日が暮れ始めた森の中を、ショーンはノーマンと一緒に歩いています。
すとんと長いベージュ色のムートンのロングコートを着たショーンと、真っ黒いくまの着ぐるみを着たノーマンは、それぞれバスケットを一つずつ持って、手を繋いでさくさくと森の中を進んでいきます。
ランタンとバスケットを両手にぶら下げ、金や銀の長いモールをマラボーのように首に巻いたカブが、しゃらんしゃらんと音を立てながら先頭を歩いていっているので、薄暗い森の中でもちっとも怖さはありません。
ノーマンがまだ来た事のない森の奥地では木々は鬱蒼と茂っていますが、ショーンにとっては勝手知ったる自分の領地です。
うきうきとした気分が着ぐるみの周りから発散されていっているようなノーマンが、時折キラキラとした目でショーンを見上げてくるのに、ショーンもにっこりと笑顔を返します。
きゅう、と強く肉球付き手袋越しに手を握ってきながら、ノーマンがショーンに尋ねました。
「お散歩ですの?」
嬉しそうな笑顔で見上げてくるノーマンに、ショーンが小さく頷きました。
「そうだよ。ちょっと距離があるからね」
ぱたぱたぱた、と羽音が響き。木々の間をカブがぶら下げたランタンから零れ落ちるお星様ランプのキラキラを追うように真っ白い鳩が真っ赤な小さな実を着けた深緑の柊の葉を咥えて器用に飛んでいきます。
何羽も何羽も、高く低く列を成して夕闇に沈み始めた森の中をぱたぱたと羽音を立てながら進んでいきます。
ぱあ、と一層ノーマンの笑顔が明るさを帯びます。
「ぼくの絵と同じですよ…!」
「そうだね」
「くりっすまの飾りです…!」
ぴょこん、と飛び跳ねたノーマンに乱された歩調を合わせながら、くすくすとショーンが笑いました。
「ちゃんと連中もいるから」
「あ…!」
くるん、とノーマンが振り向いた先には、こちらは行儀よくものさしで揃えて並べたように同じリズム、同じ歩幅で歩いてくる列があります。 様々な色の砂糖で目や口やボタンを描かれた茶色い人型クッキーです。
「ジンジャーマンですよ…っ」
ぴょこたん、と跳ね上がったノーマンに、ショーンが頷きました。
「昨日ノーマンが焼いたジンジャーブレッドだね」
「はいっ」 くるん、と振り向いたノーマンが、ぴょい、と飛び上がって、ぎゅう、とショーンに抱きつきました。
ショーンも素直にふかふか毛皮に包まれ、それこそ小熊そっくりなノーマンにハグを返します。
「シュガーケーンも持たせてみたんだ」
シュガーケーン、といってもサトウキビのことではありません。杖の形をしたしましまキャンディのことです。
白地に赤や黄色や黄緑やオレンジや青や紫やピンク色の縞模様をしたJを逆さにした形のキャンディを、それぞれのジンジャーブレッドマンが手に持って、オイッチニ、オイッチニ、と雪の中を行進しています。
「しょぉおん!」
興奮が滲み出た声でノーマンが言います。
「一緒に行進しましょう…!」
「あー、それは遠慮しておくよ。ステッキを持ったらノーマンと手を繋いで散歩できないし」
こきゅ、と首を傾げたノーマンに、ショーンが肩を竦めます。
「それに見ているほうがずっと楽しいしね」
「じゃあ!」
きらきらきら、と更にノーマンの目にきらめきが増します。
「ぼくと行進です」
ぎゅう、と手を握るノーマンに、ふ、とショーンが笑いました。
「元気に腕を振るとバスケットの中身がぐちゃぐちゃになっちゃうよ、ノーマン」
「まほうは?」
「できれば今くらいで抑えておきたいかな。ツリーの飾りつけもあるしね」
むーん、と唸るノーマンが葛藤しているのに、ショーンがくすくすと笑いました。 そして、ノーマンの耳に乗っかった雪のカケラを落としてあげながら肩を竦めます。
「ノーマンだけ行進をするなら杖も出してあげるよ?」
「やですよ」
ぷすう、と膨れたノーマンの腕を引いて足を止めさせて、目を覗き込むようにしてショーンが笑いました。 ぎゅう、ときつく手を握り締められ、ますますショーンが笑顔を深くします。
