* 参拾参 *

吉原:『朱華楼』雪花太夫の本部屋

夜明けの鳥が囀る声に、腕の中、胸元に顔を埋めていたセトがもぞりと動いた。
ふぅ、とどこか気だるそうな溜め息を吐いたセトの髪をさらりと梳けば、起きていんしたか、と僅かに驚いたような声がして。頬を染めたセトが、す、と見上げてきた。
「まだ……お前さまがいるような気がしぃす」
潤んだ蒼氷色で見詰められれば、愛しさが湧き起こるのを止められるわけもなく。額と目許に口付けて、笑みを口端に刻んだ。
「そんなに可愛いことを言うと、放さねェよ?」

悪戯っ子のように笑ったオトコの頬に、する、とセトは手指を伸ばして撫でる。
「そうして頂きんしたら、どんなに素敵でありんしょう…?」
掠れた声で応え、ふわりと微笑み。静かに胸元に顔を埋めなおす。
「コーザさまの腕の中は、安心しぃす……」
さら、と髪を撫でられ。耳元を擽られ、視線を跳ね上げる。
間近で、にこっとコーザが笑った。
「安心だけか?」
ふわ、と雪花が微笑みを返せば、柔らかく唇を押し当てられ。軽く啄ばむようにして返せば、少しばかり深くされ、あまく喘ぐ。
さらさらと耳元や頬や髪を撫でていく手指の優しい感触に、うっとりと笑って口付けを解いた。

ふふ、とセトが静かに笑う。
「いっぱい泣いてしまぃんした……恥ずかしい」
仔猫が甘えるように鼻先と額を僅かに胸に押し当てたセトをきゅ、と抱き締め、くくっとコーザが笑う。
「せと、あなたは離れるならいまのうちだよ」
はたん、とゆっくりと瞬いたセトの目を覗き込む。
「早くに目が覚めたことだしな、」
くすん、とセトが笑みを零した。
「離れとうありんせん」
そうしてコーザの首に両腕がそうっと回される。

く、と笑って、コーザはさらりと肩から脇腹まで長襦袢の上から撫で下ろし。するり、と長い片足を引き上げさせた。
僅かに首を傾けたセトが、漸く言葉の意味を悟って、かぁっと顔を一気に赤らめた。
「朝でありぃすえ、もうすぐ皆が、」
そう言い掛け。けれど腰巻を戻されずにあった中心部をさらりと触れられ、びくりと腰を揺らした。
「ふ、あっ」
思わず洩らした自分の声に気付き、ぎゅうっと浴衣の生地を握った。
「そんな、恥ずかしい……っ」

きゅ、と軽く扱き上げながら、コーザがセトの耳元で囁いた。
「サンジは敏い子だからナ、」
「ん、んぅ、」
きゅ、と目を瞑り、より一層しがみ付いてきたセトの顔を覗きこみ、くう、と笑う。
「血色が透けて美しいね」
「ふ、あ…っ」
ぴくっと跳ねた熱をそうっと撫で上げ、とろ、と先端から零れ出た蜜をそっと塗り広げる。
「あ、ア、」

元より感じやすい性質なのか、顔中にキスを落としてやりながら手で追い上げれば。じわ、と目尻に涙を浮かべながら、セトが強くしがみ付いてきた。
「あ、コーザさ…ァっ」
だめ、と掠れる声で荒い吐息に混ぜながら告げてきたセトの耳朶を軽く歯で挟む。
「や、ア…んんぅ、」
びくりと跳ねた腰に合わせるように強く扱き上げれば、あっさりと手指に熱い蜜が零された。必死に堪えるように落とされていた声が、一際大きく上がる。
「は、あ、ア…ッ、」

