夢
色。
ぱかりとノーマンが目を開けたときも、まだお空を飛んでいるような気がしていました。風がほっぺたにあたって、景色がどんどんと変わっていくのです。
「――――――ゆめでしたか」
ぽそりとつぶやきます。
天幕のそとはもう明るいようでした。朝です。
こっきょうの、朝がやってきたのです。
考えるだけで、ノーマンは身体中からうれしくなってぶるっと震えてしまいます。こっきょうへ着いたときは夜遅くてお星様の少しの光しかなくてあたりはぜんぜんよく見えませんでしたから、どきどきとしてきます。
天幕の向こうでも、風が吹いているようです。
小鳥の囀る声も聞こえますが、お城や森で聞いていたのとは違っているようです。
「どんな鳥がいるのかしら」
どっきんどっきんと、耳の中でしんぞうの音が聞こえてきそうです。
天幕のなかに届く音だけで、外の様子を想像してみます。
緑の草原を、風が渡っていって、どこかでおおきな木が葉擦れの音をさせています。
おハナの先が少しだけひんやりしますから、お城やきんぐすたうんより、こっきょうの方が空気が澄んでぴりっとしているようです。
ショオンは、まだぐっすりと眠っています。
ぱあっとノーマンが素晴らしいことを思いつきました。
ショオンがおめざめしたときに、うんとすてきな朝ごはんがすぐに食べられるようにしてあげようと思ったのです。
「これですよ…!」
思いつきに、嬉しくてなりません。
うれしくて、毛布と毛皮の上掛けの下で、あんよが動いてしまいます。
お外でぴくにっくのようにして、あさごはんをいただくのです。
「――――――あ!」
ノーマンが半分跳ね起きました。
たくさんたくさんもってきたクッションに、ふかふかの「わた」をつめてぴくにっくのときのお椅子にするのを忘れてはなりません。
ショオンも、こっきょうについてからタンポポの綿毛を詰めるように、と言っていました。
「わあ、おおいそがしです…」
そうと決まれば、すぐに用意をはじめないと、朝ごはんに間に合わなくなってしまいます。
「たんぽぽ、どこに生えているんでしょう!」
天幕から顔をだして、自分でまずは見てみる、などということをノーマンが思いつくはずはありません。
「しぉ、しぉ…すこしだけ、おきてください!」
ぐっすりと眠っているショオンのまつげやきれいな金の髪が光の粉を刷いたようにきらきらと煌めいていいるのに少しの間うっとりと見つめてから俄然ノーマンが張り切ってショオンの肩をゆすります。
「しぉおん、すこしだけ、しぉおおん…」
ぐらぐら、と揺すります。
「あの、おおきなたんぽぽってどこに咲いているんですか」
そしたなら、ショオンがほんの少し目を開けて、まぶしそうにまた閉じてしまいます。
「外、まだ覗いていないの?」
上掛けの毛皮の下から、ショオンが腕を少し出してお外をさします。
「あ、すぐそばに咲いているんですね、うけたまわりー」
ありがとうございます、と毛皮の上掛けの上からショオンにぎゅうっとだきついて、それから天幕の片側に寄せてあるいくつもの箱の中から着替えを一式取り出します。
お城で着ているときのお洋服よりもすこし生地が厚めで手触りがほんわりと柔らかで暖かいようです。ブーツも、内側に羊のもこもこがついています。
冬部屋にお散歩にいくときよりはずいぶんと薄手ですが、春部屋のぴくにっく用よりはしっかりとしています。
「ふふ」
お着替えをしながらノーマンがうれしくなってしまってお歌を歌っていれば、「バスケット、持って行きなさい」そうショオンが声をかけてくれます。
「はい…!しぉはぐっすりおやすみされよね!」
そう言い残すと、バスケットをしっかりとにぎって入口からではなく、そのままごそごそと天幕の下側を捲って潜ってお外へでていきます。
ひょこ、と天幕の下から顔を出して、ノーマンは目をまんまるに見開きました。
「――――――わぁ、」
そしてしばらく動くことさえできません。
見慣れた草原の緑色よりももうすこし鮮やかで透明なような気のする草原が一面に広がっていて、その遠くには雪の残った山肌が見えます。
