うちを飛び出したショーンが最初に向かったのは、国王の宮殿でした。
ショーンの師匠であるサリンベックが、国境を攻められていることに感づいていない訳がありません。
また、実際に国境に結界を張っていて、これが破られれば被害を最も直接的に被るのがショーンであっても、守っているのは王国の領地であり。
最低限の事態を把握しているだろうとはいえ、王から出撃する許可をもぎとらなくてはなりません。どんなに急いでいようとも、です。
王都に構えているペンドラゴンの店に道を繋ぎ、ドアを通って王都に出ます。そして、そのまま空 を跳んで、直接サリンベック師匠が通常詰めている部屋に向かいます。
バルコニーに降り立ち、ガラスの扉を開けて中に飛び込めば、ショーンが到着するのを今かと待ち構えていた師匠が、手で招いてショーンを促しました。
「師匠、」
「解っている。王は既にご存知だ」

王が待つ執務室に飛び込めば、大きな円卓の上に広げられた地図を眺めていた王が視線を上げまし た。
王妃、または国賓とお茶でもしていたのか、戦時とは思えないきらびやかな格好をした王が、威厳たっぷりに言い放ちました。
「ペンドラゴン。サリンベックの言う通りか?」
ひょ、と片眉を跳ね上げてみやってきた王に、ショーンは片膝を着きます。
「間違いありません、王よ。どうぞご許可を」
「許可する。破られるなよ、魔法使い」
「最善を尽くします」
「根絶やしにしろ。刃向かう奴は許さん」
行っていい、と手を払った王に再度頭を垂れてから、ショーンが踵を返します。
サリンベックが小姓二人に向かって合図をし、金髪おかっぱの小姓二人が執務室のガラスの扉を開けてショーンがバルコニーから飛び立てるようにしてくれました。
師匠と視線を合わせれば、いつの間に用意していたのか持っていた小瓶をショーンに向かって放りました。
「回復用ポーションだ。持って行っておけ」
「ありがとうございます」
「無事を祈る」
こく、と小さく頷いて、ショーンはポーションを懐に仕舞いました。それからバルコニーに飛び出し、両腕を翼に変えて飛び上がります。
青紫に緑が混じったメタリックな翼を広げ羽ばたいたショーンは、すぐに意識を国境へと向けまし た。それから、意識を集中して、一気に敵の魔法使いたちが待ち受けている国境に向けて飛び込んでいったのです。

一気に王都の街並みが小さな点の連なりになり、あっという間に目の前に広がる景色は木々が鬱蒼と生える森となりました。
田畑を越え、いくつもの町を後にし。景色は山へと変わっていきます。
標高が高くなり、草原が見え始め。視界を遮るものは何もありません。
意識が敵を感知しようと広がっていくのと時を同じくして、ショーンの身体の奥で、もぞりと暗黒が蠢きました。戦いを感じ取り、魔が目覚めたのです。
「ルー」
『おやおや。元気な馬鹿どもがまた喰われにやってきたなァ、魔法使い』
のんびりと朗らかに笑う魔に、ショーンが口端を吊り上げました。
「数が多いぞ」
『おぅ、せいぜい頑張れ。撃たれたらオマエごと啜ってやるよ』
「ばーか」
オレの可愛い子が泣くだろうが、と笑ってショーンが前を見据えます。

見る見るうちに近づいた国境に張った結界の外を、長年この国と小競り合い状態にある国の旗を尾翼に描いた飛空艇が果敢にロケットを撃ち込んできています。
そして、その格納庫の扉が開け放たれ、そこから黒い人影が蟻のように飛び出し、結界に張り付いて溶かそうとしています。
ばさりと羽をはためかせてスピードを落としたショーンが、口の中で魔法を詠唱し。意識を集中して攻撃魔法を繰り出します。
ドォン、と大きな音を立てて火の玉が防御壁に沿って展開し。壁に張り付いていた黒い影が奇声を上げて焼け落ちていきました。
『まぁだまだ』
喉奥で笑う魔を無視し、次の技を繰り出すために手を広げます。
飛空艇からは新たな黒い影が沸き出て、ショーンの存在に気付いて防御壁に穴をあけようと躍起になっています。
新たな飛空艇が音を立ててやってくるのを感じ取り、ショーンが二つの飛空挺に向かって雷系の魔法を繰り出しました。
バリバリバリ、と音を立てて轟が響き。
ドーン、と稲妻が横に走って、機体に直撃します。
一つの飛空艇のエンジンから煙が出て、中で人間が大慌てて消火活動を開始するのがわかりました。
そしてそんな中から転がるように一つの影が飛び出してきました。

『同業者だな、魔法使い』
機嫌よく笑った魔に構わず、ショーンが次の魔法を詠唱します。
どれどれ、と魔が笑って、ぶわりとショーンの中でその存在を大きく広げました。
『おやつの時間といくか』
そしてショーンが制御する間も与えずに、ぶわりとショーンの身体の外にその姿を広げ。そのとてつもない力におののいた、防御壁に穴をあけようとしていた黒い影らを根こそぎ掴みとり、大きく“口”を開いてそれらをぺろりと飲み込んでいきました。
いきなり内部で広がった魔法の熱さにショーンが胸元を抑えこみ。それをチャンスと見たのか、魔法使いが闇色の魔法でできたチェーンを投げつけてきました。
それを手で払い落とし、ショーンが低く唸って使い魔のドラゴンを呼び出し、魔法使いに向かって放ちました。
それを迎え撃つため、敵の魔法使いがブリザードの魔法を繰り出し、防御壁を境に二つの力がぶつかり合います。
激しく上がった炎に、魔が大きく笑い。
機嫌よく、この戦場を味わうように睥睨するルーの力がどんどんと解放され、内から溢れそうになるのを気を引き締めて堪えながら、ショーンが咆哮しました。
魔法でできたドラゴンが呼応するように吠え、大きくその身体を広げ。魔法使いと飛空艇に向かって飛び出していきます。魔力が身体の中でぐるりと渦巻き。魔がにやりと笑いました。
『楽しいなァ、魔法使い。どんどん暴れろ。まだまだオレは喰い足りないし、ほーら、追加でオヤツがやってきた。魔法が足りなくなったらいくらでも補充してやるから、オマエももっと楽に構えて楽しめよ』
いつでもショーンを喰らい尽くそうと、その機会を伺っている魔がさらにその存在を大きくしようとするのを抑えこみ、ショーンがドラゴンの尻尾を振り回して、飛行艇を叩き落としました。
「…っるせえよ、ルー。オマエはオレの中で大人しくしてりゃいいんだよっ」
常にあるエレガンスをすっかり引っ込めて、ショーンが低く毒づきました。
「そんなにオレの魔法を味わいたいのなら、フルコースで相手してやるっ。ちょっかい出して来たことをあの世で後悔しやがれ、クソどもがっ。オレのくつろぎタイムを邪魔したことを、死んでも後海するほど叩きのめしてやる…っ」