星
の
降る
夜
月明かりの無い闇を渡って、星が落ちる湖の側まで一気に二人は到達しました。
既に星は涼やかな音を立てて、まるで花火のように地上に落ちています。
「地面に落ちる前に捕まえないと消えてしまうからね」
繭色の帽子とマントを誇らしげに装着したちびっ子“魔法使い”にショーンが告げて、地面にノーマンを下ろしました。
「カブ、後をついて星を集めてくれ」
ぴょこん、とカカシが一つ飛び上がって、ノーマンが走り出すのを待ちます。 きらきら、と目を輝かせて見上げてくるノーマンの鼻先に、ちょん、とショーンがキスをしました。
「いっぱい星を集めてね、ノーマン」
するん、とノーマンの両腕がショーンの首に回され。ちゅ、とカワイイ口付けが返されます。
にこ、とショーンが笑ってノーマンの頬を突付けば、ふにゃ、と笑み崩れたノーマンが、元気いっぱいにスキップしながら水辺の最も星が落ちる辺りへ移動していきます。
「たくさん、とってきますねー」
そう少し遠のいた場所から声がして、手に持った網をぶんぶんと振っているのが見えます。
くす、とショーンが笑って、よろしく、と返しました。
よし、とどうやら気合を入れたらしいノーマンが、ぶんぶんと網を振りながら猛ダッシュを始め。
その後ろ、網の届かないだけの距離を置いたカブが、ぴょこたんぴょこたん、ガラスの瓶が入った籠を持ってついていきます。
しゃらんしゃらん、と星が降り落ちます。ぶんぶん、とノーマンの網が唸ります。 がしゃぴょん、がしゃぴょん、とガラス瓶を提げたカブが跳ねます。
その様子を、ショーンはにこにことして見守ります。
ぶん、と真剣に大きく網を振ったノーマンが、無事に落ちてきた星を捕まえました。
カブがすかさず近づいて、瓶をノーマンに差し出します。
ぽん、と魔法のかかった瓶がひとりでに開いて口を開け、そこにノーマンが網の中の星を落としていきます。
虫取りはノーマンの得意とするものらしく、星を取る姿はなかなか様になっています。煌く星を瓶に移すのも、器用にこなします。
かぽん、とガラスの瓶の蓋が閉まり。その様子にノーマンが満足そうに頷き。それから、子分を引き連れている勢いでカブに言いました。
「さぁ、カブ!次ですよう」
ぴょこん、と跳ねたカブが、走り出したノーマンの後に続きます。
その様子が酷く楽しそうで、ショーンはにっこりと微笑みました。そして自分も闇空を見上げます。
ひゅ、ひゅ、と勢いよく落ちてくる星を、ノーマンが待機している場所を避けて指輪を嵌めた人差し指でくるりと縁を描き。指先に星を集めていきます。
それを、カブではなく闇の精霊に持たせていた瓶の中に落として閉じ込めていきます。ほんとうは、ノーマンの手伝いなくても流れ星集めはできるのです。
けれど、さあ、と網を振ったノーマンが、二つ、三つ、星を一遍に集めて得意げになり。嬉しさからぴょんぴょんと飛び跳ねて、それから大事そうに網の中で輝く星を瓶の中に落としていく姿を見たかったのです。
段々と集まりだした星が瓶の中で明かりとなり、繭色の衣装を着たノーマンを照らし出します。
その姿はふんわりと柔らかな絵を見ているようで、仕事で時には酷いものを見るショーンの心に優しさを生み出します。
ショーンの中、奥深くで。魔であるルーがくすりと笑いました。 気紛れで最強の魔であるルーも、ノーマンが大好きです。
闇の精霊にそっとささやきを落として、ショーンが捕まえた星を隠させることまでして退けます。
ふ、とショーンも小さく笑って、ノーマンが居る方向を見上げました。
「しぉおん、みてー!」
そう言いながら、ノーマンが瓶を掲げて見せていました。
ほわほわ、と集まった星はかなりの強さで煌いています。どうやら、瓶いっぱいまで星が集められたようです。
次の瓶を仕度して、ノーマンがまた丘を走って行きます。
その様子を目を細めて見遣り、ショーンがそうっとまた星を指先に集めました。闇の精霊が瓶を出して、その中に集めた星を落としていきます。
星は魔力の固まりですが、魔法使いであるショーンが独り占めするわけにはいきませんし、今夜はノーマンも頑張って取ってくれているので、ショーンの今夜の仕事はもう終わりです。
あとは降ってきた間近の星を捕まえて、ルーシーのためにつまみ食いするのが精々です。
丘の中腹では、湖を目指して落ちてくる星の軌跡を、ノーマンが夢中になって見上げています。
雪や花びらのように星が落ちてきていて、その姿は夢のように美しいのです。 湖の水面では、落ちてきた星がきらきらと走ってから、ぱし、と弾けて消えていきます。 地面の落ちた星は、とんとんとん、と跳ねて転げてから、やはり同じ様に、ぱし、と弾けて消えていきます。
