魔法


の夜



くまの着ぐるみを気に入ったらしいノーマンが、るんたるんたと鼻歌を歌いながら朝ごはんの仕度を整えるのを手伝い。
実に上手にそれを着こなし(年季があるだけはあります)、洗い物やお洗濯までショーンのお手伝いをして、あっという間に午前中は過ぎてしまいました。
お昼前に、ランタンにするために使った南瓜の中身を使って、ショーンが昼ごはんの仕度を整えていきます。
南瓜と挽肉のパイに、南瓜のクリームポタージュ、南瓜を練りこんだパンに、南瓜を混ぜたクリームチーズ。バターでソテーした南瓜に、南瓜と鶏肉のカレーを作って、何日か分の量が出来上がりました。
おいしい!と大喜びしたノーマンと一緒に食べて、残りは保存棚に仕舞いました。
そしてぱんぱんに膨れたお腹のまま、お昼のお片づけをし。その後には午後のお茶の仕度です。
南瓜を練りこんだクッキードゥを長く伸ばして、ノーマンにオバケやらドクロやら尖がり帽子の型抜きで型を抜いてもらいます。
それがオーブンで焼けている間に、南瓜のプリンをささっと作ってしまい。焼きあがったところで、ノーマンが淹れたお茶と一緒にお三時にします。
ハロウィンになるまで、少しばかり「お仕事」で忙しかった魔法使いにとっては、久し振りにフルで料理をする日です。
そのこともあってか、始終にこにことしていたノーマンは、いつもよりずっとずっと幸せそうでした。
二人で庭のテーブルでお三時をしてしまえば、後は夜を待つだけです。
ぴたりとくっついて一緒に芝生で寝転んで、ノーマンは絵本を、ショーンは魔道書を読んで過ごしました。

日が翳りだした頃に、一度家に戻りました。家を空ける準備をして、闇がとっぷりと森を覆うのを待ちます。
そして、遠くで狼が吠え、近くで梟が鳴き出し、虫の音が聞こえ始めたころに、ショーンはノーマンに南瓜のバスケットを持ってくるように言いました。
「はぁい?」
首を傾げたオレンジ色のくまなノーマンの頭をぽすりと撫でます。
「湖畔の家まで歩いていくよ。作ったランタンを見に行こう」
ノーマンには内緒で、魔法使いは作ったランタンを森の中の小道に沿って配置させ、火を灯させていたのでした。
「ドアでですか」
「森の中を歩いて、だよ。魔法のドアだったら一瞬で着いてしまうだろう?」
それに、とショーンがふわりと笑いました。
「同じ家でトリック・オア・トリートしてもつまらないしな。湖のほうの家まで行こう。月も星もきれいだぞ」
こくん、と頷いたノーマンが、南瓜のバスケットをきちんと肩から斜め掛けするのを待って、ショーンはノーマンと連れ立って自宅のお城を出ました。
薄暗い森の入り口からうねって続いている魔法の小道に、ぽつりぽつりとイロイロな色で灯されたジャック・オ・ランタンが置いてあるのがちらりと見えます。
きゅ、と手を握ってきたノーマンの手を握り返して、ショーンがゆっくりと歩き出します。
「―――――きれい……」
声を震わせたノーマンを見下ろし、くすりと魔法使いが笑いました。
魔法使いが放つ魔法の匂いに釣られたのか、ひらひら、と光りの妖精が時折二人の周りを飛び回ります。
「足元に気をつけて、ゆっくり行こう」
ショーンが柔らかな声で告げました。
「すごい…」
上を見上げ、森の木々を見上げ、また夜空を見上げ、いろとりどりのランタンを見遣り。ノーマンはきょろきょろと目を動かします。
くまのきぐるみを着込んで、寒さ対策ばっちりなノーマンの頬は、興奮にピンクに染まっています。そして、すい、とショーンを見上げて、それは幸せそうにぺかりと光るような笑顔を浮かべました。
「ショオン、大好き……!」
きゅう、と手を握られて、ショーンはくすくすと笑いました。
背格好のわりにまだ中身の幼い“こいびと”を甘やかすのがショーンは大好きなのでした。
魔法の開発に打ち込むのも、新しい魔法で以って戦争に行くのも、ショーンは魔法使いの仕事をするのが大好きでしたが。一番好きなのは、思う存分新しい魔法を編み出して、ノーマンを甘やかす方法を考え、それを実行に移すことです。
例え、元教官で現上司に「才能の無駄遣いだな」と呆れ半分に言われようと。そうすることがショーンの一番の楽しみでしたので、決してムダだとは思っていませんでした。

