見つ



自分の持っていた籠をショーンに戻してカブがまた森の奥へと飛び跳ねて帰ってしまって、その遠くなるランタンの灯りとカブの立てるキレイな音にうっとりとしていたノーマンでしたが、ショーンの腕に収まった明かりで溢れそうな籠を見て、はっと思い出しました。
瓶に詰められたお星様の明かりに照らされて、ノーマンの作ったお星様の型抜きクッキーの透明なパックが見えたのです。
湖の側で、お星様の降って来るのを見ながらおやつにしようと思って準備していたものでした。
「あら」
ノーマンがガウンの長い袖に包まれた手を口許にもっていきました。
「ん?」
「……すっかり忘れちゃってましたねえ」
お星様くっきー、とノーマンが呟きます。
「ああ、そうだね」
帽子も広いつばの下から、じぃっとノーマンがショオンを見詰めます。 くすりとショオンが笑うのに、ノーマンが瞬きしました。
とても美味しいクッキーが焼けたと思うのですが、なんとなくいまは食べたいように思えません。ですから、籠の中からクッキーの小袋だけ取り出しました。
「あのね、」
セロファンがノーマンの手の中で音を立てました。
「お茶にしますか?」
まほうをたくさん使ったので、ショオンはお茶を呑んでお休みしたいのかな、と思ったのです。お城に戻ってきたのですし。
「んー」
ショオンの青くてきれいでノーマンの大好きな瞳が、お星様をいくつか取り込んだようにぴかりとします。
「はい?」
ノーマンが首を傾げたなら、ぱくりとショオンにお耳を齧られてしまいます。
「−−−−っひゃ」
くすぐったくて、ノーマンの肩は、ぴょんと自然に引きあがってしまいます。
「こっちのがいいな」
ショオンの優しい声がします。
「んんんっ」
きゅ、とノーマンが目を細めました。
「じゃあ、お星様くっきーはしまっちゃいますよ」
そう言って、袖のなかにクッキーの小袋を入れてしまって、ノーマンはにこりとしました。
この魔法使いのお衣装は素敵なだけではなくて、とても便利です。
ちょっと身体を動かすだけでも、お星様を閉じ込めたネックレスの明かりがゆらゆらとしてノーマンはもっと楽しい気分になります。
「ええっとね、じゃあね、お風呂いれてきますー」
そう言って、スキップをしてお家の中を進みます。 さらさらとガウンの生地が音を立てて、それもとても気に入りました。
だからお風呂に入るまで着ているつもりです。

大きなお風呂場には、ノーマンが触ってはダメと言われている棚もありますが(いろいろな「やくひん」が仕舞われているらしいのです)、自由に開けてもいいよと言われている棚もあって、その内のひとつ、天井まで届く大きな棚の前でノーマンはやっとお帽子を取りました。
「きょうは、なんのお湯にしますかしら」
その棚には、お風呂のお湯をとても不思議な色や香りに変えてくれるたくさんの「まほうの欠片」が並べられていたのです。
ガラスの瓶にドロップスのようにいくつも丸い小さいいろんな色が入っているものや、少し大きな細長い瓶のなかに虹色がそのまま液体になったようなものや、粉薬のように半透明な紙に包まれているものや、広口のガラス瓶のなかに、ミルク色の霧のようなものが詰まっていたり、かとおもえば宝石のようにそのままころんころんとお皿にのっているものもあります。
うぅうん、とノーマンはいつもお風呂のまえに悩んでしまうのです。
「色は透明でも、匂いは花の方がいいな。種類はノーマンが選んでいいよ」
「しょぉん…!」
急に背中側から声がして、ノーマンがぴょんっと飛び上がります。
「お花?」
「そう。花」
「じゃあね、すずらんがぼくはいいです…!」
そう張り切ってノーマンが言いました。
「素敵だね」
森の奥にはすずらんが一面に咲く野原があって、そこはいつでもノーマンの大好きな場所だったのです。まだこぐまだったころからずっとです。
だから、うきうきとガラスの足台を据えると、高いところにある「まほうの欠片」をそうっと手に取ります。
すずらんの匂いのお湯にする欠片は、半透明のつるつるとした小石ほどの大きさのものでした。 手にしたらすべすべのおはじきのようなのに、お湯に浸けると炭酸の弾けるような音をさせてすぐに溶けていくのです。
「あら?」
ショォン、とノーマンが台に乗ったまま尋ねます。 ショォンが手に何かもっていたのです。ガラス製の、ランタンのようでした。
それなんですか、と聞く前に、ショオンが右手に持っていたお星様をそのランタンのなかにそうっと閉じ込めます。
ランタンの小さな扉から、するするとお星さまが3つ、中に入っていって。ランタンのなかでくるくると静かに回り始めます。
「−−−わぁ…!」
ノーマンが目をまん丸にしました。
「すごい、お星様ランプですよ……!」
「好き?」
「すてき!」
「よかった」
