れす
き
ゅー
空を歩いて城下町の家まで戻り、ドアを開けて中に入ってから再度ショーンがドアを開けました。
すると、現れたのは城下町に面した通りではなく、研究室の横にある地下の図書室です。魔法のかかった扉は空間を捻じ曲げ、いくつかの場所を点で結んでいるのです。
ショーンが城に戻ってきた瞬間、静まり返っていたお城の中が一気に明かりが灯ったように賑やかになりました。
主が帰ってきたことで、基礎的な守りと絶えない火を起こし続ける魔法しか作動していなかったお城全体にスウィッチが入ったのです。
きゅ、とショーンが目を細め、人差し指を唇に押し当てました。するとどうでしょう、しん、と城中が一気にまた静まり返ったのです。
ぞわり、とショーンの“内側”で、ルゥが頭を擡げました。
『ヘィ、魔法使い。こぐまチャンがいねェな』
どこか笑っているような声で告げてきた魔に、ウルサイ、とショーンが応えます。
嫌な気持ちは的中しました。いつもだったらショーンの帰りを待ちわびている筈のノーマンの気配がお城の中から消えているのです。
番犬代わりに召喚したケロベロスの姿もありません―――が、気配は解ります。それは焦って外に飛び出して行っているのです。
ちっ、とショーンが舌うちをしました。そして図書室を出て研究室に向かいます。
棚の中の小瓶の一つからお星様の欠片を取り出して、短く呪文を唱えて喚起します。
ふわり、とお星様がショーンの手の中から浮き上がり、それから一気に外へと飛び出していきます。
研究室の扉を飛び出し、階段を上がり。書斎の窓が自動でパン、と開いた瞬間、一気に外へと飛び出していきます。
『オヤオヤ、随分と遠くまでお出かけしたもんだなァ』
「ったく、なにやってんだ、ノーマンは!」
ふる、と怒りに身体を震わせたショーンの背中に漆黒の羽根が生えました。
ぐうぅぅぅ、と城がゆっくりと膨張していきます。
チッ、と舌を鳴らしたショーンがぐにゃりと湾曲して大きく開いた扉へと向かって飛び立ちます。
広がる階段や扉をダーツの矢のように飛びぬけ、お星様の後を追うように日が落ちかかり、既に暗闇に包まれている森の上空を飛んでいきます。
通常、自分の領地内でこのような速さで飛ぶことのないショーンですが、飛行自体は慣れたものです。
森の奥のある一定の位置で止まり、ぴかりぴかりと光りを放っているお星様の欠片に向かって一気に滑空していきます。
ばさばさばさ、と耳元で風に靡く髪が音を立てます。
耳にぶら下げたピアスが引っ張られ、きゅ、とショーンが目を細めます。
それだけの速度で飛んでも一瞬で到達しない距離を、今日のノーマンは“お出かけ”していたのです。
「だから森の奥には行くなっつっただろうが」
ぼそりつ低い声で言い放ったショーンに、ルゥが思念だけで伝えてきました。
『今日は妖精どもが賑やかだ』
「……チッ、あれかよ!」
“精霊”と呼ばれることの多いものですが、白く発光するふわふわの綿毛のようなソレは死者の思念が固まったものです。
動物や植物などが死んだ後に、それらに蓄えられていた情報が離れて“大いなる意思”に戻っていくところなのです。
詳しく解明されていませんが、死んで直ぐの物には“意思”が残っており、そのため“個性”が発揮されて、時折悪戯をしかけていくのです。
ショーンが先代魔女から手に入れたこの土地には、“大いなる意思”を含めて“ヒト”の手から守られなければならないものが多数あり、そのためにヒトを寄せ付けない魔法がかかっているのです。何も先代魔女が強欲に自分の領土を守るため(だけ)に高尚な魔法をかけていたのではありません。
ショーンの視界の遠い片隅で、精霊たちが大いなる意思に融合するために集っているのが見えます。
それは幻想的なヴィジョンで、当のノーマンが見れていたならば歓喜に沸いていたことでしょう。
けれど、いまはそれどころではありません。
お星様の欠片は一点に止まったまま、一向に動く気配がないのですから。
キン、と耳鳴りがするほど早いスピードでソラに浮いたお星様の欠片まで到達すると、ショーンは頭から下に向かってダイヴしていきます。
