* 拾参 *
吉原:『朱華楼』ゾロの部屋
「一気にウチは賑やかになってねえ」
そう呟きながら、とくとくと徳利を傾けた楼主に、ゾロは軽く片眉を引き上げる。
「白い毛玉みたいな仔猫の“碧”に、黒い毛玉みたいな小さな仔犬の“瑠依”。オマエさんの幼馴染は一体何を考えているんだか」
溜め息を吐いたシャンクスに、ゾロはさあな、と軽く肩を竦めた。
そんな用心棒の額をつーん、と指で突き。楼主は酒をくーっと呷った。
「そうだろうそうだろう、オマエさんみたいな野暮天には解るわけはないわな。本命の雪花には土耳古猫を先に届けさせて。雛菊には、雪花に余計な嫉妬をしないように後から黒狆を贈る、と。若いクセにまあよく出来た旦那だよ」
「綺麗な花魁に珍しい獣がついて、ますます箔が付いてよかったじゃねェか」
ゾロは楼主の手から徳利を奪って、先ずは楼主の湯呑みに注いでから、自分の湯呑みを満たした。
「まぁな。染花が太夫になったら、狐でも誰ぞ贈ってくれんのかねえ」
そう言ってケラケラと笑ったシャンクスに、ゾロはそれこそオレの知ることじゃないね、とばかりに肩を竦めた。
「それはそうと。オマエさん、ベックの旦那がどうしてるかご存知かい?」
自分を見つめずに、何気ない風に訊いてきた楼主に、ゾロは片眉を跳ね上げた。
「いやなに。旦那が紹介してくれた絵師は、花魁の所に昼間度々顔を出してはくれているんだけどね?」
「……リカルドのことかい」
「そうそう。リカルド。あれは天才だねえ……」
に、と笑ったシャンクスに、ゾロは肩を竦める―――あれがただの絵師でないことは気配からしてゾロには解っていたが(なにせ身体の重心の捉え方が違う)、どうやらそれは楼主も解っているようだったので特に口出しはしないでいた。
「あれに文は渡せても、口を割らせることはできないんでねえ。今どうしているか訊きたいんだが、あれは知らぬ存ぜぬと言い通すばかりでナ。まああれがこちらへ通っている間は、旦那も元気なんだろうけどなぁ?」
「……ご内所、オレにベックの旦那の屋敷に行けと?」
ゾロの言葉に、シャンクスは違う違うと手を振った。
「いやなに。ウチの可愛い雪花ちゃんが、ちょいと困ったことになっていてねえ」
「困ったこと…?」
「ちっと病を患っちまってねえ……まあ程ほどなら健康に害はないんだが」
「病ならば深刻だろう?ならば医者にでも相談すればいい」
「医者にも治せぬ不治の病サ。オマエさんは身に覚えはないかい?」
ちら、と悪戯っ子のように目を輝かした楼主に、ゾロは首を横に振った。
「そうかい。まぁお前さんはまだ17…8になったっけな?そんなものだしな、まだまだこれからって所かね」
「楼主、それは誰もが罹る病気なのか?」
「罹っちまったらハイそれまでヨ、な厄介な病さ。至福と悲哀を同時に呼び込む面倒なモノだ」
楼主が歌うように告げる言葉に、ゾロはぎゅっと眉根を寄せた。
「……死ぬような病には聴こえんな」
「あァ、気の持ちようで如何にもなる。ただ、気の持ちようでどうにでも出来るほど、誰も強くはない」
「鍛錬が足りないだけだ」
ぼそっと言ったゾロの一言に、ケラケラと楼主が笑った。
「だからオマエさんは野暮天だっていうのサ――――まぁいい。その内に絵師が来るだろう。ベックの旦那が来ないのは、致し方ない」
ふんわりと笑ったシャンクスをじっと見詰め。それからゾロが片眉を跳ね上げた。
「随分と寂しそうだな、ご内所」
ゾロの言葉に、にっこりとシャンクスが笑う。
「そらそうだ。オレはアレの情夫だもの」
「――――はぁ?」
ぱちくり、と目を瞬いたゾロに、シャンクスはケラケラと笑った。
「冗談か、ご内所」
「冗談ではないよ、用心棒。オレが惚れてアレに縋ったのサ、オマエさま、オレのモノになっておくれよ、と」
けらけらと笑い続けて、終には畳みにころんと横になった楼主をたっぷり見詰めてから。ゾロは片手を挙げて言った。
「まぁ昔の武将は稚児がいるのが当たり前だった。それも有りなんだろう」
「オマエさんは野暮天だけれども、石頭でないところが救いだな」
くっくと笑って、シャンクスが片肘を突いて頭を起こした。
「実はベックの旦那に会いたい理由がもう一つ在ってね」
シャンクスの声のトーンが僅かに高くなったのに、ゾロが目を細める。
「禿から新造にする前に、サンジには休みを取らせようと思っているのサ。アレは旦那が連れてきた子だからねぇ」
「……ベックの旦那は女衒なのかよ」
「そうではないよ。ただ色々事情のある良い子供を融通する術があるのサ」
ぐっと眉根を寄せたままのゾロに、にっこりとシャンクスは笑って。
それから、ひょい、と身軽に身体を起こした。
「話しはそれだけサ。邪魔したね――――ああ悪いね、オマエさんの酒を粗方呑んじまったヨ。後で誰かに新しいのを届けさせよう」
開け放しの戸から出て行こうとした楼主をゾロは呼び止める。
「――――ご内所」
「うん?」
「アンタ、オレになにをさせたい?」
ゾロの言葉に、シャンクスはにぃ、と口端を吊り上げて。指先にちゅ、とキスをして、ふっとそれを吹いて飛ばした。
「別にどうも。ただ色々と心構えを、とね。ただの親切心、いや老婆心かな、そんなものだから気にしないでいいヨ」
「――――アンタのそれは意地悪だ、ご内所」
ぼそ、と呟いたゾロに、シャンクスはくくっと笑った。
「ゾロ、オマエさん、何を期待してるか知りはしないが――――こちとら、これくらいでないと妓楼の主なんざやってられないのサ」
「――――よくベックの旦那はアンタみたいなのを情夫にしている」
呆れて呟いたゾロに、シャンクスがちっちと立てた指を横に振った。
「オマエさんをオレに推挙したのは誰だと思う?――――ベックの旦那さまサ」
そう言って、今度こそ部屋から出て行ったシャンクスの背中を見送り。ゾロは静かに目を細めた。
「……蓼喰う虫も好き好き、って言うか。類は友を呼ぶってことか……?」
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