日。



つるん、とお星さまゼリィをクリスタルをくりぬいて作ってもらった特製の水晶のストローで掬い上げてぱくりと口にしてほにゃりと笑いながらノーマンがこれも薄く薄くクリスタルを削り出して作ったグラスを揺らして氷をからからと鳴らします。
大きなクリスタルのピッチャーにたくさんつくった「れもんすかっし」を飲んでご機嫌なのです。
ショオンが昨日、森をお散歩しているときに『のみたい』と言っていたのを覚えていて、今朝はりきって作ったのです。今日のれもんすかっしは、お星さまゼリィをいつもより細かく砕いて、氷も細かくして、しわっとあがる気泡もとても柔らかに細かくなるように「ちょうせい」した自信作でした。
白鳥の綿毛を紡いでつくった、夢のようにまっしろのピクニックシートをお庭の木の下に敷いて、小枝とかガラスを組み合わせて作った小さな背の低いテーブルと、たくさんのシルクやリネンの色とりどりのクッション、これはぜんぶに細かな房がついていてノーマンはすぐに気に入りました、を並べてそのなかに埋もれて、ピクニックよりもっと「おきらく」でノーマンはイー二ィミーニィマニーの頭を順番に撫でてあげながらうれしくて仕方ないのです。
昨日より、少しショオンの笑う回数も増えていますし、なにより、ずっとずっと元気そうです。いまも、れもんすかっしの入った水晶のコップを片手にのんびり、寝そべってご本を読んでいるのです。さらさらと風が吹くたびにショォンのきれいな金色の髪が流れて、それは美しいのです。だから、どれだけ長い間、「みはりばん」をしていたって、ちっとも退屈なんかしないのです。
「しぉ?」
「ん?」
ご本からお顔を上げたショオンが頭を撫でてくれるのに、また嬉しくなってノーマンが蕩けそうな笑顔を浮かべます。
「まだぼく、ピアスお揃いにできないんですか」
お誕生に、とお約束をしてはいても、もうお留守番も一人でできたからいいんじゃないでしょうか、とお願いをしてみます。いつもの緑と赤の宝石をつないだ、つるん、としたきれいな「かぼっしょん」というカットだと宝石のお勉強もしているノーマンは知っているのですが、あの大好きなピアスをショオンがしていなくて、新しいのをつけていことが実はとても気になっているのです。
「うん、あともう少しね」
「しぉは新しいのしてますね、前のはどうしちゃったんですか、もういらないの?あれぼく大好きでしたから、あれをいただいていいですか」
お話がかみ合っているようでかみ合っていないような、これはいつものこの二人の会話なのです。
「あれは役目を終えて壊れたんだ。随分と長い間頑張ってくれたけどね」
「え」
ノーマンの目がまんまるになります。
「だからあげることはできない、ごめんね」
にっこりと笑ったショォンに、ノーマンが瞬きします。
「―――――そうなんですか、」
なんてたいへんな力を使ってしまったのだろう、とノーマンがまた内心で王様をとっちめる理由が増えて、わすれないように「きおくじゅつ」の本で読んだように心の中のノートに書いていきます。
「宝石の積んである部屋、魔法を喚起できる石と出来ないフツウのきれいな石に分けて積んであるでしょう?つまりそういうことなんだよ」
「――――――あ」
丁寧に説明してくれる大魔法使いの言葉に、あわててノーマンが飛び起きました。はらはらとクッションが転がります。
「どうした?」
優しい目で覗き込まれて、あの、とノーマンが続けます。
「あのね、しぉ…!あの、あの、その宝石のお部屋、ぼく、こわしちゃったかもしれないんです…!!」
三つ首の子犬が、こっそり小さな顔を見合わせました。ノーマンが下げているペンダントの中のおししょうも、ぐうと唸ります。あの惨状でおいてなお、こわしちゃったかもしれない、というのんきなもとこぐまにいまさらながら何ともいいようのないいっそ感慨にちかい思いを抱いたからです。
「あぁ」
ふわりと大魔法使いが笑いました。