「あ、お爪、いたくないですか」
ぱ、と心配そうに見上げてきたノーマンのくま頭にトンとキスをしてショーンが笑いました。
「オレがノーマンに、オレを傷つけさせるようなものを作って渡すわけがないだろう?」
「ふふ」
きゅう、とさらに強く握り、ぶんぶん、と前後に手を振るノーマンに、くすくすとショーンが笑いました。そして、ぱちりと指を鳴らすと、ランタンの光りが点滅するように魔法を組み替えました。
「わ……」
ぴた、と足を止めて道を見詰めたノーマンが満足するまでそれに付き合い、ショーンはぱしりとまた指を鳴らすと、大きな蕪の頭を持った案山子を側に呼び出しました。
といん、といん、と跳ねるそれの真っ直ぐに伸びた手には、大きな南瓜のランタンを持っており、夜道を明るく照らします。そして、きら、とノーマンのくま耳に垂れ下がったピアスが光りを弾きました。
「さて、ノーマン。オマエ、トリック・オア・トリートをしたいって言っていたな?」
ぱ、と振り向いて、ひゃ、と笑ったノーマンの顔を覗き込みました。
「はい?」
真っ青できらきらの目が見上げてくるのににこりと笑いかけます。
「あ!」
「とんとん、てノックして、誰も出ないのも、知らない誰かが出てくるのも嫌だろう?だからオレが先に湖畔の家に行って、オマエが来るのを待っているよ」
合点がいったらしいノーマンの目が、ぴかあ、と不穏なまでに光るのが見えました。かなり興奮している様子です。
「はろうしんのオマツリですよ!」
「オマツリというか、まあメインイベント的な扱いになりつつはあるな」
くるくると回りだしそうなノーマンの頭をくしゃりと撫でて、こん、と南瓜のバスケットを指裏で叩きました。
「この中にキャンディーが入っているから、それでも齧りながら、この蕪の後をついで一人で湖畔の家までおいで」
「キャンディ?しおが作ってくれたんですか?」
ひょこたん、と案山子が一つ跳ね上がり、優雅な礼を披露しました。
「きゃー!」
驚いて、すとん、としりもちをついたノーマンに、くすくすと笑いながらショーンがその細いふかふかの身体を引き起こしてあげました。
「大丈夫だよ、蕪はただの道案内だから」
「なんですかぁ、」
そして、ぽすぽす、とノーマンのお尻を叩いて、埃を落としてあげます。
涙声で、えぐ、と見上げてくるのに、ちゅ、と優しくその唇を啄ばみました。
「道案内の案山子さん。オマエがちゃんと湖畔の家に、ハロウィン・ナイト中に着ける様にね」
「はじめてみるこですよ」
「今夜のために新しく作った。ハンサムだろう?」
きゅう、としがみ付いて来るノーマンをぎゅっと抱きしめ返して、ショーンが笑いました。

まじまじ、と視線だけを案山子に回して見詰めているノーマンの頭をくるくると撫で下ろします。
ひょこたん、と案山子がジャンプし。地面に降り立った瞬間、しゃらん、と涼やかな音を立てました。子供が好きそうないい音色が闇夜に響きます。
「なんで顔がお野菜なんですか」
「南瓜だけでなくて、蕪もランタンにしただろう?ほとんどはピクルスにしたが、一つくらいはこうやって使っても面白いかと思ってね」
「―――――おしゃべりできないんですか」
少しがっかりしたようなノーマンに、にこりと笑いました。
「ノーマンがおしゃべりしている暇がないと思うよ。新作のキャンディーはもうそれはスゴイから」
「すごい?」
きょとん、としたノーマンの鼻先にも、ちゅ、と口付けます。
「食べればわかるよ」
「たくさんたべてもいいんですか?」
好奇心旺盛なノーマンが、目をまたきらきらと輝かせて訊いてくるのに、くすりと笑い。もうかさかさと籠の中に手を入れて探し出しているのに、ぱちりとウィンクをしました。
「キャンディに夢中になって、オレを忘れなければね」
「まさかあ!」
きゅう、と抱きついてから、ぱくん、と一つを早速口に運んだのを見て、ショーンがにこりと微笑みました。
「それじゃあ、ノーマン。湖畔の家で待っているから。また後で」
ちゅぱ、と口から棒付きキャンディーを出したノーマンが、「ん、ん、んん?」と目を真ん丸くし。なにかを言おうとして口を開いた瞬間、する、とその口からぴかぴかのお星様が飛び出していったことにショーンは満足げに目を細めました。
白いスティックに黄色の星型のキャンディーを持ったノーマンが、ますます目を大きく見開いて言いました。
「ひゃぁ…!オホシサマだ…!」
いくつもの星がノーマンの口から飛び出て、空中でパン、と音を立てることなく弾け、きらきらきら、といくつもの細かいきらめきを宙に散らして消えていきます。
「流星群ですよ、これ!」
ひゃああ、とますます笑顔になったノーマンが見上げてくるのに、ふふ、と魔法使いは笑って、とん、と空中に飛び上がりました。
「夢中になるって言っただろ?今夜中にちゃんと辿り着くようにね、ノーマン」
「ショオン、」
「ちゃんとあっちで待っているから。きちんと来るんだよ。走って転ばないように!」
ショーンを見上げて、ふーっとオホシサマを口から零し。ぴょん、と飛び跳ねたノーマンと一緒に案山子もしゃらん、と跳ね上がるのを見詰めて、飛んできたオホシサマを指先に捕まえました。
ちゅ、とそれに口付けて、ふ、とノーマンのほうに吹いて戻せば、オホシサマははじけることなく、きらきらきら、とノーマンの周りを飛び跳ねます。 ひら、とショーンが手を振れば、ぶんぶん、とノーマンも分厚い肉球の手を振って元気に言いました。
「しょおおおん!あとでいきますねー、お菓子よういしててね!」
その声に見送られて、ショーンはあっという間に夜空をかけていきました。 ノーマンが湖畔のお家に辿りつく前に、魔法使いにはまだまだやるべきことが残っているのです。