まるで熱くない花火の中に佇んでいるかのようです。
ぽうっと景色を見上げていたノーマンが、は、とまた気付いたように網を振るい始めます。
そんなノーマンをからかうように、繭色の帽子の上に、とん、と星が落ちて弾かれていきました。 くすくす、とショーンは笑って、ゆっくりと水際の方へと歩き始めます。
「あ!」
そう声を上げて笑ったノーマンがとても楽しそうで、ショーンはとても満足です。
しゃらん、と間近で音がして、ショーンはそれを指先で捕まえます。氷砂糖のように硬いそれを唇まで運んで、ぽい、と口の中に放り込んで歯で噛み砕きます。すると、しゅわ、と一気に溶けて、魔力が溢れます。
それをこくりと飲み込めば、体の隅々まで魔力が広がっていき。内側でルーが満足そうに息づいたのが解りました。
魔力に味はありませんが、星を砕いた瞬間、それは少しだけ甘いのです。
魔力が漲ったショーンの視力が、ふ、とより鮮明になりました。
その視線の先では、水際まで降りてきたノーマンが、水の中に入って飛び跳ねる星を捕まえようとしています。 あ!と小さな声が上がって、ぺたん、とノーマンが水の中で転びました。
けれど、大丈夫です。そんな事態もあるだろう、と読んでいるショーンによって作られた魔法の衣装は、ノーマンごと水浸しになるなんてことを許しません。
目に見えないシートの上で転んだようにノーマンの体の下で波打った水が飛沫となって飛び跳ね、網の中に捉えられていたものごと星が砕けてきらきらと眩い光りを放って溶けていきます。
その様子もまた可愛らしくて、ショーンがくすくすと笑いました。
本当に素敵な夜です。
ノーマンが目いっぱい楽しんでいる姿を見れて、ショーンは嬉しくて仕方がありません。
自ら起き上がったノーマンが、ショーンを見て、少しだけ照れて。また星を捕まえに走っていくのを見守ります。
「ノーマン」
呼びかけて、湖の真ん中を指し示します。 帽子をきゅ、と走りながら直していたノーマンが、はぁいー、と振り向きました。
「ちょっと静かに、じっとしていてごらん」
きょとん、として首を傾げたノーマンが、湖に視線を戻してじっと動かずにいます。
うずうず、と走り出したい気持ちを抑えてじっとしているノーマンを見ていると、ショーンは楽しくなります。が、その気分を味わいたいだけでノーマンを呼び止めたわけではありません。
ふいに、湖の水面が波打ちました。 そして、落っこちてきた星を目掛けて、湖の主である巨大な古代魚が跳ね上がりました。
ぱくん、と星を食べた巨大魚が、ばしゃん、と音を立てて水の中に戻っていきます。
その波紋に捕まった星があちこちでぱしぱしぱし、と弾けていき。一気に水面が明るくなりました。
ざぶん、と口を大きく開けてその様子を見ていたノーマンにも水しぶきがかかりますが、濡れることはありません。
ほう、と溜息を吐いたノーマンの表情が、びっくりからうっとりへと変わっていくのを見遣りながら、落ちてきた星を指先で捕まえて、ショーンがまたそれを齧ります。
ノーマンが森でベリィを摘んで食べるように、魔法使いであるショーンは星を摘むのです。
ノーマンには見えていませんが、多くの魔法生物が今夜は湖に集って、星が齎す魔力の恩恵に与っています。
カブも実はその一人です。降り落ちてくる星を取り込んで、エネルギィに変えています。
ノーマンがうっとりと空に手を伸ばしました。 しゅん、と音がして星が降ってきて、ノーマンの指先を掠めます。
「ひや、ってする」
そう独り言のように呟くのに、くすりとショーンが笑いました。
掌に星のカケラが残され。それをそっと捕まえたノーマンが、大事そうに瓶の中に落としていくのが見えました。
ふ、とショーンがいいことを思いついて、その場で魔法を唱えます。そして、とても小さな瓶と鎖を編み出して、手の中で握りました。
「カブ、あとすこしですね」
そうノーマンがカブに言って、さあ、と網を振って大きな星を空の高いところで捕まえていました。
虫取りの熟練度はかなり高い元こぐまのようです。
ぴょこん、と褒め称えるように飛び上がったカブと協力して、ノーマンが瓶の中に星を移していきました。
その側までショーンが移動していきます。
カブの持っている瓶の中は、もうかなり明るくなっていて。星取りはもう十分のように思えました。
「しぉ…!」
ふにゃふにゃ、と蕩けそうな笑みを自慢げに浮かべたノーマンの側に立って、にこりとショーンが笑いました。
