お
は
よ
う。
柔らかな感触が頬を擽るのに、ショーンはゆっくりと目を開けました。
見慣れた赤がかった金茶色の髪がまず目に入り、ついで素晴らしく青い双眸が自分を見下ろしてきているのに気付きます。
くすりと笑ってショーンが手を伸ばし、同じようにとろりと甘い笑顔を浮かべたノーマンの頬を指裏で辿ります。
「ぼく、ずっとしぉを番してたんですよ」
「そうか…おいで」
さらりともう一度ノーマンの頬を撫でれば、ふにゃ、と笑ったノーマンが笑顔を大盤振る舞いしながら飛びついてきました。
「わるものはきませんでしたよ」
「そうか。ありがとう」
ぎゅ、と抱きしめられ、柔らかく抱きしめ返します。ほわりと溜息が零れ出て、体内のどこかで強張っていた何かが解れて溶けていきます。
「ずっと会いたかったよ、ノーマン」
ぐい、とノーマンがショーンの首元に顔を突っ込み、少しだけ拗ねたように言いました。
「とってもとってもしんぱいしたんですよ」
「うん」
「だれかわるいひとにいじめられてないか、お腹がすいてないか、こわいことになってないか、とってもです」
「んー…そうだね」
くすくすと笑ってノーマンの背中を撫で下ろします。
「少なくとも、オレは怖い目にも、腹が空くような目にも合わなかったなぁ…ちょっとばかり、魔力を使い過ぎちゃってあの様だけどね」
ぱ、とノーマンが視線を跳ね上げました。その双眸がキラキラと光を弾いていることに、ショーンが首を傾げます。
「あのおおきなまっくろの鳥ですね…!」
うっとりとした口調で言葉を継ぐノーマンに、うん……?と笑顔のままショーンが固まります。
「どろどろじゃなかったら、とってもきれいな鳥ですよねえ」
「…あの、ノーマン?」
「なんですか」
「怖くなかったんだ…?」
ふにゃ、と柔らかな笑顔を浮かべたノーマンは、どうやらちっとも怖がっていなさそうです。ショーンがあの時纏っていたのは、魔であるルーの魔力そのものであり。それは濃厚で、下手な妖精や魔法使いたちが触れたならば気が触れてしまうこともある程、力のあるものなのです。
ですが、きょとんとしたノーマンが、ああ、と思いついたように言いました。
「どろどろ!」
ひゃあ、とノーマンが満面の笑みを浮かべます。
「しょおんの中身が溶けちゃうのかと思ってびっくりしましたよぅ、あれはたいへんでしたねえ」
のんびりのほほんとした口調に、ぷは、とショーンが笑い出します。
「そうか、大変でも怖くはなかったんだ」
笑いながらわしわしとノーマンの髪を乱します。
少しだけ内を覗けば、常と同じようにふんぞり返ったような態度で、ルーが肩を竦めたようです。
よくよく考えれば、毎日毎晩、ノーマンは絶えずショーンの魔法に接しています。それどころか、多量の魔力を帯びた体液まで、いつも摂取しているのです。
『バーカ…』
へろりとルーが笑って、暗闇に戻っていきました。ルーも大盤振る舞いで振るった魔力を溜めるために、ショーンの深淵に身を潜めていったのです。
こわい…?と首を傾げていたノーマンが、ふんにゃりと笑います。
「だって、うんととおくに見えたときも、すぐにしょぉだってわかりましたもの」
「そうか。ずっと待っててくれたんだよな」
はい、と頷いたノーマンの頬に口づけ、ぎゅう、と抱きしめます。帰れなかった間、どれだけノーマンは寂しかったことでしょう。
「お外にもでられないし、ドアにぶつかっても階段からおっこちてもしょおが戻ってくれないからどうしたのかとおもって、ぼくね、」
懸命にノーマンが言葉を継ぎます。
「お城中のお部屋でしょおを探したりいろいろしたんですよ、」
「ちょっと待って。出られないのはオレがそうしたからだけど、ドアにぶつかるとか、階段から落っこちるとか、どういうこと?」
聞き捨てならない単語の羅列に、きゅ、と一遍にショーンの顔つきが険しくなります。のどかにベッド下の自分のベッドですやすやと眠っていた三つ首が、びくっと跳ね起きるほど怖い顔です。
