お
星
様
狩り。
お星さまの流れてくる音だけになった静かな中を、色とりどりの無数のランタンがゆったりと夜空を満たしていきます。
湖の表面に映り込んで、それはそれは美しい光景に、ノーマンが息をのんでじっと空を見上げます。
光の散るたび、広がっていくたびに大きな音がしていた花火とはちがって、少なくなり始めた流れ星の滑るきれいな音と「こんつぇると」を奏でているように思えます。
「――――――わぁ、」
空想していたよりもはるかに美しい光景に、夜空をうんと顔を上向けて見つめていることしかできないのです。
ゆらり、ゆらり夜空を埋め尽くしてどんどんとランタンが登っていきます。
いちばん最初にお空にあがっていったランタンは親指の先ほどの大きさになっていて、最後に放たれていっていま湖の上にさしかかっている紫のランタンはまだずいぶんと大きいままです。
瞬きをするのももったいなくて、ノーマンはきゅうっと金色の笛を握りしめました。
耳を澄ませれば、草原に落ちてくるお星さまの音が聞こえます。風が葉っぱを微かに揺らす音や、ランタンが風にのってゆったりと舞い上がっていく音も聞こえるような気がしてきます。
「ぁ、」
ノーマンはすてきな思いつきに 笛をいっそう握りしめました。
いま、こんなに夢のようにきれいな眺めの中で、あの虹色綿菓子を食べたらきっといままでにないくらい甘くて美味しいように思えたのです。
ですから、上を見上げたまま、ノーマンがごそごそとどこかそばにあるはずの大きなガラス瓶を手探りでさがします。
まっしろの毛皮についたミルク色のクリスタルのお爪がさららと草やクッションに当たります。
「少し視線を落としても消えないよ」
そうしたなら、隣で同じように夜空を見上げていたショオンが笑みを滲ませた声で言いました。
「はい、でも、もったいないですもの」
そうお返事をする間も、ノーマンの視線は夜空から離れません。
「ぼくの虹色綿菓子、どこですかしら」
ぽふりとミルク色のお爪がクッションの真ん中に埋まりました。
「口開けて」
ショオンの声に、疑うことを知らないもとこぐまが大きくお口を開けます。
そうしたなら、ガラス瓶に入るぎりぎりの大きさまで大きくたっぷりつくった虹色綿菓子が、ぽふんとノーマンの口もとに当たります。お星さまの砕けて奏でていく音が、気持ちの良い夜風に溶け合います。
「――――――ぁ!」
わたがし…!とノーマンが笑い声を上げました。
「どうしたの」
「あのね、しぉ…!」
ぎりぎりまで抑えたお声でノーマンがちらっとショオンを見ます。
「お城でいただいたのより、甘いような気がします…!」
だいはっけんですねえ、ととろとろの笑みを浮かべて今度はショオンをきちんと見て、でもすぐにまた夜空が気になってしまいます。
さらさらとショオンの手で頭を撫でてもらって、ますます笑みが蕩けてきます。
「それはよかったねえ」
きゅ、とお耳を齧ったショオンにお膝の上に抱っこされたノーマンがひゃあ、と声を上げて笑います。
「さいこうのぜいたくなクッションですねえ」
としん、と背中を預けきって、フードをおろしたままで肩口にも頭を預けます。
「ノーマンが喜んでくれるならいくらでも抱っこしててあげるよ」
「はい、ありがとうございます」
くるくる、と肩口に頭を押し付けてランタンの作り出す光景にうっとりと目を細めます。
「ぁ、どうぞ」
そう言って、ショオンの口もとにも虹色綿菓子を近づけます。
「めしあがってください、お城で食べるのとお味が違うんですよ」
砕いたお星さまを食べておなかいっぱいになった三つ首の子犬たちも、いつのまにかノーマンの足元に戻ってきてくるんと丸まって眠っています。
おししょうはさっきからずっと、湖のほとりで座って夜空を眺めています。
ショオンは、ぱふっと大きく虹色綿菓子をお口にします。
「ね…?」
お味違いますよねえ、とノーマンが幸せそうにつぶやきます。
そうしたなら、きゅ、と目を細めた大魔法使いが、ふうっと息を吐き出していくと、光の粉があたりに広がります。うんと小さな粒の花火のようです。
「あ、」
ひゃあ、とノーマンが目を煌めかせます。
「すてき…!しぉ、もっと、もっとやってください!」
そう夢中になってせがみます。
光の粒が消えていくときにも、鈴の転がるような儚い音がするのです。ランタンがお空のほうへ上がっていくのを追いかけるように、すると今度はお空の方に向かってふうっとショオンが息を吹いてくれて、光の粉は空中できらきらと散っていきました。
目を大きく開いたノーマンは、一瞬だって見逃したくありませんから、ぽふんと綿菓子を口にする間もこのすてきな光景から目を離しません。
「ぼくにもできますか?」
そしてそんなことを聞いてきます。
「今日は特別ね」
そうショオンは言うと、もう一口、虹色綿菓子を口に含んでそのままキスをしてくれました。とろん、とあまいお味が口いっぱいにひろがってノーマンはふにゃりと笑います。さら、と髪を撫でてもらって、嬉しくてしかたありません。
目をきらめかせたノーマンがショオンのおでこに自分のおでこをくっつけて、ぐりぐりと押し合わせてくすくすと小さくわらって。
それからまたお背中をよいしょとショオンのお胸に預けてからふううううう、と息を細長くお空にむかって「ぱいぷ」の煙を吐くようにふいてみます。
