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キャ
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ディ
6歳のころからずっと10年間、森で暮らしていたノーマンは「ひと」にちゃんと戻ってからも普通の「ひと」よりは暗い中でも目がよく見えましたし、10年も過ごした森を夜で真っ暗だからといって怖がりはしません。
けれど、怖がらないことと、木のねっこやコブにぶつかって転んで怪我をすることはまた別のお話です。
高い枝や低い幹に掛けられた魔法のランタンの色とりどりの光に照らされて、けれど森は夢のようにきれいでした。
お昼間のように明るいわけではなくて、ぼうっとした灯りにところどころが照らされて、夜の森の暗がりのヒミツの美しさが一層引き立つようで、ショーンのことが自慢でノーマンはハナをひくりとさせました。
くまの着ぐるみを着ているせいか、すこし顔の表情の作りかたが「くま」のころに戻っています。
滲んだような薄い緑や赤や青や白や、見たことの無い虹色のような光も、オホシサマより少しゆっくりと瞬きます。
しゃらーん。しゃりーん、しゃらん、と光が瞬くときに胸のどきどきするほど高くて透き通るような音があちこちから聞こえてきて、ノーマンはぴょん、と飛び跳ねました。
大きなカカシもしゃりーん、と音をたてて跳ね上がって、地面につくときもしゃらーん、ときれいな音が響きます。
ランタンの灯りも、くるりとカカシが周るときに光のわっかをつくるのもとてもきれいでした。
ショーンの残していってくれたお星様も、カカシのしるくはっとのまわりを飛び跳ねるようにしています。
「ふふ」
とーん、とノーマンもカカシの後をついて跳ね上がります。
オホシサマ・キャンディー、これはノーマンがいま名前をつけました、を咥えたままで高く飛んで、一番高いところでふううっと息を吐きます。
そうしたなら、キラキラとオホシサマの欠片が飛び出していって、弾けて流れていきます。
しゃりーん、とカカシが着地して、くるりくるりと回るのをまたノーマンがにこにこと追いかけます。
「お名前、なんていうんでしょう」
ショーンの魔力で作られたカカシなら、きっとちょっとやそっとの妖精や魔物よりももしかしたら力があるかもしれません。
おしゃべりは出来ないようでしたけれども。
立ち止まったノーマンを不思議がるように、くるりくるりとカカシが回って、ぴたりとカブ頭をノーマンの方に向けて止まりました。
本当は、このカカシはショーンにもうひとつ大事な用事をいいつけられていたのです。ノーマンがちゃんと湖畔の家につけるように、護衛をすること。
キラキラと金色の粉を撒いて瞬くオホシサマは、無粋に使おうと思えば照明弾にもなるのです。
けれど、ノーマンはちっともそんなことは知りません。
しゃらん、とカカシが小さく跳ね上がりました。
「あのね、お名前はカブでどうでしょう」
ぽん、と思いつきにノーマンが手を打ち合わせます、が。くまの着ぐるみを着込んでいますから、ほてり、と温かそうな音がするだけでした。 ただ、蛍光色に光るお爪が「カブ」のランタンのように光の線を引いていきます。
ととん、と「カブ」同じ位置でタップをするように跳ね上がっているのをみて、ふふ、とまたノーマンがわらいます。
「蕪じゃないんですよ、か、にアクセントがあるんですもの」
ぴょんぴょんとまたスキップするようにカブのところまでいくと、ノーマンがにこりと見上げました。 ほっぺたの内側でオホシサマ・キャンディーを転がしているのでしょう、口から飛び出ている棒が忙しく動きます。
キランキランとノーマンの口から星がまた零れ落ちていきます。
カブがうんと高く飛び上がって、そのオホシサマをランタンで掬ってランタンの灯りがキラキラと粉のようにオホシサマと一緒に散って生きます。
「すっごい・・・・!」
ノーマンが目をキラキラとさせてソラを見上げます。
しゃららん、と音を立ててカブが空中でくるくると回って、それから地面に下りてきます。
「お名前気に入りましたかー?よかった」
ノーマンもうきうきと言います。 森のいきものたちのほかにも、新しいお友達が出来て、今日はほんとうに素敵な日です。
「ショーンの漬けてくれるピクルスは大好きだけど、よくばらなくてよかったです」
ふふ、とわらって。カリン、と口の中で小さくなったオホシサマ・キャンディーを噛み砕きます。
