び。



ふにゃりと大好きなショォンを見上げて笑ってから、ノーマンは目の前の大きな木箱に集中しました。
立派なふたがぽんっと外れた後は、寄せ木細工のパズルのようにぱたぱたと自動で木箱が小さくたたまれていきます。これは、たたみきったらおもちゃとしてまたノーマンが遊べそうです。
入れ物にもこんなに楽しい仕掛けをしてくださるものですからシォオンのおれのししょうを、ノーマンは大好きでいつもたいそう尊敬してしまうのです。
そして、木箱の中から現れたものに、ぱあっとノーマンの大きな瞳がまんまるになるました。
この形は知っています、以前、おれのおししょうにいただいた「無限わたがし機」とよく似ているのです。お台所の、キングスタウンのキャンディー屋さんからの瓶詰キャンディーがたくさん並んでいる大きな棚の前の一番いい場所に、いただいた時からノーマンが据えている大好きな「ましん」です。
「これって…!」
興奮をおさえきれない声でノーマンが呟きます。
あたらしい機械に、カードが張られているのに気づいて、ノーマンがそっと剥がして読んでいきますが、読み進むうちに、隣にいたショオンがおや?ときれいな形の眉を引き上げるほど、尋常ではないほどにノーマンが静かに静かに歓喜しているのが伝わります。
「しお…!!」
ぎゅう、とカードを握りしめて、ぶるっと震えています。
「うん、どうした?静かに言ってごらん」
「しぉ、これは、たいそう素晴らしい夢のように美しいきかいなんですよ…!!!」
どうしましょう、こんなにすてきなすばらしいものをいただけてしまって!!とけれど大きな声が出てしまいます。
「しぉ、これは、これは重大事件です!!!」
ひゃあああ、と大喜びでノーマンが我慢できずに飛び跳ねてしまいます。
どうしましょう……!ともっと大きな声をだしかけたなら、ショオンがかぽりとノーマンの口もとを手で覆い隠しました。
「はい、お客様の前で叫ばない」
「――――――でむ…っ」
もふ、と息を一度大きく吸い込んで、ノーマンがこくこくと頷きました。
「でもね、これは、たいそうすてきな機械なんですよ…!」
精一杯抑えた声で、目は興奮できらきらと煌めいて、ほっぺたはうっすらピンクでたいそうかわいらしい様子です。
「いい子だね」
ショオンが頭のてっぺんにキスをしてくれるのに、頷いて、ノーマンがうれしくて笑みを満開にします。

「あのねえ、しぉ…!これはね、無限虹色わたがし機なんですよ…!!!!」
あのね、とノーマンが箱の底に残っていた大きなガラス瓶を取り出します。
「このね、げんざいりょうも、無限るーぷのわっかにはいってて、だしてもだしてもなくならないそうです、それでね、なにがげんざいりょうなのかは、ひみつなんですって。でもね、このまっしろ透明のお砂糖でも、夢のようにきれいな虹色がだせるのだそうですよ!!」
くすくす、と大きな猫さんが後ろで笑うようなので、ノーマンもうれしくなって猫さんにガラス瓶を振って見せます。
「見慣れたデザインではあるね、さっそくやってみるの?」
すい、とノーマンの横にショオンもしゃがみこんでくれます。
「あのね、」
たいそう真剣なまなざしでノーマンがショオンをみやります。
「うん?」
「カードにね、書いてあったんです。大きくしたければしたいだけ、どんな大きさにもできるんですよ、前にいただいたのは、1メートルくらいまでしかできませんでしたでしょう?かいりょうしてくださったんですって。おれのおししょうはほんとうにすばらしい方ですよ…、しぉ!」