ひゃん、ひゃん、と途中で甲高い子犬が騒ぐ声が聞こえましたが、ショーンはそれを無視して地面まで降りていきます。
そして、薄ぼんやりと光っていた小さなお星様の欠片がぴかぁん、と一際大きく煌めいたその場所に、ふわりと足から降り立ちました。
お星様の小さな欠片で薄く照らされている光の中で、小さく小さくノーマンが蹲っているのが見えます。
がたがたと小さなな身体を震わせている泥だらけのノーマンは、ショーンが目の前に降り立ったことにまだ気づいておりません。
ノーマンを見付けてほっとした気持ちと、なぜこんなところに一人でいるのか、と一瞬で沸き起こった怒りを息を吸い込むことで落ち着け、むんず、とノーマンを首根っこで掴んで地面から引き揚げました。
そして、泥だらけの身体に僅かに目を細めたものの、そのまま腕の中に抱き込みます。
「おいこらノーマン」
「しょおおおおおおおおおおおおおお」
びくりと身体を跳ね上げたノーマンが、ひしっとしがみ付いてきながら大声で泣き声を上げました。
うぉんうぉんとこぐまのように泣きながらショーンにしがみ付き、びくりと飛び上がってまた新たに涙をぼとりぼとりと零していきます。
「あぁああああもぉおおおおお」
錆び臭い匂いと、土と草の匂いにショーンが顔を思い切り歪めながらノーマンを抱きしめました。
「ぅおおおおおんんん、」と名前と泣き声を同時にノーマンが上げました。
「ったくなあ、オマエ!心配しただろうがっ」
「しぉよおおおおお」
空いている片手で、涙と血と泥と草の露の汚れたノーマンの頬をぐいぐいと拭います。
ぎゅう、としがみ付いてくるノーマンの髪も土と草に塗れています。
「骨折はしてないな?皹もねェな?」
頬に切り傷のあるノーマンの涙と鼻水に濡れた顔を覗き込んで、ショーンが確かめます。
「っわ、わか…っな、ぉおおおおん」
「ああ、ああ、わかった。泣け、泣いとけ。もう心配ないから」
ぼとぼとと涙を零すノーマンの身体をきつく自分に抱き寄せます。
ぎゅう、としがみ付いたノーマンが、指先の痛みにひぃひぃとしゃくりあげるのに低く舌打ちします。
内のルゥがもぞりと動きました。
『頑丈だな、こぐま』
ぼそりと呟かれた一言に、表層で見て取れる傷以外はダイジョウブだということを知ります。
「ノーマン、オマエ、何チャレンジしまくってるの。こういう時は大人しく寝てオレが来るのを待っときなさいっての」
何度も何度も壁を登ろうとし、手の爪が全て剥がれてしまっているのが解り、ショーンが声を落ちつけてノーマンに告げます。
「っぉ、おち、おち…っ、こわ、ぁああああん」
「だから一人で森の奥に行くなと言っただろうが!番犬が上でパニックだ」
涙がいくつもいくつも自分の肩や胸に落ちてくるのを感じ取りながら、ショーンがゆっくりとノーマンの頭を片手で撫でつつ、ばさりと羽根を広げます。
ばさ、ばさ、とはばたいて、また頭上で輝いているお星様の欠片まで浮き上がっていきます。
「ぁ、て、ね、てたからー…っ、」
「起こせ。じゃなきゃ起きるのを待て。ったく番犬のクセに使えねェ」
不機嫌にショーンが言い放ち、お星様の欠片を指で抓みました。口の中にそれを放りこみ、チッと舌を鳴らします。
ぼとぼとと泣いた顔のまま、目を大きくしてノーマンがショーンを見上げました。口調が通常のエレガントなものから相当乱暴になっているのが珍しいのです。
きゅ、と目を細めたショーンが、ノーマンの泣きぬれた頬を片手で包み込んでから唇を開かせます。
そして、口の中に用意したはちみつキャンディ(魔法のお薬入り)をノーマンの口の中に落とし込みます。
「泥だらけで血だらけで。吃驚するだろう?」
目を大きく見開いた瞬間、ぼろりとノーマンの目から涙がこぼれます。
そして、ひぃいいっく、としゃくりあげたノーマンの頭を撫でました。
「先にオマエ、その土を落とさないとダメだな」
「た、くさん…っ」
ばさりばさりと歩くのと同じスピードで空を飛びながら、ショーンがノーマンの言葉の続きを待ちます。
「のぼ、った、んで…ぅううううう、」
「一度やったら懲りろ。ムダに頑張りやがって」
大きな目から大粒の涙が次々と零れ落ちていくのをぺろりと舐め取り、ついでに頬の切り傷も直してしまいます。
