大
層
な
お
仕
度。
不思議辞書でノーマンは「きゃんぷ」と引いてみました。
そうしたなら、この魔法のご本は、古今東西のありとあらゆる「屋外活動」と「園遊会」と「ピクニック」に関連した事象を絢爛豪華な立体映像つ
きで映しだしたものですから、ノーマンの「きゃんぷ」観は、以前おししょうから聞いたはるか昔の大陸の王族のライオン狩りから、貴族の園遊会、果てはこの国の貴族が「エキゾチック」な外国で豪遊するときの「外遊び」までが見事に絡み合ったそれは珍妙に華やかなものになったのです。
「きゃんぷって、たいへんなんですねぇ」
ふー、と想像するだけで頭のくらくらしたノーマンは独り言をつぶやきました。
らじおで初めて聞いた「夏至のお祭り」も不思議辞書で引いてからは、ノーマンの憧れのお祭りになり、こんどのりょこうのときに必ず真似をするつもりでしたから、ランタンの他にもたくさん、用意しなければなりません。
「じつに、たいへんです」
うむ、とノーマンがもう一度つぶやきました。そしてノートを取り出すと、前にショオンに教わったように「けいかくしょ」を色とりどりのペンでしたためます。
おししょうに「手習い」を教わるようになってから、ノーマンの文字はそれはそれは上達して、今ではおししょうだって褒めてくれるほどには美しいのです。
もしかしたらこの国、いえ、近隣の国でも他にはないほどの美しい文字がつづっていくのは、それでも「クッション」「シート」「羽飾り」「弓矢」「らいおん」と、とんでもありません。
『1.らいおん狩り。用意するもの:らいおん、弓矢、馬車、馬。 2.お食事用のくっしょんを100個。3.羽根扇を3つ。お食事中に煽いでもらう。4.音楽:レコードか、らじお、オーケストラでもよい』
と、どんどんと計画をたてて書いていきます。そのうちに空想するだけで楽しくなってしまって、ふふ、と笑いながらペンは止まることを知りません。
ランタンの色使いや形も思いつくままに絵にかいていきます。夢中になったノーマンがひとしきり計画をたてて満足したころには、美しくも面妖な計画書が出来上がっておりました。 このうえないほどの流麗な文字と精密な絵とが幻想的に絡み合い、共鳴し合ってどんどんと紙をはみ出していくほどの、おそらくどのページを切り取っても画商が高値で買い取っていきそうなほどの芸術品でした。
「できた!」
ひゃあ、とノーマンがわらいます。あとはこれをもって大好きなシォオンのところへいってせつめいをするだけです。
ノートを大事に抱え込むと、おおいそぎで大魔法使いの書斎へとノーマンはお城を駆けていきます。
「しぉおおおおおん!!」
どんどん、とドアをノックして大きな声で呼びます。
「しぉおお!あのねえ、開けてください、大事なご用時ですよ!」
そうしたなら、ドアの隙間から羊皮紙がするりと現れます。ノーマンがそれを取り上げずにしゃがみこんで読み上げます。
「”提出前に再検討、イメージを一方向に纏めて余分な分は消去すること” …?」
きょとん、とノーマンが首を傾げます。
「しぉおお!!言ってらっしゃりことの意味がわかりませんよう!ぼくはだってちゃんときちんともう考えてご相談なんですよ!しぉおおおん!」
どんどん、とまたノックをします。
「それにもうお茶の時間ですから、お顔みたいですよう!」
また足元に紙がでてきて、ちらりとそれを見下ろして文字を読んだノーマンが首を盛大に横に振ります。
「もう一度見返す、って。もうぼくは何回も何回もみてますよう!しぉおおおおおおんーーー」
どんどんどん、とノックします。
「しぉおおおおおん……!!」
必死になって呼ぶうちに、がちゃりとドアが開いて、いつもようにすてきなガウンを羽織ったショオンが出てきてくれたのでノーマンがほにゃりとうれしくなって笑います。
「しぉ…!あのね、あのね、ピクニックシートをもっていきますでしょう、それからね、おおきな羽根くっしょんをたくさんもっていって寝椅子みたいにして、おっきな羽根扇で後ろからあおいでもらって、レコードももっていってきれいな曲をかけて、ランタンもぜんぶとばしきらないで、こ っきょうでもいっぱい放しましょうねえ…!ごちそうものみもののたくさんもっていって、らいおん狩りもいたしましょうねえ!」
ショオンの姿を見るなり、一息で報告しようとしはじめます。
ショオンはといえば、そんなノーマンの頭を撫でながら「計画書」に目を通していきます。
