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サンジのエンゼル・フード・ケーキは。材料を持ってやって来たベックマンとこれからの予定などを話している間に焼き上がり。
シャンクスはベックマンが帰ってから、ふらりと顔を覗かせた。
「おー!美味そうだな、ベイビィ」
にこりと笑ってサンジの髪をくしゃくしゃと掻き混ぜ、意味ありげにゾロに向かってにやりとしてみせていた。
「ンだよ、シャンクス」
「べっつにぃ〜?とうとう狼クンが腹を据えたのかと思っただけさ」
「ハ!」

笑えば、サンジがにこにこと笑ってシャンクスの耳になにかを囁いていた。
それを聞いたシャンクスが、くくっと笑ってサンジの頬に口付けを返す。
その様子がなんだか猫2匹がじゃれあっているかのようで、ゾロは小さく苦笑した。
随分と穏やかな表情が珍しいシャンクスと、ふわりと甘い笑みを浮かべるサンジ。置かれている状況がウソのように、どこか優しい風景。
また二人が何かを言い合い、笑っていた。
深いエメラルドとサマー・スカイ・ブルーがゾロを捉える。
「なんだよ?」
苦笑をゾロが浮かべて訊けば、にぃ、とシャンクスが片方の口端を吊り上げた。
「いやなに、ここまで来たついでだ。一緒にティータイムと洒落込もうかと思っただけさ」
「…は?」
「もちろんオマエも食うんだよな、エンゼル・フード・ケーキ。甘いからって一蹴してるんじゃねェぞ、マスカルポーネ・チーズは次回持ってきてやるから」
「…ンだよ、そこまで話しが繋がってるのかよ」
笑ってサンジを睨むと、シャンクスがチッチッチ、と指を横に振った。
「いいじゃねぇの、作ってやれよ。オマエがどこまで“天上”まで連れてってくれるか、こいつ楽しみにしてる、って言ってやがるからな」
「うーわあ、シャンクスが言うと別の意味があるみたいだねえ!」
けらけらと笑ってサンジが紅茶を入れる準備を始めた。
サンジの側から離れ、ゾロに近寄りながらシャンクスが言う。
「仔猫チャン、オレはなんでもお見通しなんだよ」
「えええ?」

くすくすと笑うサンジにリヴィングの方に行っている旨を伝え、そのままゾロの肩を抱いてシャンクスが歩き出す。
キッチンのドアが閉じられた瞬間、す、と空気が冴えたのがゾロには解った。気温が下がったように感じるのは、なにも陽の当たるキッチンから今は影になっているリヴィングに移ったからだけではない。
すい、とシャンクスのエメラルド・アイズがゾロの深緑の双眸に合わされる。
「マツノの日本サイドのファミリィが尋ねてきた。荼毘に付してからあっちに連れ帰って埋めるつもりらしい」
「…家族か?」
「兄貴分に当たる人間が家族の元に戻すと言っていた。家族が嫌がるなら、個人で責任を持って墓を作る、と」
「…アンタが知らせたのか」
ゾロの質問にシャンクスがふいと笑った。
「まぁな」

それ以上の情報を公開するつもりのないシャンクスは、するりとゾロから離れてソファに座った。同じようにゾロも座り、視線をシャンクスに当てる。
「アイリンは?」
「ジュネーヴだ」
「…結局離れ離れのままか」
すい、とシャンクスが冷めた笑みを浮かべるのに、小さく首を振る。
「空っぽの容れ物の残骸に意味が無いことなんざ知ってるさ。けどそれでも生きてくってンなら、なにかの支えにはなるだろ」
「随分と優しいな?」
「バカネコが気にしてたからな」
ふわり、と。場違いに優しい笑みをシャンクスが浮かべた。
なんだよ、とゾロは視線を跳ね上げる。
「…そういうオマエは悪くない、と思っただけさ。サンジに免じて手筈だけは整えておいてやろう」
「アンタ、サンジには甘いな?」
く、とゾロが笑えばシャンクスは小さく肩を竦めた。
「お気に入りだからな」


ティータイムの支度が揃い終わった頃に、一足早くリヴェッドが一人帰宅した。
「リヴェッド、お邪魔しているよ」
「シャンクス、今日会えて嬉しいよ。私が居なくても店は変わりないかな」
「ジェレミィがよくやってくれている。リヴェッドの教育の賜物だな。この調子ならもう少しハネムーンが長くても一向に構わないぞ」
軽いハグとキスを交えて、シャンクスが家主と挨拶を交わし。それからにこりと笑ってリヴェッドがサンジを見遣った。
「体調は少し戻られたようだな。この菓子はキミが焼いたのかな?」
サンジが頷く。
「キッチンをお借りしました」
「構わないよ。好きに使ってくれ」
「リヴェッド、お茶会に参加する暇はあるかな?」
くっくと笑ってシャンクスがテーブルを示す。
「ああ、もちろん頂くよ」
頷いて、リヴェッドがソファに腰掛ける。サンジがキッチンへとカップや皿等を取りに行っている間に、リヴェッドが学長の話をシャンクスにしていた。
マフィオーシの上に立つ男は、どんな世界にもそれなりのコネクションを有しているらしい。二人の間で会話が弾む中、戻ってきたサンジがケーキを取り分けている間に、既に支度されていた紅茶を淹れていく。

「すごいね」
サンジが耳元で囁いてきた。ゾロは軽く視線を遣って聞き返す。
「なにが?」
「シャンクスが。―――本当にすごい人なんだね」
「クエナイ大人、な」
笑いかければ、サンジも小さく笑みを返してきた。その心の中では、一晩の間に随分と葛藤があったに違いない。それでも“変わらない”サンジ。
「オレはオマエもすごいと思うけどな」
呟けば、サンジが僅かに首を傾げて、くしゃりと笑った。
「どこもちっともすごくなんかないよ。ほんとうに」
「すごいさ。オレなんか、レシピ見ただけじゃケーキは作れない」
「わは!そうなんだ、」

くすくすと笑いながらサンジが立ち上がり、紅茶の入ったカップとケーキの皿を差し出していき。話しを中断したらしいシャンクスとリヴェッドを交えてのティータイムとなった。
“天使”が作った食べ物は、ふんわりと甘く。
どこかとても優しい味をしていた。















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