そうしたなら、ぱああああっと小さなオホシサマの欠片が数え切れないくらい零れて散っていきました。
「−−−−ほんとに素敵なキャンディーです」
ほう、とその様をみつめてノーマンが溜息をつきました。
こんなにきれいなだけじゃなくて、黄色のオホシサマ型のキャンディーは、ノーマンの大好きなレモネード味で、しかもしゅわしゅわと炭酸のような感じまでするのです。
そして、ゆったりとしたくだり坂の草原に出ました。
森が途切れて、ホンモノのオホシサマが満天に瞬いている空が一気にひろがります。そして、草原の小さな花が、今度はランタンのようにぼんやりとあちこちで光ってノーマンとカブを迎えてくれました。
その下に拡がる湖には、いつものように、きらーん、しゅるるーん、と流れ星がハープのような音をたてて落ちていっては、キラキラと煌いて散っていっております。
ショーンは、王立魔法学院をいままでに無いほどの成績で卒業して、行く行くはこの国を担うほどの力をもつだろう、と学院の先生たちに大層期待されていたのです、ほんとうは。
なにせ、魔王を使い魔にしてしまおうというほどの力の持ち主なのですから。けれど、ショーンが魔法使いを目指した理由は一つでしたので、王さま直属の魔法使いになど、なろうとも思っていないのでしょう。
普通のまほうつかいになら、この湖畔の一帯にいまのような魔法をかけるのは一仕事です。けれど、ショーンはノーマンが楽しいだろうとあっさりと魔法を組み上げて実践してしまうのです。
「カブ、」
うっとりとノーマンは草原の高いところから、視線をぐるっと巡らせます。
「しょおん、すごいでしょう」
ふにゃ、とわらってカカシを見上げます。
しゃらん、とカブが一回転するのに、そうですよねえ、と頷いて。
湖の側の小さな木の家が、いつもとなんだか様子が違うことに気がつきました。
柔らかい茶色をした家のはずですが、なんだかもっと別の色にみえます。それも、たくさん色が混ざっているのです。
「あら?」
ノーマンがきゅ、と首を傾げました。
窓のある位置からは、柔らかな灯りが洩れていますから、きっとショーンはあのお家のなかで待っていてくれるはずです。
「−−−−−あ!」
ぱああ、とノーマンの顔が一気に明るくなります。
「あれ、お菓子の家ですよぅ!!」
きゃーとノーマンが飛び跳ねて、その勢いのままゆったりした下り坂の小道を駆け下りていきます。
けれど、興奮しすぎて足が縺れてしまって。
「っきゃーーー」
もんどりう打って転んでしまって、そのままころんころんと転げ落ちていきます。
しゃんしゃんしゃん!とカブも慌てて隣を跳ね下りていきますが、なにしろカカシですから腕はまっすぐに横に伸びていて、転がり続けるノーマンを引っ張り起こすことはできません。
「っきゃああああ」
ころんころんころん、と目のまえが上下に左右にひっくり返り続けて、ノーマンはまだくまのころに崖から転がり落ちたときのことを思い出しました。
あのときは、岩も一緒に転がっていてとても痛かったものです、けれど、いまは。
さすが有能なまほうつかいの愛情たっぷりの着ぐるみですから、しっかりどこか鈍いところのあるノーマンの行動を予想して、万が一のときにも体の痛いことのないように、魔法でガードされているのです。
「っきゃ、あ、」
あれ、と転がりながらノーマンはどこも痛くないことにやっと気がつきました。
「きゃ、あー…、…ハハハハ!!」
痛くないとわかれば、これはオモシロイことになっています。ものすごいスピードで草原を転がり落ちているのですから。
緑の草の切れ端や、花ビラがきらきらと一緒になって転がっていますし、一瞬で見えたり見えなくなったりする湖や夜空もとてもきれいです。
「スーーごーーいーーよーーー!!!」
これはもう歓声です。
ばうん、と大きな石にあたって身体が飛び上がります。
「っひゃあ!」
何秒か、ほっぺたを風が撫でていって、またすぐにばうん、と草地に落っこちて。
ざざざーーっと今度は草地を滑り落ちて行きます。
「おおおおー」
大興奮です。
頭を下にして、ざあざあと草を切って滑り落ちていく気持ちよさがあるだけです。
「すーごーい!!!」
足をばたばたと動かして、ノーマンは大はしゃぎです。
そうしている間にも、ぐんぐんとお菓子の家は近付いてきます。
いまではもう、壁のかわりのきれいなパステルカラーのアイシングのかけられた大きなクッキーが見えてきました。
「あはははは!すごーい、あ?」
はた、とノーマンは気がつきました。これでは止まれません。お菓子の家に追突してしまいそうです。
