さぁ
行
こ
う。
ふかふかの毛皮に包まれたノーマンを抱えて、人型のまま夜の空を滑るようにショーンが飛んでいきます。
星降りの夜は月がなく、天上に押し留められたままの星が淡い光を落としてきます。
地面に近い所では、先導するカブが提げたランタンを揺らしながらといんといーん、と跳ねていきます。
ショーンに抱かれたノーマンの腕の中では、三つ首の子犬が身体をじっとさせ、静かに意識を周囲に遣ってひっそりと偵察するように地面を見下ろしています。
ショーンの羽が羽ばたく音に、ノーマンのくすくす笑いが混じります。カブを指差して、なにやらご機嫌のようです。
「どうした?」
小声でショーンが問えば、
「鈴のおと、聞こえてきますねえ…!」
そう言って目を煌めかせます。
「なんなら三つ首にもつけるか?」
そうショーンが笑って提案します。
「このこたちは、ベルベットのおりぼんがかわいいからいいです」
そう言ってケルベロスの子犬の頭に順番にキスを落としていきます。
「そうだね。そしてオレはノーマンがかわいいから、もういいや」
くすくす笑って空を飛んで行きます。場所は前回も訪れた湖の側の高原です。
途中、うとうとと舟を漕いでいたノーマンも、すっかり元気になって降り立つのを楽しみにしています。
カブが脚を止めた草原の真ん中で降りて、ノーマンを地面に降ろしました。
「さて到着。お茶をして一息着いたら、ショーの始まりかな」
大きなくまの顔つきフードで、ノーマンの姿は遠い昔に存在したという森のヒトのような様相です。くまの頭に布のフードを被せ、槍でも持たせたら完璧でしょう。
ささ、と毛並みを整えてやり、耳のピアスの位置も治します。
きょろきょろ、とノーマンが辺りを見回し、ショーンに訊きました。
「あの…あの、たくさんあったおにもつは…?」
「ああ、待ってね。先に送ってあったものともう合流している筈」
先に出来あがっていたキャンプ道具やクッション類などは、国境のほうに向けて魔法の分身体である使い魔のドラゴン(契約の違いによって使い魔はサリンベック師匠の使い魔のシャンやアムのようではなく、名前も個別の意識もないショーンの魔法に容を取らせた疑似生物です)に運ばせている最中です。
が、それとは別に山のような花火は先に一度ここまでやってきて(仕事中、と断って閉じこもっていた間にこっそりです)既に設置を終えています。そして、ランタンは出来あがったものから先にやはり同じようにドラゴンにこちらにもって来させていました。それに、出来あがったばかりのランタンの山を圧縮してこちらに運んできています。
当然、ノーマンが使う網や瓶、お茶のお道具なども一通りこちらに来るように魔法をかけてあります。できるだけ身軽に飛ぶのがショーンの流儀です。
カブが立っていた場所まで歩き、ぱちん、と指を鳴らします。すると、ぱしっと結界が割れて大きな箱がたくさん現れました。
「ランタンは、自分から火が歩いて入るようにしようか。ランタンの基地がそうすると必要かな…」
舌を鳴らして木箱を一つ分解し、20個のランタン基地を作ります。
「大きく広がって辺り一面に散って欲しいんだよね、ノーマン?」
ぱたぱたと真っ白いしろくまが既に自分で取り出した網を手に走ってきて、ピンクのほっぺを曝して言いました。
「はい…!ふわああっとお空いっぱいに飛ばすんです…!」
「合計でランタンいくつ作ったの?」
「たくさんです、がんばって橙いろと紫と、青と、緑と、クリームのをひゃっこづつ!」
「ああ、そうか。500を100でかけたっけか」
さくっと計算して各色が均等に20個のランタン基地についていくように魔法をかけ、さらにそれを花火を設置した付近まで自動で移動するように仕向けます。種火はカブの魔法のランタン(お星さま由来の消えないランタン油)から分けて貰うようにしてからランタン隊は出発です。
「花火は星降りクライマックスに合わせるように上げるからオレがタイミングを図るけど、ランタンはコレでノーマンが合図してな」
シャラン、と手の中に金の笛が現れます。橙と紫と青と緑とクリームのリボンにぶら下がっているので、首から提げられるようになっています。
「ただし、有効なのは1回きりだから、試しに吹くんじゃないぞ。二度目はないからね?」
どうぞ、とノーマンの首に提げてあげます。白い毛皮の上で金が跳ね、ノーマンの目はきらっきらです。
「星狩りが始まったら、カブはノーマンが瓶詰めするのを手伝って」
しゃん、と飛び上がったカブが返事をします。
