む
か
し
むかし
の
ショーン・ペンドラゴンは森の奥に籠って住んでいる魔法使いですが、大変有能な魔術の使い手でもあります。
そして、有能なだけに一度“外”へ仕事をしに行くと多くの成果を上げて帰って来ます。
昨日はノーマンが深い縦穴に落ちてしまって手が付けられなかった成果が書斎の奥の研究室に山積みになっていました。
色とりどりのカットされた宝石や、外国のコイン、それに書物などがそれぞれ実際にテーブルの上に山を築いておりました。
こっそりと県境の国まで侵入し、敵対している魔法使いの屋敷からたんまりと頂いてきた成果です。
心の中でにっこりと笑って、ショーンは一つ一つを確認し、自分の魔力で透視していきます。
これは、そうする手順を踏むことで、次に自分が使用したり喚起したりする時にスムーズにことが運ぶようにする為に必要なプロセスです。
しち面倒くさい作業ですが、実はショーンはこういった作業をすることが嫌いではありません。
まずはコインをそれぞれの国に分け、それを纏めてコイン入れの袋に滑り込ませます。
それから書籍を一冊一冊開いて、中身が必要な書籍であることを確認し、見開きの最初のページに自分のサインを入れていきます。
そうすることでショーンの頭に手持ちである魔道書のデータベースができる上、次に本を本棚から下ろして中身を読むのに必要な手順が指を鳴らすことだけになったりします。
最後の本の一冊にサインをしてから、軽く呪文を唱えて本を喚起させ、指を鳴らして本棚のそれぞれの場所に落ち着くよう指示を出します。
それから、一番楽しみにしていた宝石の選り分けに取りかかります。
一つ一つを拾ってモノクルで傷を確認し、陰の属性なのか陽の属性なのかを調べ、手をかざして自分の魔術で情報を上書きします。
そして、陰の性質のものを右の山、陽の性質のものを左の山、役に立たないただの宝石を真ん中の山にどんどんと選り分けていきます。
時々思いもよらない大物の宝石が出てきたりするので、この作業がショーンにとっては楽しくて仕方がありません。
丁度ノーマンも森に向かって遊びに行ったようだったので、落ち着いて仕事ができる、とショーンは大満足です。
半ば鼻歌を歌いながら、選別作業にのめり込みます。
どんどんと元の山は小さくなっていき、次には3つの山が目の前に出来あがっていきます。けれど、あと一握りの宝石で選別が終了する、という時に限って、ノーマンが森から走る様にして帰って来る気配が伝わってきました。
ちら、と宝石の山を見て、ショーンは考えます。あと少しだし、やってしまってからノーマンとのお茶にしよう、と。
しかし、その計画は発動しませんでした。
なぜなら、直ぐに書斎のドアがドンドンドンドンドン、と大きな音で叩かれたからです。
わにゃわにゃわにゃ、とドアの外で何かをノーマンがいっているのも撓んだ音として伝わってきます。
どんどんどんどんどん、と扉が連続的に叩かれることに、ショーンが眉根を寄せました。これは恐らく、無視を出来る状態のノーマンではありません。
「しょおおおお、たいへんですよ、だいじけんですよ!!!」
と、少し耳を澄ませば聞こえてきます。
ですから、はぁ、と息を吐いて立ち上がり、モノクルを外してテーブルの上に置きました。
ショーンは歩いて研究室の扉を開け、それから書斎の扉をタイミングを見計らって、鍵を外してドアを開きました。ノーマンにとってはかなり緊急な事例として捉えられている何かがありそうなので。
扉を開ければ、大きな“くまの耳”の着いたベージュ色のフード付きケープを被ったノーマンと、どこか焦っているような様子のケルベロスがそこに居ました。
ひょい、とショーンが片眉を跳ね上げます。
「おかえり、ノーマン。なにがどうしたって?」
