森
の
奥
まで
夜中から明け方に降った雪が見事に積もり、ここ1ヶ月ほどノーマンが手放すことがなかったクリスマスの本の挿絵のようにクリスマスツリーが出来上がっていいました。
埋もれても埋まりきれず、きらきらと光りを放つ天辺の星や、雪に半ばまで隠されても決して寒そうには見えない鳩やジンジャーブレッドマン。 カラフルなモールも一部雪に埋まり、一部迫り出して、それは見事な飾りになっていました。
あの、と何か言いかけたノーマンが、いきなりツリーに突進して行き。どしーん、と音を立てて枝を揺らして、どさ、と雪を落として頭から被っていくのには、さすがのショーンも目を瞬かせました。
『…長くくまとして生活しすぎたか?』
一人相撲の特訓の習性が残っているんだろうか、とかなり特殊な意味合いで心配する魔法使いは、これでも自分のコイビトが愛しくて仕方がありません。
雪塗れになりつつも、ひゃあひゃあ笑ってにっこりと見上げてくるノーマンと、その横で雪をぷるぷると跳ね飛ばす三つ首ケルベロスを見遣って、ショーンが手を伸ばして引き上げました。
『あまり埋まっていると風邪を引くぞ』
『だいじょうぶですよ』
ふてん、と抱きついてきたノーマンのケープから雪を払ってやり。わしわし、と髪を掻き混ぜてまたフードを被せなおしてやりながら、ショーンが考えました。 これは新しい真っ白いふかふかのイヤーマフがあってもいいかもしれない、とアイデアが浮かんだのです。
鼻先をピンクにして見上げてくるノーマンのそこにキスをして、ショーンが顎で周囲をしゃくりました。
『冬眠していないお友達が覗きにきてるぞ?』
『ほんとうですか!』
遠く離れた位置から鹿や雪ウサギや雷鳥たちが木々の間に居るのが見えています。 振り向いたノーマンが、あぁ!と喜んで走っていこうとします。
『挨拶してくるのか?』
はい!とぺかんとした笑顔を浮かべたノーマンが、実に嬉しそうにいいました。
『いっしょにくりっすまのお祝いをしましょう』
『んん?』
『ツリーの周りをお歌を歌ってぐるぐる行進するんです!』
胸を大いに張って言ったノーマンに、ショーンがははっと笑いました。
『たのしいですよ、きっと』
『お友達はちょっと近寄り辛いと思うぜ?』
きょとん、と見上げてきながら首を傾げたノーマンに、三つ首を指差します。
『コイツは、相性がよくないぜ?』
『そうなんですの?』
『そうだろう?一応は犬の仲間だしな?』
本当のところは犬なんてものではなく、地獄の番犬であり、魔王の眷属です。危険の気配に聡い山の動物たちが近寄ってこられるとはショーンにはとても思えません。
『みんなはおてがらぺっと、きらいなんでしょうか、』
そうしょんぼりと項垂れたノーマンの頭をぽんぽんと叩いて、ショーンが言いました。
『ニガテなんだよ。仔犬とはいえ、コイツの家系は連中にとっては招かざる客ってやつだしな』
『じゃあ、あのねしょぉん、』
『んー?』
ひょい、と雪を食べてご満悦だった三つ首を抱え、それをノーマンがショーンに手渡しました。
『おてがらぺっとをしばらくみててください』
そう言われて、んん?とケルベロスと目が合ったところで、とっとことノーマンが奥で取り巻くように見詰めてきていた動物たちのところへ挨拶をしに行きます。
暫く振りに会う『お友達』たちとノーマンが一方的におしゃべりをしている間、ショーンは新しい魔法を編み出し、それを記憶しました。 新しい魔法はクリスマスが終わった後に使ってみる予定のものです。
うきうきの様子で戻ってきたノーマンが、『こんどお茶をみんなでします、』と言うのに、ショーンが笑いながら返しました。
『こんなに奥深い森の中じゃだめだよ。近くに遊びに来てもらいなさい』
『だって、ツリーをみながらみんなでお茶したいですもの』
『ここはあと少ししたら散歩してくるには雪が深すぎるようになるよ。ごらん、もうこんなに積もっているんだ』
『あ』
そう言いながら、ショーンがツリーの周りを指差します。 それはもう腰の高さまで積もっていました。
きらん、と目を輝かせたノーマンの背中をむんずと掴んで、ショーンがその腕の中に三つ首を押し入れました。
『あそこに突っ込んだらダメだぞ?オマエがツリーになってどうする』