「ノーマン、大好きだよ」
ぎゅう、としがみ付いてきたノーマンのひんやりと冷たい頬にキスをして、それから手で前方を示しました。
「あと少し行ったら見えてくるよ」 「むかしむかしからある大きな木ですか」
「そうだよ。大きな籾の木だ」
「エルフと同じくらい昔からですか?」 さくさくと森の中を歩き進めれば、次第にそこ1本だけ大きく枝を広げている籾の木が見えてきました。 ショーンが首を傾げます。
「エルフはこの森に居たことはないから比較できないなあ」
「お話のなかだけ?」
「そうだよ」
きゅ、と見上げてきたノーマンにショーンが頷きます。
「別の土地にはもしかしたら居るかもしれないけれども、オレたちが知っている中ではエルフは本の中だけだね」
こく、と頷いたノーマンの興味は、前方のツリーと鳩や飾りのほうです。

早くおいで、とばかりに木の根元でカブが飛び跳ね、鳩たちが次々と木に向かって飛び込んでいっています。
うっとりとノーマンが見守る先、枝に飛び込んだ鳩たちが一瞬で作り物の飾りに戻っていきます。 そうです、鳩たちは最初から生きてはいない飾り物で、ショーンに魔法をかけられているだけなのでした。
ジンジャーブレッドマンたちも、次から次へと枝に飛びついては上の方へと登っていきます。 そして思い思いの場所で、好きなポーズを取って、動く平らなジンジャーブレッドマンから動かない、平素からと違わないただの大きなジンジャーブレッドマンたちに戻っていきます。 木の根元にやってきたノーマンを見下ろして、ショーンが言いました。
「さ、残りは好きに飾り付けなさいね」
「あの、」
きらきらと煌く双眸で見上げてきたノーマンにショーンが首を傾げました。
「んー?」
「リボン、キンイロと青を持ってきたんです」
籠から出してにこにこ笑顔のノーマンに、ショーンが微笑みました。
「それは素敵だね」
「ぼく、木登りも上手ですよ」
「飾り付けるのに昇るのは適さないから、カブに望むところまで上がってもらいなさい」
雪の上にバスケットを置いて、次々にリボンを取り出しながら言うノーマンに返せば、ふん、とふんぞり返ってノーマンが言いました。
「監督しますもの。上で!」
「あまり見えないと思うけどなあ」
ショーンも持ってきたバスケットを置いて、中から薄いガラスやクリスタルで出来たオーナメントを取り出します。 にこにこ笑顔で、見えますよう、と歌う様に言ったノーマンに、そう?とショーンが笑い。
「でも枝が撓ってノーマンが落ちたり雪が落ちたりしたら大変だから、やっぱりカブに頼もうね」
そういいきります。
「だいじょうぶですよう」
見上げてくるノーマンに一瞬考えて、それからショーンが首を小さく横に振りました。
「落っこちて汚したらクリスマスが悲しくなるから、止めておこう」
「んんん、じゃあ梯子?」
「梯子ね…オオケイ。じゃあそれを出してあげよう」
「ありがとございます!」
ぱちん、とショーンが指を鳴らすと、直ぐに雪でも沈まない高い脚立がどこからともなく現れます。 リボンごと抱きついてきたノーマンの頭をとすとすっと撫でて雪を落としてやってから、ショーンが高らかに言いました。
「それじゃあ監督さん、頑張ってツリーを飾ってください。オレも手伝うからね」
「はぁい」
とろん、と笑顔を浮かべたノーマンの後ろで、カブがすたんすたんと飛び跳ねています。
薄暗い森の中の開けた場所はすっかり光りを蓄えたお月様の光りが差し込んでいて随分と明るいです。 その上、ショーンが仕掛けたいくつものランタンから漏れる光りも手元を照らしています。
「きらきらですねえ」
とんとんとん、とノーマンがバスケットを手に持ったまま梯子を上っていくのを見詰め、ショーンが笑いました。
「天辺は飾りつけしないで開けておけよ。特別な飾りをそこにつけよう」
「ろうかい」
梯子の天辺まで上りきったノーマンを、ショーンが訂正します。
「了解、でしょうに」
「あら」