「だいじけんなんです……!」
城まで走って帰ってきたのか、興奮に頬を真っ赤に染めて唇をぷっくりと膨らませたノーマンのきらきらと光る目を覗き込み、ショーンが首を傾げました。
「あのね、あのね、しょぉ…!」
ぴょんぴょんと跳ね上がるノーマンの横で、ひゃん、と一歩下がったケルベロスが小さく首を振りました。
ほほう?とショーンが思ってノーマンに向き直ります。
「うん?」
「ぼく、ぼくたち、いいものをみつけたんです!」
ひゃあ、とノーマンが笑顔を浮かべます。
「見せてあげたくて走ってきたんですよ!」
「そうなんだ?それは楽しみだね」
「あのね、あのね!」
にっこりとショーンも笑って、するりとノーマンのケープを頭から落とします。
「うん?」
ぴょん、とノーマンの跳ねた振動で、微妙な力加減で積み上がっていた宝石の山ががらがらと崩れます。
からからかしん、つるるるる、と。テーブルから一つ落ちたピンク色のすぺすべの石が、転がってショーンの足元までやってきたのを拾い上げ、ショーンがノーマンに向き直りました。
「じっとして言ってごらん、ノーマン」
あら、と崩れた山を見遣ったノーマンが、直ぐまたショーンを見上げて言いました。
「あのね、きんきゅうのだいじけんなんですの」
「うん?」
「だいはっけんをしたんですよ」
「ふぅん。そうなんだ」
真っ直ぐにノーマンを見下ろし、言葉の続きが紡がれるのを待ちます。
「いーにぃみーにぃまいにーがね、とってもお手柄さんなんですよ!」
「へえ?」
得意げに言い切ったノーマンから、ショーンは視線をちろりとケルベロスの子犬に落とします。ぎゅうん、と小さく鼻を晴らした三つ首が、そろ、と半歩後ろへ下がりました。ぶるぶるぶる、と三匹揃ってまで首を振る始末です。
なんだか、ボクたちそんな気はなかったんですよぅ!と必死に訴えているらしい子犬の隣で、なにやら体の後ろに何かを隠し持っているらしいノーマンが、貝が閉じているような形に揃えた手を、きゅ、と差し出してきました。
「これ、見付けたんですの…!」
大いに胸を張り、ぱかりと手を開けて威張って言います。
「ふしぎいしですよ!」
えへん、と更に声を張り上げて、ノーマンが続けました。
「半分透明でぴかぴかですべすべで、投げっこにぴったりです!!」
「投げっこにぴったり、ねえ」
それはどうだろうね?と口調でノーマンをなだめつつも、大きな石の代わりにも見えるノーマンの手の中のソレを手に取って、ひょい、とショーンが三つ首を見下ろしました。
「投げるのはどうだろうな、三つ首?」
「お手柄な子たちが、ぼくに見つけてくれたんですよ」
更に威張って言い切ったノーマンが、きゅう、とショーンに抱きつきます。
ぶるぶるぶるぶる、と首を小さく振りながら体まで小刻みに震えている子犬を見下ろし、ふン、とショーンが鼻を鳴らしました。
「すてきできれいな石でしょう」
お砂糖のように蕩けた笑顔を見詰めて、ショーンがふっと笑いました。
そして、手の中の“石”を指で挟んで、明かりに半分透明のソレを透かします。
「投げっこにぴったりでしょう」
きゅうう、と力いっぱい抱きついてくるノーマンの背中に片腕を回し、ショーンがふっと笑いました。
「オマエ、これは投げてはいけません」
「なんでですの?」
びっくりまん丸お目目で見上げてきたノーマンに、ショーンがきゅっと目を細めて言いました。
「オマエ、これは骨だよ。それもいわくのある骨だね」
ひゃんひゃんっ、と子犬が声を上げます。
「あら」
そうなんです、だからボクは持ち帰るのに反対だったんですぅ、とでも言っていそうな子犬の隣で、ノーマンが口許を押えました。
それから、すごいんですねぇ……!と呟いてまた目を煌めかせます。
「ああ、ちょっと凄いな。珍しく、褒めるところがあるな、番犬」