「ひゃ、」
「じゃりじゃりだ」
痛みにびくりと身体を震わせたノーマンの頬から、切り傷が消えました。
「しぉおお、」
「なんですか、ノーマン」
ショーンの首に顔を埋めてえぐえぐと泣きだしたノーマンの身体を大切に包み込みつつ、ショーンが空を飛ぶスピードをわずかに上げました。
「ぁえ、な…っかと、おも―――――っ、」
「なわけないでしょ」
「やだ、ったんですものー…っ」
「オレも嫌ですよ。だから次やったら城に閉じ込めるからね」
「しぉおお、」
ぎゅう、としがみ付いて泣きじゃくるノーマンの身体を抱えて、ショーンが森の中の一か所に降り立ちました。
そこは動物たちも知っている、魔法の湧水が出る場所です。身体の傷がいくらか治ってしまう水がその場所から出るので、昼夜問わず、野生の動物たちが集っている場所ですが、今日はショーンの羽音に驚いて、さささっと逃げてしまっています。
すとん、と降り立ったショーンが、ゆっくりとノーマンの身体を自分から僅かに離します。
「や」
「嫌じゃない。手足を洗わないと手当てもできない」
じたじた、と抱きつきなおそうとするノーマンの首根っこを掴んでショーンが告げます。
「ぅううう」
「すぐ側にいるから。どこにも行きやしないよ」
哀しそうに顔を歪めたノーマンにくすりと笑いかけ、あむ、と唇を啄みます。
「しぉ、」
「なんですか」
声を揺らし、それでも漸く安心し始めたらしいノーマンの頭をさらさらと撫でます。きゅう、と抱きついてきたノーマンにくすりと笑って、ぽんぽん、と背中を撫で下ろします。
「ほら、手が痛いだろ?その湧水で洗ってしまいなさい。足もね」
おずおずと頷いたノーマンが、よろよろと泉に近づいています。
ブーツを片足で押えて、危なっかしく脱ぐノーマンの腰をきゅっと掴み、今にもよろけて落ちそうな身体を支えます。
「ひゃあ」
落ちかけた身体が急にがっちりと支えられ、ノーマンがびっくりした声を上げます。
「……っていうか、オマエ、ほんと酷い。全部脱いで水浴びしなさい」
ひょ、と大きく目を見開いたノーマンの着ていたものに手をかけ、お星様ペンダント以外はすべてはぎ取ってしまいました。
「ひゃ!」
さらに驚いた声を上げ、まん丸い目玉で見上げてきたノーマンに、ショーンが溜息を吐きました。
「ああもう、あっちこち打ってるし。明日痛いよ、それ」
打ち身、擦り傷、赤と青の痣。身体のあちこちに残された格闘の痕に、ショーンの眉根がきゅっと寄ります。
「ぼく、つよいから、」
へいきです、と小声で続けたノーマンの頭を軽く小突き、じゃあ水浴びしておいで、と背中を軽く押し出します。そして、ノーマンが着ていた泥だらけの服を地面から引き上げていきます。
こくりと頷いたノーマンがよろよろと泉に近づいていくのを見守りながら、ブーツも拾い上げてひとまとめにしました。ぱちん、と指を鳴らして大きな布を出すと、全てをその中に入れて包み込んでしまいます。
綺麗に結んで取っ手をつけて、いまは必死にショーンとノーマンの元にやってこようと森の中を走っているケロベロスに運ばせよう、と決め、思念で命令を送ります。
直ぐに意識をノーマンに戻せば、片足をそっと水に浸けたノーマンが、痛みにひゃっと飛び上がり。よろけてばちゃばちゃと水を跳ね上げ、顔を大いに顰めて岸に両足を戻してから、今度はその場にしゃがみ込んで、片手をそっと水につけてまたひゃあ、と飛び上がっておりました。
「ひゃあああああ」
泣いてよろめいたノーマンの直ぐ後ろに立ち、腰を抜かして真っ裸で泉の縁に座り込んで泣きだしたノーマンの肩を包み込みました。
「痛いけど、それが一番痛くないんだよ、ノーマン」
「ひぁ、って…、ぇえ、しょおおお」
手足を丸めて泣いているノーマンの身体を背後から包み込み、そろりと裸足に手を伸ばします。泣き顔で見上げてきたノーマンに苦笑しながら、ゆっくりと頷きます。
「ほ、と、ですの?」
「そう。一瞬だけ痛いけど、後は痛くなくなるよ」
ぼろ、と転がり落ちた涙を吸い上げ、目尻に口付けました。
「ずきずきしますよう」
「これでちゃんとやらないと、一週間はオレにぎゅうっとできないままだよ?痛くて」
