかまた別のお衣装になっていました。
いつもの、ゆったりとしたすてきなシャツにおズボンではなくて、赤と黒で目がチカチカしそうな、でもとてもきれいな上着を着て、さっきのお帽子とは違ってずっと背が高くてつばも勝手きままに曲がった、リボンでぐるぐる巻きになったお帽子になっていたのです。
「ふしぎなお衣装…!」
ノーマンの目が煌きます。でもとてもショオンに似合っていて、すてきです。
「たまにはね」
「いつもでもいいですよ」
「それはどうもありがとう」
ないしょばなしをするようにこっそりと告げれば、あむ、とショオンがキスをしてくれて、ほにゃんとしあわせになります。
そうしたなら、ピアスのついた長いお耳がとろんと目の前に垂れ下がってきました。
「あら?」
不思議に思うまもなく、魔法ですっかりうさぎの毛皮に着替えていたようなのです。
そうしてショオンがきれいな水色の上着の袖を通してくれるのに、ありがとうございますとお砂糖の蕩けたような笑顔になります。
ポケットには金鎖が覗いていて、中からはカチカチと時計の音がします。
「あ、これ、…かいちゅうとけいですね」
これは新しく覚えた言葉です。
「そう。マストのアイテムだろう?」
「上着の?」
こくりとノーマンが首を傾げます。
「それともお茶の?」
「ウサギの」
「そうなんですか」
感心した風に呟けば、とん、とショオンの指がオデコを押してくれたのに、またひゃはは、と笑ってしまいます。
さあ、お茶にしよう、とショオンがお台所に向かうのを急いで追いかけて、お背中からとんっと抱きつきます。
「ぼくがうさぎなら、しょおは何ですか」
前にきいた、魔法使いは仮装はしない、というお話はきちんと覚えているノーマンです。
「きょうは、はろうしんじゃないけど、ぼくはうさぎですか」
「そう。それでオレは魔法使いの帽子屋」
「お帽子屋さんですか!」
それでそんなすてきなお帽子なんですね、と感心します。
「じゃあ、しぉ?」
きゅ、とショオンの腰に後から腕をまわしたままで歩いていきながらノーマンが続けました。
「うん?」
「お帽子屋さんには、うんとおいしいお茶をいれてしんぜましょうね」
「それは嬉しいね。ケーキはあったかな」
「もちろんです。おいしいカスタードケーキと、クリームケーキとチョコレートケーキがあります」
「じゃあチョコレートにしよう」
「チョコレートとカスタードですね」
わかりました、と勝手に納得して、張り切ってさきに「うさぎ」のノーマンが走ってお台所に向かいます。
たくさんすてきなきれいなものを今日はもらいましたので、お礼にうんとおいしいお茶を用意するつもりでおお張り切りです。
そして、一番気に入りのカップやポットも出してきて、ぱたぱたと忙しくお茶の仕度をして、ティースプーンやケーキの乗ったお皿もぱらぱらと自分たちからテーブルクロスの敷かれた上に落ち着きます。
ショオンがいつもの位地にすい、と座るとナプキンがひょいとそのお膝に飛び降りて。
砂金の入った砂時計がきっかり4分をさして、ノーマンはポットを引き上げました。
「おいしく入りましたよう!」
それを合図にティーカップがソーサーごと歩いてやってきて、注ぎ口の下にきちんと止まります。
「そーっと、そーっと」
自分に言い聞かせながらノーマンが紅茶を注ぎおえれば、またショオンの前にカップはもどっていって、ミルクピッチャーもその後をくるくると回りながら追いかけています。
ケーキも両方、お皿に乗ってこれも回りながらショオンの前で止まります。
ふう、とお茶のできに満足してノーマンが息を吐いて、自分もお椅子にとさりとすわりました。そして、じっとショオンを見詰めながら、にっこりとしたのです。
ケーキを切り分けて小皿に乗せる様子も、いつものお洋服じゃない分、おもしろいのです。ぴょこ、と目の前に揺れるお耳もです。
「しお…!」
そして、おしゃべりをずっと我慢していた分、ノーマンはもうお話をしたいことがありすぎました。
「うん?」
「タウンって、おもしろいところですねえ」
「ノーマンにはそうかもね。はい、イタダキマス」
「いただきます!あのね、それでね、」
「聞いてるよ」
「あのね、おみせは、だれがいるんですの?しょおのおみせ」
「オレ」
「しぉがですか!」
ケーキをすいっと口もとに持っていきながら、ショオンが教えてくれるのにノーマンが目をまんまるにします。
「まいにち?」
「まさか。時々、用事がありそうな時だけだよ」
「やたいはいつもあるんですか?」
いきなり話が変わります。
「おうさまやおしろのひとも、きょうは街にでていらしてたんですの?」
「王は街に出ていないね。屋敷のほうじゃなかったかな」
「おれのししょうもお店をもっておられますの?」
てんじょう(丁寧)語が間違わずに使えるときもあるのです。
屋台の説明をショオンがしてくれている途中でもう言葉がでてきます。
「師匠は王宮勤めだよ。アドヴァイザ。その前は学校にいたから、店は持っていないんじゃないかな」
「おぼっちゃんてぼくのことですの?なんかいもいわれましたけど」
なるほど、と頷いて、もう別のことをきいています。