ばれちゃった、という顔を作ったノーマンに、三つ首が軽く手をかぷりとしました。甘咬みです。
『あれ?』
ボール投げですか?そうケルベロスの顔を覗き込みながら言ったノーマンに、尻尾を振りながら三つ首がそれぞれ元気に吠えて返事を返しました。 そしてしきりに下ろしてくれ、ともがきます。元気な仔犬なのです。
『きゃっち!』
そう声を張り上げてボールを投げたノーマンに、三つ首はヒャン、と甲高い声で鳴きながら、雪煙を上げてボールを追いかけて疾走していきます。 その様子を見て大喜びするノーマンと地獄の仔犬が遊びつかれるまで、ショーンは笑顔で見守っていました。
そして草臥れたところで持ってきたバスケットの中からウィスキーを落としたホットミルクとサンドウィッチやクッキーなどを出して、雪の上でツリーを見上げながらお茶をしたのでした。
冬の夜は来るのが早いので、そうこうしている内にあっという間に夕闇がやってきました。
また雪を降り出したそうに立ち込めてきた灰色の空を見上げて、ショーンがノーマンの頭を撫でました。
「さあそろそろ帰ろうか」
「もうすこし?」
あんよがさむいですよ、とずっとノーマンが膝に抱えていた子犬が、すとん、と雪に飛び降りて大きくのびをしました。 名残惜しそうに呟いたノーマンに、ショーンが首を横に振ります。
「もうかなり冷えたし、この分だと家に戻る頃には真っ暗だ」
しゃん、と音を発したカブを見上げ、にっこりとショーンが微笑みます。
「もちろん、カブがいるから迷子になんかはならないけどね」
「カブ!」
気ままな仔犬そのままに、雪を掘って一人で(3匹で?)遊んでいた三つ首を拾い上げ、迎えに”来ていたカブの元にノーマンが走りよります。
「ぼくのおてがらぺっとですよう…!」
にこにこ、と笑顔で報告するノーマンに、カブがしゃらんと音を立てて飛び上がって、くるりとその場で回りました。 首に巻いたカブのマフラーがひらりと翻って、それはそれで素敵な眺めです。もちろん、手からぶら下がったランタンも回ります。
「でもね、まだお名前がつけられないんです」
三つ首をぎゅっと抱き締めながら見上げて言ったノーマンに、カブがといんといんと跳ね上がりました。
しゃらんしゃらんと涼やかな音が響いて、ランタンから零れ落ちる金色の光りが雪に跳ねて散っていきます。 お茶の片づけを終えたショーンが、ノーマンを背中からひょいっと抱きすくめました。
「帰り道に考えればいいだろう?さあ、行くよ。カブも寒いってさ」
「あのね、」
ひょい、と肩越しに見上げてきながら、ノーマンが言いました。
「かっこいいのと、きれいなのと、いさましいのと、かわいらしいのと、つよそうなのと、どんなのがいいですか」
「ノーマンが呼びやすいものでいいんじゃないか?」
冷えた頬に軽く口付けて、ショーンが言います。
「みっつぶんね、」
うむうむ、とまた考え始めたノーマンの手を引いて、ショーンが歩き出します。
カブがショーンの手からバスケットを受け取って、足元を照らすように少し先を跳ねていきます。
ノーマンは片腕に三つ首を抱いたままです。地獄の番犬の仔犬”なので、寒さ暑さは本来ならばへっちゃらで、案の定、一箇所に長く佇ませると、その足元の雪が解けて水になってしまうくらいなのですが。
黒毛の短毛で、大型犬の仔犬のような見かけでいるせいで、ノーマンに言わせるとあんよが冷たいから”抱っこせずにはいられないようです。
なので、片腕で抱っこして歩いていると、えっちらおっちら、ノーマンがよろけて歩きます。 仔犬とはいえ、ノーマンの膝の上に置けば溢れる大きさなのです。重さもそれなりにある仔犬なのです。
仕方ないなあ、とショーンが肩を竦めて、ノーマンの片手を離しました。
「ほら、ちゃんと抱えないと転ぶぞ?」
「はぁい」
よいしょ、と両手に仔犬を抱えたノーマンが、それでもまだよれよれと歩くその背中を支えるように手を添えて、暗闇に包まれ始めた森の中を歩いていきます。
城までの帰り道の半分ほどに達したところで、ふ、とノーマンが足を止めました。 少し首を傾げ、何かを言いかけ、そしてまた歩いて行きます。
そして、意を決したように足を止めてから、くるりと振り返りました。
「ん?どうした?」