ぱかん、と口を大きく見開いて見上げてきた子犬に腕を伸ばし、頭をぐいぐいと撫でてやる大魔法使いです。
「まものの化石ですか!!!」
「まーあ似たようなモンかな」
「すごいです!!」
くくくくく、と薄く笑うショーンの腕の中でノーマンは大興奮です。
「きょーりゅうのですか、くらーけんのですか!!」
どこで聞きかじったのか、大層なあてずっぽうをしてくるノーマンに、ひょい、とショーンが片眉を跳ね上げます。興奮も冷めやらぬノーマンが、とろりと目を蕩けさせながら言い切りました。
「ぬーしーのおともだちですかしら…!だって、湖のそばにあったんですよ!!」
「まあ遠い昔、知り合いだったかもしれないねえ」
「すごいですねえ…・!お魚ですか!」
「魚の骨はこうじゃないでしょう?」
「あら」
つん、とショーンがノーマンの額を軽く突いてから、同じ手を伸ばして三つ首の頭をするりと撫でました。
「オマエたち。なかなか面白いコトをする」
びくりと身体を跳ねさせた子犬の垂れさがった尻尾がゆらりと内側に向きます。
子犬にとってはノーマンが“主人”であっても、“飼い主/契約主”はショーンです。そしてショーンは本当はとても怖い魔法使いなのです。
ノーマンが穴に落ちたことで大いに株を下げていた子犬たちにとって、ショーンの機嫌を伺うことも、その意思を推し量ることも、大変に難しいことです。
特にショーンの中の暗黒の存在は、子犬にとってはそんなショーンを上回って恐ろしいものなのです。
ですが、そんなことには一向に気付かないノーマンが、えへん、と胸を張って訴えました。
「だってお得ないいこたちですもの…!」
「ああそうだな。仕事をしていなかった時は纏め…してやろうかと思ったが」
「はい?」
首を傾げたノーマンの横で、ぶるぶるぶる、と子犬は震えあがりましたが、ノーマンはちっとも気にしていません。
「お仕事はしてます。だってぼくに投げっ子用のふしぎほねを取ってきてくれるんですもの…あ、でも、投げられないですよねえ…」
そう言って少しばかりしょんぼりしたノーマンを見下ろしてから、またじっくりと石を光に透かして見ていたショーンが、ふは、と一気に破顔しました。
「…きっと、投げることより面白いことになるね」
「あの、しょお?」
ひょい、と見上げてきたノーマンに、ショーンがふわりと笑みを浮かべます。
「うーん?」
「ふしぎほねは、なんのまものなんですの?」
きゅ、と見上げてきたノーマンのセリフに、ふはは、とショーンが笑います。
そして、ちらりと三つ首を見下ろしてから、笑いの滲んだ声で言いました。
「古い神様だよ、ノーマン。オレ達魔法使いの神じゃないけどな。いやほんと、でかした三つ首。これは本当に面白いものを拾ってきてくれた」
「かみさま…・!!」
ぱああ、と目を輝かせたノーマンが、もっと昂奮しながら言いました。
「さとるぬすのかみさまですか!!くりっすまのかみさまですか!」
すごいですねえ、たのしいですねえ!とうっとりしながら一人妄想に勤しんでいるノーマンをちらりと見下ろし、にや、とショーンが笑いました。
「そんな最近のじゃないよ。もっとローカルな神様だな」
「かみさまも骨になるんですのねぇ…!すごいですよ」
ほう、と息を吐いたノーマンが、ひょい、とショーンを見上げてききました。
「くりっすまよりむかしですか、ぬーしーよりおとしよりですの?」
「クリスマスよりは昔だな。主はオマエ、100年に一度は代替わりしている。全然新しいな」
「ぬーしーよりおとしよりですか!」
まじまじ、とショーンがまだ手に持ったままの石を見詰め、ノーマンがぽそりと言いました。
「かじってみなくてよかったですよ」
「齧ったところで石だよ、オマエ。お馬鹿だね」