ただし、ノーマン本人はなぜショーンの顔が怖くなったのか分からず、きょとんとしたまま言いました。
「だって、しぉはぼくがお怪我するとすぐに来てくれるでしょう?だからきっとぼくがお怪我すればすぐに戻ってきてくれると思ったんです」
にこにこと笑いながら、でもね、とノーマンが言いました。
「テラスからとかお屋根からとかじゃんぷしてみようとしたならね、お外にも出られないんですよ」
ぴきん、とノーマン以外の部屋の空気が一気に冷え込み。怯えた三つ首が慌ててベッドルームから走り出ていきます。
「でもね、イーニィたちもじゃまするし、おししょうもおこるから、3かいずつしてからやめたんですの」
「当たり前でしょう!」
がば、と起き上がってショーンがノーマンの顔を覗き込みます。
「一生懸命帰ってきて、ノーマンが大怪我してたらオレが悲しいでしょう?わざと出来ないようにドアをロックして、怪我をしないように城にケアをさせているのに!」
「――――――あら」
ノーマンが目をまん丸くします。
「ぼくね、全力でドアにぶつかって、ひっくり返ってきぜつしちゃったんですよ」
まぁ、とノーマンが更に驚きます。
「しぉの魔法は強いですねえ」
「つか、ドアに全力で突撃すんな!」
いつものエレガントな口調を忘れて、ショーンが叱ります。が、すぐにいつもの口調に戻って言います。
「記憶喪失とかになったら困るでしょう!」
不意にノーマンの双眸に涙が浮かびました。
「だって、だって、しんぱいだったんですものー…っ」
えくえくと嗚咽を零しながら泣き出したノーマンに、ふー、とショーンが溜息を吐き出しました。
「心配してくれるのは、本当に嬉しいけどね、ノーマン。オレが安心してノーマンにお留守番を頼めないようなことはしないでくれよ。ノーマンだから信頼して、この城を預けていってるんだから」
ぎゅう、と抱きしめながらショーンが告げます。
泣き顔のままノーマンが見上げ、あのね、としゃくりあげながら言いました。
「お、ぉるすば…ぼく、やですよう」
えくえくと泣きながら、ノーマンが言います。
「しぉがとおくなのはいやですよぅ」
「とはいっても、なぁ…」
「いち、ちなら、がま…っできますけ、どー…ににちは、やですよぉ」
「うん、それはごめんね。ああいう攻め方をされるとは、オレも思っていなかったよ」
さくっと半日で終わらせて帰るつもりだったんだよ、とショーンが言葉を継ぎます。
「今度はバックアップも万全で行って、素早く終わらせて帰るからね、ノーマン」
「こんどって、いつですか」
泣きながら見上げてくるノーマンに、ふふ、とショーンが笑います。
「暫く先だよ。それは安心していい。敵も手持ちの駒を使い果たしてると思うしね。今度、国境まで行って、防御を強化しなきゃ駄目だけどね…」
「しぉ、」
泣きながら抱きついてきたノーマンを抱きしめ、その横顔にキスをしてショーンが言いました。
「暫くは安全だから、じゃあ強化しに行くときは一緒に行こうか」
「おうさまのせいで、しぉがとおくでへとへとになったんですか」
憤慨しだしたノーマンに、ショーンがくすりと笑いました。
「まあ、命令系統としてはそういうことになっているね」
「ぼく、おうさまの首がもげて死んじゃえばいいとおもったんですよ、しぉをこまらせるから」
ぷんぷんしているようなノーマンの口調に、くすくすとショーンが笑いをこぼします。
「今の王が決してオレの好きになる人間とは言えないけどね。アレがいないと、この国はすぐに戦争の火種になる。特に跡継ぎがいない今はね」
目を真ん丸くしてわたわたと慌てだしたノーマンに、どうしたの?とショーンが訊きます。
「じゃあいますぐ死んだらこまるじゃありませんか」
「そうだね」
くすくすと笑うショーンに、おきておきて、とノーマンが慌ててショーンの手を取りました。どこか泣き出しそうなその様子に、起き上がりながらショーンがますます笑います。