そうしたなら、きらきらと光の粒がショオンのときと同じようにお空に舞い散ります。
「――――――ひゃぁ、」
小さく感嘆の声をあげて、ノーマンがもう一口綿菓子を齧りました。
きらん、しゅううっと小さな音がします。お口の中で綿菓子が溶けていく間に、ほんのすこしハッカのお味がするようです。ふ、と息を零すと、きらん、と光のお粉が口もとから零れました。
「しぉ、これ、すてきです…!」
ノーマンがショオンを見上げて報告します。ふうううっとランタンの舞う空に向かって、細長く息を吹いてみます。光の粉が音を奏でながらランタンを追いかけていって、消えていきます。
「今日だけ、特別だからね。いつもじゃないですよ」
特別だから、特別にすてきでしょう、と続けたショオンに、ノーマンが目をきらめかせます。
「あのね、」
ふふ、とノーマンが笑います。
「ぼく、どらごんになったような気分ですよ」
ふうううっと光の粉で遠ざかるランタンを追うようにして、またひときわ嬉しそうににっこりとします。
ノーマンに頬掏りして、大魔法使いはまたゆったりとまっしろの毛皮に包まれた身体を抱きしめます。
包み込んでくれる腕にいっそう安心して、ノーマンはそれから最後のランタンを目で追いかけきれなくなるまでずっと、一緒に草原に座っていたのです。
ランタンが ぜんぶ、お空に帰っていくころには湖の表面が淡いピンクと藤色と薄い紫いろに染まるようで、 もうすぐ夜が明けることを告げていました。
けれど、ちっとも眠たくないのです。身体のなかを、不思議な力が静かにめぐっているような気もします。
ここは特別な湖のほとりで、お星さまの降ってくる特別な秘密の草原で、ショオンの大好きな場所なのですから、ちっとも不思議に思わないでノーマンがうっとりとつぶやきます。
「とくべつなお星さま狩りでしたねえ」
明け方の光に、湖のそばにある小さな小屋が輪郭を際立たせています。
「星狩りデラックスだったね」
くすくすわらってショオンもそうお返事をしてくれます。
「はい」
こっくりとノーマンが頷く間に、ショオンが立ち上がって、ノーマンも一緒に立たせてくれて、毛皮のおしりをぽんぽんと払ってくれます。葉っぱがくっついていたようなのです。
「でも、一眠りしたら移動するから、休みにいこうね」
「湖で泳いでから?」
「それは寝起きのシャワー代わりかな。夜の湖は危険だからね」
「あら。あの、じゃあ、じゃあ、しぉ?」
「ん?」
ショオンがノーマンの顔を覗き込んでくれます。
「あの、あの、ぼく、ちっともおねむさんじゃないですし、あの、ですから滑りっこをしてもいいですか!」
湖のところまで、と続けます。そしてまっしろの毛皮の手が、小屋を指さしています。
「必ず帰ってきて、ベッドのなかで一眠りするって約束してくれるならね」
きょとん、とノーマンが首を傾げました。
「あの、でも、しぉ…?」
「なに?」
ショオンが首を傾げたので、さらん、と金色の髪も沿って流れて、明け方の光にきらきらと光をまといます。
「しぉも、いっしょにいてくださりでしょう?」
滑りっこはしないってお城で言ってたから、と続けます。
「オレはでもそろそろお休みしたいんだけどね。じゃあ10回だけ、一緒に居てみてるからそれでいいね?」
「はい…!あの、でしたら7回にいたしますよ!」
ぎゅううっとショオンに抱き着いて、大自慢で宣言します。ショオンが片手で頭をくしゃくしゃと撫でてくれる間も、笑みにあふれた声でノーマンが続けます。
「らっきーせぶん、っていうんでしょう?ぼくは、6とか3とか12とか9の方がすきなんですけど、でもじゃあいっしょに滑りっこは一回でいかがですか!」
「滑りっこはご遠慮します。あと、綿菓子も危険だから、それを預かってあげるよ」
「あら。ご辞退ですか。でも、こっきょうではらいおんを一緒に追いかけましようね、ではお願いいたします」
そうとんちんかんなことを言いながら、それでもお砂糖が蕩けたような甘い笑顔でノーマンが綿菓子をそうっとショオンに渡します。
「じゃあ、ぼくは滑りっこをイー二ィたちとしてきますから、しぉおんは傍にいててくださいね」
ガラス瓶に綿菓子を戻してくれるのを見つめながら、ノーマンがにこにこと宣言します。
「あと、数もかぞえててくださいね、きっとぼく夢中で忘れるといけませんから…!」
ぎゅうっとショオンに抱きついてそんなことも言います。
そして、子犬を引き連れて緩やかな傾斜を描く草原のてっぺんから勢いよく、それこそ頭から果敢に滑り落ち始めたのでした。ひゃん、と元気に吠えた子犬も負けじとあとに続きます。
尾っぽのモーもちぎれんばかりにふられています。 傾斜を滑りながら、上機嫌にわらうノーマンの声がショオンのところまで届いてきます。
「しぉおおおおん!ぼく、はやいでしょおおお」
にこにこと上機嫌に微笑むショオンにもちゃんと声も届きます。そしてしばらくすると傾斜のてっぺんにご機嫌なもとこぐまがあらわれて、ショオンに手を振るとまた「とびこんで」。草原をたいそうなスピードで転げ落ちていきます。実にうれしそうにわらうノーマンの声や、子犬たちの吠え声も登ってきます。
まだしばらくは、お空が空けきるほどまでは、すべりっこは続きそうな様子でした。