ぎゃっぎゃっぎゃ、と大笑いしているような大猫さんは、椅子に飛び上がって、その長いお尻尾で椅子の背をばしんばしんと叩いておりますが、尊敬と感動の念でいっぱいのノーマンはショオンのシャツの胸元をくうっと握りました。大魔法使いのショオンはといえば、目をまんまるにしています。
「ほんとうに、しぉのおれのししょうはさすがでらっしゃいますねえ」
ふう、と感嘆の息を漏らして、けれどノーマンはすくりと立ち上がります。
「ぼくはこのましんをさっそくかどうさせますよ」
ガラス瓶を開けて、透明なお砂糖の塊を機械の底にさらさらと零し淹れます。そのときに、クリスタル同士が触れ合うような、お星様同士が流れてあたるときに奏でられるような微かな、それでも聞いたことがないほど美しい調べが聞こえるのに、ノーマンが蕩けそうな笑みを浮かべました。
「すごい…」
そして、ましんの上につけられていた半透明のカバーをあけて、「びひん」として添えられていた緑と赤と紫と青のクリスタルの細いスティックの中から青の棒を選び出します。このスティックの周囲にわたがしを巻きつけていくのです。
「ぼくの好きな色ばかりです」
おれのおししょうはすごいですねえ、とまた感心します。
また、大猫さんがぎゃあっと笑います。とても陽気な猫の王様です。

どきどきと高鳴る鼓動をいっしょうけんめい抑え込んで、ましんのボタンを押せば、ぶぅん、と一瞬唸ってから機械が「かどう」しはじめました。
美しい機械仕掛けの砂時計のような見た目の機械ですが、ガラスの入れ物のなかを砂が落ちていくのとは違って、霧のようにわたがしが機械の下から、ドーム状の上部に紡ぎだされていくのをくるくるとスティックで巻いていくのです。
「――――――――あ…!」
くるくるくる、ともうこれはこういうことばかりは器用なもとこぐまですから、ノーマンがスティックの周囲に何周分か霧のような綿菓子をまきとったとき、ノーマンが驚きに声をあげました。
「しぉ………!!!!しぉおん!」
「うわー…」
「そうですよねえ、うつくしいからびっくりしますよねえ、これはたいそうなものですよ!!!」
きらきらと目を煌めかせたノーマンがスティックを高々と掲げます。
そこには、半ば出来上がりかけの、わたがしがありました。ですが、ただの綿菓子ではありません。虹色、とはいってもただの虹色ではなかったのです。わたがしのてっぺんから下の方へ、さまざまな色味が混ざり合わずに、縦に一筆書きで芸術家がカンバスに色を自在に長く引いていくように、描かれていたのです。
猫さんは、なぜか椅子から転がり落ちて笑っています。
「美しいっつか…うわぁ、」
ショオンは口元を微妙にひきつらせて、それでも笑みを浮かべてくれているようです。
ですが、ノーマンはもうこの奇跡のように美しい虹色綿菓子に夢中です。また機械にもどして、どんどんと大きくしていきます。そのあいだも、足されていく色合いに「すてき、すてき…!」と嘆声を上げます。
そして一抱えほどの大きさにまで綿菓子をからめとると、機械から引き出して、出来上がりをうっとりと見つめます。
次いで、きらきらと目を煌めかせてショオンを振り返りました。
「これ、これ…!あの、しょおん、ぼく、いただいていいですか…!」
どきどきと胸が高鳴っているのが完全にわかるほどの喜びようです。
「全部ノーマンのものだよ?どうぞ遠慮せずに召し上がれ」
くすくすとショオンがあまりのノーマンの喜びように笑いながら言います。床に伸びていた大猫はするりと起き上がり、首元に巻き付いていた蛇もすい、と頭をもたげています。
「はい…!」
ひゃあ、と笑ってノーマンがぱくりと赤い色の部分を口にします。
そうしたなら、ほんもののイチゴと森のベリィの微かな味と香りがして、ノーマンが目をまんまるにして、そして次に聞こえてきたきれいな音に、びっくりします。綿菓子のお砂糖が舐めて溶けてしまうときに、さっきと同じようにきれいな音がするのです。