「つるっと冷たいお味がするでしょう」
いばって言ったノーマンに、くすりとショーンが笑いました。
「お馬鹿だね、オマエ。ひもじくなる前に帰ってきなさいよ、まったく」
つんっ、とノーマンの額をつつけば、ぱちくり、とノーマンが目を瞬きました。
「お腹がすくからじゃありませんよ?くまだったころ、ちいさいのをかじってあそびましたもの、こおりみたいで」
ほにゃん、と笑ったノーマンが、ぎゅうぎゅうと抱きついてきたのを抱きしめ返し、ショーンがくすくすと笑いました。
「場合によっては、もっといいものだね―――そうそう。いい機会だから、これはオマエの先生として具象化させよう。すこし待ってなさい」
「え!」
ぴょ、と跳ね上がったノーマンに笑いかけて、ショーンが魔法の詠唱を始めます。
「おししょう?しょおとおそろいですか!!!」
そう言ったノーマンの唇に人差し指を押し当て黙るように目で告げ。慌てて子犬がノーマンのケープを引っ張るのに小さく頷きます。
そして、そらで覚えている詠唱を終えた後、テーブルの上に散乱していた石やその他のアイテムを拾って大きな真鍮のボウルに入れました。
は、と両手で口を押さえたノーマンが、慌てて三つ首の側に座り込んだのをちらっと見遣り。お星様の欠片が溶け込んだ液体を真鍮のボウルに指の動きで注ぎ入れます。
かりかりかり、と床にチョークで魔法陣を描き。半透明の骨をその中心に置いてから、ぱん、と両手を叩いてどこからともなく現れた鉄槌をその上に振り落とし、骨を3つの細かいピースに割ります。
びく、と跳ね上がって背筋を伸ばした子犬とは対照的に、ノーマンはきらきらと目を煌めかせてショーンの作業を見守ります。それでも、よいしょ、と子犬を抱き上げ、膝の上に乗せています。
ショーンは一番大きなピースを拾い上げ、テーブルの上に乗っていた選別済みの宝石を幾つか選んで指を鳴らして呼び寄せ。片手に乗せた後、ふうっと一つ息を吹きかけました。
するとどうでしょう、骨の欠片がまぁるい球体の中に閉じ込められました。
ショーンは満足してその球体をテーブルの上の小さなクッションの上に下ろし、次の作業に取り掛かります。
それは一番小さな欠片を魔法陣から拾い上げることです。
これは手の中でぎゅううっと小さく押しつぶして固めてから、呪文をさらに追加で唱えて小さく圧縮させ。金のアクセサリィを二つ抓み上げ、それと一緒に指で魔法をかけます。
すると、透明な骨の部分が小さなチャームに早変わりしました。
やはりその出来あがりに満足したショーンが、それをテーブルの球の横に置いて一つ息を吐き出します。
それから、最後の仕上げとばかりに残った骨の欠片を拾い集め、ぽとん、と先ほど作った真鍮のボウルの中の液に落とし入れてしまいます。
ふわふわふわふわ、と煙がその中から昇り立ち。ショーンがそれは熱心に見詰めていたノーマンのところにボウルを持って戻ってきます。
「ノーマン、これにふーって息を吹きかけてごらん」
「―――いいんですか?」
ぽこぽこぽこ、と水音がするボウルの中をノーマンの方に向け、ぴかぴかの笑顔で見上げてきたノーマンにショーンが頷きました。
一回息を吸い込んだノーマンが、長く細く息を液体に吹きかけていきます。それがあまりに長く続くので、くすりとショーンが笑いました。
その声に、ノーマンが息を吹きかけるのを止めます。
けほ、と咳こんだノーマンを、膝の上の三つ首が顎を舐めて宥めているのを見ながら、ショーンはボウルの中身に新たな魔法をかけました。
そして、ショーンがするりと手を上に掲げてから、ぱちん、と指を鳴らします。
すると、それまで煙がこぽこぽと出ていたボウルの中でばしん、と一度だけ閃光が走り。青白い発光する魂のようなものが現れたではありませんか。
「ひゃあ…・っ」