「っきゃー!」
痛くはきっとないでしょうけれど、せっかくショーンが魔法で飾り付けをしてくれたお家にぶつかって壊してしまうのはいやです。
ばたっばた、と泳ぐようにノーマンが毛皮に包まれた手足を動かしました、泳いでいるように見えなくもありません。
「きゃー!」
ぶつかるー!と目を瞑ったとき。 びぃいいいん、となにかが空を切る音がして。
「きゃ!!」
がくん、とノーマンの体が止まりました。
しゃん、と音がします。
「−−−−カブ・・・!」
カブが腕にあったステッキを落として、ノーマンの尻尾を地面に縫いとめてくれておりました。
ふううう、とノーマンが息を吐いて、ふる、と頭を振りました。それから、地面に前足をついて身体を起こします。
「どうもありがとう」
ふてり、とノーマンが頭を下げれば、不思議なことにステッキはカブの腕のほうに自分から戻っていって、しゃらん、とカブがまた一跳ねします。
「カブは、強いカカシですねえ」
感心して呟いたノーマンの手元に、ぽとん、と上から手鏡が落ちてきました。しゃらん、とカブがまた跳ねます。
「あら?鏡ですか、でもぼく―――」
あ、とノーマンが呟きます。
毛皮のあちこちに、千切れた草がくっついていて、これではまるで草原でなにかと戦っていたくまのようです。
「あららー」
ほてほて、とノーマンが前足で草を払い落としていきます。
まずはお胸やお腹のあたり、次ぎはお尻やお背中の方、お尻尾から足までです。
そして最後に頭をぽんぽんと叩いて、ほっぺたについていた土もきれいに拭います。
お耳のピアスも取れずに残っていて、ほっとして。銀色のわっかの下にまっくろのコウモリがぶらさがっていて、ノーマンは一目でそれが気に入ったので、失くしてしまいたくなかったのです。
灯りの代わりをしていてくれたお星様たちも、キラキラと最後に煌いてから、ぽーん、と湖の方に向かっていって、散っていきました。
「ちゃんとお家に着けました、ありがとう!」
オホシサマに手を振って、それからカブに向き直ります。
「カブも、ご案内をありがとう」
そう言って、ひょこりとお礼をします。
「さあ!カブ!!いたずらしますよう!!」
ひゃあ、と満面の笑みで顔をあげたなら、しゃらーん、ともう遠くで音がするだけでカブの姿は見えなくなっていました。
「−−−−あら」
くるんくるん、と草原の上の方で、ランタンのわっかがみえましたが、それもすぐに消えてしまいました。
「不思議です」
ふう、と感嘆の溜息をまた小さく洩らすと、ノーマンはお菓子の家に向き直りました。
ウキウキとしてきます。
りんごーん、と口で言ってみてから、チョコレートのドアをノックしました。
「わるいくまがきたぞーー」
どんどん、とチョコレートのドアを拳で叩いてみます。
少しだけチョコが削れたのを舐めれば、とっても甘いのに、ノーマンはひゃ、と笑いに崩れます。
ぎぎぎ、と古いドアの軋むような音がしてチョコレートのドアが開いて、柔らかな灯りがすう、と一筋差してきます。
半分ほどドアが開いて、中からショーンが出てきました。
ゆったりとした白のシャツに、黒いおズボンです。ノーマンが大好きな、お家にいるときのショーンのかっこうでした。
きら、とオホシサマの光を弾いて、耳元のピアスが光るのも素敵でした。
「しぉー!とっりく・おあ・とりーと!!!」
がおうーと腕を引き上げてノーマンが大きな声で言いました。
「わるいくまがきたぞーー!!」
がおぉうー、と頑張って吠えていると、ショーンがほんのすこし首を傾げて。さらん、と金色の髪が流れます。 耳元のピアスが見え隠れして、とてもきれいです。
く、とショーンの口許が笑いの容に引き上げられていきました。
「トリックか、トリートね。わるいくまさんはどっちがいいのかな?」
お耳がぴるん、と動くほど、甘いショーンの声にノーマンはきょとりと首を傾げました。
「おかしをたくさんちょうだい」
オレンジ色の籠を胸のまえでもって。これはもう、国中のお菓子を集められそうな「わるいくま」でした。
「おかしだけ、でいいの?」
ショーンの質問に、キラとノーマンは目を煌かせました。
「いたずらもしていいんですか!」
きゃあ、とノーマンが一回ジャンプします。
ぱち、とショーンが指を鳴らすと、空中からたくさんのお菓子が籠から溢れるほど降って来ました。
「わあ、おかし!」
ノーマンが籠を覗き込んで歓声をあげれば。
「イタズラ、したいの?」
そう、蕩け落ちそうに甘いショーンの声がして、ノーマンが顔を上げました。
「はい?」