「用意はそんなところかな?お茶の仕度をしていいか?」
すい、と視線をノーマンに戻せば、真っ白いもふもふのくまが抱きついてきて、ふふ、と笑いました。
「ぎゅううってしてください…!」
「はい」
嬉しくてたまらない様子のノーマンの身体を、ぎゅうっと抱きしめ、そのまま身体を浮かせます。ぱたぱた、とくまの脚が跳ねます。
「くっしょんとシートをだしてお茶のしたく…!」
そう言って見上げてきて、ノーマンが言いました。
「ぼくがします、」
「それじゃオレは火を仕度するかな」
ぱちん、と指を鳴らせば、シートとクッション(のいくつか)が自分から地面に仕度されていきます。
お茶の葉やお菓子、茶器類はかごの中に入っていますので、蓋がかぱかぱと開いてアピールをします。
ショーンが簡易コンロに火種をカブのランタンから少し移している間に、ちかん、と空が光りました。
「―――――――ぁ!」
バスケットに気を取られていたノーマンが空を見上げます。
「まだ早い。気の早い1個だけだからね」
「みずうみにおっこちましたよ…!きらきらーって!」
「最初は主のご馳走だからな」
興奮気味なノーマンに笑って、フードの頭をなでなでとします。
「火には気をつけて。まずはこっちに集中して、ノーマン」
「お茶ですね、」
そう興奮で鼻先までピンクにしたノーマンに頷きます。
「そう。今のうちに休憩いれておかないと、明け方まで走るからね」
「たくさん、お星さまつかまえますよ」
そう大きく胸を張ったノーマンに、ショーンがくすりと笑いました。
「そうそう。三つ首のご飯だものね。頑張らないと」
「はい!」
そうして、二人でお茶をしてノーマンが作ってきていたお菓子等を食べて人心地つきます。
そうしている間にも、1個、また1個、とゆっくりと星が地面目指して落ちてくるようになりました。
「いーにぃたちは直にお星さまをたべられるんですか?」
「サイズが大きいからね、食べづらいとは思うけど。食べられなくもないよ。ただほら、子犬でしょう?気分のまま食べたいだけ食べてお腹壊したら駄目だからね。捉えた星を食べさせてもいいけど、いつもお城で上げている分くらいしか食べないよう、ノーマンがちゃんと見張っているように」
こっくり、と真面目に頷いて返してきたノーマンのずりおちたフードを直して上げます。
「もちろんです、だってぼくがごしゅじんですもの」
にこにこと笑顔を浮かべたノーマンが、ぎゅう、っと抱きついてきます。それを抱きしめ返してフードに隠れたノーマンの目を露わにさせ、瞼の上に口付けを落としました。
「花火をしている間は、絶対にフードは外さないようにね。火の粉避けだから」
はい!と擽ったそうに返事をしたノーマンが、じっと見上げてきます。
「あちちで髪の毛こげちゃいますか?」
「うん。万が一があったら怖いからね。ランタンの時は平気だけど、星を追って走り回っている間は危険だから、念のためね」
はい、とまた頷いたノーマンが視線を上げるのに倣って上を見上げます。
いつの間にか、手を伸ばせば届きそうな位置に星空があります。
「さて、ノーマン、カブ、イーニィミーニィマイニーモー、仕度はいいかな?」
カブがしゃんっと跳ね上がり、三つ首もぐるんと一回転して大丈夫だとアピールをします。ぴょん、とノーマンも跳ね上がるので、フードを直してやれば、早速草原を走りだします。
「はぁい!」
ノーマンの胸毛の上で、ペンダントように閉じ込めたお星さまのカケラと金の笛が、ノーマンが飛び上がる度に跳ねます。
ぴかぴかとお星さまペンダントが光るのに、ああ、とショーンが思いだしてお師匠を大きなリアルサイズで召還すれば、ぽろん、と転がり下りるように出てきた師匠が、ぶる、と身体を震わせます。きらきら光るペンダントを指で示して大喜びのノーマンの隣で、のび、と師匠が身体を伸ばしてから空の空気を嗅ぎました。そしてショーンを見遣りぼそりといいます。
「よい星降りだの、魔法使い」
そう言って、高く飛び上がって丁度落ちてきていた星を使え、噛み砕いていきます。師匠は古の神ですから、いつもはその必要はありませんが、ソラから落ちてくるお星様を食べることもできるのです。
ばくばくと星を食べる姿を見て、ノーマンも三つ首も大はしゃぎです。
「怪我をしないようにね。それじゃあハント開始。いってらっしゃい」
ひら、と手を振れば、同じように手を降り返したノーマンが叫ぶように言いました。
「たくさんとりますね!」
それから、星がどんどんと落ち始めた方向に向かって網を降りながら走っていきます。