ふる、と身体を震わせたセトが、ぼうっと蒼い目で見上げてくるのにそうっと口付け。片手でさらりとその頬を撫でてから、ゆっくりと熱を持って火照った身体を辿り下りていく。
「コォ、ザさま…っ、」
訴えてくる声を無視して、濡れた熱をてろりと舌先で舐め上げる。
「あ、アッ」
泣き声交じりに甘く喘ぐ声に促され、震える脚を何度も手で辿りながら、遮るようなことはせずに追い上げる。昨夜から今朝未明にかけて散々蕩けた身体は、熾き火のように快楽が浅い場所に残っていたのか、あっさりと熱く火照ってコーザの腕の中で蕩けていった。
「ん、んぅ…っ、うぅ…っ」
口中にあるものを吸い上げながら指先で刺激に張った精嚢を揉み解せば、ぐう、と背中がアーチする。
「あああ…っ」

零された蜜を嚥下し、震える脚を宥めるように撫でる。
まだ荒く喘いでいるセトが、ふる、と小さく全身を震わせた。
伸び上がり、目尻に溜まった涙をぺろりと舐め取れば。涙に濡れた蒼が困ったように見上げてきて、
「……っ」
ぎゅう、と両腕が縋るように回された。
にっこりと笑って、蒼氷色の双眸を覗き込む。
「かんろ、という言葉は知ってるか?」
そのまま耳朶に直接声を落とし込むように囁く。
「すべてが甘いね、あなたは」

セトが泣き笑いのような顔をして、コーザの耳元に唇を押し当てた。
「夜までにカラカラになってしまいんす、立てなくなってしまいんしたら、あちきはどうしたら…っ」
ぎゅう、と抱き締め返しながら、明るくコーザが笑って返す。
「そうか?ならばおれが抱いてどこぞなりと、申し付ける場所に運んでやろうか、」
さらさらと髪を撫で下ろし、そのようなこと、と呟いたセトの顔をすうっと覗きこんだ。
「それに、おれが大事な花を枯らすとでも?」

悪戯っ子のような顔を浮かべて、眦、頬、唇とリズミカルに口付けてきた男を見上げ、ふう、とセトが深い息を吐いた。
それから、少しだけ自嘲するように微笑んだ。
「……決めんした。あちきはコーザさまのために咲く花になりぃす。ですえ、あちきを咲かすも枯らすもお前さま次第でありぃすえ……?」
する、と僅かに伸び上がって、さらりと触れるだけの口付けをする。
「Thus how far I love thee」
そう囁き、じっと見上げていれば、ふわ、と微笑み、コーザが言った。
「承った」
そして徐に、
「“Thee”……?」
そう呟き、一瞬だけ考え込んでから、合点がいったようにまたふわりと微笑んだ。
「あァ、わかった。“汝”とでも訳せば良いのか?まったく、おれは学問はキライだというのにな」

明るい顔で笑った男を見上げ、クスクスと笑っていれば。かぷっと噛み付くようなキスをされて、セトはさらりと男の長い髪を指先で梳いた。
深くなる口付けに目を閉じ、官能を引き戻すようなソレに身を任す。
「……ん、っふ」
そうして僅かに喘げば、キスが解かれ。すい、と身を起こした男が両手を差し出してきた。
それに捕まり、身体を起こす。

「とはいえ、太夫?おれもまだあなたに教えて差し上げることはたくさんあるサ」
ふわりと笑った男に、あい、と笑って返すと。ふいに隣の部屋から声が掛けられた。
「もよござんすか……?」
ひょこ、と真っ赤に染まったサンジの顔が覗いて、太夫は叫び声を押し殺してコーザの胸に顔を埋めた。
「……Oh, for heaven’s sake, no……」
見られたのか、聴かれたのか。廓で二人きりの場所などある筈もないけれども、すっかり禿の存在を忘れていた雪花に、サンジが真っ赤な顔のまま返事を返す。
「Oh yes for sure!」
二人の遣り取りにくっくと笑ったコーザの胸に、声もなく更に顔を埋めた太夫の顎を、すい、と指先で掬い上げ。蒼い双眸を揺らした雪花の額に、トン、と口付けた。

擽ったそうに目を伏せた雪花の髪をさらりと撫でて腕から放す。
ちらりと微笑んだセトが、サンジが運んできた洗顔用具を引き受けて頬を赤く染めたまま支度し始め、逗留三日目の朝が始まった。




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