「必要なものが多すぎ、削りなさい。 オマエ、これだと50人規模のピクニックだよ。誰と誰がいくの」
「だって、しぉに小さくしていただけばお荷物はすこしですよ」
ふぃ、とショオンの眉根が僅かに寄せられます。
「ライオン…?」
「はい…!らいおん狩りをするんですよ」
さもあたりまえのようにノーマンが言います。
「ライオンはいない。クッションは向こうでタンポポの綿毛を詰めなさい。それに100個も誰の為に必要なのこれ」
「らいおん、いないんですか…!」
「高地だからライオンはいないよ、ノーマン。誰か追いかけるなら番犬か師匠にしておきなさい」
「おししょうはぼくを転ばせるのでいやですよ。イー二ィたちとはいつも追いかけっこして遊んであげてますしねえ」
むしろ子犬たちに遊んでもらっているのはノーマンなのですが、そんなことは夢にも思っていないノーマンです。
ショオンは子犬を見下ろします。眉を片方跳ねあげている大魔法使いを子犬の真っ黒な顔が三つ、驚いたように見上げます。
なにしろ、地獄の番犬たちはいつも「ご主人」を護っているつもりなのに、なにやらノーマンの方は「だいじなぺっと」と遊んであげているつもり満々なのですから。
「ライオンは駄目。別にオマエ、狩って倒したいわけじゃないだろう?それとも昔の血が騒ぐか?」
魔物と魔法使いの間のわずかな緊張にはまったく気づかずに、ノーマンは真剣にショオンの提案を吟味します。
「あの、でしたらぼくは紙でらいおんを切り抜いていきますからそれをおおきくしてください」
にっこりしているショオンを見上げて、真剣にお願いをします。
「紙のライオン?リアルにはするなよ、走って逃げられたら面倒だし、オレは捕まえないからな?」
「ありがとうございます、すてきならいおんをつくります…!」
「ファンシィでかわいいライオンにしておけよ」
ノーマンの腕前を知っているショオンですので、いちおう方針は示しておきます。さもないと、中世の絵巻物にでてきそうな勇猛なライオンをつくりかねないと知っているのです。
「はい!らいおん、がんばりますよう」
うれしくなってノーマンが飛び跳ねます。ショオンが頭を撫でてくれるので嬉しさも何百倍にもなります。
「それにしてもランタンも作ってたいへんだな?」
「だって、大旅行ですもの」
ショオンの手を頭の上で両手で包み込むようにして、瞳を煌めかせてノーマンがそうっと言います。
「ランタンが?ライオン狩りが?」
「あのね、しぉと遠くにお出かけにいくの、初めてですからうんと楽しくなるように、だからがんばっていろいろ用意するんです、くっしょんもね、ふかふかのを」
「そうだね、準備が大変だ」
「ごちそうもね、たくさんつくります。のみものも。あと、あとね、しぉ…!」
きらきらとお星さまが弾けそうな笑みでノーマンがうっとりと見上げます。
「ん?」
ひょい、と抱っこで腕の中に納まってしまってショオンのお顔がすぐ近くにあることに、とろとろに笑みをノーマンが蕩けさせます。
「虹色わたがし、おっきいのをもっていっていいですか?」
「一個だけな」
「うんんとおおきいの!」
ショオンがぱちりと指を鳴らすのに、ノーマンが瞬きします。すると、ガラスの蓋のついた、一抱えはありそうな瓶が現れました。
「あら」
「これに入るサイズでね」
じっとガラス瓶を見つめます。
「あんまりおおきくないですねぇ、」
ノーマンが首を傾げます。
「とってもきれいな瓶ですけど」
「オマエ、象並みにデカいの作りそうで嫌です。それにこれ全部一遍に食べきったら元こぐまの子豚ちゃんになるぞ、ノーマン」
「しぉ…!」
「オマエ、もう十分甘いんだから、それくらいでも大きすぎるくらいだよ」
ぱああああっとノーマンの表情がさらに明るくなって、ショオンを必死に見上げます。
「あのね、らいおん!虹色わたがしでつくりましょうよ…!!なんてすてきなことをしょおは思いついてくださるんですか…!」
すてきすてき、とノーマンが抱きつきます。
「オマエ、砂糖だぞ原材料。土だの草だの全部張りつくだろうが」
きょとん、とノーマンが見上げます。
「その辺りは魔法でどうにもしません。食べ物だからね?」
「…そうなんですか?」
急にしょんぼりとノーマンがうなだれてしまします。
さら、とショオンの長い指が前髪を梳いてくれるので、すこしだけ気分がよくなりますが、まだ風船がしぼんだようにしょんぼりと気落ちしています。