うれしくなって、ノーマンがすずらんの匂いの欠片をもったままで、足台の上で飛び跳ねます。
ノーマンのことですからつるんと滑って転げ落ちてもおかしくありませんが、ショオンがそこは元こぐまには内緒で魔法で支えているのでした。
「転ぶよ?」
「ふふ。へいきですよう」
とんっと足台の上で踵を鳴らしてノーマンは笑いますが、ショオンがやんわりと腰を支えてくれるままに、台の上から下りてにこりとします。
そして、気持ちの良い音をさせながらバスタブに自動でお湯がたまっていくなかに、魔法のかけらを落とします。
ほんの一瞬の後で、お風呂場中がすずらんの香りに包まれます。
森の中の野原では、長い間いすぎてノーマンは何度も頭が痛くなって、それでもそこでお昼ねがしたくてうむうむと唸っていたのですが、魔法の匂いですからうっとりするほど優しくて気もちがいいのに、きちんと「ほんとう」の匂いがしてノーマンは嬉しくてしかたありません。
それに、新しく「お星様ランタン」をショオンが壁に掛けてくれて、うっすらと暗くされたお風呂場がゆらゆらと照らされます。
「あ!」
そう小さく声をあげると、ノーマンはお風呂場の窓辺へと走っていきます。
「どうした?」
まだお星様が落ちてきているか、確かめようと思ったのです。
「おほしさま、まだ降ってますか?」
「明け方までは暫く時間があるよ」
窓辺に手を着いて、ノーマンが振り向きました。
「あけがたまで、ずっと降っているんですか・・・」
ほう、とノーマンが溜息をつきました。
「すごいんですねえ、お空からお星様、なくならないんですの」
そう感心して呟きます。安心してしまえば、もう平気です。
「無くなってしまったら、商売上がったりだ」
「あがったりだー」
ショオンの口真似をしながら、ノーマンがガウンの腰紐を解いて、丁寧にそれをテーブルにおきました。
そして、つるんっととても肌触りの気持ち良いガウンも頭から脱いでしまいます。 下には何も着ていませんでしたので、簡単でした。 魔法使いはお着替えもすぐにできてしまうのですねえと、頓珍漢なことにノーマンが心の中で感心します。
ゆったりと白いシャツのボタンを外していっているショオンを見て、ランタンを見て、それからノーマンはにこにことします。
ふ、とショオンが笑うのに、ノーマンが首を傾げました。
「下着は着てなかったのか」
「だって、つるつる気持ちよいんですもの」
ふふ、と威張って言うと、いつもお湯の流れている魔法のシャワーの下を通ってから、まっすぐにバスタブにとぷんと浸かります。
お湯が揺れるたびに、あたらしくすずらんの香りが立ち上っていきます。
「んんんー…」
大満足でノーマンが目を細めました。
とぷん、とまたお湯が揺れて、ショオンもすぐに続きました。
もうまた僅かだけ、明かりが暗くなってお星様ランタンの明かりがくるりくるりと回転してお風呂場をうっすらと照らします。
「−−−わぁ・・・」
その景色に、ノーマンが感嘆の声をあげて、それからまた一生懸命ショオンを見詰めます。向かい合ってお湯の中にいたのです。
「すごい、きれいですねぇ―――」
「気に入った?」
こっくりと頷いて、それからノーマンが手を伸ばしました。
「−−−−しぉ」
するすると指先が絡んで、ノーマンが焦れて、でも嬉しくて少しだけわらいます。
ぐい、と引っ張ってもらえて身体がお湯のなかを動いて、ショォンのお膝の上に乗っかります。
身体の表面をお湯が撫でていきます。
「とってもとっても、きれいで楽しかったです、」
そうっと落とした声でお礼を言って、それから唇をショオンの唇に押し当てます。
「そう。よかった」
あむ、と啄ばんでもらえて、ノーマンが目元を蕩けるようにします。
「ありがとうございます、ネックレスも」
「割らないように気をつけて」
ほわ、と明りを湛えて咽喉の窪みの少し下でネックレスが揺れました。
「あのね、大事にします」
「ん」
「まえにもらったのと、いっしょにつけてるんです」
内緒話をするように声を落として、ノーマンが言いました。
さら、とショオンの指先が目元を撫でてくれて、もっともっとシアワセになります。
「それでね、とっても、うれしいんです」
にっこりと微笑んだショオンを見つめてノーマンが言い募ります。
「ショォン、」
そして、自分から唇を合わせます。 ちゅく、とカワイらしい音が上がりました。
そのまま、とろんっとショオンの唇を包むようにして、何度も繰り返します。
ショオンの掌がもっと腰を掴まえてきて身体がくっついて、「んんー」とノーマンが咽喉を鳴らします。
たぷん、とお湯が揺れました。
お湯より、自分の身体が熱くなった気がして。お星様の照らす明かりにくらくらとします。
ショオンの掌が身体を支えて撫でてくれるのに、息があがって。 しぉ、と舌を絡める間に喘ぐように言うのが、ノーマンはやっとでした。