―2―
サンジが眠っているベッドから少し離れた窓際、ソファに座り込んでテーブルランプを点け。リヴィングのシェルフに置いてあった本を読んでいる内に、どうやら転寝をしていたらしい。
低く唸る声で目覚めた。
―――サンジが魘されていた。
ちらりと壁に掛かっていた時計を見る。午前2時。
防音がきっちりとしている建物なのか、家の中、窓の外、どちらも静かだった。
近寄り、ベッドを覗き込めば。サンジが酷く汗をかいていた。
そうっと肩を揺する。
「サンジ、オイ」
何度か揺すれば、ぱち、とサンジの眼が開いた。
揺れる青を覗き込む。
「サンジ、」
「――――ぞ、ろ」
「起きたか?」
「…ごめ、」
「謝らなくていい」
「ゾロ…、」
青ざめた顔から、張り付いた髪を退かしてやる。
酷く震える様に、身体を起こしてやり、抱きしめる。
揺れる青に見えた影―――ああ、オマエ。人が殺されるのは初めて見るのか?
「何が見えた?」
「……赤」
きゅう、と腕が首に回される。
その仕種が酷く幼くて。ゾロはサンジの頭を肩口に埋めさせる。
そして熱を持った背中にゆっくりと手を滑らせる。
響いてくるサンジの鼓動が、酷く早いのが掌を介して伝わってくる。
「いまは?」
「……いまは、平気」
サンジが息を長く吐いていた。
けれど、語尾が揺れている。―――無理をするな。
「これからも、何度も魘されるぞ」
ぎゅ、と腕が縋ってくる。
首筋に触れる熱が、距離を狭めた。
「―――うん、」
返事に溜息を吐く。
「いいのかよ、オマエはそれで?」
「―――うん。だってオレからオマエの側に居るって言った」
そういう問題じゃないだろう、と小さく舌打をすれば、サンジが腕の中で身体を硬くした。
「…いまからでも遅くは無い。もう金だって溜まっただろう?出て行けるんだぞ、」
好き好んで、現状維持を望むことはない。先が視えているオレなんぞに、義理立てする必要なんかどこにも無い。
そう静かに告げれば。サンジが細い声で囁いた。
「―――オレ、邪魔…?」
サンジから腕を放しても。
サンジの腕は回されたままだった。
「邪魔だったらとっくに追い出してる。けどな、オマエ」
「だったらイイ…ゾロの側に居る」
溜息を吐く様に齎された遮る声に、ゾロは静かに聞き返す。
「なぜ?」
「…わかんない」
サンジがきゅう、と腕に力を込めてきたのが解る。
ゾロは静かに目を瞑る―――内心が、軋んでいる気がする。現実と、腕の中にある温もりが齎すものの間で。
「またああいう場面に遭遇するかもしれねぇぞ」
「―――それでも…」
する、と腕が放され。
サンジの蒼い眼と視線が絡まった。
「…それでも、オマエの側に居たい」
「……意味不明、オマエ。ワケわかんねェよ」
溜息交じりにニガワライ。本気でどうしたらいいのか迷う。
サンジが視線を落として言っていた。
「…うん、ゴメン」
「バカヤロウ、謝るな」
ごち、と頭に額をぶつける。
漸くサンジが小さく笑った。
「ゾロ、」
「悪い、一番不安な時に訊くようなことじゃなかったな、」
「ううん、ゾロは訊いて当然。気遣い―――アリガトウ」
ふんわりと笑ったサンジの目から、怯えが薄れていたことに安堵する。
湿り気を帯びて重くなった金色を掻き混ぜてやる。
少し照れたようにサンジが視線を落とし。それから、ふと気付いた風にまた合わせてきた。
「―――いま何時?」
「午前2時過ぎ」
「わ、オマエ寝ないと」
ぱ、と身体が離れていく。
「ああ、まあな」
「うわ、引き止めてごめんね」
「いや、構わないさ」
返事をする間にも、きょろきょろとサンジが部屋を見回していた。
「あ、もしかして。オレ、ベッド占領してた?」
「ああ。けど」
「あああ!ごめん、ゾロ!もう少し場所を」
「平気だ、どの道ソファで寝ている」
話を遮って、窓際のソファを指差した。
「あ、じゃあ」
サンジがとんとんとリネンを叩いた。
「オマエこっちで寝て?オレソファに行く」
「なぜ?」
「――――」
サンジがくう、と眉根を寄せていた。どこか申し訳なさそうな表情を浮かべながら視線をリネンに落とした。
俯いて垂れた金色を引く。
「オマエ、寝れそうにないんだろ」
「―――うん、」
小さな声で答えが返ってきた。
「睡眠薬はないが、酒なら勝手に呑んでイイとリヴェッドが言ってたぞ」
「んー……酔っ払える気分じゃないや、」
くしゃんと笑って首を傾けたサンジの髪を掻き混ぜる。
「オマエは陽気な酒呑みだからな」
「ティアラは結構酒、強かったんだ」
くすりと笑ったサンジの言葉に記憶を辿る。
「ティアラ?ああ、オマエの」
「そう、マム。ママ・ティアラ。だからオレが酒に弱いのは、きっとY遺伝子のせいなんだ」
誰だか知らないケド、と続けたサンジが、口を閉じて小さく溜息を吐いた。
「あー…なんかすごく弱いなぁ……」
「気にすることはないさ。人が死ぬところを見て無感動であるなんて、一般としてはフツウじゃありえないことだし。アルコールは体質だろ。そもそもは毒と同じだっつーんだから、酔っ払えない程に耐性があるほうがレアなのかもな」
「……オマエは……?」
サンジがそうっと伺うように目線を投げかけてきて。それから首を振っていた。
「悪い、ゴメン。いまのは無神経だ、ヘンな質問しちまった」
サンジが気遣う様子が、またどこかで内心を軋ませる。
罪悪感、掌の血。
なぜ、オマエみたいな存在が、オレの手許にいるのだろう…?
陽だまりのコドモ。
優しい野良猫。
オレは……、
「―――オレは"フツウ"に含まれないからな」
「……ゾロ?」
僅かに目を開いて見上げてきたサンジに笑いかける。
「―――やっぱり、ちゃんと言っておかないとフェアじゃないよな」
「…そんなことナイ。ゾロが言いたくないことは言わなくても」
サンジの言葉を遮る。
なぜか笑みが勝手に口端に上った。
胸がキリキリと音を立てて軋んでいるのが解る。
言葉が喉から滑り出る。
「オレは元マフィアの"殺し屋"だよ」
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