「こぐまが勢い良く飛び込んできて怖かったです、と報告を受けたよ」
お城にいる精霊のだれかが伝えていたようです。
「たくさん壊れてないですか」
ショオンもぱちりと瞬きをします。
「そうかぁ、あそこも片づけないとだめだねえ」
そうのんびりとした口調で続けるショォンにノーマンが首を傾げました。片づけるだけでいいのでしょうか、たしかいくつも砕けてしまったような覚えもあります。
「でも、ん、問題ないよ。この間随分と仕入れたからね」
そう言って、ショオンが指輪のいくつかをくるりと回します。そういえば、その指輪も見たことのないものでした。さらさらと頭を撫でてもらって、ノーマンがぺとりとショオンにくっつきます。
「しぉ?」
大魔法使いのきれいな青い色をした目がまっすぐにノーマンを映します。緑色のピグメントが散っていて、それこそ宝石のようにきれいな目です。
「あのね、ぼく、やっぱり、しぉがいつもしていたピアスと同じのが欲しいです。あのきらきらをね、ぼく森で初めてみたとき、ほんとにきれいだとおもったんです。だって、ほんとにきれいだったんですよ、きんいろのきらきらしたなかから、あの透明な緑と赤がひかって、ぼくびっくりしましたもの」
「じゃあ似た石を探して削り出そう」
「あれとおんなじには魔法でつくれないんですか」
「同じようでいて違う、というのは魔法の一つだけどね。あれはもう終わってしまったものだから、ちゃんと新しい元気な石できちんとしたものをつくってあげるよ。あれはもう休まないとね」
そう言って、ノーマンの耳たぶをちょん、とショオンがつついたので、もとこぐまは大きな声をあげてしまいました。
「っひゃ、くすぐったいですよ…!」
ひゃあひゃあとノーマンがわらいます。
「でもまだピアスは通せないけどね」
くすくすとわらった大魔法使いがまだ笑っているノーマンの額にちゅっとキスを落としてくれるのに、目を笑いに煌めかせていたノーマンがきゅっと目をつむってしまいます。そうしたなら、唇にも軽くキスが落ちてきて、ノーマンがにっこりしました。
両腕でしっかりと抱きついて、額を摺り寄せるようにしながらまた質問を口にします。
「あのね、とっても楽しみです。ありがとうございます。あと、れもんすかっしのおかわりはいかがですか」
「ありがとう、イタダキマス」
「おまかせあれ」
そう威張って応えると、丁寧にショオンのコップにあたらしいれもんすかっしを注ぎいれて、ストローでくるんと回してゼリィが飲み始めから終わりまでちゃんと味わえるようにバランスも整えてから、そうっと手渡します。
「どうぞ」
「ノーマンはレモンスカッシュ淹れるのが上手になったね」
ショオンに褒められて、とろん、とノーマンがわらいました。
「ほんとう?しゅぎょうしたかいもありました!」
何の修行だ、と付け足す人はこのお城にはおりません。
にこにことしたまま、ノーマンが自分用には少し多めにゼリィを追加します。
そういえば、今日のれもんすかっしでたっぷりお星さまゼリィを使いましたから、あと4回ほど作ればゼリィはなくなってしまいそうです。
「あの、しょおん?」
「んー?」
ショオンがストローですかっしを飲みながら、視線をあげます。しゅわ、とお口で弾けて消えていく飲み物を味わいながら、ノーマンが首を傾げました。
「お星さま狩り、いついきますか」
そう聞けば、大魔法使いが空中にくるん、と指先で空中に円を描き、天体の運行表を取り出します。空中からショオンの手の中に落ちてきた日めくりのお星さま版をノーマンもいっしょになって覗き込みます。表の中では、ほんものの夜空のようにお星さまがひかっているのでノーマンは運行表を見るのも大好きなのです。
「10日後くらいかな…ああ、そうだね。星降りの夜だ」
「お天気はどうですか、」
「問題はなさそうだよ。精霊たちも星にありつきたいだろうしね」
わくわくとノーマンがもう期待でいっぱいになります。
「雨だったら夜でも虹が見えますかしら」