仲良くカブと共同作業で捕まえた星を瓶詰めしていくのを見ながら、ショーンも本気出して星を捕え始めます。
そんな風にして、星狩りを始めたのです。
ノーマンが走って転んで起き上がって飛び上がって星を捕まえている間、カブも三つ首もオリジナルサイズに戻ったユミル師匠も同じようにあっちやこっちに跳んでいって星を捕まえています。
夜空の闇を映しこんでブルーシルヴァに見える白いくまの毛皮が、落ちてきた星が近づくたびに黄金色に輝きます。そして跳ねる笛とピアス、星のカケラを閉じ込めたネックレスもきらきらとまばゆい光を弾きます。
その様子を離れて見ている魔法使いは、うむうむ、と至極ご満悦です。
望んだとおりの可愛いノーマンが、元気いっぱいに走り回っていてそれはとてもラブリーな絵面ですので、大満足です。オレって天才、といつもの如く自分の才能の確かさにもハッピーです。
ぱ、とショーンを振り向いて、ふわとろの極上笑顔を向けてくるノーマンは、顔半分が隠れていることなど忘れているでしょう。ノーマンの側からは到って普通に周りが見渡せるのですから。
それも相まって、不思議な元こぐまは大変こぐまらしく、のた打ち回りたくなる愛らしいので、ショーンも笑顔を浮かべてひらひらと手を降って返します。
ますます笑顔になったノーマンが元気に星捕りに戻っていくのをみて、さて、とショーンも仕事に取り掛かります。
花火を始める前に必要な分だけの(つまりは次の星降りの夜まで保つよう十分な量の)お星さまを狩らなければなりません。
先日の戦闘で、いろんなチャームも壊してしまいました。魔力を一発で戻すドリンクも、常備したほうがいいと学んだところでもあります。そして子犬、子犬と言いますが、ケルベロスはちゃんと少しずつ成長しており、ユミル師匠の容を保つために城で使っている魔法を融通している分も追加で考えなければなりません。
広義的にはみんなは自分の“家族”です。その家族を扶養する分の魔力を捉えなければならないので、のんびりノーマンかわいさに浸っている場合でもないのです。
いつもと同じように魔法で星を捉えて、瓶詰めにしていきます。今回は、魔法の瓶の大瓶の数を増やしました。そしてストックするのに楽なように、木のラックに6本の瓶が収まり、他のラックと連結して城に戻る様にしてあります。途中で割れる星も少なくなって、ロスが減少するでしょう。
遠くでは湖の上で、主も落ちてくる星を捉えて食事をしている模様です。花火は主が十分に星を捕らえきってから行わなければならないので、今しばらく猶予があります。
途中で何度か星を自分でも捉えて、ルーを含めて魔力をチャージします。ぱきんぱきんと噛み砕きながら、魔力が全身にいきわたるのを楽しみつつ、どんどん星を捉えていきます。
走りつかれたノーマンが草原にちょこんと座りこんで、星空を眺めているのが見えました。湖の方では主が跳ね上がって、ばっしゃんと水しぶきを飛ばし、手はずを整えた通りに知らせてくれるのが解りました。
連結した木のラックの数を数え、十分な量の星を捕らえられたことを確認します。
星はまだまだ雨のように降ってきていて、暫く続く気配が満々です。
そこで、ショーンがピュイっと口笛を吹きました。立ち上がって網を振り回し始めていたノーマンを、三つ首がジャンプして止めます。 そうしたならば、ノーマンがピンクに頬を染め、息を切らせながら走ってきました。
「たくさん、お星さまを取って瓶がなくなっちゃいました、新しいのいただけますか」
「ん、もう大丈夫。十分捕れました。今度は冬に来ようね、ノーマン」
そう言って熱くなった頬にキスを落とします。
すると、ぎゅう、とショーンに腕を回してノーマンが抱きついてきました。それを抱き返して、そのまま地面に腰をおろします。
「それじゃあ、ノーマン。そろそろ始めようか」
そう言うや否や、ぱちん、と指を鳴らします。するとどうでしょう、草原のあちらこちらでひゅー、ひゅー、ひゅー、と音が鳴り。ぱぁん、と夜空で様々な色を浮かべて花火が散っていくではありませんか。
「しばらくは夜空を見ておいで」
「あ!」
きらきらきら、と輝いたノーマンが空を見上げます。
「はなび?」
「そう。見るのは初めて…かな?」
満面の笑みを浮かべて、ノーマンが夜空のスペクタクルに夢中になります。途切れることのない打ち上げ音に続いて花火が破裂し、輝く尾を引いて星がいくつも降ってくる中を縫って散っていきます。
王さまだってこんな景色は見たことがないだろうというほどに美しい情景です。