「呪いでもした?」
「のろってとかわかりませんけど、しんじゃえばいいってうんとたくさん怒りましたから頭がもげても死なないようにしてください」
「あっはっはっはっは!」
仰け反って笑うショーンにノーマンが大粒の涙をこぼしました。
「わらってる頃合いじゃないですよ…っ」
「いやいや、十分笑える頃合いだと思いますよ」
ケラケラと明るく笑い飛ばしてから、涙に濡れたノーマンの頬を掌で拭いました。
「王は、まあチビの頃から特権階級だから威張ってるのは仕方がないとはいえ、あんまりフレンドリィにして楽しい相手じゃないけど、一応アレがいなくなったら困るから、たとえ戦争になったとしても誰よりも最後まで生き残れるようにそれなりに多重で魔法はかけてあるよ」
ちゅ、とノーマンの頬に口付けながら抱き寄せます。
「だから、まあ…そうだね、師匠の気分にもよるけど、まあムチ打ちくらいかなー…」
にっこりと笑ってノーマンの顔を覗き込んで、ショーンが言いました。
「2,3日くらいは不愉快な気分を満喫してほしい頃合いだもんな、ノーマン」
ぷすりと膨れて、ノーマンが言い返します。
「痛くて寝込んじゃえばいいんですよ。しぉをあんなにいじめて」
「そう?オレならアレに起きて問答無用で仕事してもらいながら悶絶しててもらいたいもんだけどね…っと。それで思い出した」
憤慨しているノーマンの頭を撫でてから、立ち上がります。それから、ひょい、とノーマンを抱き上げて、キッチンへと歩いていきます。
ひゃ、と嬉しそうに笑って首にしがみついて来たノーマンが足をぷらぷらとさせるのに任せながら、キッチンの椅子にノーマンを下ろして、それから棚に置いてある便箋を取り出します。
「ノーマン、ご飯を食べよう。お腹が空いた。支度をしてくれる?」
そうノーマンに話しかけながら羽のついたペンをインクポットに差し入れ、紙にかりかりと文字を書き連ねていきます。
「あのね、なにがいいですか、パンケーキとミルクパンケーキと卵のお料理とサラダとくだものとタルトと、ええとええと、」
そう満面の笑顔でノーマンが訊いてきます。ぱたぱたと材料を追い求めて走りまわり、手慣れた手順で材料に指示をしていきます。
「パンケーキにコーヒーと分厚いソーセージステーキがほしいな」
カリカリカリ、と紙にペンを走らせながらショーンが言います。これはサリンベック師匠に向けた報告書なのです。
敵を殲滅させたこと、首謀者がレディ・ライオネス、通り名を黄金の魔女、金色の髪がトレードマークのジャーディーシャであったことを報告し、彼女が属していたと思われる国の名前と、撃墜した飛空艇の数とそれに記されていた識別番号と名前を書き連ねていきます。
本来ならば登城して報告しなければいけないところですが、ルーが野放しになりそうなほど魔力を使ってしまったのです。1ヶ月くらい休みをもぎ取らなければ割に合いません。
「じゃあソーセージステーキとハムステーキとハッシュブラウンに濃いコーヒーとオムレツとパンケーキとトーストですね」
ノーマンが言って支度を始めるのに、いいね、と同意をしながら封筒を取ります。
書き終わった手紙にふぅっと息を吹きかけ、魔法を添付し。封筒に入れて封をしてから、宛先を書きます。サリンベック師匠もしくは国王しか開けないように別の魔法をかけてから、ちゅ、と封に口付けをしました。
そうしたならば、淡いクリーム色の封筒があっという間にカナリア色の小鳥になり、部屋の中を軽く一周してから王都のほうに向かって飛び出していきました。
これでもう何も心配はいりません。心ゆくまで休みを満喫することができるのです。
鳥の姿に一瞬視線を投げやったノーマンが、卵をフライパンに割り落としながら言いました。
「ねえ、しぉ、せんそうには兵士がいくんじゃないんですか。くろにくるずでもそう書いてありましたでしょう?」
「うん?もちろんいくよ。それで生計を立てている国民もいることだし」