「すてきなの三つとか、きれいなのみっつとか、かっこいいのみっつとか、むずかしいんです」
訴えてくるノーマンに、そう?とショーンが首を傾げました。
ショーンのネーミングセンスも、ルゥに言わせれば「…ぶふっ」と噴き出す程度のものですが、さすがに魔法使いなのでそういったことで悩んだことがありません。
「あのね、最初はレインがいいと思ったんです、真ん中の子がレインで右の子がスターで、」
でもそうしたら左の子にぴったりのがないんですの、と切々と訴えるノーマンに、ショーンがくいをもう僅かに傾げます。
「フロストでも、フォグでも、クラウドでも、ミストでもいいんじゃないか?」
「ちがうんですの、」
ふりふり、とノーマンが首を横に振って言い募ります。
「同じくらい、すてきじゃないと―――――」
けれど、言葉の途中で目が段々ときらめきを増していきました。
「ぁああああああああ……!!!!」
シンと静まり返った森にエコーするような大きな声をノーマンが上げました。
「素敵なお名前をみつけましたよう…!!」
抱え込んだ仔犬ごと飛び跳ねて、ノーマンが言います。
「すてきすてき、あのね、あのねしょぉおお…!!」
「うん、言ってごらん」
これはものすごい大ヒットを期待して、ショーンが先を促します。
「あのね、あのね、いーにぃ、みーにぃ、まいにぃ、もー、です……!」
「……は?」
いまなんて?と目をきらきらと輝かすノーマンに思わずショーンが聞き返します。
仔犬も吃驚したように、口を半開きで3匹揃ってノーマンを見上げました。
「真ん中のこがいーにぃ、右のこがまいにぃー、」
「はぁ」
「まいにぃ、と、もーです!」
きらきらと笑顔を振り撒ききって言ったノーマンに、ウェイト、とショーンが片手を翳しました。
「もー?”」
「はい…!」
こっくりと頷くノーマンに、ショーンの三つ首が同じタイミングで首を傾げます。
「も…??」
くすくすくす、と笑いながら、ノーマンが言いました。
「もーは、お尻尾ですよう…!!」
「……はぁ?!」
オマエ、マジか?正気か?尻尾に名前だと?とあんぐりと口を開いて、ショーンが聞き返します。 仔犬も焦ったようにショーンとノーマンを三つ首がそれぞれ交互に見上げています。
「いーにぃ、みーにぃ、まいにぃ、もー、です。おとくでかわいいですよねえ。よっつめは、お尻尾です!」
そう言って大威張りの表情を浮かべたノーマンに、仔犬とショーンが顔を見合わせました。
「…尻尾」
きゅぅん、と仔犬の泣き声もしますが、ノーマンは至極満足そうです。
「はい!」
そう特大の笑顔を浮かべて言い切るのに、ショーンが一瞬ソラを仰ぎ。
わくわくとしながら会話を聞いていた体内のルゥがまた大爆笑するのに、溜息を零しました。
「あ、でも。お尻尾だけでは呼ばないですよ、」
そうこそっと言い足すのに、まあそりゃそうそうだろうな、とショーンが頷きます。
仔犬は複雑そうな表情を浮かべて、互いの顔を覗き込んだりしています。
「とってもすてきでしょう!」
抱えたイーニィミーニィマイニィモーごとノーマンがぶつかって来たのを抱き止め、ショーンが一瞬天を仰いでから、言いました。
「ま、確かに。一度聴いたら忘れようのない名前だな」
ショーンが同意したことにびっくりした三つ首はさておき、ふふ、とご機嫌な様子のノーマンに、ショーンがにっこりと笑いました。
「じゃあそれで契約終了だな」
「はい!」
ひゃん、とまだ納得いかない、とでも言いたそうに子犬が泣きましたが、契約者であるショーンと主人であるノーマンは、もうにこにこと笑顔を浮かべあっています。
諦めろ、と魔王であるルゥに囁かれ、ケルベロスはかくん、と一瞬項垂れてからノーマンの頬をほんの少しだけ舐め上げました。
ふわん、と浮かんだ黒い影がぐるりと二人と1匹(?)を取り囲みました。
そこから影が中心と外に向かって伸びていきます。 わらべ歌のような音が一瞬だけ響いてから、すっかり帳の下りたような暗闇に影が消えていきました――――契約の終了です。
こんな風にして、クリスマスの日に魔法使いと元こぐまの元に新しい家族が増えました。
魔法が怖くてノーマンがきゅっと目を瞑ってぴったりとショーンに引っ付いていたことは、ナイショです。