「すごくきれいなんですねえ」
ほう、とため息をついたノーマンが、ぱくりとまた今度は別の色のところを舐めて、また美味しいことときれいな音にぴょんぴょんと跳ね上がります。
そして、ぱ、とお客様の方を見ます。
「みなさんにもつくってあげましょう!」
「オレはノーマンから一口もらうのでいいよ、お客さまはどうするかな…」
ショオンが止めるのも待たずに、片手に自分の綿菓子を握り、こんどは赤色のスティックで新しい虹色綿菓子に取り掛かりますが、片手でどうもうまくいきません。
ですから、ノーマンは少し考えてかからお手柄ぺっとの子犬たちを呼びます。
「イー二ィ!ミーニィ!マイ二ィ!かむ!お手伝いしてください」
三つ首の子犬がすぐにノーマンの足元に駆け寄ってくるのに、「いいこですねえ」とノーマンが微笑みます。
「はい、これを持っててください」
そう言うが早いが、真ん中の子犬、イー二ィのお口に横咥えではなく、縦に綿菓子のスティックを咥えさせます。
「いいこで、これを持っててくださいね、ぼくがあたらしいのを作ってる間」
くう、と子犬たちがハナを鳴らすのを、いいこ、と三つの頭を撫でて、お客様をはりきってノーマンが振り向けば、大きな猫さんは首を横に降りましたが、きれいな蛇さんは、しゅるっと真っ赤な細長い舌を覗かせています。
「わかりました、すこし小さめなのをご用意します!!」
大張り切りです。猫さんのヒゲがわらっているように小さく動いているのにノーマンもにっこりします。
「猫さんたちのおれのおししょうは、すばらしいかたですねえ、ぼくはおれのおししょうが王様になればよろしいとおもうんですよ」
そんなことを言いながら新しい虹色綿菓子つくりに取り掛かります。
ぶ、と大猫がまた吹き出し、よほど面白かったのか、毛皮の背中が波立つほどでした。
「ええ、ほんとうですよ、あのなまいきなわかぞうより、おれのおししょうのほうがよほど人格者ですもの。こんなにすばらしい機械もくださって神様なんかより、よっぽどおれのおししょうですよ、あ、でもおししょうは別ですからね、ぼくはおししょうは神様でも大好きですから」
そんな聞かれてもいないこともお話しながら、それでもノーマンは大きな桃ほどの大きさにきれいにまんまるに新しい綿菓子を造形して、機械から取り出します。まんまるにしても、てっぺんから色が七色の滝のように流れている本当に美しいお菓子が出来上がりました。

「できた!ミィニィ、ありがとう、いいこでしたね」
そういって、必死に縦咥えにして綿菓子を守っていたミィ二イの頭を撫でて、綿菓子を取り上げます。
はい、どうぞ、そう言って蛇さんに綿菓子を差し出して、猫さんと一緒に笑っているショオンをノーマンが見上げます。
「なにがおかしいんですか?」
「いやー…あの師匠が王ならオレ休んでる暇ねえわ」
「――――――しぉ…?」
きょとん、とノーマンが首を傾げます。滅多にこういう話し方をショオンはしないのです。
「いやいや。想像だけで勘弁な、ノーマン。身体いくつあっても足りないくらい徹底して統治するだろうあの師匠の性格考えたら、ちょっとほんと想像したくない地獄」
なんだか穏やかな話ではありません。
いっそ世界崩壊させるかね、と猫さんへ話しかけてもいます。猫さんも大魔法使いを見やって、大きな目をぐるっと動かしました。
「ほうかい、」
ノーマンもつぶやきますが、けれどすぐにノーマンの注意はよそへ移ります。蛇さんが綿菓子を咥えている間、猫さんが軸を器用に持ってあげているのを目にしたからです。