「虹は見えないよ。星降りの夜に月はないからね」
「虹はないんですか…でも、雲がなんにもないと湖にぜんぶお星さまが映ってきらきらしますよねえ…青く光るちょうちょうも森から連れて行っていっしょに放してみましょうか…!」
「蝶はだめだよ、星にやられるからね」
「あぁ、じゃあ!ぼく、紙でちょうちょをたくさんつくりますから、それを飛ばしましょう…!」
花火にちょうちょに、すてきですねえ!と大満足です。
「それなら良いよ」
くす、と大魔法使いが笑います。
「ありがとうございます!ほんとにたのしみです」
ぎゅうっとショオンに抱き着いて、ノーマンがその両ほほに唇を押し当てます。
「10日の間も、そのあとも。ぼくがちゃんとがんばって、しぉをみはっててあげますからね」
安心して、ゆっくりしてくださいね、とそうっと、でも力強く言います。本当は、見張って、ではなく見守って、なのですが、気にしません。
同じくらいぎゅうっと抱きしめ返してくれたショオンが首筋に顔を埋めてきてくれたので、金色の髪にノーマンが頬でなつきます。
「だから、あんしんして、ゆっくりしてくださいね。おいしいごちそうもたくさん、つくりますよ」
「別に見張ることなんかもうなにもないよ」
ますます笑みが混ざった声でショオンが言うのに、いいえ、だめです、とノーマンがきっぱりと言いました。
「いつあの憎たらしい王様のお使いがくるかわからないですから、みつけたら追い返してやるんです」
さら、とノーマンが大魔法使いの金色の髪を指に滑らせます。
「来るなら手紙程度だよ。師匠くらいじゃないと直接ここまで手紙を飛ばせないからね」
ショオンがますます喉奥で笑います。
「それに、師匠はここに直接くるほど暇じゃない」
「しぉのおれのししょうなら、ぼくだってたっちめませんけど、それでもドアでお引き取りねがいます」
もとこぐまの決意は相当硬いようでした。そうしたなら、ショオンが仰け反って大笑いします。
「まあ師匠は礼儀正しい人だからね。来る前に伝令がくる」
「でんれい…」
むぅ、とノーマンが唸りました。
「でんれいは、煮て返す」
なぜか珍妙な決意を固めてしまったノーマンです。
相変わらずの奇妙にとんちんかんな決意に、思わず小さく吹きだしたショオンが、すい、と肩をすくめて、ノーマンがまだ唸っているせいでかわいらしく尖ってしまった唇についばむようにキスを落とします。
「それより、お出かけのときの話をしよう」
「あ!」
ぱあっとノーマンの表情が明るくなります。
「こっきょう!」
「そう。10日後までには片付いているだろうし。きれいなところだよ」
「星狩りはこっきょうでするんですか」
にっこりと微笑んだショオンに腕に抱き込まれてノーマンがまっすぐに見上げて聞きます。
「星狩りに行ったついでに足を伸ばして国境までいこう。星はビンに詰めてここに帰せばいいんだから」
「おでかけですね!」
それは立派なお出かけです。
「たのしみが増えたね」
「はい…!」
キングスタウンより先には行ったことのないノーマンですから、もうそれだけでどきどきとしてきます。そのわくわくとしたことがちっとも隠せていない声で、だからこう聞き始めたのです。
「ねえ、ねえしぉおん…!こっきょうってどこにあるんですか、たのしみですねえ、お出かけにはこっきょうのなにを見にいけるんですか、あとね、辞書で読みましたけど、こっきょうっておっきいいーですよねえ。いったいどこまでつながっててなにで書いてあるんですか、魔法のインクですか、木が生えてるの?それとも大きなおおきな壁がたっているんですかしら…!!」
想像力がとまりません。吹きだしています。
「ああ、あと…!あとね、お出かけのお衣装はどうしましょうか…!」
ああいろいろたいへんになってきた、と寝たふりをしていた子犬はそうっと薄目を6つ開けて、大魔法使いを見上げますが、そこに見たのはとにかくもう、なにともいえないないほど幸福そうに微笑んでいる大魔法使いの姿なのでした。