「そう。ノーマンのことだね」
「なんで?」
「それはノーマンが素敵な格好をしていたからでしょう。いいところの出身だと思われたんだね」
「こぐまだったんですのにねえ」
非常にとんちんかんに感心しています。
「それは、街の人は知らないし、知る必要もないことだね」
「ほう」
相槌も読んだお話の影響がちらほらします。
「しぉ?」
「ウン?」
「あのね、あとでね、ふぁんなんとかーには行けませんでしたけど、あ。ありがとうございます」
ショオンが口元についていたチョコレートを指で拭ってくれたのにちゃんとお礼をいって、ノーマンが続けます。
「うん?」
「あのね、ええと、行けませんでしたから、あとでお庭でおうまのオルゴールをおっきくしてくださいね…!」
「…は?」
「ふぁんなんとかーに行けませんでしたから、お庭で、あのおうまのオルゴールに乗れるようにおおきくしてくださいねえ」
うっとり、とノーマンが夢見心地に繰り返します。
「――――嫌だよ?」
ショオンの返事に、くううっとびっくりしてノーマンのまっさおの目が大きくなってしまいます。
「なんでですの?」
「そぐわない」
「いつもあるんじゃないんです、一回あのくるくる回るおうまにのってみたいんです」
テーブルのオルゴールをちらっと見やってからいっしょうけんめい言います。
「それはでも、次回お祭りがある時に乗りに行けばいいんじゃないかな」
「いーにぃみーにぃまいにーもーも一緒にのれますか?」
しぉもいっしょに乗れますか?と続けます。
「乗るのはオマエだけだろう?」
「みんなですよう」
あんなにキレイで楽しそうですもの、とまたオルゴールをみやります。
「いや、オレはいいよ。パス」
「じゃあばしゃは?」
馬車はいかがでしょう、と言います。
「馬車なら普通に馬車があるし。特にコレじゃないきゃいけない理由はないと思うよ」
「じゃあ、ぼくたちだけでもいいですから、お庭に欲しいです、一回でいいんです」
「うーん」
だっておまつりはきっとまた先でしょう?と首を傾げます。
それに、とぷすりと唇を尖らせます。
「たうんでぼくがおうまに乗ってる間に、しょおが新しいおともだちをつくるのはいやですもの」
「――――新しいお友達?」
「はい」
こっくりと頷きます。
そんなノーマンに今度はショオンの目がまんまるになります。
「だって、きょう。たくさんドレスのひとが、“お近付きになりたいわ…!”って言ってるの、ぼく聞こえましたもの」
「おや。さすがに大きな耳をしているだけあったか?」
「お耳はね、こぐまの頃もいいんです」
つん、と垂れ下がったお耳を軽くショオンが引っ張ってからかうのに大真面目にノーマンが応えました。
「おちかづきっておともだちになるってことでしょう、ぼくお勉強しましたから分かります」
「それじゃあ、ノーマンにもたくさんのお友達ができるかもしれなかったことも気付いているね?」
「ぼく?もりのみんないましたか?」
くすくすとわらっているショオンにノーマンが首を傾げました。
「まさか。森からは遠いよ。都合のいいフィルターがついているね、この耳には」
むーと唸りながらノーマンは紅茶を一口飲みました。
「森のみんなのほかは、ぼくはおともだちはいりません」
「いらないのか?」
けれど、とてもすてきなショオンにはおともだちはたくさんいるのでしょうか。
すこしわからなくなります、なにしろタウンにはあれだけたくさん人がいて、王様のお城にだってもっとたくさんいろいろなドレスのひとがいるでしょう。
けれどショオンはわらってお茶をくううっと飲んでいます。
「しぉ?」
「うん?」
「いりませんよ」
素直に答えます。
「うん?」
「ほかのおともだち」
もやもやっとした塊りがなんだかお胸の奥かお腹にあるような気がします。
「うん。オレも特にはいらないね。ノーマンがいるし」
「―――――あ、」
かちゃんと小さく音をたててカップを下ろします。
「しぉ、」
「なんですか」
「もやもやんってしたの、なくなりましたよ…!」
お胸かお腹がもやもやんってしてたんですの、と説明します。
「ケーキの食べ過ぎ?食べなさすぎ?」
ショオンのきらきらと光りを落とし込んだブルーの目が覗き込んでくれているのをじっと見上げて、あのね、とそうっと言います。
「ぜんぜんちがいますよ、」
これは、ええと、ええと、と言葉を探します。
そうしている間も、ぺろ、とショオンが口もとにまた乗っていたチョコレートを舐め取っていってくれるのがくすぐったくて、もぞ、とうさぎの毛皮に包まれた足が動いてしまいます。
「うん、なに?」
「ええと、“やかもち”ですね、きっと」
自慢そうに、そうっと言います。ユミルが聞いたならいろんなイミで呻くに違いありません。
ぶふっと吹き出したショオンがそれでも、不思議そうな顔をしていたノーマンの顎をつかまえて、くんと上を向かせます。
「それを言うなら、“やきもち”」
「―――――あら」
繰り返そうとしていたノーマンは、けれど柔らかくキスをされて、続きが言えませんでした。
チョコレートとカスタードより甘くて、さっきのキャンディーよりもうんと甘いように思えました。