みつ




ノーマンはそうっとおてがらぺっとを塩釜だと思っていた殻のなかから抱き上げてみました。
ずいぶん、ほかほかと温かいです。 森のいきものの赤ちゃんたちも、とても温かでしたから、赤ん坊はみんな温かいのかしらとノーマンは思いました。けれど、おてがらぺっとはほんとうに温かで、オーブンかストーブのようにも思えます。
「ほっかほかですねえ」
真ん中のこから右、左と、短い黒い毛のつるつるした頭に頬擦りします。
まだ仔犬なのに、骨格はとてもしっかりとしていて大きなあんよが可愛らしいです。
「しょぉ、」
ノーマンが、殻を魔法で消したショォンを見上げました。
「んん?」
「おてがらさんは、ウルフハウンドかピレニーズかマスチフかグレードデンか、どれくらいまで大きくなるんですか」
「さあ?」
「バッファーローくらいですかねえ」
「そんなに大きいのがいたら抱っこができないぞ」
ふい、とほっぺたを突付かれてくすくすとノーマンが笑いました。
「じょうだんですよ、ねぇ」
そう言って、おてがらぺっとの子達にキスをします。とん、とん、とん、と三つです。
ケルベロスも真っ黒の濡れたハナをノーマンに押し付けます。地獄の番犬ですが、すっかり仔犬でおてがらぺっとです。
「しょぉ」
ぎゅ、と仔犬を抱いてノーマンが言いました。
「んー?」
「ボール投げして遊びましょうか!」
ぴるんとおてがらぺっとのお尻尾が揺れます。
「そのあいだに、このこにぴったりのお名前が浮かぶかもしれません」
「じゃあボールを出してあげよう」
「はぁい」
ほとん、とノーマンの差し出した片方の掌にキラキラと光るボールが落ちてきます。
ぎゅ、と握ってみると柔らかいですが、床に落とすと良く跳ねるのです。これよりもうすこし大きなボールはショオンにもらったことがあるのでノーマンは良く知っています。 「じゃあ。いいですか…!」
おてがらぺっとを床に下ろしてあげなら、ノーマンが言いました。
「いまから、投げっこますから、ちゃんと拾って返してね」
ぶんぶん、と二度ほど腕を回してから、リビングに向かってボールを転がします。
いまかいまかと待ち構えていたおてがらぺっとも、あっというまにカリカリとつめおとをさせながらお台所から走っていきます。
あたまが三つもあるのに、前を走るときはみんなが前を向くのが楽しくてノーマンを後を追いかけます。
暖炉の前の、仔犬用ベッドにあたってぽーんとボールが跳ね返り。 仔犬がひらりと高くジャンプしてボールを右側の子がキャッチするのを見て、ノーマンが手を叩きました。
「すごいですねえ!」
がうがうと真ん中の子と左側の子が言うのもなんだかかわいらしいです。
ノーマンの足元まで仔犬が走って戻り、ひょこりと座りますから、ノーマンもしゃがみこみます。
「おてがらですねえ」
そう言って、掌を右側のこの前に差し出します。
「はい、ギブ…!」
きょとん、と仔犬がするのにノーマンはもう一度、ギブ、といいました。
「ボール、返してくれないと投げっこができませんから、はい、ちょうだい」
やさしく、それでもぴし、と言います。 犬百科を熟読していたノーマンですから、これから大きくなる犬種のこたちは、赤ちゃんの頃からのしつけが大事だと知っていたのです。 決して、地獄の番犬に芸を教えるつもりではないのです。
けれど、そんなことを言われたのはケルベロスたちも初めてですので、びっくりして大魔法使いの方を見てしまいます。
呼び出されたのは大魔法使いになのですが、仕えるのはどうやらこの小さい子どもなのかと確認したかったのです。
ショォンはソファにゆったりと座って微笑んでいますし、自分たちの王様もにやにやしているし、できゅう、と仔犬がハナを鳴らします。
「はい、くーだーさーい」
ぴん、とノーマンがボールを離さない子のハナを突付きます。
その拍子に、ほとりとボールを落としたなら、
「いいこですねえ…!」
とキラキラの笑顔と一緒に褒められて、ぴるん、とまたお尻尾を仔犬が動かしました。
「じゃあ、また投げますよー、今度はどこかなあ」
ひらひらとボールを動かされると、仔犬だけにもう気になって気になって仕方ありませんからまた駆け出していきます。

そんな風にして長い時間遊んで、ノーマンもすこしくたびれてしまいました。
頭は三つあるので、偶に右に行こうとする子と、まっすぐ行こうとする子がいたりして、くるくると回ってしまうことがあるのもわかりました。 たくさん遊びましたから、子犬たちにお水をあげて、ノーマンも休憩します。
「しょぉー!」
「オマエもちょっと休憩しな」
「しょぉんはお茶いりますかー」
「オレが淹れるよ」
「だいじょうぶですよう」
はりきってノーマンが言います。
「それじゃあ一緒に淹れようか」
「おてがらぺっと、もらえたんですもの」
ぼくがお返しにします、とノーマンが言います。
「そう?じゃあ紅茶をお願いしようかな」
「おまかせですよ」 任せてください、という意味です。
そして、お茶をいれておてがらぺっともお水をたっぷりのんで尻尾を振るのを抱き上げてお台所の大きなテーブルにつきます。
仔犬を膝に抱いたまま、お茶にします。 おてがらぺっとはスコーンやお菓子には興味はないようで、いいこでじっとしています。
「ほんとうに、いいこですねえ」
ノーマンがそうっと呟いて、ショオンを見あげます。
「まだ、お名前が浮かばないんです」
こんなにかわいい頭の三つもあるお得な子たちですから、うんとすてきな名前を三つ、考えてあげなくてはいけません。
「珍しいね?オマエの頭にはいっぱい詰まっているだろうに」
「あのね、素敵なのを付けてあげないと、と思うんです。それも、三つもでしょう?どれかだけが良くてもいやですし」
なかなか難しいことをこれでもノーマンは考えているのです。
「お茶の間に浮かびますかしら」
むーん、ノーマンが唸って、ショオンがくすくすとカップを傾けながら笑います。
「いきなり三つ首じゃ大変だったか?」
「お得な子ですから、三つでよかったです。八つあってもいいですよう」
それではヤマタノオロチです。