「でもしょおんだけがへとへとになちゃったんですか」
「前哨戦だからね。国境を最初に超えてくるのは、飛行隊だけれど。国境には防御壁を魔法で構築してるでしょ?それを破りに魔法使いが同乗してやってくるんだね。魔法は魔法使いじゃないと破れない。とても特殊な事態でもない限りはね」
卵の焼き上がりは窯に任せて、ノーマンがハムステーキとソーセージステーキを焼きにかかります。その間にショーンはパンケーキの支度を整えます。
ぱ、とノーマンが心配そうな顔でショーンを振り向きました。
「うん?」
「せんそうがはじまっちゃうんですか?しぉはまたいなくなっちゃうの?ぼくはおるすばんしたくないですよぅ、」
うるうる、と涙ぐんだノーマンに、ショーンがにこりと笑いました。
「そんな気も起きないほど、コテンパンに駆逐したから大丈夫だよ。だけど、それで国境線をうようよされるのも面白くないでしょう?だから、残骸を片付けるのと、偵察にくる兵士を片付けに、王の兵隊にお片づけに行ってもらうんだよ。オレだけ仕事するなんて割にあわないでしょ。それにどうせ越えてくるなら、もっと攻めやすいところを選ぶよ。オレが魔法で防御壁を作っていない、人だけでも乗り越えてこられるような場所のね」
しれっと言い切るショーンに、想像力を暴走させてノーマンが更に言い募ります。
「だってもしそうなったら、しぉだけはどこにもいかないでください、だってぼくこまりますもの、だってもし、しぉがお怪我とかしたら…!」
「怪我?しないしない。魔力を使い過ぎてヘタるだけだよ、ノーマン」
くすくすとショーンが笑います。なにしろ、万が一怪我をしてもその場で自動で治癒するよう、アミュレットの類は豊富に身につけている魔法使いです。きらきらと煌く宝石の装飾品はただのアクセサリーではないのです。
「とらみたいに溶けちゃう?」
「虎?」
「魔法をつかいすぎちゃうと溶けちゃうの?」
うん?とショーンが目を瞬かせている間に、またもやノーマンの双眸が涙に潤み始めます。
「お話で読んだんですよ、魔法使いのとらが、力を使いすぎてお塩みたいにとけちゃうんですよ、」
「うーん、溶けたことがないから判らないなぁ」
じわん、と更に涙ぐみながらノーマンが言い募ります。ショーンの返答など聞いてもいません。
「しぉは溶けたりしちゃわないんですよね?どうしましょう、おれのししょうにオネガイすればいいんですか、しぉをおうちにいさせてくださいって!」
「師匠ねえ…」
王の命令は絶対で、サリンベック師匠とはいえ王命を覆させることなど安易なことではないのです。が、ノーマンは更に言い募ります。
「議会にていしゅつすればいいんですかしら、ええと、法案!!!」
おいしく焼きあがった卵やステーキ類をプレートに移動させ、ショーンが魔法を多用しながら支度していたパンケーキのタネをノーマンに手渡します。
「法案は通らないだろうねえ。自分たちや兵士を魔法使いの攻撃に晒したくないから、オレたち魔法使いが防御の要として雇われているわけだし」
攻撃をメインとしているサリンベック師匠のような魔法使いもいるのですが、ショーンは契約上最初から防御しかしません。しかも、割り当てられた区域にしか責任を持ちません。他国に攻め入るなら自分なしでやってくれてまったく構わないと思っている最強の魔法使いです。
タネの入ったボウルを受け取ったノーマンが、じっとショーンを見上げます。
「ねえ、しぉおん?」
とても重大な何かを告げるトーンに、ひょい、とショーンが首を傾げます。
「なんですか、ノーマン?」
「ぼくがとってもとっても強い魔法使いになったら手伝いできますか?いっしょにいられる?魔法学校にはいきませんけど、妖精さんたちやおししょうやええっとお部屋にいたひとたちに聞いてお勉強すればぼくもなれますかしら…!」
「部屋にいる?」
く、とショーンが眉根を寄せます。まったく、この元こぐまはいったい何を言っているのでしょう?