「今度そうしたいなら、この瓶に入るサイズで作ってクリスマス部屋の籾の木に吊るしなさい」
けれど届いた言葉に、ぱあああっとまたお顔に光がさします。
「ほんとうですか…!」
さら、とほっぺたを撫でてもらって、ふにゃりとノーマンが笑います。
「あのねえ、しょぉ、」
「何?」
ショオンの手が頭を撫でてくれるのが気持ちよくてノーマンがにこにことします。ショオンも、さらさらの髪の手触りが大のお気に入りです。
「とってもとっても、楽しみです、連れて行ってくださってありがとうございます」
「うん。初めての遠出だもんな。何もないところだけど、気に入ると思うよ」
「こっきょうがありますよ、崖やはらっぱや草や樹や、湖もありますかもしれませんし、それに花火とランタンとちょうちょとらいおんとお星さま狩りの残りも!オーケストラのれこーどをかけてもいいですし、お食事もたくさんいたしましょう」
「湖は星狩り場だけだね。井戸は作るけど、ほんとに何もないところだよ」
「なんにもないんですか?」
笑顔のショオンにノーマンもほにゃりと笑いかけます。
「じゃあぼくがたくさんいろんなものを用意します。オーケストラのれこーどをきいてお昼寝したり、お散歩したり、いろいろしましょう」
「いや、いまプランしたものだけでいいから」
ふふ、と自慢げにわらってノーマンが計画書を引き上げました。
「だって、ぼくがほんとういにいっしょうけんめい考えただいけいかくですから」
楽しいにきまってますよ、と奇妙な自信に溢れた声でこっそりと秘密を打ち明けるように話します。
「そうだね。ところで、ノーマン、そろそろお茶にしようか?小腹が空いてきた」
「あ。ぼく、お茶のお迎えに来たんでした」
ひゃあ、とわらったノーマンがショオンにぴったりとくっつきなおして、ぴょん、と飛び上がってご本でみた動物の子どものように両足をかけてだきつきます。
小さくわらった大魔法使いが大事な子の耳を軽くかじって、そのままお茶の支度のできあがっているはずの、なんてすてきな魔法でしょう、ダイニングルームの方へ向かいます。
「あのねえ、しぉ、」
甘ったれたお砂糖のような声でノーマンが言います。
「ん?」
大好きなショオンの少し低い声がうれしくて、ノーマンがとろんと首筋に顔をうずめます。
「らいおん、二匹つくって、きれいな方を放しましょうねえ」
「ノーマンがそうしたいなら、そうしますか」
「はぁい」
くつくつとわらって、ノーマンが両手両足にぎゅうっと力を込めました。
大旅行に出かける前からこんなに幸せで嬉しくて楽しくて、どきどきとして、ほんとうにふわふわと飛べそうに気持ちが華やぎます。
どんなに準備が大変そうでも、ランタンをたくさん作ることも、ごちそうをたくさんつくることも、ただただ楽しみなだけです。
「ほんとうに、たのしみです」
そして、ノーマンがうきうきと準備をしている間に、大旅行の日はちかづいていたのです。
ぜんぶのお支度が済んで、意気揚揚とショオンにそのことをお夕食の席で報告したなら、ショオンがにっこりと微笑んで言ったのです。
「それはよかった。そろそろ出かけなくちゃ、最大のショーを逃しちゃうからね」
「いまから…?」
「そう。お風呂に入って着替えたら出掛けようか。途中で寝ててもいいからね?」
「新しい毛皮とおそろいのぴあす…!」
嬉しくなってしまって思わず椅子から飛び上がります。
「完璧に仕上げてありますとも。ご覧あれ」
ぱちん、とショオンが指をならせば、まっしろのくまの毛皮がなにもないところから現れます。そのフードの耳元にはショオンのつけていたのとおそろいのピアスが輝いているのもみえます。
「しぉおん…!とってもすてきです!」
ぱさりと膝の上に落ちてきたしっとりと滑らかでふかふかとした毛皮の手触りにノーマンが目を煌めかせます。
「お目目もきらきらしてます!」
フードに嵌った宝石の目も灯りを弾いて煌めきます。
そして毛皮を大事に抱き上げたまま、ショオンに飛びかかる勢いで抱き着きます。
「素敵でしょう?」
「はい…!」
きっとお風呂のなかでもノーマンは大興奮に違いありません。そして、きっと頭がくらくらしすぎてしまって、お空の散歩の途中では眠ってしまうことでしょう。
「じゃあ、素早くお風呂に入って着替えていこうね」
きらきらと輝く瞳でノーマンがショオンを見上げます。ノーマンの青色の目の中には、同じように笑顔のショオンが映りこんでいます。
「はい…!しぉおおん、だいすき…!」