間違
いで
す。



「はろ…しん?」
異次元で繋げたポストに入った郵便が原因で、ラジオの電波が妨害されたことを説明しようとした魔法使いでしたが、最愛のノーマンが酷く真剣に、はい、と頷き。
「はろううしん、です」
そう声を強くして言ったことに一瞬、さてなんのことやら、と考えました。
若く有能で最強の魔を従えた“最強の魔法使い”であるショーン・ペンドラゴンには、いくつもの次元、いくつもの国での仕事があり。ノーマンを一生連れて行かない、と決めた時空では、契約によって戦争へと借り出されておりましたが、ノーマンの耳に届く“情報”はその時空からのものはない筈です。
よって血生臭い関係の話ではない、と魔法使いは結論を導き出しました。
「きんぐすたうん、とも言っていました」
そう酷く真剣な眼差しで覗き込まれて、ああ、とショーンが破願しました。
「そりゃノーマン、オマエ、ハロウィーンだ。ハロウシン、じゃない」
「はろ…?」
ばさ、と手に持っていた封筒を軽く振って、魔法がかかった手紙を“仕舞って”から、ぱちん、と指を鳴らしてノーマンに与えた辞書を手元に引き寄せました。
ぱさ、と金色混じりのマロンブラウンの多少長く伸びた髪が、首を傾げたことによって流れるようにうねるのを見詰め、すい、と辞書を空気に浮かべます。
「ありますか?」
「H,A,L,L,O,W,E,E,N。ハロウィンだ。古い祭が起源でな」
「しん、じゃないんですか」
ぱらぱらぱら、と勝手にページが捲れていき、単語が載っているページでひとりでに止まりました。
ぱあ、と光りのボックスが浮かび上がり、精霊や怪物の格好をした子供たちが南瓜や蕪のランタンを持って町を練り歩いている様子が映し出されます。
「ひゃあ…!」
目をきらきらとさせたノーマンに、笑ってショーンが言いました。

「ぱれーど、ですね!」
「10月31日を一年の終わりと考え、よってその日には悪い精霊や死者の魂が町をパレードする、と考えた連中がいたんだ。そこで、その連中が勝手気ままにうろついて悪さをしないように、そして長居をしないように、自分たちが同じような存在、けれどもっと強い怪物や魔女の格好をすることによって追い払える、と信じた。ランタンは魔除けとして持ち歩き、お菓子を強請ってそれを供え物とする。これはそういう“祝い事”だ」
手紙一通でラジオがキングスタウンの情報番組に通じていたのはほんの一瞬だったようでした。
実際に魔や妖精と繋がりのある魔法使いであるショーンは、このハロウィンの祭は信じていませんでしたが、キングスタウンでは毎年10月31日に国王主催で盛大な仮装パレードが行われます。
ちら、とその映像が四角に映し出され。ノーマンはそれをキラキラとした目で見詰めていました。
「さあこれでわかったか?」
ノーマンの頬をぷに、と突付けば、
「しょぉん!」
キラキラがまるでショーンが作る魔法が散らす火花のようにブルィアイズの中で散らばるのが見え、ショーンはほんの僅かだけ眉根を寄せました。
とても愛らしいノーマンの様子なのですが、戦闘帰りですこしばかりかかなり草臥れているショーンにとってはちょっとした厄介ごとを言い出されそうな気配がしているからです。
「はろうし、うぃーんのぱれーどしましょう!!」
ぴょん、とショーンの膝の上から飛び降りたノーマンが、くるりとその場で一回転しました。
「もりをね、ランタンでいっぱいにしましょう!」
モノローグが浮かび上がるとすれば、「ボクはなんてステキなことを思いついたのでしょう!」というカンジなのでしょうか。
目をきらきらとさらに輝かせ、頬を興奮に真っ赤に染めているノーマンに、ショーンはかりかり、と頭を掻きました。
「パレードって…オマエ、オレは本職魔法使いだぞ?」
「はい?」
きょとん、と首を傾げたノーマンと同じ方向に首を傾げてショーンが言い足します。

