る。



濡れた髪のままでノーマンはお歌をうたいながらお台所へいきました。
ショオンとお風呂に入っていて、泡に埋もれるようにしながらたくさんお話をして質問もたくさんして、髪を洗ってもらったりショォンにお湯をかけてあげたりなどしてゆっくり長い間、お風呂にいたのです。
お湯はハッカとオレンジとジャスミンとユーカリのとてもよい香りがしていて、泡立ってきらきらと星屑が入ったようにきらめいて、お昼間なのに光のはじけるのが見えるほどで、それだけでノーマンは嬉しくてどきどきとしてしまうほどでした。
ショオンに髪を洗ってもらうのも眠くなるほど気持ちが良いですし、ぺっとりと泡の中でくっついてお話をするのもとても楽しいのです。ですからショォンが、さてそろそろ仕事をしないとね、とにっこりとわらって言うまで、ずっとお風呂にいたのです。
お休みでのんびりとしてはいても、ショオンは立派な大魔法使いですから、お城でけんきゅうすることはあるらしいのです。それにノーマンもいつものようにショォンがお城でおしごとをしてくれるのなら、それほど文句はないのです。大きな声で呼べば、たいていしょさいから出てきてくれますし、お茶だって一緒にできるからです。
ですから、ショオンにタオルで髪をさらさらと拭いてもらいながら、にっこりわらっていったのです。『ねぇ、しぉ?ぼくがおいしいつめたいすかっしをお部屋にもっていってあげます』と。
それはいいね、とお返事がもらえたので、ノーマンはお台所へと急いでいるのです。
お風呂上りですから、いつものすかっしにジンジャーをたして、れもんじんじゃーすかっしにして、炭酸は少し泡の強いものににして、濃いお紅茶のシロップをグラスの底に流してもいいかもしれません。
よし、がんばってつくりましょう、とうきうきとお台所でノーマンが氷を砕いて、お支度を始めます。
そして、砕いた氷をたくさん詰めたガラスのピッチャーに大満足のできあがりのれもんじんじゃーてぃーすかっしを注ぎます。
「できましたよ」
ふふ、とノーマンが笑います。これなら、きっとショオンもおいしく飲んでくれるにちがいありません。
「ぼくは実にたいしたシェフであることよ」
また言葉をごっちゃにしています。
「さあ、もっていきますよ」
そう呟いてトレイを用意したところで、お城が震えるような深い深い音がしました。
でぃーんんごぉおおおおおおん、と鐘が高いところと低いところから同時に鳴り響くようなのです。

「あら?」
ノーマンが首を傾げました。
もういちど、ぶるっとお城の石床が震えます。
でぃーーーんごぉおおおん、と響いてきます。
あうわう、とイー二ィミーニィマイニーがノーマンの足元で跳ねて吠えます。
「これ、ちゃいむですね」
お城の大きな玄関も脇についている青銅のベルが鳴っているのをはじめて聞きました。
「おきゃくさまですよ」
これも初めてのことかもしれません。
おれのししょうはいつのまにかシォオンとお話ししていたり、カブたちはすうっとやってきますし、ノーマンの森のおともだちはお庭までしかやってきません。
ですから、いままでベルが鳴らされたことなどなかったのです。
「これは一大事です」
そうつぶやくと、ノーマンはあわててお玄関へ向かいました。お客様をお待たせしては失礼だ、となにかのご本で読んだのです。
「はーい、いまいきますよう」
大きなお城の真ん中で叫びます。
ばたばたと駆けていくノーマンの足元には同じように子犬が付き従います。またここで大事なご主人に後れを取ったりしたなら、恐ろしい大魔法使いになにをされるか分かったものではないからです。
「はいはーい」
きゅーっと廊下の角を曲がって、ノーマンがお玄関へ向かいます。
とても高いアーチ型天井で、ドアだって背が高いのですが、この間よりは小さい様な気がしますが、ノーマンは気にしません。ちらっと見上げて、すぐにドアを大きく開きました。
「はい、おまたせしまし…あら」
ノーマンが目をぱち、と瞬きました。

お城の石段のてっぺんには、大きならいおんほども大きさのある猫がきれいに前足をそろえて座っていたのです。
そしてそれだけではなくて、猫の横には大きさの違う箱がいくつか、きれいに包装されて積まれていたのです。
きょとん、とノーマンが首を傾げます。
「――――あら。不思議なはいたつですよ」
ノーマンがじっと大きな猫を見つめます。
きらきらとエメラルド色の大きな目がまっすぐにノーマンを見つめ返してくるのに、にこおお、と笑みにノーマンが表情を崩しました。
「あーあ!お荷物のお届けなんですか、働きものの猫さんですねぇ…!」
すっかり感心しています。
あ、と思い当ります。
「きっと、猫の国からしぉにですかしら…」
猫の大きさであるとか、その不思議な赤銅のような毛並みの色であるとか、なぜ大きな箱を運べているのか、ですとかそういうことはまるっきり頓着しない大物なもとこぐまです。
「しぉは強い強い魔法使いですから、猫さんの国にも噂が届いているんでしょうねえ」
にこおお、と猫に笑いかけ、招き入れようとしたとき、ふぃ、とお荷物に張り付けられていたカードに目をとめます。
「あ」
カードに金で箔押しがされていて、見慣れた紋にノーマンがきゅ、と目を大きくします。片目の狼と稲妻の模様は、ショオンのおれのししょうのものです。
「あら。おれのししょうの紋じゃないですか」
なるほど、と納得したノーマンがくるりとお城の中に向かって振り向いて大きな声で報告します。
「しぉおおおおおおお…!」
おんおんおん、と木霊します。
「しぉおおお!猫の国からお土産じゃなくて、おれのししょうがなにかくださりましたよ、桃ですかしら!!」
ぼくは桃も好きです、いまならみずみずしくてお菓子にしても冷やしていただいてもおいしいですよねえ、と話し始めるのに 、ああそうだ、と手を打ち鳴らします。
あのねえ、と猫のお使いに向き直ろうとしたとき、背中を強く押されてしまって、足元がよろけます。
「わぁ」
ドアに手でつかまって、猫を振り返ります。
「おおきないきものは、なんでみんなそんなに怒りんぼなんですの」
おししょうもおこりんぼですし、とぷすぷす文句をいいながら、それでも大事なお使いなので気を取り直します。
「じゃあ、おきゃくさまですものね、中へどうぞ」
そう言うと、猫をお城へ招き入れます。