ゆるやかなスロープを描くようにどこまでも草原は続いていて、遠くに木立がみえます。いくつかある丘にも、岩や木があるのが見えます。
ぴくん、とノーマンのよく聞こえる耳がすこしだけ動きます。音の方へ眼をやると、草原の間から茶色のうさぎがひょこりと立ち上がっていて、ノーマンと目がぱしーんとあいます。
「あ、うさぎ…!」
ひゃあとノーマンがわらいます。
「おはようございますー!」
森のお友達ではありませんが、長いお耳をぴくっとウサギも動かして、ぴょんぴょんと跳ねて丘の方へすこしだけ向かって、また立ち止まってこちらを見ています。
ふふ、とまた嬉しくなってしまいます。
なにしろ、草原はいたるところに黄色のおおきなたんぽぽが咲き誇っていて、ノーマンの両手をあわせたほどの大きさの綿帽子もたくさんあったのです。
「くっしょん100個分!」
よいしょ、と天幕の下から抜け出ると、バスケットを片手にすぐそばのタンポポのほうへはしっていきます。そして、綿帽子をそうっと茎の上のほうを持って、撫でるようにすればするすると簡単に取れるのにまたわらって、バスケットにどんどんとつめていきます。とても不思議なバスケットで、どれだけノーマンが綿毛を中へしまっても、いっぱいにはならないのです。
「これは便利ですよ」
感心してノーマンが次々とタンポポの生えているところへ移動していきます。
魔法のお道具の扱いには長けているノーマンですから、このなかへ詰めていって、いっぱいになったらクッションにいる分だけたまるのだろうということはショオンに説明してもらわなくてもわかっています。それに、くっしょんをつくっているときには、ショオンがクッションにまほうをかけてくれていました。
『自動でなかに綿毛が詰まるからね』とにっこりと微笑んでいてくれましたし。それで安心してノーマンは綿毛を集めます。途中で、良い香りもまざるようにと思いついて、スミレのような匂いの花も摘んで花びらも入れていましたから、きっととてもすてきなクッションができあがるはずです。
「できました!」
ぴょん、とノーマンが飛び跳ねます。バスケッがいっぱいになったのです。
そしてまだまだ用意しなければいけないことはたくさんありますから、こんどは井戸まで走っていってお水をくみます。
それから、起きだしてきたイー二ィたちを引き連れて、カブが高く飛び上がっている方へ走ります。そこには、ぴくにっくでいつも使う不思議な「てーぶる」がありました。
「あら、カブ!これ、運んできてくれてたんですか!おはようございます!!」
しゃらん、と涼しい音をさせて空中でくるっと一回転したカブを見上げてノーマンがにこにこします。
お城で準備してある飲み物やおやつが、ほしいだけこのテーブルには現れるのです。
「お城はかわりありませんかー」
お星さまをお城に持ち帰っていたカブにそんなことを話しかけながら、どんどんとテーブルに出てくる飲み物をきれいに並べます。
それから天幕の方をくるんとノーマンは振り返ります。
しぼりたてのオレンジとレモンのまざったジュースを二つ、お盆にのせてまっしぐらに天幕に走っていきます。そんなノーマンのあとをお城の朝と同じようにお盆はふわふわと飛んでついてきます。
ぱあっとノーマンが良い子で入口から天幕に飛び込みます。
「しぉおおおおん!!!」
「おはよう、ノーマン」
振り返ったショオンに飛びついて、ショオンのお洋服も同じように柔らかくて暖かな肌触りなことにふにゃりとわらいます。
「あのね、こっきょうは美しいところですねえ、それでね、しぉがもうおめざめですから、水浴びにいきましょう。それでね、ぼく、あたたかい飲み物も用意してますから、水浴びが終わったら飲み物をのんで、それからうんとおいしい朝ごはんをたくさんのクッションに埋もれていただきましょう!レコードはね、あのね、狩りの後にお昼にしてききましょうねえ!」
そう一気に目をきらきらさせて「けいかく」を打ち明けます。
「ねえ、しぉ、ぼくね、ぼく。こっきょうってだいすきですよ…!!」
うれしくてショオンの肩や首元や耳元に額をぐいぐい押し当てながら、しあわせいっぱいのもとこぐまが宣言しておりました。