「お店番より、おやくだちになれますかしら!」
そう更に言い切ったノーマンに、ショーンが小さく首を横に振りました。
「とりあえず、オレのような魔法使いにはなってほしくないね」
内に魔を宿した魔法使い同士は、それぞれの魔力が強すぎて、同じ空間に長く一緒にいることはなかなか苦痛なのです。
日々の生活に魔法を多用している魔法使いの生活様式ですから、魔法使い同士で生活する時はよほど上手にバランスを取っていかない限り、反発したり影響し合ったりして面倒くさいことこの上ないのです。
学校でそれが平気なのは、学校の敷地自体が魔力の衝突を抑えるように計算されて作られていることと、何か在ったらすぐに対処できる高位の魔法使いが側に控えているからなのです。それでもショーンほどの強力な魔法使いであれば、高位の魔法使いですら数人がかりで取り組む必要があります。ですので、ノーマンが無事に魔法使いになれたところでノーマンの持つ魔法をすべて上書きしてしまいます。その挙句、魔法使いとして自立できないようなハメにさせるなら、ノーマンには魔法使い以外の何かになってほしいものです。それに…世界を滅ぼすことだって頑張れば可能になる魔法使いにノーマンがなるのは、もろもろの懸案事項がありまくります。
「はい、おとといですかしら、ぼくがしょおんを探して大変だったときに、誰かのお声が聞こえたんですの。でも、ええと、じゃあ、ぼくは魔法使いにならないほうがしょおのお役に立てるんですか?」
いったい誰の言葉を聞いたのでしょうか―――――ああ、わかりました。それは恐らくノーマンの師匠、狼神のユミルです。緊急事態に伴い、実体化して慌てふためくノーマンを諌めてくれたのでしょうか。
ショーンの逡巡を感づいたのか、ノーマンが胸を張って言い切ります。
「あのねえ、おししょうじゃないんですよ」
「ふん?」
「お声。変ですよね、だれかいたのかしら」
そういえばへんですねえ、と今更ながらに唸るノーマンの様子に目を細め、ショーンが肩をすくめました。
師匠でないとすれば、恐らくそれはルーのカケラでしょう。ショーンが魔法を使うたびにルーのカケラは痕跡のようにその場に残され、黒い小さな妖精となっているのです。それでなければ、この城を建てた魔法使いの残留魔力でしょう。魔力自体が意思を宿すことはないのですが、その大元となった魔の性質を帯びていることは多々あり、なにかのきっかけで朧のように具現化することもあるのです。
「まほうをつかって大きな鳥になるのも楽しそうですけど、ぼくはしぉとお空をお散歩するほうが本当は好きですし、じゃあならなくてもいいですかしら」
「そのほうがオレとしては安心できるね」
「そうですか」
ふにゃりと笑ったノーマンにパンケーキを焼くように促しながら、ショーンも柔らかく微笑みます。
「じゃあそれがぼくのおしごとですね」
張り切ってパンケーキを焼き始めたノーマンの頭にとんと口付けて、ショーンが言います。
「魔法で沢山のことをしてあげるのはオレが全部やれるから。ノーマンにはノーマンにしかできないことをやってもらいたいもんな」
「おうさまをたっちめるんですね」
ノーマンの言葉にふふっと笑いながら、ショーンがサラダとフルーツの支度を始めます。
「とっちめるのは、まあそうだね。この世広しといえ、ノーマンくらいしかいないかもしれないからね」
にひゃっと笑ったノーマンの口元に切った人参スティックを差し出しながら、ショーンが肩をすくめました。
「まあでも暫くは、王のこととか忘れてノーマンとのんびりしたいな」
ふふっと笑って人参スティックを咥えたノーマンの代わりにぱちんと指を弾いてパンケーキをひっくり返せば、とん、とショーンに抱きついてきました。
「あのねえ、ピクニックをもういちどして、お星さま狩りのときには花火をしましょうね」
「そうだね。星降りの夜の頃には、あのあたりも一掃されていいカンジだろうし。じゃあ花火もしますか」
ぎゅう、とノーマンの身体を抱きしめ返し、ショーンがにっこりと笑いました。
「お星さまで花火ですよ、きっととってもきれいです!」
「まずは星を取ってからだけどね」
「お星さまを散らして飛ばすんです、きっときれいでしょうねえ」
「散るかどうかはわからないなぁ。火薬花火なら星を散らすほど威力はないしね。まあちょっと何かを考えてみよう」
ステーキを焼いていたフライパンに魔法でハッシュポテトを並べながら、ショーンがくすくすと笑います。
「はぁい」
ご機嫌うっとりで良い子の返事をしたノーマンの唇にちょんと口付けて、ショーンがにっこりとしました。
「それじゃあ、ご飯を食べながら今日は何をするか考えよう。のんびりゆっくりできることがいいよね。たまには森にお散歩にでもいこうか」
「しぉ、ぼくお腹ぺこぺこですよ、ごはん、三日ぶりです」
とろりと甘い笑顔でふんわりと笑ったノーマンのお腹が、とたんにぐぅっと鳴ったことに、ショーンがご機嫌に笑いました。
「オレも腹ペコだよ。それじゃあ美味しいコーヒーを入れてご飯にしよう―――――ノーマンの朝御飯は世界一だからね。毎日楽しみだけど、今日は格別だ」
にこお、と嬉しそうに笑ったノーマンが、ふと気づいた風にショーンに向き直って言いました。
「しぉ、おかえりなさい…!」
「ただいま、ノーマン。そしておはよう。今日も美味しそうでかわいくて、オレは嬉しいよ」
そして、魔法使いとその最愛は、 漸く戻ってきた“日常に”心から安堵して、一日をスタートさせたのです。