「も、あらいました」
「触っただけでしょ。全然泥だらけ。しかも片足片手だけでしょ」
えくえくと泣いているノーマンの身体を包み込むようにしながら、ショーンが泣きだしたノーマンの髪に口付けます。
「ほら、抱っこしててあげるから、ざぶん、って入れちゃいなさい」
ぶるぶると震えているノーマンの首筋にも口付けます。
く、と息を飲みこんだノーマンが、えいやっと目を瞑って両手両足を泉の中に差し込み。染み込む痛みに細切れにしゃくりを上げ、それでも懸命に何度か水を掻き混ぜるようにしてから、ざぶりと両手足を引き上げてしまいました。
がたがたぶるぶると体を震わせながら、ふぅふぅと息を乱して、声も上げられずに涙を零しています。
「よく頑張ったね、ノーマン」
ぎゅう、とノーマンの濡れた身体を抱きしめれば、一度だけノーマンが頷きました。
「し、しぉ、」
なでなで、と頭を撫で、ショーンがノーマンの身体を抱えたまま立ち上がりました。
そして、背中の真っ黒い羽根をばさりと揺らしてから内に収納すると、着ていたジャケットを真っ裸のノーマンに羽織らせました。
ぐったりとした身体をひょい、と再度抱え上げ、ぱちりと指を鳴らしました。
それから人差し指でくくっと稲妻マークを描くように動かすと、泉の水が線になって伸びていきます。くるくる、と城に向かって円を描けば、魔法の力で泉の水がお城の方へと向かっていきます。
そうです、ショーンはこのお水でお城のお風呂を沸かすつもりなのです。ノーマンはもう怖くて、水に手足をつけられないだろうと踏んでの策です。
ノーマンは知りませんが、もう傷口はふさがっているので、再度この水に触れても滲みたりはしないのです。
けれどショーンがそう言ったところで、ノーマンはきっと信じられないでしょう。
それに、泉の水は春の気温で水浴びをするにはちょっと冷たいのです。
お城のお風呂一杯分水が城に向かったところで、思い切り指を反らせながらショーンの頬にぺたぺたと触れてきていたノーマンに視線を向けました。
「それじゃあ帰ろうね」
「―――――しぉ、」
にっこりと笑ってノーマンの手を捕まえます。
泣きすぎて声の掠れたノーマンの身体を抱きかかえたまま、ふわりと浮きあがります。
そしてすっかりお月様の昇った夜空を歩いていきながら、捕まえたノーマンの手をぱくりと口に咥えました。
4本の指を纏めて咥え、舌を絡めて生爪の剥がれた痕を辿ります。
大きく目を見開いていたノーマンが、「ゃ、ァ…ぃたっ」ひぃいん、と泣き声を上げました。
「んん、我慢」
「し、しょお…っンんんー」
てろりてろりとショーンが舌を這わせるたびに、ノーマンの指先に薄い爪が浮き出ます。
びくりびくりと身体を跳ね上げるノーマンの目から新しい涙が零れていきます。
ちゅぷ、と四本の指を取り出してから、同じ手の親指を咥えます。
「ゃ、や、」
「んん、じゃりじゃりじゃない」
ぶるぶる、とノーマンが首を横に振ります。
「ぃたいの、やですよう」
「もう痛くないよ?」
ぼとぼと、と泣いているノーマンに、ショーンがしゃぶった手を浮かせて見せます。
「ほら。お爪生えたね」
ぱちぱち、と目を瞬いたノーマンににこりと笑いかけて、今度は抱っこしている腕を変えて反対側の手を捕まえます。
「まだ柔らかいから家事とかはしないほうがいいけど。何もない時みたいには痛くないよ」
ね、と甘い声で言いながら、ばくりと4本の指を咥えて舌を這わせます。
「っひゃ、」
れるれる、と舌を指先に絡める度、新しい爪が生えてきます。
「ぃ、たァ…」
びくりと肩を揺らしたノーマンが、ぽとりと涙を零しました。きゅう、と眉根が寄っています。
「後1本」
「ひっ、ぅ」
ちゅぷ、と口から手を離し、親指を咥えなおします。
「んんんーっ…」
れるりれるりとまた舌を這わせてから、ちゅく、と指先を吸い上げました。
ぎゅう、と目を瞑ったノーマンの手を口から離し、ぺろりと涙の浮いた目じりを舐め取りました。
「はい。応急処置は終了」
息をはっは、と荒くしつつ、そろりと目をノーマンが開けました。それから、ぎゅう、とショーンのジャケットをはおったノーマンがショーンに抱きつきました。