思わず声を上げたノーマンに、ふわりとショーンが笑いかけ。青い光を手で導くように、テーブルの上の球体とチャームの上に持っていきます。
すうぅ、と光が二つのアイテムの中に吸い込まれていき―――――――――――――
『どぉこのだれだ、このわたしを起こすものはっ!!!』
そう大人の男性のような、女性のような、低いような高いような声が大いに響き渡りました。
目をまん丸くしたノーマンに向き直り、ショーンが側に来るように指で呼びます。
きゅわん、と思わず耳を伏せて後ずさろうとした子犬を連れて、ノーマンが大慌てで走ってやってきます。
そして、こそこそとショーンに訊きました。
「おとしよりのかみさまですの…?」
くぅ、と笑ったショーンがすう、と息を吸い込んでから、柔らかな声で囁くように言いました。
「古の狼神ユミル、汝を起こしたのはこの私、ショーン・ハウェル・ペンドラゴンだ」
『無礼な小僧がっ。我が眠りを妨げておき無事で済むとはよもや思っておるまいっ!』
朗々とした声で怒りを向けてきたユミルに、ショーンはからりとした声で言いました。
「よくお眠りでしたので、起こすのは憚られたのですが、やはり願いを叶えて頂くには貴方くらいの存在でないと駄目だと思いまして」
ぉおかみ…!と昂奮を隠しきれない声で呟いたノーマンににこりと笑いかけて、ショーンが、すい、とノーマンの手を捕まえました。
それから、ぱ、と小さなナイフをテーブルから取り、ノーマンの手をぷつんと突いて、血を1滴だけ浮かび上がらせます。
「いたたっ」
『嫌な匂いがする…!オマエ、私に何を…ッ!そこにいる者は何奴だっ!』
「今日から貴方の素敵で可愛い生徒ですよ。名はノーマン、姓はベアード。願いとは、貴方にこの子の教師になって頂くことです。契約はこの子の血と、私の血で」
ノーマンの血を大きな水晶の球に擦りつけさせ、次いで自分の掌をざっとナイフで切り裂いてぼたぼたぼた、と血を球に降らせます。
「あいたっ」
『お止しッ、この馬鹿魔法使いッ。オマエは嫌な匂いがするっ。魔法使い、ペンドラゴンッ、オマエッ!』
ぱちん、とショーンが指を鳴らします。
すると、するするする、と球の中に吸い込まれていた青い光が、その中で渦をぐるりと巻きました。
ぎあ!だの、うぬぬ、だのと上がっていた声が一瞬で静かになり。それから、ぼわん、と大きな真っ白い狼の姿が一瞬で現れました。
ショーンの手を心配そうに触れていたノーマンが、
「これがおおかみですの!!!」
そう昂奮に満ちた笑顔を狼に向けました。
「古の狼だね。この種族はもう絶滅したからね」
「つよそうですねえ!」
にこにこ、と長閑な会話を繰り広げる二人に、現れたばかりで一瞬戸惑っていたユミルが、がぁっと怒りに口を大きく開きました。
『このこわっぱどもがーーーーーッ!!!』
それに、大きいんですのねえ…!お馬くらいありますよ、と言っていたノーマンのコメントに笑ったショーンが、口を大きく開いていたユミルの前に、傷を作った方の手を掲げて制止させました。
おおお…!とノーマンが大いに昂奮した声を上げます。
「すてきなキバもありますよ…!!ぬーしーといっしょくらいずらっとしてます!」
「そうだね。まあ実体はこんなサイズがあるってことを見て覚えて、ノーマン」
いい?とショーンが確認すれば、慌ててノーマンがこくりと頷きました。
「あら、いつもじゃないんですか?」
「いつもこんなのがいたら鬱陶しいでしょ」
ヒトを勝手に起こしておいてその言い草は…!と怒りに打ち震える狼が口を懸命に動かそうとするのに、ショーンが眉根を寄せました。
「すてきですよ」
そうノーマンが言うのに、ショーンはひょい、と肩を竦めます。
「城が狭くなる。だからね」
