* 四拾 *
一度セトに熱を零させて。
身体を引き上げていた状態からまた絹に胸を伏せさせて、追い上げた。
快楽を塞き止められることにはまだ慣れていないセトが、子供のように泣きじゃくって強請る様が可愛らしくて、何度も追い上げるのを中断して口付けた。
うっすらと膜が下りたように、焦点を合わすことが出来ずにいる蒼を見詰めて語りかける。
「セト、おれの名を呼べよ」
からかうように告げれば、くう、とセトが眉根を寄せて。
酷く熱い吐息に混ぜて、素直に名前を呼んできた。こぉざさま、と節の蕩けきったトーンで。
一度身体を引き抜き、リネンに身体を横たえさせると。どこかほっとしたようにセトが目を瞑った。ほろ、と新たな涙の雫が、火照った頬を滑り落ちていった。
汗と体液に濡れた身体を掌で辿り、震える脚を横向きに引き上げれば、ぼうっとした双眸が合わせられ。薄く開いた唇からは熱い吐息が零れ落ちた。
「惚れてくれてるんだろ…?泣くなよ、全部寄越しちまいな、おれに」
柔らかく唇を啄ばんでから、熱く潤んで綻んだ場所に熱を沈める。
くったりと前方に伸ばされていた腕がのろのろと引き上げられ。無理な体勢にも関わらず、首にそれが回された。
それだけで酷く幸せな気分になる。
ゆるゆるとリズムを刻めば、そこで快楽を得ることを学びすぎた身体が小刻みに震えた。
掠れた嬌声が腰の合わさるリズムに合わせて、押し出されるように零されていく。
Please, no more, I’ll fall, I’ll die, oh God.
そううわ言のように何度も呟かれ、低く笑ってセトの耳朶を吸い上げた。きり、と背中に爪が立てられ、新たな線が引かれていくのが解る。
セト、と甘い声で呼べば、ふるりとセトが身体を震わせ。
Please,と何度も咽び泣く様に囁くのを間近で聴いた。
さら、と金鎖を手でなぞり、ぐ、と奥深くに熱を押し入れる。
「あ、ァ、ぁ、アァ、」
ぎゅう、と引き絞られ、動きを止めて熱を奥に注いだ。びくびくっと身体を跳ねさせたセトが、体液を零すことがもう出来ずに、代わりにといった具合にぽろりとまた新たな涙を見開かれた蒼から零していった。
ちゅ、と目許に口付ければ、それはすう、と閉じられていき。くったりと弛緩した熱い身体を掌で辿って愛しんだ。
顔中に口付けを落として、濡れた身体に張り付いた金の髪を退かしてやる。
ひとつ深い息を吐いて、そうっとあちこちに赤い痕が残った体を抱き締めた。乱れた布団に寝かしてやり、淡い金色の長い髪を掬い上げて、それに静かに唇を押し当てる。
「I love you more than anything, Seth」
先に告げた言葉に心を込めて呟き。そうっと薄く開いた唇に口付けた。
意識のないはずのセトが、ほんの少しだけ微笑んだような気がして。柔らかに髪を梳き下ろしながら激情にも似た愛情が静かに落ち着いていくのを待った。
気付けば朝までもうそう遠くない時刻になっていることに、コーザは薄く笑った―――気分は酷く良かった。
* 四拾壱 *
吉原:『朱華楼』雪花太夫の本部屋
サンジとエースを呼んで多少身奇麗にした後。
太陽が昇り始めるまでぼんやりと腕の中にいるセトを見詰めたり、髪を梳いたり、背中を撫でたりして過ごし。サンジがなにやら支度を始めた気配に、そうっと口付けて名前を呼んだ。とろん、とした蒼が瞼の間からほんの僅かだけ覗き、また閉じられていく。
すう、と小さく聴こえた寝息に、くく、とコーザが笑った。
「太夫、起きておりぃすかえ?」
そうサンジが聞きながらひょっこりと顔を覗かせ。くったりとコーザの腕の中で眠り続けている雪花の姿に、アーヤッパリ、といったような顔を作った。昨夜より一層激しく目合い、明け方よりそう遠くない時間に眠りに落ちたことをサンジは知っていたから、もとより半分は諦めていた。
失礼しぃす、と溜め息を混ぜた声で言いながら、布団の側に跪いた。
「あねさま、明けに髪を染めると言ぃしたえ?」
多少きつめの声で告げられ、漸く雪花の目が薄っすらと開いた。
「起き上がっておくんなんし、あねさま」
サンジがすい、と雪花の腕を引き。なんとか座らせて、長い布地をセトの長襦袢を着込んだ身体に巻きつけていく。
そうされながらもうつらうつらと船を直ぐに漕ぎ出す太夫の様子に、サンジは深い溜め息を吐き。ああもう、と呟いてから、客であるコーザを遠慮なく睨み上げた。