「オレは衣装を着る必要がないから、従ってなにかコスチュームを着るのはオマエ一人だぞ?森の中をランタン一杯にして練り歩くのは別にいいが」
「こすちゅーってなんですか」
「ほら、この連中を見ろ」
すい、とショーンが四角の中の映像を指し示しました。 くて、とくっ付いてきたノーマンの頭をさらりと撫でて、指でちょん、と子供の一人に触れました。ぽわ、と子供の姿が大きく浮かび上がります。尖がり帽子に黒いローブを着た“魔法使い”です。
「“魔法使い”の衣装を着ている子供だな。実際には魔法使いはこんな格好しないだろう?」
きゅ、とノーマンが首を傾げました。
「しょぉは素敵なマントですね」
「そう。で、オレの職業上、他のものに自分を“似せたり”することはできない。だから、なにかの衣装を着たいなら、オマエだけになるがいいな」
くう、とますます首を傾げたノーマンに、漸くショーンが立ち上がって、ぐうっと伸びをしました。
「えええ」
唇を尖らせたノーマンの目を覗き込みます。
「魔法は繊細なんだぞ?オレはルーシーと契約しているから、他のものには“成れ”ないんだ」
アレとケンカしたら、今日ぐらいのダメージじゃてんでおいつかねぇ、とショーンはノーマンを両腕で抱き上げて、ぽそりと言いました。
そろ、とノーマンに頬を撫でられ、くてん、と額をノーマンの抱え上げた胸元に押し付けます。
「そのかわり、オマエのコスチュームは最高にしてやるから」
「おいしょう?お洋服?しょおんじゃあぼくはおうじさまがいいです」
「王子はハロウィンに関係ないぞ。ちゃんと説明聞いてたのか、ノーマン?」
はぁ、と溜息を吐いてショーンがノーマンを抱えたまま歩き出します。とん、と頭に柔らかく唇がプレスされる感触に、漸く顔を上げました。
ちゅ、とまた眉のあたりに口付けられて、きゅう、とショーンが目を細めました。

「まもののおうじさまですよう!」
自慢をするように言い切ったノーマンの“幼さ”にショーンは一瞬絶句し。けれども、これがノーマンだから仕方がないか、と目を一度瞑ってから、今度こそ歩き出しました。もう相当疲れているので、のんびりとお風呂に浸かってから一眠りしたいのです。
「森の王子様にはしてやるから、それでカンベンしろ」
くん、と鼻を鳴らしたノーマンが、もぞもぞ、と身体を蠢かし。もっとあちこちに口付けてくるのにほんの僅かに口端を吊り上げました。
「焦げ焦げのにおいが、しますね。しゃんぷーしてあげます!」
大自慢でぺかーっと笑顔を浮かべたノーマンが、ぎゅう、と抱きつきながらうちゅーっと口付けてくるのに、ショーンがくすりと笑いました。
「風呂が終わったら一緒に寝ろ、ノーマン。抱っこされてな」
「抱っこだけー?」
首を傾げたノーマンに、ショーンは今度こそぶふーっと噴出しました。
成長振りが頼もしいやら微笑ましいやら、ですが、残念ながら最強の魔法使いといえども疲労には勝てません。
笑われたことで尖がった唇を、ちゅ、と甘く吸い上げてからショーンが言いました。
「起きたら、抱っこだけじゃ済まなくしてやるから、その時はとろとろのくてくてになるまで付き合え」
「はぁい」
ほにゃほにゃに甘ったるい笑顔を浮かべたノーマンの頬が僅かに赤く染まっているのを見詰めて、ショーンはまたそうっとノーマンの唇を啄ばみました。そして、ふふ、と嬉しそうに笑ったノーマンに、優しく甘い声で囁きました。
「愛しているよ、ノーマン。あとでたっぷり楽しもうな」