ゆったりとお茶の時間も終わって、窓の外がすこしくらくなってきました。
そして、すっかり忘れていたノーマンが、ああ!と声をあげました。 ツリーを観にいかなくてはいけません。きょうは、くりっすまなのです。
「しょぉ、ツリー!観にお散歩しましょう、おてがらぺっととお散歩です!」
「いいよ」
ひゃあ、とノーマンの頭のなかがしあわせで一杯になります。
くりっすまだし、森の奥できっとツリーはキラキラしているのだし、おてがらぺっとを初めてお散歩できるし、こんなに素敵なことばかりでどうしていいかわからなくなります。 「あのね、お外にお散歩にいくんですよ……!」
きゅー、と仔犬を抱き締めてノーマンが言いました。
「寒いかな?でもね、お外は素敵ですよ」
いつものまっくろの長い毛皮の素敵なコートにしようかどうしようか考えて、仔犬を抱いたままお部屋に仕度に行きかけます。
そうしたなら、ショォンが腕をひらりと空中で躍らせました。
「しょぉ…?」
「折角のクリスマスだからね?」
そうしたなら、見えない扉が開いて、なにかがひらりとショオンの腕に落ちてきました。 真っ赤な……
「それ、なんですの?」
こく、とノーマンが首を傾げます。 闘牛士のするように、ショオンがひらりと赤いそれを翻しました。
「あら?」
それはどうやら真っ赤なケープのようでした。長くて、フードも付いています
「ふふん」
「ひゃー…」
すごいですねえ、とノーマンがにこりとしました。
「しょぉ、きっととってもお似合いですよ」
新しいお衣装ですか?とにこにことノーマンがします。 大好きな大魔法使いがおしゃれさんで素敵なことがノーマンは嬉しいのです。
「オレのじゃないぞ?」
「あら?」
ふは、とショオンがわらって、ノーマンが首を傾げました。
「でも」
「ん?」
「じゃあ、それ」
ぼくのですか?と目がまん丸になります。
「もちろん。チビっ子どもには少し大きすぎるだろ?」
「ひゃああ」
びっくりして、ノーマンがもっと目を丸くします。
「だって、そんな素敵なコート、いいんですか」
「当たり前だろ。ノーマンのためのケープなんだから」
「ありがとうございます」
きゅーっとショオンに抱き着いて、ぐりぐりと額を胸元に押し当てます。
「くりっすまに、おてがらぺっとと素敵なケープまでもらっちゃいました…」
どうもありがとう、とお礼を言います。
「どういたしまして」
差し出されたケープをすぐに頭から被ります。 はさんと頭が出たときに、ショオンがキスをくれてもっと嬉しくなります。
そして。
「あああああ!」
何とはなしにポケットに手をいれて、そこにあったものを引き出すとノーマンが飛び跳ねました。
「赤いお綱……!すごいすごい!プティみたいですねえ」
そして、また。
「ひゃあぁ…!ベルベットのリボンもありますよ!」
いそいそと仔犬の首にリボンを三つ、結んであげます。 そして、リボンに先が三またに分かれた真っ赤な細い、柔らかなスウェードで出来たリーシュをかちりとつけました。
「さあ!いきますよう!お散歩!」
とーんとショォンにぶつかって、右手を差し出します。 ショオンとは右手で手を繋いで、リーシュは左手で持ちます。
「あのね、しょぉお」
きらきらきらとお星さまがこぼれそうなえがおです。
「ん?なんだ?」
「森の奥まで、いくあいだも、お名前をいっしょうけんめい考えてみます」
「じっくり考えて、一番似合うと思うのをつけてあげるといい」
ぽす、とショオンの手のひらが頭を撫でてくれるのに、ほわんと嬉しくなります。
「はい…!」
しょぉんもすてきだね、て言ってくれるようなの考えます。と、ノーマンがほわりとしたまま言いました。
お城の外はもう真白に雪が積もっていて。 仔犬の足跡がつく前に、雪が溶けてしまうのが不思議でしたが、赤ちゃんだから温かいんですねえ、とのんびりとノーマンが言います。
ひらひらと長いケープの裾がして、歩くたびにノーマンは嬉しくなりました。フードもあって、温かいです。
「きのうと、ツリーは違いますか」
「雪が積もってるからね」
「すてきですねえ」
ほう、とノーマンが溜息をつきます。
きっと、枝に吊るしたランタンがもう灯っていて、鳩たちの羽もキラキラと光っていることでしょう。 一番星も、ツリーの天辺でもっと光っているでしょう。
隣を歩くショォンも楽しそうで、きゅ、とノーマンがつないだ手に力を込めました。
「あのね、ショォン」
「んん?」
「すてきなくりっすま、ありがとうございます。ツリー、はやくみたいですねぇ…」