そう言ったショーンが、自分の人差し指を咥えて、きゅーっと爪を噛んで引っ張りました。すると、そこに黒く長い爪が伸びて現れました。
「ぉおお」
ノーマンは始めて見る光景に大興奮です。
感嘆の声を上げたノーマンにくすりと笑ったショーンが、ぐぎぐぎ、と動こうと足掻いているユミルに向かってひょい、と爪を斜めに振り落としました。
『ギャーーーーーッ!!!』
そう絶叫したユミルの身体の大部分が掻き消え、球の中に吸い込まれていき。
ちょーん、と元のサイズの100分の1サイズのミニチュア白狼が、城の床に残りました。
硬直したノーマンの頭をわしわし、と撫でたショーンが、ひょい、と小さな狼を抓んで、ふぅっと息を吹きかけます。
「うん。これくらいなら邪魔じゃないね。それで、こっちは」
小さなチャームをテーブルの上から引き上げ、ひょい、と黒い長い爪の先で狼を引っ掻けたショーンが、チャームの中に小さな白狼を放りこみました。
「こっちが通常棲んで貰うほうで」
『――――この馬鹿魔法使い!悪魔!!』
小さな狼が吠えますが、大きな時ほどの声量は出ることはありません。
さっぱりと聞き流しているショーンが、やだなぁ、と朗らかに笑いながら爪を自分で仕舞いました。
「あの、」
しきりに魔法使いを罵るユミルに構わず、青く発光するチャームにチェーンを通していたショーンが、首を傾げたノーマンに向き直りました。
球とチャームを見比べていたノーマンが訊きます。
「どっちがおししょうなんですの」
「どっちもそうだよ、ノーマン。だけど、こっちはノーマンがいつも携帯しておくほう。お星様と一緒にしておこうね」
「はい!」
しゃらん、とノーマンの首にチェーンをかけて上げたショーンが、
「さっきのこ、すてきでしたものねえ!」
そうノーマンが言ってくるのに、にっこりと笑って言いました。
「あれはね、オマエの先生。これからしばらくはずっとオマエの家庭教師だよ」
「りょうほう、おししょうなんですか」
「そう。本体はこっちね。力が強いから、これにストックしておいて丁度くらい」
ストックとはなんだ!!無礼な小僧!と喚くユミルを無視して、ノーマンが言います。
「ちいさいこも、さっきのおおかみも?」
「そう。あれで全部まとめて1体。だから、体が小さくても師匠として敬うように」
「わあ!」
どの口でソレを言うか!!と怒りに打ち震えるユミルをかるーく無視して、ノーマンが言います。
「ぼくはくまでしたから、おししょうはおおかみさんですか!すごいですねえ…」
それに、とノーマンが続けます。
「それにかみさまですよ…!」
「もともとこの辺りの神様だから、土地と相性がいいしね。博識だから、いろんなことを教わりなさい、ノーマン」
「じゃあ、じゃあ、しょお、」
きらきらと光る双眸をショーンに向けて、ノーマンが言います。
「すてきなふしぎ球と、おべんきょうするんですの?」
「綺麗だから傍でやってもいいけど、出てくるのは小さいのだけだよ、ノーマン」
すてき…!とくるくると回る勢いで言っているノーマンに、ショーンがくすりと笑いました。
「じゃあじゃあ、」
ぱああ、と満面の笑顔を浮かべてノーマンが言いました。
「球を飾る籠をください!宝石できらきらなのがいいです!」
「籠…台座とかじゃないのか?まあいい。絵に書いて渡しなさい。それに近いものを作ってあげる」
「はい!!」
何を喚こうと完全に無視されていたユミルが、目の前でノーマンがショーンの頬にキスをするのを見て、うぁああ、と後ろ向きに仰け反りながら呻きました。
けれど、その後に続いたノーマンの「とりかご!」というセリフにがばりと身を起こし。
『このど阿呆どもーーーーーー!』
と絶叫したのは、無理もないことでしょう。
こうして、森の魔法使いのお城に、新たな“家族”が増えたのでした。