「沢山とってくれてありがとう、優秀な星取り名人さん」
「ふふ」
もじもじ、としたノーマンが、といーん、と抱きついてきたのを片腕に抱きしめて、ショーンがさらりとノーマンの首にまだ空っぽの瓶が下がったネックレスをかけました。
少し不思議そうな顔をして見上げてきたノーマンが、なんですか?と訊いてくるのにショーンが笑って唇に人差し指を押し当てました。
「しぃ」
うっぷす、とノーマンが両手で口許を抑えます。
カブも静かに佇んだところで、ショーンが片手を空に差し出しました。
すう、と呼ばれたように、星がその手の中に落ちてきます。 捕まえた流れ星を見て、指先でそれを捕まえ。
目を真ん丸くして見上げてくるノーマンの目の前で、その星のカケラにちゅっとキスをしました。
ぱきん、と小さな音がして、星が小さく纏まります。
それを指先で持って、ノーマンの首元に下がった小瓶の中に落として、蓋をしてから魔法を唱えました。
「はい。今日のお礼」
「−−−−わぁ…」
ほわわわ、と淡く柔らかく光りを放つ星のカケラを見たノーマンの声が震えました。
「ありがとうな」
ふわりとショーンが微笑みました。 繭色の帽子を被ったノーマンが、ふる、と興奮に熱った顔を横に振りました。
そして、ふわふわ笑顔でショーンに言いました。
「もっと沢山お星様をとってあげます」
きゅ、と抱きついてからまた走り出そうとするノーマンを両腕に捕まえて、ひょい、とショーンがノーマンの軽い身体を抱き上げました。
「しぉ…?」
「今日はもういっぱいだから、大丈夫だよ」
首を傾げたノーマンの首元で、小瓶が滑ったのを指先で突付いてショーンが言います。
「オホシサマが必要なのは、オレだけじゃないからね。また無くなったら取りにこよう」
こく、と頷いたノーマンが言いました。
「でも、じゃあ取っても返してあげればいいですか?」
「ノーマンは一晩中星を取るつもりなのか?」
くすくすと笑ってショーンがノーマンのすべすべな頬を突付きます。
「ずーっとずーっと降ってきますか?」
そう言って笑うノーマンに、すい、とショーンが頷きました。
「朝まで降っているよ」
すごい……、と呟いたノーマンが腕の中できらきらと降ってくる星をうっとりと見詰めるのを、ショーンが笑って見守ります。
「星が取れるのは月の無い夜だけだけどね。流れ星は晴れていればいつだって見られるよ」
ノーマンに話しかける時だけ、声が柔らかく甘く響いてしまうのは仕方がありません。ショーンはノーマンのことが、それは何よりも好きなのですから。
するん、とネックレスの小瓶を指で捕まえたノーマンが、それにちゅっとキスをしました。
それから少しだけ伸び上がって、ちゅ、とショーンの口許にもキスをします。 そのまま、とろん、と唇を舐められて、ふい、とショーンが笑いました。
同じくらいに蕩けた笑みを、ノーマンが浮かべています。
「またきましょうね」
そう甘い声で囁かれて、ショーンが小さく頷き、ノーマンの頬を指先で擽りました。
「また来ようね、ノーマン」
ふわ、と目を細めたノーマンを、あーこのままくっちまいてぇ、と魔法使いはこっそりと思い。けれど、ロマンチストな一面もものすごくある魔法使いは、そんなことを実行に移すわけもなく。
「じゃあノーマン、手を繋いで城まで帰るのと、空を歩いてこのまま抱っこで帰るのと、どっちがいい?」
なんてことを甘い声で訊ねます。
ふわあ、と柔らかく甘えた表情になったノーマンが、ぎゅう、と抱きついてきました。
それを返事と受け取って、きゅう、と細い身体を抱きしめると、ショーンがゆっくりと夜空を歩き出します。
「あのね、」 と甘い声が間近で告げてきます。
「しょぉん、抱っこの方がすてき」
「ん。抱っこだけ?」
とん、とん、と夜空を渡るかなり下で、カブが跳ねながら後を着いてきます。 背後ではしゃ、しゃ、と星が降り続ける音が響いています。
むぎゅ、と首筋に顔を埋めてきたノーマンの帽子がずれて、くすりとショーンが笑いました。
「帰ったら一緒にお風呂に入ろうか」
すい、と視線を上げたノーマンが、ふにゃりと甘えた笑みを浮かべて言いました。
「はい、だいすき」
「よかった。オレはなによりノーマンが大好きだからね」
「お星様より?」
にっこりと笑って、ショーンがとんっと夜空の中で跳ねました。
こきゅ、と首を傾げ、目はそれでも笑って言ってきたノーマンが、ひゃ、と笑みを零しました。
「もちろんだよ、オレの大事なノーマン」 そう言って、ふわりとショーンが笑いました。
「後でオホシサマのように溶かして、ノーマンを食べちゃおうね」