「ずくずくしますよぅ、」
「うン。びくびくしてたね」
くすくすと笑いながら、ショーンがノーマンの身体を一層抱き寄せました。
「全部伝わってきたよ?」
こくこく、とノーマンが頷きます。
「お城に戻ったら、お薬を飲もうね」
「しょお、」
甘く掠れた声で言ったノーマンの頭をさらりと撫でます。
「おくすりいりません、しょぉがいいです」
「うん。オレもノーマンがいいね。けど、お薬は飲もう。さっきのキャンディと同じものだから苦くないでしょう?」
ぎゅうぎゅうと抱きついてきたノーマンの身体を抱えたまま、とすんとお城のテラスに降り立ちました。
「いやです、しょおがいいです」
むぎゅう、と抱きついてきたノーマンに、ショーンがくすくすと笑いました。
首元に顔を埋めているノーマンの頭を撫でます。
「じゃあ少し眠ったら、お薬の時間にしよう」
ちゅ、と甘くショーンの肌を吸い上げたノーマンの身体を抱えたまま、真っ直ぐに暖炉に火の入った居間に向かいました。
「ぃーにぃたちは?」
甘えた掠れ声で訊いてきたノーマンの身体をソファにとすりと下ろし、首元に顔を埋めて抱きついたままのノーマンの頬に口付けました。
「ノーマンのお洋服を持って帰って来るお使いに出ているよ」
ふぅ、とため息を吐いたノーマンの髪をさらさらと撫でながら、ショーンが僅かに身体を浮かせてノーマンの顔を覗き込みました。
じぃ、と見詰めてくるノーマンに、にこりとショーンが笑いかけました。
「おかえり、オレの大事なノーマン」
ぎゅう、と両腕を巻きつけて、はい、と頷いたノーマンにくすくすと笑い、さらりとまだ汚れた頬に口付けます。
「まだ草と土の匂いがいっぱいだね」
「たくさんがんばったんですもの」
きゅ、と目を瞑ったノーマンが、直ぐにそれをぱかりと開いてショーンを見上げました。
んん?とショーンが首を僅かに傾げます。
「しょぉのところにぜったいかえるつもりだったんです」
きっぱりと、蕩けた笑顔を浮かべて告げたノーマンに、うん、とショーンが頷きました。
「うん。でもこれだけは覚えてなさい。今度からあんなに遠くに行ってはいけません。で、あんな風に困ったことになったら、オレが絶対に迎えにいくから、じっとして待っていること」
「―――でも、」
「あと。一人で森に行かないこと。イーニィミーニィマイニーモーは絶対に連れていきなさい。ランタンもね」
「はい」
「よし。いいお返事です」
「いーにぃたちといっしょです」
ぱちん、と指を鳴らして、頷いたノーマンのお口にぽこんとお薬キャンディを放りこみました。
「あんなに奥に行ってるのをヤツらに聞いたら、次はここから出られなくするよ」
にっこり、と笑って魔法使いは恋人に大層な脅しをかけます。
す、ととぼけた表情を浮かべたノーマンの額をびしっと指ではじいて、ショーンが身体を浮かせました。
「ひゃたい」
「まったく。懲りないね、オマエ」
額を抑えたノーマンの身体をひょい、と抱き上げ。ショーンが裸のノーマンを抱えてベッドルームへと向かいます。
ころころと口の中でキャンディーを転がしながら、きゅうっとショーンに抱きついて、ノーマンが訊きます。
「しょぉもこれ食べますか、」
「いらない」
ふふ、と漸く笑ったノーマンの身体を、到達したベッドルームのベッドの上に下ろして、自分もその隣に潜り込みます。
お蒲団をかぶせている間にしがみ付いてきたノーマンの身体を抱き込み、額にキスをしました。
「もっと、」
「お薬が終わってからね」
甘えた声で呟いたノーマンの頭に頬を押し当て、くすりとショーンが笑いました。
がりがりがり、ごくん、と直ぐに響いてきた音に、くすくすとますますショーンが笑います。
「こぉら、ノーマン」
「おわりましたよ?」
「おバカさん」
ひゃ、と笑ったノーマンの顔を覗き込んで、ショーンがあむっと唇を齧りました。
「大人しく寝なさい」
うちゅ、と唇を吸い返したノーマンがぎゅう、としがみ付いてきたのを抱きしめ返し。ショーンがぱちりと指を鳴らしました。
ふわん、と部屋の明かりが柔らかく色を落とし。けれど、真っ暗闇に包まれることはないまま、二人は長い一日を締めくくる眠りについたのでした。