「あら。仲がいいんですねえ…!でも、カップに綿菓子をさしてあげましょうか」
そんなことを言いながらショオンを見上げます。
「カップだと倒れるだろ」
「あのね、かんしょうようの台もつけてくださってるんですよ、おれのおししょうは」
ぷ、とショオンは吹き出して、蛇さんはちっとも気にした風もなくて大猫の首に絡まったまま、自分の尾っぽで赤いスティックを支えて綿菓子に顔を突っ込んでいます。きらきら、きらん、と細かな星が触れるような涼やかな音があたりに漂っています。大猫は蛇さんの口もとをぺろりと舐めて綿菓子のお相伴をして、機嫌よくヒゲを揺らしています。
「あ!はい、どうぞ」
お砂糖の蕩けるようにノーマンがわらって、虹色綿菓子をショオンに差し出します。

「ひとくちじゃなくて、何口めしあがってもいいんですよ」
ショオンがぱくりと大きく一口、てっぺん近くを食べて、目を細めるように笑みを浮かべます。
「どうですか、夢のようにあまくておいしいでしょう…!」
ぺろりと唇をなめて味わったショオンはノーマンの頭を撫でてにっこりとします。
「オレはノーマンから味見するからいいや」
「そう?」
「甘いのはオレのかわいいノーマンだけで、オレは十分です」
「おれのししょうのわたがし、絶品ですけどもねえ」
とんちんかんに納得したノーマンに、猫さんはまたわらっているようです。
ぽふり、とまた虹色綿菓子を味わって、ふんにゃりとノーマンが笑みを浮かべます。
「でもねえ、しょお?ぼくはやっぱり、これだけすばらしいことのできるおれのおししょうのほうが立派な立派な王様になるとおもうんです、だからいまの王さまをみんなでたっちめてクーデタしましょうよ、おれのおししょうを王様じゃなくても、エンペラでもツァーでもなんでもいいですから、なっていただきましょうよ、そうしたら戦もなくなりますでしょう?」
ノーマンは本気なのです。たとえ虹色綿菓子を幸せそうに舐めながら言っていても、です。
「戦争が無くなる前に世界大戦になるって。面倒臭いよ」
それに、とショオンが続けます。
「サリンベック師匠が王とか同格のものになったら、ノーマンにこういうものを作ってくれる時間がなくなるよ?」
きゅ、とノーマンの目が細められました。これはいっしょうけんめい考えている証拠です。
「ほんとうに…?それはこまったじたいですね」
むーん、と唸ります。そして、ショオンをまっすぐに見上げました。
「それでしたなら、おれのおししょうには、じゆうじんでいていただきましょうか」
ぶ、っと大猫さんとショオンが同時に吹きだして。猫さんは喉を鳴らしながら大笑いしています。
「自由人かー…」
大魔法使いのショオンも感慨深げにつぶやきます。
「ええ、そうです。もうぼくは、わがままはいいません。じゆうじんでけっこう!あああ、しお、しぉ…!」
どうしましょう、とノーマンが急にあわてます。
「うん?」
小指で目じりの涙をぬぐいながらショオンが言います。
「猫さんのお使いはまだ終わりませんよね?大丈夫ですよね?しゅって消えませんよね?ぼく、おれのししょうに御礼状を書かないと…!すぐに紙とペンを用意してきますから、みなさまはどうぞごゆるりとくつろがれよね!」
「わは、寛いでください、だろう?」
「ああ、さよう!ごゆるりとされよーでしたね…!」
「もう少しくらい待ってくれるよな?」
ショオンが言えば、猫さんがぱたりと尾っぽを動かします。
「はい、うけたまわり!」
そうまた頓珍漢に言い残すと、ぱたぱたと大あわてでお勉強部屋に紙とペンを取りにノーマンは駆け出していってしまいます。そのあとを、あうわうと子犬たちも追います。
当然、後に残された使い魔と大魔法使いは、顔を見合わせることになったのです。