口を大きく開けて花火と星降りを眺めているノーマンのお口に、お星さまキャンディを一つ落としてあげます。すると、ノーマンのお口の中からも星がぽこんぽこんと生まれて風に乗って散っていくのです。それもまた素晴らしく美しい光景です。
しばらくぽぅっと見上げていたノーマンが、ふと気付いてからこりとお星さまキャンディーを噛み砕きます。
「しゅわっとしますねえ」
「うん、ノーマンのお口からも星が零れていくねえ」
ふんわりと柔らかくて甘い笑みを口端に刻んだノーマンを脚の間に挟むように抱き込み、背中を胸にぴっとりと合わせてショーンもご満悦です。
「あの、しぉ…?お星さまの混ざった花火もあがりますか?」
「一応混ぜたけど、降ってきてるのと同じ光り方だから、あんまり差が解らないとおもうよ」
白い毛皮に色とりどりの花火の色を取り込みながら光を照らす毛皮を梳いて応えれば、ノーマンがとろりと笑って言いました。
「わかりますよぅ」
そして、ぎゅう、とショーンに抱きついてまた天上を見上げます。
「夢みたいにきれいです」
うっとりと呟いたノーマンのくまの耳をあむっと咬んで、ショーンがくすくすと笑いました。
「それはよかった。頑張った甲斐があったよ」
じーっと空を見上げていたノーマンが、すい、と光の帯を指差しました。
「いまのオレンジの、しゅうっと消えたの、あれはお星さまが混ざってました」
大変満足そうに胸を張って言ったノーマンの毛皮をさらさらと撫でて、くすりとショーンが笑いました。ちゅ、とノーマンがショーンの頬に唇を押し当ててきたので、さらにショーンの機嫌もよくなります。
「そうかもしれないね」
そして緩急をつけて打ちあがった打ち上げ花火が暫く続き、さまざまな色とサイズの光の芸術を楽しんだ後、ばしゃん、とまた元気に湖の主が飛び上がりました。
「ノーマン、今度はあっちを見てごらん」
ショーンが湖の方を指差します。少し離れた、近いほうの対角の岸辺です。
「おほしさま、おっこちてきますねえ…」
うっとりと、のんきな感想を述べたノーマンが、く、と首を傾げました。
「ぬーしーが出てきてくれますの?」
「いやいや、主は合図だけで共演ってわけではないよ」
くすくすと笑ってショーンが言います。
もう一度、ぽーん、と中に跳ね上がって丁度落ちてきていた星を咥えた主が、見事に1回転を決めて水の中に戻っていきます。
そして、咥えた星を一度空に噴き出し、尻尾で打って対岸のほうへと飛ばしました。
すると、星が着地したところからまるで火が点いたかのように光が伝わっていき、あっという間に湖の対角の岸の長さ半分くらいまでが明るく色づきました。
とぽん、と水中に戻った主の立てた水音が合図だったかのように、さぁ、と光が湖面に向けて尾を引いて落ちていきます。青を基調とした花火が七色にグラデーションで変化していき、まるでプリズムのようにまばゆい色を放ちます。
ノーマンがもう言葉もなく、ショーンのシャツを握りしめます。
光に招かれるようにいっそう激しく星が落ちてきます。そして湖面で何度か跳ねてから花火の色を映しこんだ湖の中に沈んでいきます。
息も潜めて熱心に花火を見詰めているノーマンに終わりを告げるように、最初に花火が始まった青の光から終息していきます。
そして総ての色の花火が湖面から消えていったところで、フードを落としてノーマンがショーンを見上げました。
「ゆめみたいと思ってましたけど、」
ふぅっとノーマンが深い息を吐きだしました。
「たぶん、夢よりきれいでした」
ぼうっとして、うっとりと花火の光景を反芻しているノーマンの露わになった額に口づけます。
「もう一つ、イベントが残っているよね」
花火が終わってしまえば、星の降り方も随分とゆっくりとなっています。は、と気付いた風にノーマンが呟きました。
「らんたん…!」
きらきらと星に負けないくらいに目を輝かせて、ノーマンが笑顔を浮かべました。
「ノーマンの好きなタイミングでどうぞ」
にっこりとショーンが微笑めば、 ぎゅう、とショーンの首に腕を回したノーマンが、胸の上で休んでいた金の笛を手に取り、口に銜えました。そして勢いよく、ぴゅるるるるるるるる、と笛を吹いたのです。
最後の音が消えて行って、星が落ちる音だけになった瞬間、微かにちりん、ちりん、とあちこちで鈴が鳴るような音が響きました。
そして色とりどりのノーマンお手製のランタンが、闇から落ちてくる星が描く一瞬の光の尾の間をゆっくりと空に向かって飛び立っていきました。