ひゃあ、と笑ったノーマンが、りょうかい、と言い直すのに頷き、ショーンがふっとバスケットの中のオーナメントに息を吹きかけ、ツリーの方に色とりどりのガラスやクリスタルのそれを飛ばしました。
止まる位置をリボンを飾り付けていたノーマンが指示し、次々とそれらは枝に引っ掛かっていきます。
カブが首から提げていたマラボーのようなモールも、くるくると自分からツリーの周りを回って、ノーマンの指示通りの場所からぶら下がっていきます。
ジンジャーブレッドマンや鳩、きらきらのボールのオーナメント、モール、それらのものであっという間にツリーは賑やかになっていきました。 枝に被さっていた雪は緑が見える程度に適当に落ち、絵本のツリーさながらです。

ほう、と満足気味に溜息を吐いたノーマンに、ショーンが言いました。
「さあ降りておいで。仕上げをしよう」
ツリーの足元をぐるりと囲むようにやってきていたランタンが、すっかり暗くなった森の中を明るく照らしています。
ですので、危なっかしい足取りでノーマンが梯子を降りてきても何も心配することはありません。
降りてきたノーマンがぺたりと隣に引っ付いてきたのを肩で抱き寄せ、ぱちん、と指を鳴らして梯子を退かします。 それから、背後からノーマンを包み込むようにしながら、耳元に囁くようにショーンが言いました。
「お星様に降りてきてもらえるよう、お願いしてみな?」
きゅ、と仰ぎ見てくるノーマンに、ショーンが口端を吊り上げました。
「お願いできるんですか…!」
「降りてきて欲しいところを、ちゃんとイメージして、指先で示して。呪文はこうだよ…」
驚きに声を小さくしたノーマンの耳元に、ショーンが囁くようにして呪文を教えます。
「さあ言ってごらん、ノーマン。大きな声でね」
大きな声でノーマンが呪文を繰り返し、ゆっくりとツリーの天辺を指差しました。
そうすると、一斉にランタンの星がきらきらと点滅を繰り返し始め、呼応するように空の星もきらきらと光りだしました。
あっという間に沢山の空の点滅が一つに絞られ、それが涼やかな音でも立てていそうに尾を引きながら空から落ちてきます。
「わぁ…」
きゅ、とショーンの袖を握ったノーマンが目を真っ直ぐに宙に向けている先で、急激な勢いで落っこちてきた星が、ぐりん、とツリーの周りを一周します。
ショーンが短く、ノーマンには聞き取れない発音で魔法の呪文を唱えました。
すると、ふわ、と星がスピードを緩めて一瞬浮き上がり。それから、しゃらん、と音を立ててノーマンがイメージしていたツリーの天辺に落ち着きました。
きらきらきら、とランタンが拍手をしているように点滅し。天辺の大きな星は一層輝きを増しました。
「しょぉ…!」
小声で叫び、感動に打ち震えるノーマンの身体をぎゅうっと背後から抱き締めてショーンが言いました。
「うん。これはいいツリーになったね。とても素敵だよ、ノーマン」
「とっても素敵です…!」
「明日、雪がもう少し枝に被ったら更に素敵になっているだろうね」
嬉しそうに告げるノーマンにショーンも柔らかな声で返し。
ごそごそ、と身じろいで、ショーンの腕の中で振り向いたノーマンが、首に齧り付きながら柔らかく唇を押し当てて口付けてきたのを受け止め、ショーンもきゅうっとノーマンの腰を抱き締めました。
「あのね、」
ふわふわの笑顔を浮かべたノーマンが言いました。
「ツリーの周りをくるっとして、もうしばらくいたいです」
そして、きゅう、と更に腕に力を込めて言い募ります。
「ツリーの周りはしょぉんも一緒ですよ?」
「オオケイ、じゃあツリーの周りを一周したらお茶にして。そしたらお城に歩いて戻ろうな」
ふわりと微笑んだショーンに、ちゅう、と音を立てて口付けて、甘い声でノーマンが囁きました。
「明日は、くりっすまですね」
とうとうクリスマス、と覚えず終いのノーマンにショーンがくすりと笑って、かぷ、と柔らかな唇を齧って言いました。
「楽しい一日になりそうで嬉しいよ、ノーマン。待ち遠しいから今日は早く寝ような」