「責任とって太夫を抱きかかえていておくんなんし!」
ぴしゃりと言われて、コーザはあっさりと笑った。
「あァ、いいヨ」
そして、胡坐をかいた上に別の布地をさっと敷かれ。その上に雪花の身体を抱き寄せた。
「ほら、もう少し顔をこっち寄せな」
酷くゆっくりと瞬いた雪花が、子供のように両手を胸の前に掲げて、すり、と猫の子供のように頭を寄せてきた様子に笑った。
「目を瞑っていても構わないよ、その方がラクだろう?」
素直にセトが目を瞑った様子にまた笑って、さらりと金の髪を撫でてやり。染め粉の用意などを整えているサンジが、きらっきらに光る目で睨み上げるようにして見遣ってくるのに、にや、と目許で笑って言った。
「そう怒るなよ、せっかくのカワイイ顔が怖ェぞ、サンジ」
そして歌うようなあやすようなトーンで続ける。
「そんなに気が強ェとおっかねェ用心棒以外にゃ好かれねェぜ?」
ますます目を吊り上げたサンジの様子に低く笑う。
「碧が怒るとおまえに似てるかネ、サンジ」
ウルサイ、と言い返したくなるのを、ぐっと我慢し。サンジがつーん、とそっぽを向いた。
「そんなん知らんせん!それにあちきはまだよいのでありんす!」
ぷりぷりと怒り、通常のスタンスを捨てて語気を強めて言い放ちながらも、それでもコーザの肩に上掛けをかけ。サンジとコーザの言い合いなど丸っきり耳に入ってない様子で寝入る雪花の上にも上掛けをかけていく。
隣の部屋で飛び出していこうとする碧を抱き締めながら、雪花太夫付き禿という立場上、二人が情を交わす様子が漏れ聴こえるのに胸をどきどきさせながら休んでいたので。どれほど激しく、そして真剣に睦み合っていたのかを理解していたので、それ以上に何かを言うのを諦めた。
最初にコーザを戒めることは戒めた(そして男の感情を煽りまくった)雪花は、もはや遠く夢の中で幸せそうだったし。
戒められてもどこ吹く風、激情が導くままに快楽を分かち合うべく雪花を抱いた男は、性質の悪い狼みたいににやりと笑って、寧ろサンジが怒るのを楽しんでいる有様だ。
これ以上何を言っても完璧に無駄、とさっさと割り切って、太夫の長い髪に染め粉を塗り始める。
手際よく作業をしていくサンジの様子を、時折目を煌かせて笑いながら見遣る男は。それでも始終、愛しい、と目で語りかけるようにして太夫を見詰め、その背中や頬を撫でてあげていた。子供を見詰める母親より優しい眼差しだと思って、サンジはまた低く溜め息を洩らす。相思相愛じゃあどうしようもありんせん、と内心ぼやいて。
時折頭の位置を変えながら、長い髪の総てを染め終わったサンジは。それでもきらっと目を光らせてから、ぴしゃりとコーザに告げた。
「乾くまでじっとしていておくんなんし」
道具を片付けてから、一度雪花の身体を抱き起こし。先に横になったコーザの腕に大きな手拭を重ねて敷いてから、そうっと雪花の身体をうつ伏せに休ませる。
「髪結いが来るまでお休みになっておられませ」
二人に上掛けをかけてやりながら、サンジがコーザに言った。
「でもうつ伏せのままでありぃすよ!染め粉があちこち付いては適いんせん、手拭をしっかりと敷いていておくんなんし」
そして、目でイタズラ禁止!と言い付ける。よもやそのようなことをするような男ではないとは思っているけれども、言わずにはいられない。くったりと等身大の人形のように眠っている雪花は、サンジの目からしても色が香るのが解るほどに奇妙に艶かしく美しかったので。姉太夫に心底惚れているようなコーザだから尚更、触れたくなるだろうことは明らかだった。
「承知」
そう笑うような声でコーザが言って、あっさりと優しい笑顔をサンジに向ける。
「ありがとうな、」
「……コーザさまも少しはお休みになっておくんなんし」
ゆっくりと頭を下げてから、道具を持って出て行ったサンジの気配が遠のくのをそれとなく感じ取りながら、腕の中で深い眠りについている雪花を、コーザはじぃっと見詰めた。
長い髪を梳いてやりたくなるのを堪えて、変わりにそうっと背中に腕を預けて目を瞑った。
すぅ、と甘い微かな寝息を吐いている太夫につられるようにして、眠りは直ぐに訪れた。
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