大きな箱は、器用に前足でドアの内側に猫が押し入れましたので、ノーマンはお手伝いをしようと伸ばした手をひっこめて、子犬と顔を見合わせました。とても賢い猫さんのようです。
「さすが、おれのししょうですよ…!」
うっかりこんなところでサンベリック師匠の株は上がっています。
そうして、お城の中に箱が滑りこんだとたん、箱の底から細長い脚がにょきりと生え出します。
「あらら」
それを見て、ノーマンが笑いました。
猫のお使いの長い尻尾がゆらんと揺れて、さすがおれのししょうのお使いは猫もとても賢いのですねえ、とまた感心します。
猫の長くてアーチを描いているおひげが引きあがって動いて、まんざらでもないようです。
そして階段を登り始めたお荷物の後をついて、ノーマンとお使いの猫がのんびりと階段を上がっていきます。
「しぉのお部屋にご案内する前に、まずは居間にいきましょう」
そんなことをノーマンが真面目に提案します。そしてすぐに階段を一段上る間に、おしゃべりを始めます。
「あの、ぼくはおれのししょうはおいしい桃のお土産もくださるしいい方だとおもうんですけど、王様は大嫌いなんです」
なぜかもうお土産は桃と思い込んでいるノーマンです。
猫が咽喉奥で唸るので、ノーマンは首をまたかしげました。
「桃じゃないんですか、じゃあパイナップルですかしら」
果物と思い込んでいます。そして、すぐに話題を戻します。
「王様はしぉを苛めるし、いばりんぼさんですし、きんぐすたうんくろにくるずのお写真だってとっても変なお顔」
ねえ、と猫に同意を求めます。そして、猫の首にリボンのようにきらっと光るものがまかれているのに気が付きます。
「へえ、それはとってもきれいなおリボ……」
んん?とノーマンが目を細めました。
「あ、違いますね、それもきれいな蛇さんですねえ」
猫さんが赤銅のような毛皮の色なら、おりぼんのような蛇はきらっとする銅のような色合いでした。
「んー、毒蛇色ですけど、きれいですねえ、とてもお似合いですよ」
森でだてに長いあいだこぐまだったわけではないノーマンです。
そうしたなら、猫は唸り声に似て、それでもわらったのだとわかる声をあげてノーマンの背中をその長い尻尾で叩いて、おりぼんの毒蛇は長い牙をみせてシュウ、と音をだします。
そんな不思議なお使いを居間にご案内して、ノーマンが言いました。
「なかへどうぞ」
そしてドアを押さえながら、「しぉおおおお!」とまた大きな声で書斎の大魔法使いを呼びます。脚の生えたままの箱は、廊下で止まっています。
そうしたなら、書斎のドアが開いて、大魔法使いが顔を出しました。
「上がってきてもらって、いまちょっと手が離せないから」
「はあい!」
良い子のお返事をしたノーマンは、お使いの猫に向き直りました。
「じゃあもう一階分、上に参りましょう」
はい、まいりますよー、へびさんもおっこちたらだめですよ、と付け足して元気に階段を上がっていきます。荷物も張り切って脚を高くあげて階段を上がっていくのを見て、くすくすと笑います。
そしてショオンの書斎の前までご案内して、にこにこしながらドアを開けます。
「どうぞ、中へ。なにかお持ちしましょうね、ワインなどいかがですか」
なぜ猫にワインを勧めるのか、とはだれも問いただしません。そして猫さんの足元をくるくる走りまわる子犬をさっと抱き上げます。
猫が書斎の中へ入っていくときに、お尻尾がノーマンの腕をかすめていきます。
「んん、ワインですね、うけたまわりですよ」
そう張り切ってノーマンが言って、ショオンにも外から呼びかけます。
「しぉー!しぉもワインでいかが!」
「つまみはなに?」
「あのね、ケーキサレをつくってあるんです、ドライトマトとパプリカとバジルにオリーブの。それとソルトクッキーとチーズクッキーと、あと、あと、」
いっしょうけんめいご報告をしていたなら、あいたドアから顔をだした大魔法使いがノーマンのほっぺたにちゅ、とキスをくれます。
「それならワインがいいね」
「はい…!すぐにもってきますね!」
そして、にこおおお、とノーマンが蕩けそうにわらって、子犬を抱いたままおおいそぎで転びそうになりながら、階段を駆け下りていったのです。
「ああそうだ、ノーマン、居間のほうでよろしくね」
そうショオンの声が追いかけてきたのに、また元気に「はい!」とお返事をしたノーマンが、うっかり階段で脚を踏み外して5段ほど転げ落ちたのは秘密です。